プロローグ
初投稿です!話を拡げられるように頑張ります!
「大事な話があるんだ…」
クリスマスイブの夜、食事も終わり、都内の公園で私は晃一と二人きりでベンチに掛けていた。
私たちは付き合ってから5年が経過しようとしている。
晃一は30歳、私も25歳になる。私はなんとなく次に紡ぎ出される言葉を期待しながら晃一の目を見て頷いた。
「婚約指輪は二人で選びたかったから…」
晃一は鞄から掌に収まる程の小さな箱を取り出し、こちらへ向き直った。
そして、晃一がそのまま箱をゆっくり開くと、そこには小さなサファイアのピンキーリングがおさまっている。
私は胸が高鳴るのを必死で抑えた。
「結婚して欲しいけど、でも、婚約指輪は一緒に選んで欲しいから、まずは婚約の予約ということで、これを受け取って欲しいんだけど、どうかな?」
晃一は照れながら、だが同時に不安そうに私の様子を見た。
婚約の予約指輪──
仕事中はあんなにしっかりした彼が、今は子犬のように不安そうにこちらを見ている。
僅かながら震えているように見える手は、この冬の寒さからくるものでは無いということはすぐにわかった。
私は小さく息を吐くと、ピンキーリングを持っていた晃一の手を両手で包んだ。
「もちろん喜んで」
私はその小さな箱を受け取った。
「はぁぁぁ…緊張したぁ」
晃一はベンチにもたれると大きく溜め息を吐いた。白い息は夜空へと広がっていった。
────
晃一とは、私が20歳の時に共通の友人の紹介で出会った。
第一印象は、整った顔だと思った。一流企業に勤め、美形で性格もとても穏やか。これはまさにリアル版王子様だ。
だが、一つ残念な事があった。
超絶にセンスが無かった。服装が物凄くダサかったのだ。
いや、私だって特別ハイセンスなわけではない。
そんな私でさえ初めて晃一に会った時は許容範囲を超えた服装に顔をしかめる事しか出来なかった。
────
「晃一、今着ているVネックはあんまり…それよりも、こちらのシャツの方がデニムと合うと思うよ。」
何度か晃一の服を見繕うため一緒に出掛けるうちに、自然と親しくなった。
今まで、晃一は女性とデートの約束までは出来ても、いざ待ち合わせをすると、服装を見て即フラれてしまっていたらしい。
私は特別にファッションの知識があるわけではないが、晃一に似合うものを、そして私の好みに染めていく事が楽しかった。
晃一は私が持ってきた何着かの服を手に嬉しそうに試着している。
5歳年上といっても、フニャンと笑う晃一を見ると、可愛くて癒される。
こんなに可愛いくて、素敵な人と付き合えている私は幸せの絶頂にいた。
私は就職氷河期時代を乗り越え、奇跡的に晃一と同じ会社に入社することが出来た。
人生で一番神様に感謝した瞬間だと思う。
晃一は海外対策部、私は広報部として働いていた。
ある日、私は新入社員として広報部から海外対策部へ御使いを頼まれ、初めて晃一のいる海外対策部へ足を踏み入れる事となった。
晃一に会えるかなぁ?
あのフニャンとした笑顔を思い出して私の心は小躍り状態。仕事をしている姿を想像するだけで私の足は速歩きになる。
どんな感じなのかな?
子犬みたいに甘えてくる晃一とはまた違う一面を見られるかもしれないという期待でニヤニヤが止まらない。
あるフロアまで来ると、海外対策部のプレートをドアに確認し、私は入室した。
「広報部から、お届け物です──」
さすが海外対策部、会社の花方事業部だ。部内の雰囲気は入社して間もない私でさえ分かるくらいの緊張した雰囲気。
私は晃一がいないか部内を見回した。
すると、部内中心部で異様な雰囲気が見てとれた。まるで真冬の嵐ブリザードが吹き荒れているかのような緊張感。そしてその中心にいるのは…
晃一?
「──さん、この計画書、詰めが甘いです。すぐ見直してください。──さん、見積の数字おかしいですよね。業者に確認した方が良いです。部長、その資料5ページから33ページまで読んでおいて下さい。それ以外のフォローは私の方でやっておきます。あとは──」
あれ?いつもの子犬のような晃一はどこへ?
というか、あれが晃一?険しい顔で書類を捌く晃一は迫力があった。というか、別人に見える。むしろ、別人かな?
普通は、28歳の会社員なんてまだまだ下っ端じゃないの?
言葉は一応丁寧だが、後輩だけでなく、先輩や上司へも晃一が指示しているように見える。
「新人さん?何かご用かな?」
目の前の状況をうまく飲み込めず、呆然と眺めている私に、晃一と同じ年齢くらいの男性社員が声をかけてきた。
「あ、あの、広報部からの御使いで…これです」
いつもの可愛い晃一も良いけど、キリッとしたカッコいい晃一も見られて、私は思わずニヘラッと締まりのない笑顔で書類を男性社員に渡してしまった。なんて無礼な顔をしているんだ、私!!!
だが、男性社員(これまた凄く美形だ)は、私を怒るわけではなく、目を細めて
「可愛いね。橘さんって言うんだね。下の名前は?」
男性社員は私の名札を確認して興味津々な様子で聞いてきた。唐突な質問にすぐに答えられず私は口ごもってしまい─
「え、えっと…」
「恵里香!!!」
「「!?」」
予想外の方向から聞こえてきた声に、私と男性社員が驚いて声の主の方向に同時に振り返った。先程まで中心部でブリザードを振り撒いてた晃一が、私に気づいたのか、私と男性社員が立つ入口に向かって走ってきた。怖い!いつもの子犬はどこへ?物凄い形相だ。
「長谷川ぁー知り合いー?」
男性社員は、予想外に晃一から正解の名前を言われたので、間延びした声で晃一に呼び掛けた。
「俺の彼女だよ。手ぇ出したらただじゃおかないからな」
晃一が威嚇するように男性社員に言うと「へぇへぇごちそうさまです」と言って男性社員は私に「じゃあね、エリカちゃん」と手を振って書類を預かっていった。
そして私はというと…
予定外に視線を集めてしまっている。
100人はいるであろうフロアの中心で、晃一が私の名前を呼ぶもんだから、他の海外対策部の社員が私達二人をなんだなんだと成り行きを見守っている状態なのだ。
顔がひきつる私とは真逆に、先程まで厳しい顔だった晃一が私に近づく毎に締まりのないフニャンとした顔になっていく…
仕事モードの晃一しか知らなかった同僚たちは、晃一の変貌ぶりにざわついている。
『だめだ!!なんとなくだけど、晃一の名誉のために、晃一の締まりのない顔を他の社員に見せたらダメな気がする!』
私は焦りながらも、精一杯の他人行儀で部を去ろうとした。
「じ…じゃあ、私はこれで!!!」
ガシッ!!!
遅かった…
晃一が私の手を両手で握り、目を輝かせている。本当に嬉しそうだ。
いつもの子犬のような笑顔で…
「恵里香どうしたの?俺に会いに来てくれたの?」
ガタタタッ!!!
甘えるような晃一の声により、海外対策部の至るところから同僚達がズッコケる音が聞こえたのは、気のせいではないはず…
だが、晃一本人はさほど気せず、私が訪問したことが心底嬉しいのか、完全に二人だけの世界になっている。
仕事モードからの子犬への変貌を見てはいけないような気がしたが、晃一が私を彼女だと公言してくれたのが、恥ずかしくて嬉しかった。
「何々、この子が長谷川クンの彼女?」
「えぇ!?例の!?」
「うわぁ、こんな可愛い子捕まえてたんだ!!」
晃一の後ろから、綺麗な女性3人が私を覗き込んできた。
「おい、恵里香が怖がるだろっ!!」
突然の女性出現により驚いた晃一が慌てて私を背中に隠そうとするが、そこは女性の方が強かった。
一人の女性が私の顔を覗き込んで
「私は海外対策部で長谷川クンの同期なんだけど、いつも、彼の服をコーディネートしてるのはアナタ?」
私は唐突の事で声が出ず、首を縦に振る事しか出来なかった。すると
ガシッ!!!
「でかした!!!」
今度はもう一人の女性が私の両手を握りしめ感動で泣いていた。
「鬼の長谷川って呼ばれてるけど、数年前までは壊滅的なファッションでホント酷かったんだから…」
最後の一人が当時を思い出してウンウンと頷いている。
というか、晃一は職場で『鬼』と呼ばれてるのか…
三人から私はイケメンの救世主と呼ばれ、晃一が呆れたように私から三人を引き剥がすのに苦労していた。
────
ふふふっ…
私は新入社員の頃を思い出して笑ってしまった。あの時から約3年。私も仕事に慣れてきて、それなりに責任ある仕事も任せられるようになった。
晃一は、急に笑った私を不思議に思い、もたれていたベンチから体を起こし『どうしたの?』と首をかしげた。
「せっかくだから、晃一にはめてもらおうかな、指輪」
そう言って私は晃一へ左手と指輪を差し出した。
晃一はいつものフニャンとした笑顔で指輪を受け取ると、私の左手を宝物を扱うように優しく握り、小指に指輪をはめてくれた。指輪はピッタリだった。
「綺麗…」
私は街灯に指輪をかざすと、思わず感嘆の声が漏れた。
どんなイルミネーションよりも輝いているように見えるそれを、私は何度も角度を変えて堪能した。
と、不意に右手が握られる。
右手側、すなわち晃一を振り向くと、愛しそうに私を見る晃一の手が私の顎に、そして顔が近づいてきた。
私もそれに応えるように目を瞑った。
プルルルルル…
急な電子音とともに、はっと目を開くと、晃一はバツが悪そうに携帯を握っていた。
私は無言で電話に出るように促す。
「もしもし、長谷川です。……………はぁ!?…………それ、私が処理しましたよ!!………えぇ!?違うっ!!………」
仕事モードになった晃一の顔はいつの間にか険しくなっていた。
恐らく他の海外対策部の同僚が晃一に泣きついたのだろう。
海外対策部なだけあって、世界各国から時差など関係なしに連絡が来ることが度々あるようだ。
晃一は電話を切ると、はぁぁぁ…と溜め息を吐いて頭を掻いた。
「ごめん、今から職場に戻る。家まで送れなくなっちゃった。」
「ううん。大丈夫。仕方ないよ、晃一の事を皆が頼りにしてるんだから。」
晃一は私をぎゅっと抱き締めると、ベンチから立ち上がり私の手を取った。
「恵里香と朝まで一緒にいる予定だったのになぁ…まさかこれから一緒にいるのがムサイ同僚だと考えるとゲンナリする」
晃一は苦笑した。
「結婚したらもっと一緒にいられるようになるから」
私の慰めに「そうだね」と嬉しそうに頷くと、二人で手を繋いだまま駅まで歩き出した。
帰り道、どうしてピンキーリングを選んだのか聞いてみた。
『ピンキーリングなら婚約指輪と両方付けられるでしょ』
と晃一は照れながら答えてくれた。
「今がとても幸せ過ぎて怖い」と私が言えば、「その怖さから俺が守ってあげる」と言ってくれて、繋ぐ手に力が入るのを感じた。心が暖かくなった。
公園の最寄り駅前で、晃一と離れた。
改札前で大きく手を振る晃一に、私も照れながら小さく手を振った。
私はその時、幸せで全く周りが見えていなかった。
ガシャァアアアン!!!!!!
ドン!!!!
一瞬何が起こったか分からなかった。さっきまで晃一を見つめていた視界は突然宙を仰ぎ、それと同時に衝撃が体を貫いた。
弾き飛ばされる体は糸が切れた操り人形のように制御出来ずに宙を舞った。そんな状態でも、視界の端で衝撃の原因を確認することが出来た。
なんで歩道に車が!?
周りの世界がスローモーションとなって見える。
あぁ、車が暴走して歩道に乗り上げたのか。
思いの外、ゆっくりと考える事が出来た気がする。
ドサッ!!
「うっ…」
コンクリートに打ち付けられた衝撃で顔が歪んだ…。
痛みに体を捩ろうとしたが、もう私には体の自由なんてなく、ただ衝撃を受け入れる事しか出来なかった。
自由のきかない私はさっきまで晃一がいたであろう改札に必死に視線を向けようとするが、視線は宙をさ迷うだけだ。もう、視線を動かす事も出来なくなっていた。
と、視界いっぱいに晃一が映った。
晃一は私を抱き起こして、必死に何か叫んでる。
「─────!!」
何も聞こえない。
静寂の中、晃一はいつもの優しい顔を涙で歪ませて私を呼び掛けてるように見える…。
人生で一番幸せになれた瞬間。
そしてその瞬間に、私は死ぬのだろうか。
『愛してる。さようなら。』
せめて最後にそれを伝えたかった。伝えられたのか、伝えられなかったのかはわからない。
私はそのまま視界が真っ暗になると同時に全ての感覚を手放した。
さて、次からが本番でございます。