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ムスティーク・バタイユ  作者: 沙φ亜竜
第1章 ミルちゃんは家族だから
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-3-

 あたしは今、録画されたムスティーク・バタイユの様子を、研究所ムースバターの応接室にある大きなテレビで見ている。


「おお~~~~う!」


 目をキラキラ輝かせてそれを見ているのは、なんと弟の留架のほうだった。

 あたしがムスティーク・バタイユに出ると言ったときには、「ああ~~~、姉ちゃんも大バカだった!」と頭を抱えていたというのに。

 というか、姉に向かって大バカだなんて、とってもひどい大バカな弟だ。


 それはいいとして、今現在の留架はテレビ画面に飛びつくほどの勢いで、映し出されているムスティーク・バタイユの映像を目に焼きつけている。

 蚊と蚊の戦い。

 と表現すると微妙な感じがする。

 でも実際には、そんな陳腐な印象ではなかった。


 男の子ってもともとバトルものが好きな生き物だから、留架が熱中しているのは不思議ではないかもしれないけど。

 バトル系のマンガやらアニメやらゲームやらに興味のないあたしでも、目の前で展開されている激しくも美しい戦いに引き込まれていた。

 録画映像だというのに、いや、だからこそなのか、充分以上に目と耳を楽しませてくれる。


 戦うために生まれた蚊――ムスティークとはいえ、所詮は蚊。普通の蚊より若干大きめのサイズではあっても、足を含めて体長二センチ程度の小さな体でしかない。

 そんなムスティーク同士が激しくぶつかり合ったからといって、迫力のあるバトルになるはずもない。そう考えるのが普通だと思う。

 だけど映像として記録されているムスティーク・バタイユは、音と光の演出を交えながら、凄まじい臨場感を伴ってあたしの網膜と鼓膜を刺激してくる。


 ムスティーク・バタイユの舞台となる『スフィア』は、いわば球体状の闘技場とも言うべき場所だ。

 そこに入れられたムスティークが壮絶なバトルを演じるわけだけど。

 透明な球体の外壁部分には、至るところにカメラが設置されていて、動きを感知して自動的にムスティークの姿を撮影する。


 また、それぞれのムスティークの頭上辺りにも超小型カメラが取りつけられ、実際に飛んでいる状態と同等の視界を得ることができる。

 さらには自動追尾する超小型飛行カメラも複数用意されていて、至近距離からムスティークの様子を捉える。

 それらの中から一番効果的と思われるカメラの映像がメインコンピューターによって選択され、会場にある大型モニターに映し出される。


 その上、オートエフェクトという機能もあって、実際にはさほど派手ではない戦いに爆発や光の演出・効果音などが自動的に加えられる。

 そういった処理は瞬時に行われるため、試合の様子を生放送する場合でも迫力のあるバトル映像が堪能できるようになっている。

 まだほとんど知られていない競技という話だったけど、これは今後、急速に広まっていく可能性を秘めているのではないだろうか。



「戦いの迫力や臨場感もすごいけど、なんといっても、ムスティークが可愛らしいよね!」

「え……?」


 素直な感想をこぼすと、留架がなにやら腫れ物にでも触れるような視線を向けてきた。

 ムスティークは、見た目だけならほとんど蚊そのもの。ペットとしてミルちゃんを飼っているあたしにとって、これは当然の感想だと言える。

 ただ、少々不可解な部分もある。あたしはそれを尋ねてみることにした。


「どうして戦わせるのが、蚊なんでしょう?」


 根本的な疑問。この質問に、一緒に映像を見ていた木乃々さんが答えてくれた。


「蚊がとても優れた生物だからよ」

「なるほど」

「ちょっと姉ちゃん! それで納得するなよ!」


 留架のツッコミは置いておくとして。木乃々さんは苦笑しつつも、解説を続けてくれた。


「蚊の口って、血を吸うためのストローみたいなイメージだと思うけど、それだけじゃなくて、かなり精密な構造をしているの。全部で七つの層に分かれているのよ。

 先端部にふたつのナイフのような部分とノコギリのような部分があって、皮膚なんかを切り裂く。そして、一本の管を血管に刺し込んでだ液を流し込む。血液を凝固させないための成分を含むそのだ液が、刺されたときのかゆみの原因ね。

 そこまでしたあと、ストローを刺し込んで血をたっぷりといただくってわけ。とても小さな体なのに、よくできてるわよね。生命の神秘だわ」


 うっとりとしたような目で語る木乃々さん。


「それは知ってます。だからあたし、この子にミルフィーユって名前をつけたんですよ!」

「そうなのね。まぁ、口が七層になっているといっても、実際には管状だから、ミルフィーユの層とは違う気もするけど……」

「いいんです! 可愛いから!」


 とにかく、そういった蚊の性能に興味を持ったフランスの生物学者ラファエル・グロージャンの研究チームによって、ムスティーク・バタイユの歴史は始まった。

 サイズが小さく繁殖能力も高い生物だったことも、研究対象として蚊が選ばれた理由のひとつだったのかもしれない。


 実際には、ムスティークとしての能力を持って生まれる個体はかなり少ない、という話だけど。それがわかったのは、研究が進んでからだったのだと考えられる。

 その後、ムスティークの研究は世界へと広まっていき、オートエフェクトなんかの技術は日本で開発されたのだとか。




『お~っほっほっほ! ぬるい! ぬるいですわ!』


 突然、スピーカーから甲高い声が響き渡った。

 あたしは視線をテレビ画面に戻す。


 ムスティーク・バタイユで直接戦うのは、二匹のムスティークになるのだけど。

 それぞれのムスティークには、血を与えているエルヴァーが存在する。

 今見ている映像は、去年の関東大会の様子らしい。画面の左右の下側には、応援しているエルヴァーの顔の映像が別枠として表示されている。


 そこには名前の表記もあった。さっき甲高い声で喋っていたのは、《じゅずはら》数珠原鮎季(あゆき)という女の子のようだ。

 ふわふわで分量の多い髪の毛を、左右ふたつずつ、真っ赤なリボンで留めているのが可愛らしい。

 若干つり上がり気味の眉は、気の強さを如実に示しているように思えたけど。


「この子はね、県内で最強のエルヴァーと呼ばれているの。お金持ちのお嬢様みたいね」

「ふぇ~」


 お嬢様、などという人種が実在しているなんて、あたしとしては心底驚きだった。


「どうでもいいけど、この『ヤキニクテイショク』って……」


 留架が画面右下、鮎季さんの顔が映っているほうに表示されている、もうひとつの文字の並びを指差しながらつぶやく。


「ええ。それが彼女のムスティークの名前よ」

「焼肉定食……。一気にお嬢様らしさが吹き飛んだ気がする……」

「うん……」


『くっ……、でも諦めちゃだめ! 頑張るのよ、シューちゃん!』


 再びスピーカーから大声が響く。

 今度は対戦相手のほうだ。

 表示されている名前を見ると、葛里(くずり)萌波(もなみ)さんという女の子と、シューティングギャラクシーというムスティークだとわかる。


 あたしより年上っぽいから、女の子と呼んでしまうのは失礼なのかもしれない。

 萌波さんはショートカットで、ぱっと見なら可愛い系の男子と言っても通用しそうな雰囲気だった。

 でも、その彼女の顔は今、かなり苦しそうに歪んでいる。

 戦っているのはムスティークで、萌波さんは応援しているだけのはずなのに。


「ムスティーク・バタイユでは、ムスティークとエルヴァーとのつながりも重要なの。つながりが強ければ、指示した声に従い、思ったとおりに戦ってくれる。その代わり、ムスティークが受けたダメージまでも伝わってしまう。物理的な衝撃を受けるわけではないけど、精神的に疲弊していく感じかしらね」

「とはいえ、かなりの痛みを伴うみたいだよ」


 木乃々さんの言葉に、知念さんが補足を加える。


「えっ? だったら姉ちゃんも、出場したら危険な目に遭うんじゃ……」

「物理的な傷を受けるわけじゃないから、危険ではないわ。精神的なダメージに対する抵抗力は、トレーニングによって高めてもらう必要があるけど」

「トレーニングですか……。そういうの、苦手なんだけどなぁ。ま、どうにかなるかな?」

「姉ちゃんは楽観的すぎなんだよ!」


 映像にのめり込んでいる様子の留架ではあったものの、あたしがムスティーク・バタイユに参加することへの反対姿勢は崩していないのだろう。

 そんな中、録画映像ではムスティーク同士の戦いが佳境を迎えていた。


『お~っほっほっほ! それではそろそろ、決着をつけさせていただきますわね! 最終兵器を発動しますわよ、ヤキニク!』

『最終兵器!? シューちゃん、逃げて!』


 ふたりのエルヴァーの声が響く。

 鮎季さんのムスティーク、ヤキニクテイショクが空中に停止。

 次の瞬間、その体から無数のミサイルが発射された。


「ミ……ミサイルぅ~~~!?」


 さすがに驚く。あたしの隣では、留架も同じように目を丸くしていた。

 あっ、そうか。これもオートエフェクトによる演出なのか。

 というあたしの想像は、どうやら完全にハズレだったらしい。木乃々さんが解説してくれた。


「ええ、見てのとおり、ミサイルよ。ムスティークとエルヴァーのつながりによって、舞台となるスフィア内であれば、なんだってできるようになる。それがムスティーク・バタイユの真骨頂なのよ!」


『きゃああああああああああああああっ!』


 大きな悲鳴を残し、左下に表示されていた萌波さんの顔が消える。


「その場で倒れてしまったのよ。気を失ったのね。まったく、完全にダメダメな最悪の戦いだったわ。グズよグズ!」

「そんな言い方はないんじゃ……。この萌波さんって人だって、頑張ってたと思いますよ?」


 木乃々さんがあまりにもひどい言い方をするので、あたしは思わず、見ず知らずの萌波さんを擁護していた。

 だけど木乃々さんの勢いは止まらない。


「いいえ、全然なってないわ!」

「でも、あんなにたくさんのミサイル攻撃なんて、どうやっても避けられない気が……」

「あれだって、気力さえ保てばどうとでもなっていたはずなのよ! スフィア内ではなんだってできるんだから! 球体のシールドでも展開すれば、直撃を避けるどころか一撃も受けずに済んだのに!」

「まぁまぁ、木乃々さん。そんなに興奮しないで……」

「あの子には、もっとしっかりしてもらわないと!」


 と、そのとき。

 背後から誰かの足音が近づいてきた。


「木乃々さん、なにしてるんですか? ……あっ、お客さんが来てたんですね、すみません!」


 つい最近、耳にしたばかりの声。

 振り向いてみると、そこに立っていたのは、ショートカットがよく似合っている凛々しい印象の女性だった。


「あっ、萌波さん!」

「えっ? どうしてウチの名前を……って、それ、ウチがボロ負けしたときの映像じゃないですか!」


 萌波さんは肩をいからせながら木乃々さんに詰め寄り、激しく怒鳴りつける。


「負けた試合を研究して次につなげるのも、強くなるためには有効でしょ? だから、この子たちと一緒に見てたのよ」

「絶対嘘だ! だったらウチも同席させるはずですよね!? 最初から笑い者にするために見せたんじゃないんですか!?」


 鬼のような形相の萌波さんは、続けてあたしと留架に鋭い視線を向けてくる。


「……この子たち……誰ですか?」

「新しくスカウトしてきたの。ムスティーク・バタイユに出場するエルヴァーとしてね」

「へぇ~、そうなんですか……」


 じと~っとした目で全身をねめつけてくる萌波さん。

 視線はあたしの手からヒモを通って、そのままミルちゃんへと向けられる。


「ヒモで縛ってるのね。そんな状態で、ムスティークと心を通じ合わせることなんてできるのかしら」

「あたしはミルちゃんを家族だと思ってます! だから大丈夫です!」


 根拠なんてなにもなかった。

 それでも、ミルちゃんとあたしの仲を疑うような発言には、我慢がならなかったのだ。


「ふ~ん。あなたは家族をヒモで縛って引っ張ったりするんだ~?」


 萌波さんは、いやらしい笑みを浮かべ、あざけるように言い放つ。

 あたしは……。


「はい」


 即答で肯定。


「は?」

「あたしの大好きな弟……この子、留架って名前ですけど。普通にロープで縛って引きずり回したりしますよ? 留架だって楽しんでくれてるし。ね~?」

「た……楽しんでなんかないよ! ロープで縛られて引っ張られたのはホントだけど……」

「……この子たち、おかしくないですか?」

「ええ、ちょっとおかしいかも」


 萌波さんだけならともかく、木乃々さんにまでおかしいと言われるなんて心外だ。

 ここで留架が、今までいろいろと分析していたのだろう、自分なりの考えを口にする。


「あの……さっきの試合に出てた萌波さんがここにいるってことは、この研究所に所属しているエルヴァーなんですよね?」

「ええ、そうね」

「それってつまり、萌波さんが負けたから代わりに勝てる人を探してる、ってことなんじゃないですか!? この研究所は正直、規模も小さいみたいだし、試合に勝って名を上げたいってのが本当の目的なんじゃ……」

「否定はできないわね」

「うわ、あっさり認めたし! こんなことに協力する必要ないよ! 姉ちゃん、やっぱり帰ろう! ミルちゃんだって、戦いなんかしないで、平和に生活していけるほうがいいに決まってるよ!」


 言うが早いか、何度目になるかわからないけど、留架はあたしの手を強引につかんで応接室を出ようとする。

 その動作を、止めた。

 他の誰でもない、このあたし自身が。

 留架がピンと張った状態の腕を懸命に引っ張るも、あたしは動かない。


「あたし、やるよ」


 ハッキリと宣言する。


「姉ちゃん! どうして!?」

「だって、」


 あたしはミルちゃんに目線を向ける。


 ――ぶぅぅぅぅぅぅん!


 ヒモにつながれた状態のまま、ミルちゃんはあたしの頭の上をくるくると旋回する。


「ミルちゃんがやりたいって言ってるから!」


 迷うことなく言いきる。

 留架も木乃々さんも知念さんも萌波さんも、感動でもしているのか、言葉を出せない様子だった。


「ま……まぁ、うん。理葉さん、私たちはあなたを歓迎するわ。これから頑張って、いいエルヴァーになってね」

「はいっ!」


 なぜか若干引き気味のようにも思える木乃々さんの言葉に、あたしはひと際大きく返事の声を響かせた。


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