深窓の令嬢 Ⅰ
ヒデアキとミズキはどうしていいか分からず硬直している。
反対にタカトは魔道書をペラペラと捲り始める。
そしてパタリと本を閉じる音を合図に眩い光に包まれ、光に堪えきれず閉じた目を開くと空間には俺とユウリだけが残されていた。
他のメンバーの姿が何処にもない。
「これで思う存分殺りあえるわね」
輝く鏃を殺意と共に向けられる。
「《Buon nigth“おやすみなさい”》」
強烈な一撃が翔んでくる。
透かさずアラドヴァルではね避けようとするが俺が避けたものは不幸にも矢の残像で、本物の存在に気づいたときには既に肩を射抜かれていた。
「っがぁ!!」
激痛が肩を中心に全身へと走っていく。
何かオカシイ。
「それ、ただの矢じゃないわよ。貴方も聞いていたでしょ?聖弓イチイバルは飛び道具ならばどんな物にでも変幻可能だと。それにちょっとしたスキルを使わせてもらったわ。こんなあっさりと掛かるなんて思いもよらなかったけれど。」
そうだ、これはただの矢じゃない。
鏃に毒が仕込まれている毒矢。
完全に同じものだと早とちりしてしまった。
それにスキル?
そんなものまであるのかよ。
「呆気ないわね。そのまま毒に侵されて眠るといいわ。」
「っ…。」
毒のせいか視界が歪む。
あの短時間でユウリは武器の使い方、スキルをマスターしているなんて思いもよらなかった。
徐々に知っていくものだと……。
いや、違う。
きっと俺みたいに英雄その者が現れたんだ。
そんで色々と丁寧に教えてやったんだろう。
覇弓ウルとやらは几帳面なんだろうな。
じゃなかったらこんな直ぐに武器の扱いもスキルも使いこなすことなんてまず無い。
俺は何も教えられてないってのに!
でも1つ分かったことがある。
ユウリがスキルを使えるんなら、俺にもそのスキルってやつがある筈だ。
彼女だけに付与された力とは限らない。
考えろ。
考えるんだ俺!!
「くっ………。」
「まだ動けたの?」
「……燃や、せ。」
俺の全身、毒ごと燃やせ!
ピリッと指先に火花が散り、次の瞬間俺の身体が炎に包まれる。
だが、何故か俺の身体は焼けていないし熱くもない。
寧ろ毒に侵されていたのが嘘のように全身が軽い。
「毒ごと自分を焼いてしまうなんて、なんて命知らずな……。」
「それ、俺も思った。」
でもそうするのが自然だとでも云うように身体が勝手に俺を燃やすんだよ。
毒を消そうとするんだ。
完全に毒が抜けきったところで全身を燃やす炎が鎮火する。
「さてと。反撃開始、だな。」
「ふん。言ってなさい。勝つのはこの私よ。」
アラドヴァルを構えてユウリの攻撃を待つ。
俺から仕掛けないと分かったのかユウリは指をならして幾つも分身体を出現させる。
それもスキルの1つってわけかよ。
分身体と本体が同時に弓を引く。
「《Odiare“大嫌い”》」
放たれた矢は1本から複数に、そしてまた複数にと数を増やして飛んでくる。
その総てを払うのは無理だろう。
防ぐにも限度ってものがある。
だったら…!
「おらぁ!!」
アラドヴァルを一降りしてやれば俺目掛けて飛んできていた矢達が焼け消える。
「千を越える矢を一瞬で焼き払うなんて…。」
「魔槍アラドヴァルの穂先は町を焼き尽くす程の業火。矢を焼き消すなんて簡単なことだ。」
俺はアラドヴァルを構えて一気にユウリとの距離を詰める。
相手は明らかに遠距離型の武器だ。
対して俺は近接型の武器。
距離を縮めてしまえば此方のもの!
「くっ!」
穂先が当たる前にユウリは後ろへ飛び下がる。
そして矢をマシンガンへと形状を変えて的へと撃ち込む。
直ぐに避けるが弾が止まることはない。
駄目だ。
距離を離されている!
近づこうとするが相手も撃ちながら後ろへ下がっていくものだから、なかなか距離が詰めれない。
どうする?!
「《Per mangiare“召し上がれ”》!!」
その言葉と伴に降ってきたのは───。
「お…菓子?」
コツンと頭に落ちてきたものを手に取ってみると可愛く包装された飴だった。
他にもチョコレートやクッキーにマドレーヌ。
まさかと思い、俺はそれらを遠くへ投げ捨て自分自身もその場所から離れる。
同時に轟音を響かせてそのお菓子全部が爆発した。
「避けきれてると思ってるところ悪いけど貴方のそのズボンのポケットにも入ってるわよ?」
「な?!」
こればかりは避けることは不可能だった。
俺のポケットに入っていた飴が一際大きく爆発する。
「……英雄の代理だから急所を突かない限り殺すことなんて無理でしょうね。でもその傷で今の私に勝てるかしら?」
爆発に巻き込まれた俺の体は傷だらけの火傷まみれ。
体力も一気に削がれてしまった。
ユウリがカツカツと靴のヒールを鳴らせてぶっ倒れた俺に近づいてくる。
早く起き上がらないと。
そう思うも体は言うことを聞いてはくれない。
カツン──。
足音が止まり、トリガーを引く音が聞こえてくる。
こんな早い段階でやられるのは想定外だった。
「……1つだけ質問しても?」
「随分…と、余裕…な……んだ、な。」
喋ろうとしてもさっきの爆発で喉が焼けたのか上手く話せない。
「そうね。今の貴方は全身を負傷していて将に瀕死の状態。だからこそ聞くの。」
「ふぅ…ん。」
「……死ぬのは怖い?」
コイツ……なんつーこと聞いてくんだ。
自分が優位に立ってるからって調子乗ってんのかよ。
俺は敗北感を他所にユウリに対して苛立ちを覚えた。
殺すならさっさと殺せよ!
と、思いつつも死ぬ気はない。
「殺……る、な…ら…早い方……が、いいぞ。」
「質問に答えなさい。死ぬのは怖い?」
くそが。
話が通じない。
「私はね、怖いわ。とても怖い。だから死なない為に勝って元の世界に戻るの。怖い思いなんてしたくない。……死にたくない。だってまだ友だちと呼べる子を作れてない。少女漫画のような恋だってしていない。……他にもしたいことが沢山あるのに!ねぇ、どうして私が選ばれたの?!他の子でも良かったじゃない!!」
俺への質問は何処へやら。
ユウリの余裕な態度は無くなって、必死に俺へと言葉をぶつけてくる。
「こんな変なところに喚ばれて『殺し合いをしろ』ですって?!ふざけるのも大概にしてほしいわ!!」
「……じゃ…戦わなきゃ……いいじゃねぇか。」
ペラペラと喋ってくれているお陰で俺の体力が徐々にだが回復していく。
早い段階で殺しておけば勝てたのにな。
ほんの少しだがさっきよりはマシになった今の状態ならユウリの胸をひと突きすれば勝てる。
でも相手も喚いてはいるが銃口を向けたままだ。
タイミングを逃せば俺が負ける。
殺るときは慎重にしないと…。
「……その通りね。でも決めたの。絶対に生き残るって。それに貴方はきっと覚えていないのでしょう?私のこと。」
何言ってんだコイツ。
「……やっぱりね。こんな形で再開したくなかったわ。…………さよなら、」
撃ち込まれた弾はまっすぐ的へと飛んでいく。
…………何がサヨナラだ。
「くっ…そがぁ!!」
ユウリを殺す為に残しておいた体力を他かが弾を弾くために使ってしまった。
「っ!」
「ふざけんなは此方の台詞だ。どういう事だよ?」
よろけながらもあるだけの力を振り絞って立ち上がり、ユウリの喉元に薄く炎が揺らめく切っ先を突きつける。
「別に、もうどうでもいいことよ。」
「どうでもよくないだろ。答えろ。」
「今の貴方に言う義理はないわ。」
「そうかよ。じゃあ死ね。」
「貴方もね。」
スパッとユウリの喉を掻き切ると同時に、俺の胸に鉛が撃ち込まれた。
「ふふっ。おや…す、み……な、さ…い。」
先に倒れたのはユウリ、その次に俺も倒れ込む。
『相討ち…か。何これ。全然面白くない。』
……………。