-3-
「萌波さん、命をかけてって……殺し合いをするってことですか!? それだと、もし勝っても犯罪者になっちゃいますよ!?」
あたしは慌てて疑問を投げかける。
あとは実践あるのみ。萌波さんはそう言っていた。
ここはムスティーク・バタイユの研究施設なのだから、実際にあたしと萌波さんで決闘するわけじゃなくて、ミルちゃんとシューちゃんが戦うことになるはずだ。
ただ、たとえそうだとしても、エルヴァーが安全だとは言いきれない。
最初に木乃々さんから見せてもらったムスティーク・バタイユの試合映像でも、攻撃を受けた萌波さんが苦しんでいる様子が映っていたのだから。
苦しんでいるというか、完全に気を失っていたっけ。
攻撃を食らったのはムスティークのシューちゃんだったけど、飼い主であるエルヴァーは一心同体なのだろう。
だからこそ、命がけということになる。
ムスティーク・バタイユって、とても危険な競技なんだ。
改めて、そう感じる。
犯罪者になりたくはないけど、死にたいとも思わない。
必死に戦わないといけないってことね……!
「あたし、頑張ります! 頑張って死なないようにします!」
疑問の答えを自己完結で導き出し、決意表明するあたしに、萌波さんは大きく頷いてくれた。
「そうそう、その意気よ! ……ま、ちょっと飛躍しすぎだけどね」
「え?」
意味がわからず、呆然とするあたしに、萌波さんは詳しく語ってくれた。
ムスティーク・バタイユの試合は、本来そんなに危険なものではない。
戦闘中、エルヴァーはムスティークが攻撃を受けた際、精神的なダメージを食らうことになる。それは事実だ。
でも、肉体的なダメージは一切受けないらしい。
マイナーではあるものの、テレビで生放送されたりもするのだから、負けた相手が死んでしまうような危ない競技のはずはなかったのだ。
「だったら全然、命をかけてってことにはならないんじゃないですか?」
「普通ならね。だけど……ムスティーク・バタイユには、禁忌と呼ばれている技があるの」
「禁忌、ですか」
「そう。あまりの危険さに、ムスティーク・バタイユ協会で禁忌と定められた技、『心臓ひと突き』よ」
「心臓ひと突きって……そのまんますぎ……」
「まぁ、もともとは名前すらなかった技だから。その名が示すとおり、ムスティークの心臓に直接針を刺し込んで血を吸う技よ。やられたほうは、当然死ぬ」
「そ……それはムスティークの話ですよね? それもかわいそうですけど、エルヴァー本人に肉体的なダメージはないんじゃ……」
「いいえ。試合中、ムスティークとエルヴァーは精神的につながっている状態になる。心臓をひと突きにするような攻撃では、死に至るほどのショックを受ける可能性もあるのよ」
あくまでも可能性の話。とはいえ、危険なことに変わりはない。
実際、過去にはそれで亡くなった人が何人も出ていたのだという。
事態を重く見た協会側は、禁忌としてその技を封印した。
使用を禁止するだけでなく、死に至るような技が発動された場合、瞬時に判断して強制的につながりを解く機能も開発された。
正式な試合会場では、その機能を持った設備を整えることが必須となっている。
「でもね、それを実現するには巨額な費用が必要になるの。ムスティーク・バタイユの舞台となる設備はこの研究所にもあるけど、不完全なのよ。禁忌の技を感知してつながりを解く機能までは備わっていない」
「そこで戦うから、命がけなんですね」
「ええ」
危険を伴う状態で行われる、ムスティーク・バタイユ。
萌波さんは決闘、すなわち本気の戦いを挑んできている。
あたしは、正直怖かった。
なら、逃げ出す?
悪魔のささやきが聞こえる。
だけど……。
あたしは逃げない!
――ぶぅぅ~~~~~んっ!
ミルちゃんだって、羽音を力強く響かせ、闘志に燃えている。
もともとミルちゃんは、戦うために生まれてきたムスティークなんだ!
あたしが怖気づいて戦わせないなんて、それは単なるエゴでしかない!
「わかりました! あたし、戦います!」
決意を込めた答えに、萌波さんは微笑みながら頷いてくれた。
☆☆☆☆☆
あたしは萌波さんに連れられ、研究所ムースバターの奥にある部屋へと入っていった。
そこは学校の教室くらいの広さで、壁には大きなモニターが取りつけられていた。
部屋の中央には地球儀サイズ程度の丸い物体が置かれ、その左右には人間が入れるくらいの四角い金属製の箱のようなものが存在している。
入り口付近を見た限りではちょっと狭苦しい印象だったけど、この研究所、どうやら奥行きはそれなりにあったようだ。
「ここがバタイユ・ルームよ。これがムスティーク・バタイユの舞台となる、スフィアとエスプリ・ボワットなの」
「エスプリ・ボワット?」
スフィアについては前に木乃々さんから説明を受けたことがあったけど、エスプリ・ボワットというのは初めて聞く名前だった。
萌波さんは丁寧に解説してくれた。
直訳すれば『精神の箱』となるエスプリ・ボワットは、エルヴァーが中に入ってムスティークを応援する応援席のようなものらしい。
もしくは、操縦席と呼んでもいいのかもしれない。エルヴァーの意思に反応し、ムスティークは様々な技を繰り出すみたいだし。
ぱっと見た感じ、随分とチャチな印象を受けてしまったけど、正式な会場ではもっとしっかりした作りになっているのだとか。
「エスプリ・ボワットの中には、小型のモニターが設置してあるわ。そこにムスティークにつけられた超小型カメラからの映像が映し出される。エルヴァーはそれだけを見て戦うことになるのよ」
「つまり、ミルちゃん視点の映像しか見られないってことなんですね」
「ええ、そうなるわ。さあ、理葉さん。そっちのエスプリ・ボワットに入って。決闘を開始するわよ!」
「はいっ!」
あたしたちはミルちゃんとシューちゃんをスフィア内に放ち、エスプリ・ボワットの中へと身を進める。
言われていたとおり、内部には小型のモニターがあり、他にもマイクやスピーカーらしきものが存在していた。
明かりはあるけど、ドアを閉めきるとかなり狭い。閉所恐怖症の人には厳しい状況なのではないだろうか。
あたしの場合、逆にテンションが上がりすぎるくらいだけど。調子に乗ってジャンプしたり手を振り上げたりしたら、壁に思いっきりぶつかってしまいそうだ。
『理葉さん、聞こえる?』
不意に、スピーカーから声が聞こえてきた。
「あっ、はい!」
『こうやって、お互いのエルヴァーが会話することも可能になってるのよ』
「そうなんですね~」
『あと、モニターの右下辺りに、ウチの顔も映ってるわよね?』
「あ……はい! 萌波さんの意外とカサカサな肌もよく見えます!」
『ちょっ!? 余計なこと言わないの! っていうか、ウチの肌はピチピチよ!』
「ピチピチって言い方からして、なんか古そう……」
『古そうとか言うな!』
なぜか怒り心頭の萌波さんだったけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
命をかけた本気の決闘が始まるのだから。
「黙ってください! あたしと萌波さんは今、敵同士なんですから!」
『そ……そうね。試合開始よ!』
試合が始まると、あたしの気分はうなぎ上りで上昇していった。
モニターに目を向けて戦うと、本当に空を飛んでいるような感覚に包まれるからだ。
ミルちゃんっていつも、こんな視点で見てるんだ!
戦いの舞台であるスフィア内を飛び回るだけでも、なんだか楽しくなってくる。
『ちょっと理葉さん、なにフラフラ飛ばせてるのよ! 決闘なんだから、こっちに向かってきなさい!』
「あ、そうだった」
ミルちゃんが体を反転させたのか、モニターの中央に決闘相手であるシューちゃんの姿が捉えられる。
あたしの思ったとおりに、ミルちゃんが動いてくれている。そんなふうに感じられた。
『実際にエルヴァーとムスティークはつながってるから。考えたことはそのまま伝わっていると思っていいわ!』
なるほど。
それなら、勝てる!
だってあたしとミルちゃんは、仲よしこよしの家族なんだから!
「行け、ミルちゃん! ミサイル攻撃よ!」
映像で見た試合のように、大量のミサイルを放つ場面をイメージする。
でも、ミルちゃんからはなにも発射されたりはしなかった。
「あれ? どうして?」
『当たり前よ!』
困惑するあたしに、萌波さんが答えてくれた。
『スフィア内ではなんでもできる、っていうのは確かだけど、そのためには凄まじい精神力が必要となるの。普通は自分の性格に合った攻撃しかできない。それが得意技ってことになるのよ!』
「得意技……ですか」
『そうよ。エルヴァーの血を通して、ムスティークに能力が与えられる感じかしら』
ムスティークが血を吸うのは、ご飯って意味だけじゃないんだ。
『たとえば、ウチだったらコレ!』
という声がしたと思った直後、シューちゃんの目の前に半透明の光る壁のようなものが出現する。
『シールドよ! どんな攻撃でも防げる、鉄壁の守りなの! 身持ちが固いウチの性格を、よく表してるわよね!』
「頭が固いの間違いじゃ……」
『なんですって!?』
「あっ、肌も固いかも」
『肌はモチモチのスベスベよ!』
萌波さんから怒声が飛んでくるのと同時に、シューちゃんからはシールドが飛んでくる。
『そしてこうやって、シールドを飛ばして攻撃にも使えるの!』
「そ……それはすでに、シールドの域を超えてますよ~~~!」
必死に避ける。
『ちょこざいな! 素直に直撃を受けなさい!』
「嫌ですよ~! 死にたくないですし~!」
次々と飛ばされてくるシールドを、機敏な動きで回避し続ける。
避けるだけじゃ、勝てない!
あたしは反撃に打って出る。
……って、どうやって攻撃すればいいの……?
ミサイルは出なかった。
萌波さんはシールドという技を持っている。
あたしにも、なにか得意技があるのだろうか?
ムスティーク・バタイユの場合、どうやらエルヴァーの性格を反映した技が使えるようだ。
あたしの性格、か……。
う~ん……。
あたしって、ごくごく普通だからな~。なにも思いつかないよ~。
考えながらも、萌波さんのシールド攻撃は難なくかわす。
萌波さんって意外と弱い?
『もう! なんなのよ、ふらふらと! 動きが読めないにもほどがあるわ!』
あ……、それだ!
「きっとこれが、あたしの得意技よ! なんか、さらりと避けちゃう、みたいな!」
『あ~、なんとなくわかる気もするわ。あんた、変わってるもんね』
「あたしは普通ですよ! あたしが言いたいのは、神様に選ばれていて運よく回避できちゃう、って意味です!」
『それは違うと思うけど……』
とはいえ、ミルちゃんは無数に飛んでくるシールドを鼻歌まじりで避け続けている。
まぁ、鼻歌を歌っているのはあたしだけど。
ともかく、これがミルちゃんに与えられた能力と見て間違いないだろう。
絶対に避ける能力。
これがあれば、負けはしない!
……でも、勝てもしないよね……?
どうしたものか。指針が定まらず、思考が止まる。
それと合わせるかのように、ミルちゃんの動きも止まる。
『今よ! 行け、シールド乱舞!』
四方八方から萌波さんの出現させたシールドが迫る。
避ける能力。
それは避ける隙間があればこそ発揮できる。
全方位からの集中砲火を浴びれば、成すすべもない。
「きゃあっ!」
攻撃を受けたのはミルちゃんなのに、あたしの全身にも衝撃が襲いかかる。
これが、つながっているということ……。
余裕を持って考えているような暇など、あるはずもなかった。
『これで終わりよ!』
あたしは萌波さんに負けてしまうのね。
萌波さんに、殺されてしまうのね。
ああ、思えば短い人生だった。
あたしがいなくなったら、留架は悲しんでくれるかな?
幼い留架が迷子になって泣いていた場面を思い出す。
これが走馬灯ってやつ?
その留架の顔が消え、目の前に大きく映り込んできたのは、チャーミングな蚊の顔だった。
シューちゃんだ。
ミルちゃんほどじゃないけど、同じムスティークだし、やっぱり可愛い。
『トドメを刺してあげる!』
萌波さんの声。
そっか。最後は接近戦に持ち込んだのね。
禁忌とされている、心臓ひと突きを繰り出すために……。
やけにゆっくりと流れる時間。
そう感じるだけだったのかもしれない。
…………。
ふと気づく。
目の前に敵がいるなら、状況は五分五分じゃない?
次の瞬間、あたしは叫んでいた。
「反撃よ! ミルちゃん、やっちゃいなさい!」
『な……っ!?』
萌波さんの驚愕の表情が、モニターの片隅に映る。
ミルちゃんの口から伸びた針は、見事にシューちゃんの心臓を貫いていた。