第100話「クイーンリリベットなのじゃ」
リスタ王国 王城 会議室 ──
この日リスタ王国の会議室では、女王リリベットの他にリスタ王国の重臣が全て揃った会議が行われていた。
「何を申されますかっ!?」
リリベットの発言に対して、国務大臣エイルマー・バートラムが声を荒らげた。普段、声を荒らげることがない彼の声に、会議室は静まりかえっている。
それに対して、女王リリベットは首を軽く横に振りながら答えた。
「もう決定事項なのじゃ! 此度の遠征については、私が向かうのじゃ」
「いま一度お考えください、陛下! 遊びにいかれるのではないのですよ!? クルト帝国とザイル連邦という超大国が、本気で戦争をしているところに向かうのです! 御身に何かあれば、いかがなされるおつもりですか!」
エイルマー大臣の言葉に、ほとんどの大臣も賛同している。国主であるリリベットが戦地に赴くと言えば、臣下として止めるのは当然である。
「フェルト殿、貴方も黙ってないで、陛下を止めてください!」
「バートラム卿、申し訳ないが……私は陛下の決定に従うことを決めている」
「なっ……そんな、馬鹿なっ!?」
この話はすでに夫婦間で話し合われており、フェルトも納得済みだったのだ。それも力関係が明らかに上の両国を仲裁するためには、国主としてのリリベットの立場がが重要であるためであり、これに関しては宰相フィンも同意見だった。
宰相フィンは木槌を叩くと、ゆっくりと口を開いた。
「女王陛下の決定である。この件に関しては反論は受け付けぬと考えよ」
諸大臣たちも納得できてはいなかったが、リスタ王国最大の重鎮であるフィンに、ここまで言われれば押し黙るしかなかった。
「外務大臣フェルト・フォン・フェザーと、軍務大臣シグル・ミュラーは私と同行するのじゃ。一時的に執政には宰相フィン、その補佐を財務大臣ヘルミナ・プリストと国務大臣エイルマー・バートラムに任せるのじゃ。私に万が一のことがあった場合、王太子であるレオン・リスタを次期国王とし、レオンが十になるまでは執政であるフィンの指示に従うようにするのじゃ」
リリベットの自身の死を想定した発言に、諸大臣たちも覚悟を決めたのか姿勢を正して頷いた。
「国民が動揺せぬよう遠征の目的に関しては、伏せることにするのじゃ。三日後に予定されている例のお披露目後に、そのまま向かうことになるじゃろう」
リリベットの発言に、典礼大臣ヘンシュは慌てた様子で首を振っていた。彼はこのお披露目会をただの式典と思い、準備を進めていたからである。
リリベットは一度咳払いをすると、懇願するように告げた。
「皆、思うところはあるじゃろうが、我が国のためによろしく頼むのじゃ!」
それに対して諸大臣たちは一斉に起立すると、敬礼にて答えるのだった。
「はっ、女王陛下とリスタ王国のために!」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
会議のあとリリベットは、レオンとヘレンを執務室に呼び出した。そこには側付きのマリーも同席していた。
リリベットは短く息を吸うと、ゆっくりとした口調で話しはじめた。
「レオン、私はしばし国外に出ることになったのじゃ」
「えっ、国外にですか?」
「うむ、そこで兼ねてより伝えてある通り……私に万が一のことがあった場合、お主を国王とすることを議会に伝えたのじゃ」
リリベットの言葉に、レオンは動揺した素振りを見せる。
「ど、どこに行かれるのですか!? そんな危険があるところへ?」
「心配する必要もないのじゃ……母様は必ず戻って来るし、その時は父様も一緒なのじゃ」
リリベットはニコリと微笑むが、レオンは不安な表情を浮かべていた。
「私が不在の間は、フィンの言うことをよく聞くのじゃぞ」
「……はい」
話の意味がよくわかってないヘレンは、首を傾げながら尋ねてきた。
「かぁさま、どこかいくのぉ?」
「うむ、ちょっと父様と旅行なのじゃ。いい子にしていたら、ちゃんとお土産も買ってきてあげるのじゃ」
「おみやげなのじゃ~!」
おみやげという言葉に、ヘレンは両手を広げてはしゃいでいる。
「マリー、二人を頼むのじゃ」
「わかりました。ご無事をお祈りしております」
リリベットはぎこちなく微笑みながら、子供たちの前まで行くと二人の頭を優しく撫でたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 地下専用港 ──
三日後、リリベットはフェルトとシグル、彼女の身の回りの世話をするためにマーガレット、王族の護衛のために近衛隊のラッツとサギリを含む半数、そして同行を願い出たリョクトウキとコウジンリィ、何とか回復したザイル連邦外務大臣ココロットが地下専用港に来ていた。
ココロットは心配そうな顔で尋ねてくる。
「ここはグレートスカル号の港……やはり、まだ帰って来てないのですね?」
「うむ、シー・ランド海賊連合とノーマの海賊の戦いは、すでに終わっているかもしれぬが……帰港するまでは、まだしばらくかかるじゃろう」
リリベットの答えに、ココロットは明らかに落胆した様子だった。トウキもまた不満そうな顔で尋ねてくる。
「女王陛下、それはよろしいのですが……グレートスカル号なしで、どうするおつもりか?」
「しばらく待つがよいのじゃ。本来であれば軍事機密なのじゃが、この際納得してもらうには仕方がないのじゃ」
トウキは疑いの眼差しを送りながら首を傾げている。彼の計画では、グレートスカル号が必須項目だったのだ。
しばらくあと、地響きと共に一番奥の水門が開きはじめた。
「どうやら来たようなのじゃ」
リリベットの呟きに、一行は一斉に水門の方を見つめた。真っ暗闇だった水門の奥から灯りが一斉に灯ると、さらに奥から真っ白な何かがゆっくりと近付いて来ていた。
それに対してジンリィが鋭い眼光を閃かせ、手にした武器を構えた。
「この気配は……!?」
「ジンリィ、大丈夫なのじゃ。敵ではないのじゃ」
そして、しばらくすると一行の眼前に真っ白で輝いている一隻の船が、その姿を現したのだった。
トウキもココロットも目を丸くして呟く。
「なんとも……立派な船ですね?」
「この船は、一体!?」
リリベットは数歩前に歩いて一行の前に出ると、クルリと回って振り返った。そして、両手を広げると自慢げに答える。
「この船は、我がリスタ王国初の戦艦、一角獣型一番艦『クイーンリリベット』なのじゃ。名前に関しては、私は反対したのじゃが……製作者たちが勝手に決めておったのじゃ!」
この船はオルグと工房長ガウェインが十年の歳月を費やし製造していた船で、大きさはグレートスカル号よりは小さく、オクト・ノヴァよりは大きいぐらいで、世の船の常識からすればかなり巨大な船だった。
船首が剣のような魔導兵器が取り付けられているのが特徴的で、それが一角獣型の名前の由来になっている。また帆船ですらないため帆も張っていない。
船が完全に停止すると、グレートスカル号と同じく船舷が変形してタラップが現れた。そして、船長服を着流した褐色美女がゆっくりと降りてくると、リリベットの前に立ち微笑みかける。
「ついにお披露目だね、陛下」
「うむ、レベッカよ。初任務から大変じゃと思うが、よろしく頼むのじゃ」
「任せなっ! 陛下たちの安全は、私が保証してやるさ。さぁ、乗った乗った!」
レベッカはそう言うと、再びタラップを上がっていく。リリベットは頷くと再び振り返り、一行に対して告げる。
「さて……皆の者、出陣なのじゃ!」
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『一角獣型一番艦クイーンリリベット』
オルグが考案、ガウェインが設計、大工房『土竜の爪』によって建造された戦艦、リスタ王国初の軍艦になる。まだ試運転中であったが、国際情勢がそれを許してくれずロールアウト。
動力は精霊力であり、とある精霊種の力を使い補助として竜の心も使用されている。帆船ではなく、完全な魔導船である。砲門数はグレートスカル号より少ないが、設計段階から魔導砲を搭載され、主砲として船首に剣型の魔導砲が搭載されている。
初代艦長にはレベッカ・ハーロード、処女航海の機関長には工房長のガウェインが就いている。リスタ王国には海軍がないため、船員は海洋ギルドから出向という形でベテラン船員が乗船している。