再会
コンラッドの視点です。
あとは、エレノア姫を探すだけだが、なかなか見つからなかった。
コンラッドはジョーイの言葉を思い出していた。
まだ見ぬジョーイの妹姫。このまま見つからないで欲しい、そうすれば罰を与えないで済む。
もし、捕まってしまったら許す事は王として困難だろう。私情を挟まず罰することを必要とされる。
そしたら、ジョーイとの約束を違えてしまうかもしれない。
コンラッドは無意識に祈っていた。
なかなか見つからず、もしかしたら逃げたのかもしれないという雰囲気が出始めた頃、地下牢から女が発見されたと連絡が入った。その女は謁見の間に連れてこられるとの事だったので、コンラッドも急いで謁見の間に向かった。
コンラッドが玉座に着くと、正面の扉から両脇を兵士に掴まれながら、一人の少女がゆっくり引き摺られるように入ってきた。
それは、うつむき襤褸を纏い、薄汚れている。どうみても王族とは思えない様相だ。だが、逃げるために変装している可能性がある。コンラッドはその少女に聞いた。
「一つ問おう。貴様は誰だ。」
「私は賤しい身分のエルでございます。」
少女の応えにコンラッドは全身の血が逆流する感覚に襲われた。
「ではエレノア王女はどこだ!?」
周りの者達が騒ぎ始めた。
しかし、その声はコンラッドには入ってこない。
まさか、そんなわけがない。
エルとは、あのエルか?
こんなところにエルがいるわけがない。
目の前で跪く少女は、恐怖からか小さな肩は震えている。
だが、確かにこの髪色に見覚えがあった。
薄暗い路地裏でも、凛と輝くあの色と同じ。
ではなぜここにエルが!?
地下牢になぜ投獄されていた?
コンラッドは次から次へと襲う疑問で眩暈がした。
突然、謁見の間の扉が開き一人の女が兵士に連れられるように入ってきた。それは、豪華なドレスを纏い、ブラウンの髪をした女だ。それは、エルと名乗った少女の横に立つと、自らをエレノア王女だと名乗った。
しかしその様相にコンラッドは違和感を覚えた。
「ほう、エレノア王女の髪と瞳は太陽の色だと聞いていたが…?」
「そんなのはただの噂でございます。ワタクシがエレノア王女だと何度申せば信じて頂けるのですか?」
コンラッドの疑問に強引な答えを出したエレノアだと名乗る女。納得出来るはずもないコンラッドは眉をしかめるが、コンラッドは一つの可能性に思い当った。
エルと名乗った隣の黄金の髪をした少女。ひれ伏しているが、瞳は恐らく髪と同じ黄金を持っているはず。
そして、少女の身代わりにこの女は王女だと名乗っている。
コンラッドはその考えに至った瞬間、落胆した。
エルは自分と同じだと思っていた。国の行く末を語り合ったあの時、これから王として突き進む自分の側に居て欲しいと何度も願った。
しかし、彼女も所詮は腐敗した貴族と一緒だった。
王族としての責任を持たず、己の身に危険が及ぶと、身代わりを仕立て上げ、自分は安全な場所に逃げていたのか。
女の父や兄、弟は自らを斬った。しかし、この女は生き恥を晒して生きる事もせず、悠々と逃げるつもりだったのか。
コンラッドは、エルから裏切られた気分になり、感情が冷めていく感覚がした。
眼前では、ニコラスが斬首したリチャード達の首を兵士に持ってこさせた。
そして、あの少女達の目の前にそれを置いた。
コンラッドはエルの反応を観察する。
エルの演技はとてもよく出来ていた。なるほど、自分も騙されるわけだ。
「ヤダ!!!お兄様!パトリック!!!誰がこんな酷い事を!!!」
エルの動揺した演技にとうとうコンラッドは嘲笑が込み上げてきた。
「誰がこんな酷い事を…か。ククッ」
思わずコンラッドは嗤わずにはいられなかった。
その声に反応したのか、エルはこちらを見上げる。黄金色の大きな瞳を更に大きく開き、驚愕の表情を浮かべている。
『コリン…』
彼女の口が僅かに動いた。しかし、その声はコンラッドには届かない。
「娘、頭が高い。こちらにおわすのはハーシェル家当主コンラッド様であり、今日よりルドラ王国の王となる御方であらせられるぞ!」
ニコラスがコンラッドの事を声高々に知らしめたが、コンラッドは見下ろしたこの女からの視線に嫌悪感しか抱かなかった。
「なぜ、こんな事を…」
「なぜ?」
エレノアの鈴の鳴るような美しい声はコンラッドを更に苛々させた。
「なぜ、と言うのであれば、なぜお前の父親は国民に一方的にこのような虐殺を繰り返したのか。これは、お前の父親が国民に対して行ってきた仕打ちだ。それを止めるには、もうこれしかなかった。」
エレノアの表情が明らかに蒼ざめていく。コンラッドはエレノアが漸く自らの罪を理解したのだと、溜息をついた。
この女は理解をしていない。
自らの地位と付随する責務に関して。
街で出会った『エル』はもっと責任感が強く、聡明で、正しかった。
しかし、目の前の女は、卑怯にも身代わりをたて、自らを助ける事しか考えていないのだろう。
しばらくの沈黙の後、女は良くとおる、しかし耳に心地よい声で発言した。
「このような事態を招いたのは、全て私に責任があります。私は王族であるにも関わらず、父や兄の暴走を止める事を怠りました。私は暴走を止めるよう努め、それでも止められないならば仕方ないと己を擁護し、父達と向き合いませんでした。本来ならば、国民の犠牲を生む前に、己の命を掛けるべきだったのに。」
エレノアは自嘲気味に微笑んだが、コンラッドは異様な雰囲気にいつの間にかのまれていた。
「ここでコンラッド様に抵抗していた者達は、一重に王をお守りしようとしただけであり罪はありません。コンラッド様が新王として建つならば、きっと、喜んで助けとなりましょう。どうか、トワイニング家の罪は私の首で許してはいただけないでしょうか。」
エレノアは一通り伝えると、上体を折り、額を床に擦り付けた。ちょうど首を斬り落としやすいように。
「随分と虫が良すぎる話だな。」
静まり返った場内で、コンラッドの声はどこまでもよく通った。
エレノアの発言はどこまでもコンラッドを苛つかせた。信じていた友人『エル』は作り物だったのだ。
コンラッドはそう確信し怒りで震えが止まらなかった。
「父親が死んで生きていく事が恐ろしくなったか。それならさっさと楽に殺してくれとは、随分と虫の良い話だな。お前の命など、国民の尊い命に比べたら何の価値もない。先程のように、身代わりに罪を被せ、自分は身分を偽り逃げようとした事が全てを物語っている。」
「違う」
エレノアが顔面蒼白で首を振り否定をしているようだが、コンラッドはその仕草までも忌々しく感じ、頭に血が上っていた。
この数年間、『エル』と一緒にいた時間は偽りの時間だったのか。
『エル』という人間に自分はここまで恋焦がれていた。しかし、その実態は嘘で固められた偽善だったのだろう。
「楽に命を手放し、この世から逃げるなど許さない。エレノア元王女。お前は処刑させない。お前は、今後一切の光が当たらぬ牢の中で、一生を過ごす事となる。そして、お前が放置したルドラ王国の今後を我らハーシェル家が変えていこう。お前は牢から指を咥えて見ているが良い。」
コンラッドは言葉を吐きながら、過去の『エル』と決別するよう努めた。しかし、エレノアの視線を受けるたびに、コンラッドは正気を保つことが難しくなっていた。
裏切られ、騙されていたはずなのに、コンラッドはまだエレノアを欲していた。しかし、自分はこの国の元首となる存在。彼女の罪を許すわけにはいかない。その感情が更にコンラッド自身を苛立たせた。
コンラッドがすべてを告げると、エレノアは絶望の色を浮かべていた。その顔がコンラッドを更に苦しめていく。しかし、コンラッドは何も言わず、兵士達に無理やり立たされたエレノアが引きずられるように、謁見の間から連れ出されるのを見送った。
間際、女の名前を呼ぶ者たちがいた。
身代わりの女やメイド達だ。彼女たちは不安そうにエレノアを呼び止めたが、それはコンラッドの怒りを助長させるだけだった。
コンラッドはエレノアが謁見の間から消えるまで後ろ姿を無意識に睨み付けていた。
エレノアの姿が消えると、コンラッドはフッと息を吐いた。これでルドラ王国の簒奪はひとまず完了した。
コンラッドは呆気ない終焉に目を瞑る。
クーデターにしては、血が流れる事は少なかった。それは、多くの兵士達が既に前リチャード王から離れていた事が伺える。
コンラッドは謁見の間をもう一度見まわした。すると、ある人物を目が合った。
アーシェだ。
大方、自らの地位と俺の友人だと伝えて入り込んだのだろう。
あいつとも話をしなければならないな。
コンラッドは自嘲すると、謁見の間を後にした。
暗い話が続きなかなか筆が進まずお待たせいたしました。




