檻
エレノアは暗い道を歩いていた。
その周りを数々の記憶が走馬灯のように流れていく。
初めて街へ出掛けた時の感動。
王宮から抜け出す道を見つけた時の高揚感。
恐らく、王宮から万が一の時に逃げる為の隠し通路なのだろう。しかし、エレノアはすぐ利用する事を選んだ。
街に出る目的は、王族たる者、国民の生活を目の前できちんと把握しておきたいという興味だった。
そして安定した情報収集の場として選んだのがロジェットが営む理髪店だった。
理髪店なら多くの人の情報交換の場として最適だし、何よりロジェットが元騎士団ということで、もし万が一の事が起こっても、身の安全は確保出来るかもしれないとの思惑があった。
だが、それ以上に、いつの間にかロジェットや来店する客達の人柄にエレノアは惹かれていた。
『エル』としか名乗れず、出自不明のエレノアをロジェットは快く雇ってくれた。
それだけでなく、ロジェットはエレノアに対して父親のように接してくれた。そして妻のミモザは、子育てで忙しい中、いつもエレノアの体調を気遣ってくれたりと、本当の家族のようだった。
ガルカンを始め、多くの常連客にエレノアは数えきれない程、沢山の事を教えて貰った。
生活の知恵や、下らない事、流行のお菓子やイタズラ。
そしてロジェットの惚気に呆れたりした日常。そのどれもが懐かしく、とても暖かく思えた。
しかし、あの場所はもうどこにもない。
悪政により壊れてしまったからだ。
そして、その一端はエレノアにも責任があると感じていた。
もっと前に『法の暴走』に気付いていれば、止められたかもしれない。
ガルカンは命を落とさないで済んだかもしれない。
もっと多くの民が笑顔のままでいられたかもしれない。
後悔がロジェットやガルカン達常連客の侮蔑の顔となってエレノアを責め立てた。
『お前のせいで俺は死んだ…』
『お前が気づけば妻は殺されなかった…』
『お前さえ止めていれば息子は生きていたのに…』
『お前さえ…』
「やめて…」
エレノアは目を瞑り耳を塞いだが、エレノアを責める声は頭の中で何度もこだました。
多くの見知った人物達が消えると、エレノアの目の前にコリンが現れた。
エレノアは目を見開いた。
コリンはエレノアを軽蔑の眼差しで睨んでいた。
『お前のせいで…』
「いやっ!!」
エレノアは、目を覚ました。
いつの間にか、エレノアは眠っていた。呼吸が荒く、酷く汗をかいていた。
エレノアは袖で汗を拭い、そのまま仰向けに寝転がった。
肌寒いこの季節では、地下牢の石畳が氷のように冷たかった。
コリンとの約束まであと3日だった。
─────
「ジョーイ!!どういう事だよ!?」
ジョーイの執務室では、アーシェがジョーイに詰め寄っていた。
「仕事中だ。後にしてくれないか。」
ジョーイはアーシェをあしらうと机に向かって仕事を続ける。
アーシェはジョーイが確認している書類に『バンッ!!』と両手をつき、書類とジョーイの間に割って入った。
「なぜエレノア様が投獄される必要がある?」
その問に、ジョーイに眉間に既に深く刻まれていた皺を、より一層深く刻みながら溜息を吐いた。
「なぜかって?議会中にいきなり乱入し、議会を混乱させた挙げ句、父親である王の政策を悪政と非難した。これを、反逆罪と見なし投獄する事に、なんの疑問がある?」
ジョーイが平然と話す様にアーシェは背筋がゾッとする感覚を覚えた。
「それが実の妹に対する言葉か?」
アーシェは息を呑み、恐る恐る聞いた。
「むしろ、投獄で済んだ事を感謝して欲しいくらいだ。エレノアでなかったら、その場で叩き斬っていたよ。あ、イリヤ国へ嫁ぐときはきちんと釈放するよ。但し、国外追放という形になるかな。」
アーシェはジョーイの言葉が信じられなかった。
あんなに仲が良かった兄妹の絆がここまで壊れかけていたとは、誰が予想しただろうか。
アーシェは信じられないといった様子だ。
「まさか…本気じゃないよ…な?」
「本気じゃない?私はいつだって本気でやってきた。『法の良心』だって本気でやっている。アーシェは私を疑うの?」
「別に、そういうつもりじゃ…」
アーシェとジョーイの間に気まずい沈黙が流れた。
アーシェだってジョーイが、がむしゃらに頑張ってきた事は痛い程知っている。それでも、やはりここ一年は何か危ない方向に国が向かっているのではないかという予感があった。
しかし、それを友として指摘することは出来なかった。
「これ以上、話す事がないなら私はちょっと父の所に行くから。」
「あ、あぁ。じゃあ、また後で。」
遠回しのジョーイからの退出依頼に、アーシェは素直に従い、執務室を出た。
「はあぁ…」
ジョーイは アーシェが出ていった事を確認すると、眉間に手を当て大きく溜息を一つ吐いた。
ジョーイは焦っていた。
ジョーイが頑張れば頑張る程、事態はジョーイが予測出来ない方向へいつも進む。
最近は国内が混乱している。
具体的な大きい反乱は無いにしても、なんとなくその事はジョーイの耳にも入ってきていた。
だから、事態を終息させようと、急いで法の整備だって手伝ってきた。
なのに事を穏便に済ませようとすれはするほど悪化する。
エレノアの事だって、もちろん本意ではない。だが、他に方法がない。
議会のど真ん中で、貴族達が大勢いる前で、あれだけ王に楯突いた人間をそのまま野放しにしておくわけにはいかない。
これは仕方がなかったんだ。
ジョーイはそう自分に言い聞かせ、いつものように無理矢理自分を納得させた。
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