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第1話「女王なのじゃ」

挿絵(By みてみん)

 クルト帝国という巨大な国が大陸の大半を治めるムラクトル大陸、その北部に人口六万人ほどの小国がある。


 北に広がるノクト海を利用しての海運業や漁業が盛んで、南に広がるガルド山脈には広大な森林があり林業、それを利用した木材加工などが主な産業である……この国の名は、リスタ王国と言う。かつて幼女王と呼ばれていた女王が治めている国である。


 その女王の名は、リリベット・リスタ。現在は二十と二つ、その美貌と影響力で大陸内だけではなく、世界的に名を馳せる王の一人に成長していた。


 彼女の傍らには外務大臣を務めながら、名目上は執政職に就いた彼女の夫フェルト・フォン・フェザーが主に外交面を補佐し、初代国王の統治時代から宰相として仕えている高貴なる森人(ハイエルフ)のフィンが内政面を支えていた。


 彼女とフェルトの間には二子が恵まれており、長子であり王太子のレオン・リスタ 六歳と、二人目の子で祖母の名を受け継いだ長女のヘレン・リスタ 三歳である。


 長子レオンの御懐妊の報せを知った国民が、一時「手を出すのが早過ぎる!」と暴動を起こしかけたという逸話が残っているものの、概ね国民たちからも祝福されて生まれてきた子供たちだった。


 あの大陸を激震させ、リスタ王国にも大きな傷跡を残した大戦から十二年……このような明るいニュースもあり、徐々にその傷も癒えようとしていた。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 子供部屋 ──


 ここは王城内で最も奥まった場所、王室エリアにある子供たちの部屋である。リリベットは忙しい公務の中でも可能な限り子供たちと触れ合うために、この場所に訪れるようにしていた。


 中には三人の子供たちが遊んでおり、一人のメイドがその側に控えていた。リリベットの姿を発見した金髪緑眼の男の子が立ち上がると、彼女の駆け寄り笑顔で挨拶をしてくる。


「母様、いらっしゃいませ」


 少し遅れた金髪緑眼の女の子もリリベットに駆け寄り、そのまま彼女のスカートに飛びついてきた。


「かぁさま~」


 飛び掛ってきた女の子を抱き上げると、リリベットは笑顔で答える。


「二人とも元気そうで何よりな……ね!」


 少し言い澱みながらリリベットが微笑むと、抱き上げられている女の子もつられて笑顔になる。この小さい時のリリベットそっくりな女の子がヘレン・リスタだ。そして、利発そうに挨拶をしてきた男の子が、兄であり王太子のレオン・リスタである。


 リリベットはヘレンの頭を優しく撫でながら微笑むと、リスタ親子を見つめているメイドに尋ねる。


「マリー、何も変わりはなかったじゃろうか?」

「はい、陛下……ふふ、お言葉が元に戻ってますよ」


 にこやかに答えたメイドの名はマリー・エアリス。大戦のあと近衛隊のラッツと結婚した元女王付きのメイドで、現在は王子たちの乳母として王家に仕えている。そのマリーに窘められ、リリベットは慌てて右手で口を塞いだ。


 しかし、その様子にヘレンはケラケラと笑いながら


「なのじゃ~なのじゃ~」


 とはしゃぎはじめた。リリベットは、ヘレンのほっぺをプニプニと押しながら諌めるように言う。


「ヘレン、女の子がそんな言葉使いをしてはいけないのじゃ」

「かぁさまのマネなのじゃ~」


 リリベットは抱き上げていたヘレンを地面に下ろすと、がっくりと肩を落とす。


 へレンが彼女の真似をして老人のような口調で喋り始めたのが、ここ最近の悩みなのだ。思えば自分の母であるヘレン・フォン・フェザーも同じ悩みを抱えていた。これも因果応報と思い、まずは自身の口調を変えようと努めてはみたが、やはり長年染み付いた口癖はそうそう変わるものではなかったのだ。


 そんな様子をマリーは笑いながら見つめている。そのスカートの陰に隠れるように、青髪碧眼の男の子が一人リリベットを見つめていた。リリベットは微笑みながら手を振る。


「ラリー、どうしたのじゃ?」

「ほら、陛下にちゃんと挨拶をなさい」


 マリーに背中を押されてスカートの陰から現れたのは、ラリー・エアリスといい。年齢は五歳になるラッツとマリーの一番下の子供だ。すこし人見知りする性格なのか、特にリリベットに対しては、いつも恥ずかしそうに顔を赤くしてしまう。


「へ……陛下、こんにちはです」

「うむ、ラリーよ。いつも二人と遊んでくれて感謝するぞ」


 リリベットの感謝の言葉に、顔を真っ赤にして再びマリーの後ろに隠れてしまった。これにはリリベットも弱った顔をするのだった。


 その後、しばらく家族の団欒を楽しんだリリベットは、再び公務に戻るため子供部屋を後にする。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 部屋に入り執務机の席に座ると、机の上には山のような書類が積まれていた。すべてリリベットのサイン待ちの書類である。


「う~む……山積みなのじゃ」


 リリベットが面倒そうに呟くと、一人のメイドがノックもなしに執務室に入室してきた。リリベットがそちらを向くと、そこには書類を持ったマーガレットという名のメイドが立っていた。


「あら陛下、お戻りになっていたのですか。書類を睨み付けていても減りませんよ。早く目を通してください」

「わ……わかっておるのじゃ」


 彼女はリリベットの母であるヘレン・フォン・フェザーに仕えていた専属メイドで、彼女が亡くなった際に引退を考えていたところをリリベットやマリーに引き止められ、現在はリリベットの専属メイドとして仕えることになっていた。


 これは先王妃ヘレンの崩御と、マリーが出産のための休職が重なったことなどが影響している。


 いまいちやる気は起きなかったが、リリベットは仕方がなく書類に目を通し始める。


「これは……王立学園の来年度の予算じゃな? こんなものは財務に任せておけばよいのじゃが……」


 と文句を言いつつも、しっかりと目を通してサインをするリリベット。年若く見えても在位二十年の女王である。王として職務に対しては、かなり真摯に務めているのだ。


 次々と目を通しながらサインを続けるリリベット。この書類の山を片付けねば、愛する夫や子供たちとの時間が削られてしまうのだから必死である。


 リリベットはふと思い出したのか、顔を上げてマーガレットに尋ねる。


「そう言えば、フェ……いや外務大臣はまだじゃったか?」

「陛下……その質問、毎日聞かれてますよ。フェルト様なら、まだ海上でしょう。帰国予定は五日後でございます」


 それに対して、リリベットは寂しそうな表情を浮かべると


「そうじゃったな……五日後か……」


 と呟いて、再び書類に目を通し始める。彼女の夫であるフェルト・フォン・フェザーは、外務大臣として各国を跳び回っており、リスタ王国にいないことが多かった。


 リリベットはそのことを大変不満に思っており、外務大臣を別の者に代えたいと常々思っていたが、能力や人脈等を考慮するとフェルト以上に適任者がおらず、涙を飲んで我慢しているのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 ヘレンの寝室 ──


 結局、書類の山を片付けるのに夜までかかったリリベットは、まずレオンの寝顔を見たあとに、こっそりとヘレンの寝室に入っていく。


 部屋に入ると、ベッドの上に大きな猫のぬいぐるみを抱きながら眠る娘と、ベッドの側の椅子に座りヘレンの様子を見つめているマリーがいた。リリベットは小声でマリーに尋ねる。


「どうじゃ?」

「今、寝たところですよ。陛下」


 リリベットは、気持ち良さそうに眠るヘレンの寝顔を見て嬉しそうに頷く。


「いつも苦労をかけているのじゃ……」

「いいえ、陛下の子供の頃に比べれば、殿下たちはだいぶ大人しいので苦労など……」


 マリーがクスッと笑いながら答えると、リリベットはバツの悪そうな顔をしている。自分が子供の頃は、よく王城から抜けだして、マリーに迷惑をかけていたことを思い出したのだ。




 しばらく娘の寝顔を眺めていたが明日も朝から公務の予定があり、そろそろ眠らなければならない時間だった。


「それでは、よろしく頼むのじゃ」

「はい、陛下……おやすみなさいませ」


 お互い小声で挨拶を交わし、リリベットは再び音を立てないように、こっそりと部屋から出て行くのだった。




◆◆◆◆◆




 『一人寝』


 リリベットが部屋に戻るとマーガレットが待っていた。彼女に手伝って貰いながら、ドレスから薄手のネグリジェに着替えを済ませる。


 サイドテーブルに用意してあったワインに口をつけてから、ベッドに潜り込むとマーガレットがランプを消して退室していった。


 元々大人サイズであり子供の頃から愛用している巨大なベッドだが、身体が大きくなった今の方が広く感じることが多い。リリベットは、シーツに手を這わせて自分の隣に何もないことを確かめながら


「五日……あと五日もか……」


 と呟いて、ゆっくりと眠りにつくのだった。


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