始まり
会場が騒がしい。無数のシャッターのきられる。しかしその男は、眉一つ動かさない。
彼は彼自身に問う。このようなことのために今までを生きてきたのか。 否。
人を喜ばすためにこの実験を行ってきたのか。 否。 では何のために。
彼は眼をつむり、ゆっくりと思い出を振り返る。自分を自身という狭い世界から連れ出してくれた彼女。俺にいろいろな感情を与えてくれた。
いまここで改めて確認しよう。俺は彼女のことが好きだった。
「さて、会場も落ち着いてきたことなので、先生にお話を伺いましょう。」
そういい、司会の男はマイクを持ち俺に向かって歩いてくる。
何を話せばいいのか全く分からない。そもそもここまで大げさなものになると思っていなかった。自分の満足のためにここまで来た。
このように男が思っているとは知る由もなく司会の男は話す。
「今まで致死率100%といわれていた難病の特効薬を作った 清流 空 先生。ノーベル賞も確定ではないか、と言われておりますが今のご感想は。」
正直に言って何もない。なぜ俺がこの研究を行ってきたかというと、自身が生きてきた中で初めてといえるほど激しい怒りを覚えたからだ。許せなかった。。。ただそれだけ。。。
「・・・・・・・・」
俺は何も答えない。というより答えることができないといったほうが正しかった。
司会の男は戸惑う。
「ご、ご緊張されているようですね。ではこの成果を一番先にどなたに伝えましたか。ご両親?彼女さん?もしくは奥さん?それともご友人?」
清流にとって司会の男の質問はどうでもよかった。誰に一番先に伝えたかなんて聞いて何になる?これだから会見をするの嫌だったのだ。
彼は司会の男から無言でマイクを奪い取る。
「おれ。。。いえ、私はこの病気を殺したい。。。いえ、この病気を全世界から無くしたい、この病気で死ぬ人が全世界からいなくなる。。。といったような大層なことは思っておりませんでした。ただただ許せなかったのです。一人の友人の命をうばったこの病気が!!!!」
そう言い残し清流は席を立ち会場を後にした。無数のシャッターがまたきられる。当然のごとく会場は異様な空気に包まれ、始まりと同じように騒がしくなった。
「清流!一人のために!!」 「執念にとらわれた男!!!!」
「ぼろぼろに書かれているな、空。」
50代半ばの男は新聞を片手に愉快そうに笑った。彼の名は三国。大学の時、彼の指導教員として出会い、今は空の研究仲間である。
「それはそうでしょうね。司会の質問にも答えず、ただ声を荒らげただけですから。」
そう言って清流はコーヒーを口に含む。コーヒーのほのかな苦みが彼を落ち着かせる。コーヒーはとても良い。眠気もとれるし、何より集中力が増す気がする。
「そういえば空、駅前に新しいお店ができるらしいぞ。何やら有名な紅茶専門店らしいぞ。開店したら足を運んでみたらどうだ。」
「それはいいですね。研究を始めてから紅茶は口にしていませんしね。研究もひと段落したところですし、この際の飲み始めるのもいいかもしれませんね。コーヒーは好きですが飲みすぎると胃があれますからね。」
そういうと清流は飲み終わったコーヒーカップを持ち、キッチンに向かう。
甲高い音が部屋に響く。三国はその音の発信源に顔を向ける。
「何やってんだ空、取材疲れか?気をつけろよ。」
そういうと彼はまた新聞に目を落とす。清流は割れたコーヒーカップのかけらを拾い始める。
「あぁ。。。来たか。。。。。。」
何か言ったか空?そんな声が聞こえてきたが彼は答えることをしなかった