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第10話「海賊なのじゃ」

挿絵(By みてみん)

 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 王城の中で一番豪華な造りの部屋である謁見の間は、石造りで高い天井と大きな窓からは光が降りそそぎ、床には赤いカーペットが敷かれていた。そして、一段上がったところに玉座があり、その玉座には女王リリベット・リスタが座っている。玉座の横には宰相のフィン、執政としてフェルトが控え、さらに護衛として隊長のラッツを含め、近衛隊員が十名が立っていた。


 そしてリリベットの前には、謁見に来た一人の中年男性が俯いて立っていた。


「面を上げるのじゃ」


 顔を上げた中年男性は、物腰が柔らかそうな商人風の面持ちであるが実は大海賊の頭領であり、リスタ王国とは不可侵協定を結んでいるシー・ランド海賊連合の頭目でもあるピケル・シーロードだ。ピケルは海賊とは思えぬほど、見事な所作でお辞儀をする。


「お久しぶりでございます、女王陛下。また一段とお美しくなられましたな」

「あははは、世辞はよいのじゃ。しかし、久しいな……お主が陸まで上がってくるとは珍しい、今日はどんな用で参ったのじゃ?」

「はい、実は……その……」


 なにやら困った表情を浮かべて言いよどむピケルに、リリベットは首を傾げた。


「末の娘が八つになりまして……この国の王立学園に入学させようと思っているのです」

「ほう……末の娘がのぉ? どこにいるのじゃ、連れて来ているのじゃろう? 謁見の間(ここ)に通すがよいのじゃ」


 リリベットはそう言いながら、謁見の目のドアの方を見つめる。しかし、ピケルはハンカチを取り出すと汗を拭きながら答える。


「それが……恥ずかしい話なのですが、王城に来る途中で逃げられまして……」

「逃げたじゃと……あははは、随分とやんちゃな娘のようじゃな?」


 逃げたという言葉に少し驚いたが、リリベットは笑いながら尋ねた。


「はぁ……元気すぎて困ったものです。もう八つなので大丈夫かと思いますが、ご挨拶が済み次第捜しに行くつもりです」


 ピケルは困ったような表情で恐縮している。リリベットは右手をラッツに向けて、近付くようにクイクイッと手を動かした。ラッツはリリベットの横まで近付くと、敬礼をして命令を待つ。


「ラッツよ、お主はピケルの娘捜しに協力してやるのじゃ。人が足りぬようなら衛兵隊に頼んでもよい」

「はっ、わかりました」


 ラッツは再び敬礼すると、後に下がって行く。


「ありがとうございます、陛下」

「なに……お主たちとは友好関係を結んでおるからな、これぐらいは当然なのじゃ。ご息女が入学した暁には、我が国の子供たちと変わらぬ待遇で迎えると約束するのじゃ」


 リリベットの言葉に、ピケルは深々と頭を下げるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 路地 ──


 移民街へ続く路地を一人の少女が歩いていた。


 綺麗な桃色をした髪を二つに結び肩に垂らし、ワインレッドのワンピースに黄色いスカーフ、黒いジャケットを羽織っており、小さなキャプテン帽子が海賊ごっこをしている子供にしか見えないが、本人は完璧な海賊の格好だと思っている。


 彼女の名前は、シャルロット・シーロード。先ほど逃走したピケルの末の娘である。シャルロットは歩きながらブツブツと文句を呟く。


「親父ったら、あたしのことを学校に入れるだなんて何を考えてるんだか、学校って勉強するところでしょ? 海賊に勉強なんていらないじゃない!」


 彼女は海賊の娘として自分は海賊になると思い込んでいたが、どうやらピケルは娘には普通の人として幸せに暮らして欲しいと思っているらしく、その認識の違いが今回の逃走劇に繋がったのだった。


「ちょっと休もうかな……」


 路地の隅に置いてあった木箱に座るとため息をつく。


「これからどうしようかなぁ?」


 しばらく考え込んだシャルロットだったが、諦めたようにため息をついてぴょんっと木箱から跳び降りる。


「船を奪いとって海都に戻る……うん、それが一番海賊っぽいよねっ、そうしよう!」


 そんなとんでもない計画を口にして、港を捜すためにキョロキョロと周りを見回す。海都というのは、シー・ランド海賊連合の首都にあたる拠点のことである。


 その時、微かに風に乗って声が聞こえてきた。


「……ょ~……お嬢~……どこですか~い?」

「うげ、あいつらまだ追いかけてきてたのか、逃げなきゃ!」


 シャルロットは、全速力で声が聞こえてくるほうと逆の方向へ走り出すのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 移民街 ──


 路地から抜け出ると、シャルロットは違う国に迷い込んだような感覚に陥った。


「な……なに、ここ?」


 建ち並ぶ建物は画一的だったが、施されている装飾は統一感がなく、様々な文化が入り乱れている不思議な感じだった。ここは移民街、リスタ王国へ逃げてきた移民たちが一時的に過ごす街である。彼らは国から二年間の保護を受け、国民として仕事を見つけて安定した者たちから、通常の街へと移り住むシステムになっていた。


 そうは言っても別に入居を強制しているわけではなく、入ったほうが楽なのでここで暮らしている人々が多かった。


 シャルロットがびっくりした顔で歩いていると、通りの掃除をしていた主婦に声をかけられた。


「お嬢ちゃん、見ない顔だけど来たばかりかい? なにか困ってることがあるなら、向こうに役所があるからそこに行くといいよ」


 と通りの先を指差しながら教えてくれた。シャルロットはお辞儀をしながらお礼をいうと、主婦が指差した方向へ歩き出す。


 しばらく歩いていると、リスタ様式の大きな建物が見えてきた。


「あれが、さっきおばちゃんが言ってた役所? まぁ住むわけじゃないから関係ないけど」


 その時、後ろから再び自分を捜す声が聞こえてきた。


「あいつら、しつこいなっ!」


 シャルロットはそう吐き捨てると再び走り出した。シャルロットは気が付いていないが、彼女は大層目立つ格好をしており、道行く人々に尋ねながら追いかければ追跡はかなり容易なのだった。




 肩で息をしながら角を曲がったシャルロットは、何かとぶつかり転んでしまう。


「きゃぁ!」

「いたたた……いったい何が?」


 尻餅をついたシャルロットがぶつかった先を見てみると、そこには荷物が散乱しており、白い修道服を着た薄い茶色い髪をした女性が倒れていた。シャルロットは慌てて立ちあがると、その女性に手を差し伸べる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「あっ、はい……貴女は大丈夫ですか?」

「うん、あたしは大丈夫さ」


 その女性を立たせたシャルロットは、散乱した荷物を拾いはじめた。


「ごめんよ、急いでいたから」

「いいえ、このような出会いも神の御導きですから……」


 女性と一緒に荷物を拾っていると、路地にいかにも海賊風の男二人が入ってきた。


「お嬢! 捜しましたぜ、早く帰りましょう」

「嫌だ、絶対行かないぞ!」


 シャルロットは女性の後ろに隠れながら男たちに舌を出す。女性は困惑した表情で尋ねてきた。


「こちらの方々は、貴女のお知り合いですか?」

「人攫いだよっ!」


 女性は驚いた表情を浮かべると、シャルロットを庇うように抱き寄せる。そして、海賊たちに向かって


「貴方たち、このような少女を拐かすなど、神がお許しになりませんよ!」


 と叫ぶと、海賊たちはにやけた顔でお互いの顔を一瞥して


「おいおい、シスターさんよぉ。これは俺らとお嬢の問題だ、アンタは引っ込んでな」


 と言いながら近付いてきた。その瞬間、女性が思いっきり叫んだ。


「助けてぇ! 誰か、助けてくださいっ!」

「お……おい、別に何かしようってわけじゃ……」


 海賊たちが戸惑っていると、山賊や海賊のようなガラの悪い男たちや主婦たちが集まってきた。そして、怯えている女性を見るなりワナワナと怒りに満ちた表情を浮かべる。


「おい、てめぇら! 俺たちのシスターさんに何してんだっ!」

「殺すぞ、ゴラァ!」


 急に殺気だった集団に囲まれた海賊たちは、戸惑った表情でうろたえている。この状況にはシャルロットも目を丸くして固まっている。


「今です!」


 女性はシャルロットの手を掴むと、海賊たちから逃げるように走り出した。





◆◆◆◆◆





 『王城前にて』


 ピケルに連れられてシャルロットが王城へと続く坂を登っていた。


「まったくお前が駄々を捏ねるから、謁見の時間に遅れてしまうところだったよ。いいか、シャル? 相手は一国の王だ、くれぐれも失礼のない……って、聞いているのか?」


 返事がない娘にピケルが振り向くと、そこにはすでにシャルロットの姿はなかったのであった。

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