第三章(2)
「そういう事じゃなくて、これは渚本人の問題じゃないですか――!」
「ちょ、ちょっとひろ、落ちついてって……」
「国がどうとか法律がどうだか知らないっすけど、まず第一に本人の気持ちを尊重するべきだと思うんです」
一度話しだしたら止まらなかった。先程の渚の家での事、直前に掛け合った担任との会話。結局何一つ解決策が見いだせなかった。
そして今話している相手、学校長が相手ででも、それは全く変わらなくて。そこまでで溜まっていた物が全て溢れてしまっている。
悔しかった。渚の気持ちを知っておきながら何も出来ない自分が。物凄く腹が立った。何もしてくれない周りの大人たちに。
「……だからね、楠くん。君たちの話はよくわかりました。ですがこればかりはどうしようもない事なんですよ。何度も説明しましたよね?」
「今回の話は如月さんにとって、とても名誉な事なんですよ。素晴らしい能力を国から認められ、環境の整った空間で学べる。他に何を望むと言うんですか」
「何って……だから渚は! 他の普通のやつみたいに特別扱いとか望んでないって言ってるじゃないすか、普通ならそれでいいって!」
「ふーむ……何と言おうと覆る事はありません。今回の件で特例が認められる要素はないのですから。それに……休日には外出も出来るでしょう。何も困る事はないと思いますが」
「さて……この辺でいいですか、これから会議がありますので」
校長は椅子から立ち上がり、職員室へと繋がる扉に向かう。
俺の身体は無意識の内に動き始め、怒りで震えていた拳を強く握り締めると足が地面を蹴り上げた。
「てめっ、ざけんじゃ――」
その刹那、俺の右頬は強い衝撃を受け、地面を蹴った事によりバランスを失った身体が校長室の床へと崩れ落ちた。
俺は何が起こったのか理解出来ずに頭の中が真っ白になった。
「ひろ……もう、いいから……あ、あの……校長先生、すいませんでした……」
渚は俺の腕を掴むと俺の身体を引っ張り起こす。そしてそのまま俺たちは校長室を後にした。
誰もいない夏休みの廊下で、俺たちは暫く無言のまま佇んでいた。
まだ頬がひりついている。じんわりと中から熱を発しているように。でも今は表面的な痛みよりも心が痛かった。
「ごめんね……ひろ……」
「いや、俺の方こそ……ごめん。てか……ありがとう」
あのまま渚が俺を止めてくれなかったら、感情に身を任せ校長を殴っていただろう。
そんな事になったら大問題だ。そしてそれをしてしまったら……ただでさえ可能性がないに等しい渚の問題が、終わりになってしまっただろう。
いつの間にか、学校に着いた時はまだ明るかった空が赤く染まり、夕焼けとなって窓から光が差し込んでくる。
俺たちはどちらからともなく歩き出し、学校を出る。そのまま近くの公園へと移動した。




