成人の儀
…ア…ま
…レノアさ…
エレ…ア…ま
「エレノア様!起きてください!」
「ふぇ…!?あ、あぁ、ミラ、シアン、おはよう」
エレノアはベッドの中から挨拶はしたものの、すぐに目は閉じられてしまった。シアンがエレノアの寝室のカーテンを開けると、朝日が差し込み、エレノアは朝日から逃げるようにベッドの中で身を捩る。
「エレノア様!もう10歳なんですからそろそろご自分で起きたらどうです?」
ミラは「失礼します」と言って、エレノアが丸まっていた掛け布団をひっぺがした。
「えぇ…お願い…あと少し…」
「何言ってるんですか。今日はジョーイ様達の成人の儀ですよ!早く準備しないと!」
「うぅ…そうだったわねぇ…」
エレノアは大きな欠伸とともに、しぶしぶベッドから起き上がった。
エレノアは10歳となり、少し成長していた。といっても、まだまだお忍びで街へ出ることは続いている。
昨日はコリンとの稽古のし過ぎで身体が軋む。『昨日は張り切りすぎたわ。』エレノアは寝ぼけ眼ながら、少し後悔した。手加減はされているものの、少しずつコリンの速さに慣れてきた気がする。
今日は、ジョーイが成人の儀に出席するため、城内では大忙しで準備が行われている。
ルドラ王国では、年に1日、春に15歳の成人を祝う『成人の儀』が執り行われる。
そして、貴族身分の者は、ルドラ王城で成人の儀を盛大に祝うのだ。いわゆる社交界デビューであり、舞踏会が開かれる。
そして今年は王位継承順位第一位であるジョーイ王太子が参加となれば、いつも以上に城の内外で多くの者達が気合いを入れていた。
しかし、エレノアはそんな成人の儀など、どこ吹く風である。
なぜなら、未成年のエレノアは成人の儀を見学する事も出来ないからだ。
ルドラ王国では、王族といえど、社交界デビューまでは、基本的に城の奥で暮らし、外交的な公務にも参加しないとされている。
男児の場合、ジョーイのように王となるための社会勉強として何度か遠征等をこなすこともあるが、女児であるエレノアは王女として特に外交等するという事は必要無いため城の奥で静かに暮らすというのが慣例である。
そのため、エレノアの姿を知る者は、城に勤めるごく一部の者達しかいなかった。
それでも、今日は祝の日ということもあり、エレノアもいつもより豪華なドレスを着せられていた。
「エレノア様!いつも以上にお綺麗です!これならお転婆など絶対にバレませんわ!」
ミラとシアンが満足気に姿見のエレノアを見つめる。
エレノアはミラの言葉に引っ掛かりを覚えたが、流す事にし、「悪くないわね」と言って姿見の前でクルっと一回転をした。
瑞々しい新緑を思わせ緑のドレスは、ミラの金色の髪と瞳に良く合っていた。
朝食を食べ終えると、エレノアはジョーイの自室へと向かった。
コンコンコン
「お兄様、エレノアです。少々お邪魔しても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
扉の向こうからジョーイの入室許可が聞こえ、エレノアはしずしずと扉の向こうへ入っていった。
部屋の中では、ジョーイとアーシェがソファーで向き合うように腰掛けて談笑していた。
ジョーイは王族の正装として、瑠璃色の軍服を纏っている。その軍服だけでも刺繍や仕立てが素晴らしいものだが、鼻筋がとおり、アーモンド型の金色の瞳が眩しいジョーイの前ではただの引き立て役にしかならなかった。
「ジョーイお兄様、グラノフ公アーシェ様、本日は誠におめでとうございます。」
エレノアはスカートの端を摘まみ、恭しくお辞儀をした。
「エレノアありがとう」
ジョーイは目を細めてエレノアに笑い掛けた。この笑顔だけで何人もの女性が失神しそうである。
「エレノア様も今日は一段とお綺麗ですね。深窓の令嬢と言われても今日なら納得出来ます。」
「アーシェ様も本日はいつもと違ってヘタレがきちんと隠されて、とても頼もしい殿方に見えますわね。」
アーシェは赤髪をオールバックにし、ブラウン色の切れ長の瞳は男性特有の色気を感じさせる。グレーの光沢のある燕尾服を着用することで、明るい色がアーシェの赤髪によく映えていた。
しかし、中身はいつものアーシェなので、彼の軽口にエレノアもいつもの調子で返した。
「エレノア、おいで」
ジョーイがエレノアに向けて両手を広げると、エレノアはそのままジョーイの胸に飛び込む。
「お兄様、とても素敵ですわ!思わず見惚れてしまいましたの!」
「エレノアも今日はいつも以上に可愛らしいね。森の妖精が迷い混んだのかと思ったよ。」
ジョーイがエレノアをギュッと抱きしめる。
アーシェはとくに二人をツッコむ事はせずに、紅茶とお菓子を堪能していた。
と、扉をノックする音が聞こえた。
「ジョーイ殿下、コンラッド様がご挨拶に伺いたいとの事ですが、如何なされますか?」
「コンラッドが…!?」
扉の向こうに控えるの従者の問いに、ジョーイとアーシェは顔を見合わせた。
「す…すぐに通してくれ!」
ジョーイは慌てて従者に呼び掛けると「畏まりました」との返事とともに、足音は遠ざかっていた。
コンラッドとは、ハーシェル家の次期当主であり、最近まで留学中だったはず。
この成人の儀で戻ってきたのだろう。
ジョーイとアーシェは何年ぶりの再会かと嬉しそうに話している。
「では、お兄様、アーシェ様、また後程」
エレノアは、三人の再会に水を差さないようお辞儀をして部屋を後にした。
エレノアが部屋を出ると、先程の従者が客人を連れジョーイの自室へと向かっていた。従者の後ろに付いていた客人はスラリとした体格で深紅の軍服を着こなしていた。トワイニング家以外で、唯一王族の正装を許された一族、そして軍服の色は深紅。エレノアは彼がハーシェル家のコンラッドという人物だろうということはすぐにわかった。すれ違い様で顔はほとんど見えなかったが、彼の後ろ姿は青銀色の髪が印象的で、エレノアはなぜか、彼が部屋の中へ消えていっても扉からしばらく目が離せなかった。
成人の儀といっても、忙しいのは成人した大人達ばかりで、エレノアとパトリックはほとんどいつもの日常と変わらなかった。
今日はコリンも街で行う成人の儀で忙しいと言っていたので、特に街に出掛ける気にもなれずエレノアは城の図書館で経済書を読み耽っていた。パトリックも、エレノアの側で一生懸命本を読み漁っている。しかし、彼はまだ7歳児である。そろそろ体を動かしたくなったのか落ち着きがない。だが、大好きな姉のすぐ側にいることなど、滅多に無い機会のためパトリックは出来るだけ姉の邪魔をしないよう必死に我慢している様子だった。
いくら7歳児といえど、王位継承権をもっている彼は普段それなりに教育に時間をとられてしまうのだ。
「パトリック、今日はお祝いの日だから、せっかくだから一緒に中庭でピクニックしない?」
「ピクニック!?」
エレノアは、経済書を閉じ、パトリックを誘った。そして、瞳をキラキラさせたパトリックと手を繋ぎ、中庭へと向かった。
エレノアはミラに中庭で昼食を取ると伝え、敷物とランチボックスを依頼した。
穏やかな春の日差しの中、エレノアとパトリックは二人並んでサンドイッチを食べた。
パトリックは育ち盛りで、一個目のサンドイッチをペロリと平らげると、二個目に手を延ばす。
パトリックは三人兄弟の中で一番父親に似ている。母親に似たジョーイとエレノアの髪色が金色である事に対し、パトリックは父親である王と同じ栗毛色をしている。また、顔立ちも母親よりは父親に似ており、王のミニチュアサイズ版といった様相である。
エレノアはサンドイッチを食べ終え、ミラにパトリックと一緒にいるように伝えると、自室へ戻った。
そして、しばらくして中庭へエレノアが戻ってくると、ドレスからいつもの剣術の稽古の時のラフなパンツ姿になっていた。
「パトリック!木登りしましょう!」
「やったぁ!」
「えぇ!?」
エレノアの誘いにパトリックは嬉しそうに顔を綻ばせ、反対にミラが青ざめた。
「エレノア様!気は確かですか!?木登りですよ!?」
「大丈夫!基礎からきちんと教えるから!」
「そういう意味じゃなくて!!!」
ミラが慌てて引き留めるが、エレノアとパトリックを止めることは出来なかった。
「そう!腕だけに頼らず足で踏ん張るのよ!上手いじゃない!!」
エレノアはアドバイスを忠実に木に登るパトリックを見て感心し、ミラはパトリックがいつ落ちても抱き止められるようにハラハラしながら見守っている。
パトリックが満足気に木から降りると、エレノアとハイタッチをして嬉しそうだった。
こんなに小さいのに、ほとんど外で遊べない生活は彼にとって窮屈だろう。たまには息抜きに遊んであげようとエレノアは思った。
─────
同じ時間、成人の儀では国王の挨拶も終わり、舞踏会が開催されていた。
「ジョーイ殿下はもうお疲れですか?」
アルコーブに設置されたソファーにぐったりと座るジョーイに対し、アーシェはニヤニヤしながら近づくと、持っていたシャンパングラスをジョーイに渡した。
「もう、無理。これでもある程度まできちんと挨拶も済ませたんだよ。」
ジョーイはアーシェからシャンパングラスを受けとると、一気に飲み干した。
先程まで、ジョーイは王太子として何人もの女性と会話やダンスをこなし、なんとか人目を避け、目立たなそうなアルコーブまで避難してきたのだ。
「ご令嬢達も、待ちに待った王子様の御披露目で気合いが入ってるんだろ。多目に見てやれ。」
「私が王になった暁には、舞踏会では多くてもダンスの相手は5人までっていう法律を作る。絶対に作る。」
ジョーイは半ばうんざりした様子で会場を見回した。
今はこんなに荒んでいるジョーイだって最初からこんな荒んでいたわけではない。今日は成人の儀が始まってから、ずっと笑顔でひっきりなしに挨拶にくる沢山の令嬢を相手にしている。もう何十人目かも、分からない。
アーシェも身分が高く整った顔立ちから、女性陣がかなり集まってくるが、ジョーイの比ではない。王太子という肩書きはかなりの威力があるようだ。
「凄いな、コンラッド。アイツまだ令嬢の相手を続けてるよ。」
アーシェは会場内で令嬢と会話をしているもう一人の幼馴染を見つけ感心している。
しかし、ジョーイは不満そうに漏らした。
「コンラッドはさっきから無表情でしょ。ほとんど話を聞いてないと思うよ。」
もう一人の軍服の青年は、自分から話す訳ではなく、令嬢が一方的に話している状況をただ傍観しているだけのようだ。
青年はとくに話に集中しているわけでもなく、手持ち無沙汰に会場をゆっくり見回す。そして、視線の先にアーシェ達を見つけると、一方的に話し掛けていた令嬢に一言断り、アーシェ達のもとへ近づいていった。
「もう一人の主役が来たな。」
アーシェは青銀髪の青年コンラッドを迎えると、近くの給仕係からシャンパンが入ったグラスを3つ受け取り、二人に渡した。
「成人おめでとう」
「「おめでとう」」
アーシェが音頭をとると、二人もそれに続く。
グラスを目線まで掲げ、三人はシャンパンを飲み干した。
「三人が揃うのは何年ぶりだろう?」
ジョーイは懐かしそうにグラスを置くと、コンラッドはグラスを握ったまま考えていた。
「父上が亡くなってからだから4年以上だな。」
そして沈黙。
「だぁ、もう!せっかくの祝の日だからもっと明るく行こう!」
その沈黙を破ったのはアーシェだった。
「留学中、コンラッドは何か出会いとかあった?」
「出会い…?」
コンラッドはしばし考えると、何か思い出したように口を開く。
「ジョーイに10歳くらいの弟っていたか?」
「ん?弟は7歳になるパトリックならいるけど…10歳は妹だよ。」
ジョーイの回答に宛が外れたのか、コンラッドは「そうか」とだけ答えた。
しかし、今度はジョーイがはっとした。
「まさか、私の可愛いエレノアを狙ってるの!?ダメだよ!絶対ダメ!エレノアはお嫁に行かせない!」
ジョーイの慌てように、コンラッドは眉をピクリとだけ動かした。
「いや、俺も会ったことない子を嫁にするのは無理だ。」
「無理って何だ!私のエレノアは凄く可愛くて天使なんだぞ!」
「ジョーイ落ち着けって!コンラッドの言った『無理』は違う意味だろ!」
慌ててアーシェが仲裁するが、ジョーイの妹萌えのスイッチはなかなか切り替えられない。
「アーシェからも何か言ってよ!エレノアは可愛いって!」
「えぇ!?あ、あぁ、エレノアはな、可愛いよな。うん、そうなんだよな。」
突然話を振られ、不意打ちをくらったアーシェは急に顔を赤らめた。その様子を見てジョーイは何かを察してしまった。
「ちょっと待って!?まさか!?アーシェ!?ダメダメダメ!!アーシェ、今から歯ぁ喰い縛って!君からエレノアの記憶全部無くすから!」
ジョーイがアーシェに襲いかかったが、すんでのところでコンラッドがジョーイを抑え込みなんとか大事にはならなかった。
確かに、ジョーイがいない時は、エレノアとアーシェでの二人っきりという時間もあったが…。
ジョーイは友人としては嬉しく、兄としては複雑な想いでアーシェにじゃれついた。
「コンラッドからも言ってよ!アーシェに勝手に大人になるな!って!!コンラッドはまさか気になる子とかいないよね?」
ジョーイが軽口で言った言葉にコンラッドは咄嗟に『あの少年』を思い出し、違うと頭を振った。
「違う。俺は女の子が好きだ。アイツは違う。俺は女の子が好きだ。」
いきなりコンラッドが頭を抱え自分に何か言い聞かせる様にブツブツ独り言を始めた。動揺し様子が変わったコンラッドを見て、ジョーイは自分を置いて二人は一歩前進しているのだと確信し焦るのだった。
そんな三人を、会話が聞こえない距離から多くの令嬢達は遠巻きにうっとりしながら眺めている。
さすがに、彼らが一人の時なら近づけるが、美しすぎる殿方が三人も集まってしまうと、近づく事は躊躇われるらしい。
成人の儀は肉体的にも精神的にも少し大人に成長していると実感せざる得ない夜となった。
連投です。
ジョーイはちゃんとイケメン設定です




