第五章 野口親生の正体
覚・・・人の心を読む妖魔。人間の姿をして人を騙すこともある。
「私、野口さんに出会えて、本当に良かったと思ってます」
「そう言ってくれると僕も嬉しいよ」
「あの時ダンプにはねられてたらもうここには居なかったですしね」
「・・・ねぇ、命ちゃん。君は今まで妖魔を退治する側だったけど、
退治される妖魔の気持ちを考えたことはあるかい?」
「えっ」
命はそんなことを聞かれるとは思ってもいなかっただけに返事に詰まっていると、
「妖魔ってうのは元々不慮の死を遂げた人間が化けて出たもので
大昔は神宮寺家じゃない別の家系がそれを退治して冥界へ送っていたんだ。」
「百年前に君の先祖である神宮寺時実が恋人に誘われて
冥界と人間界を結ぶ入口を開けてしまった事件がきっかけで
この世は再び妖魔の被害を受けることになった。」
「妖魔は元々が不慮の死を遂げた”可哀想な人間”だから僕たちは封印するだけではなく
ちゃんとねぎらいの言葉をかけてあげないといけないと思うんだ」
「そうですね!私もそう思います。でも詳しいですね・・・いつの間にそんな情報を得たんですか?」
「何故詳しいか?それは俺がもともと妖魔だったからだよ。」
「!!!!??」
みことはびっくりして目を見開いていた。
「えっ・・・でも野口さんは人間のはずじゃ・・・」
「それに・・・妖魔だったら私を助けないですよね?」
神宮寺家と対立している妖魔が神宮寺家の末裔である命を助ける訳がない。みことはそう考えたのだ。
「もし助けたのが”君を消し去るため”だとしたらどうする?」
「野口さん!!悪い冗談ならやめてください!」
「私の知ってる野口さんは妖魔なんかじゃないです。心優しい人間です!」
「君がそう思いたいだけだろう」
ビリビリビリッ!!
野口が着ている服が破け、毛むくじゃらの大男が姿を現す。
「そんな・・・・・」
命の表情は見る見るうちに青ざめていき、腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「もう君の役目はお終いだ。ここで死んでもらう」
「・・・最後に教えてください。。なんであの後すぐに私を殺さなかったんですか」
「私は覚だ。だから殺す前に君の心を読んで確かめなければならなかった。」
「神宮寺家の末裔が本当にまごころのある人間かどうかをな」
「そして・・君が今まで一度も妖魔のことを思いやったことがないことが分かった」
「残念だがさよならだ」
野口、否、覚と名乗るその妖魔が命のいのちを奪おうとしたその瞬間、
そばにあった書物が反応し神宮寺時実の姿が現れた。
「覚よ・・・そう早まるでない」
「元は不幸な人間であった妖魔を危害を加えるという理由だけで除け者にしていたことはそれがしも悪かったと思っておる」
「だが私にはわかる。そなたは人間を憎む反面人間を恋しく思う気持ちがあるのだろう?」
「覚・・・いや、野口さん。私、ほんとに野口さんのこと命の恩人だって思ってます。今でも。」
人の本心を読める覚にはそれがみことの本当の気持ちであることが分かった。
そして人間の姿に戻った覚否、野口は命の腕の中で泣いた。
なにより一番ねぎらいの言葉を欲していたのは野口自身だったのだ。
覚の正体は江戸時代無実の罪を着せられて処刑された心優しき青年のなれの果ての姿だった。
覚が命を助けたのは人間だったころの温情が残っていたせいだろう。
「アリが・・とう・・」
ふたりの間には優しい気持ちがあふれていた。
◇
百年前から続いた妖魔との争いはここで一旦終焉を迎えることになった。めでたしめでたし。