第三章(1)
八月五日
前と同じ駅前での待ち合わせ、約束の十二時より俺は二十分程早く着いてしまった。
渚と会ったら何を話そう、今後の進路についてどうしたら上手く行くのか、正直何を話せばいいか、完璧に勢いでここまで漕ぎつけてしまったわけだが。
丁度よかったのは渚の親父さんが今日は休みで家に居ると言う事か。
電話で話した感じだと、渚もどう説明するか考えて居たみたいなので、正直俺は後押し、いや、渚の傍に同意者として居ればいいのか。
その後余り長引かなければ学校へ行く予定だが、事が上手く運べばいいが……。
「あ、浩人ー、ごめんね、待った?」
真っ白なサマーニットを揺らし、短めの赤と黒のプリーツを舞わせ、その色に映える白のニーハイをすらっと見せつけてくれる彼女がやってきた。
「そのスカート可愛いな」
俺は柄にもなく褒めてみる。
こんな事言うの初めてかもしれない、言った途端顔から火が出そうな程恥ずかしくなった。
「え、そう? ……ありがと」
もじもじと、胸の前で指を合わせる渚、まんざらでもなさそうだ。
「あ、あぁ。そういえば久しぶりだな、渚の家に行くのも」
「そういえばそうかも? この前お母さん言ってたよー、今度ご飯食べにきなって」
「渚の母さんの飯美味いからな、楽しみにしとくわ」
「じゃあ来る前に何食べたいか言ってね、お母さんに伝えておくから」
ハンバーグ、ロールキャベツ、麻婆豆腐……どれもいいな……腹減ってきた。
「ああ、わかった」
「私も気合い入れてお手伝いするんだー♪」
「え、いやそれはやめておいたほ……いひゃいひゃい!」
どうやら失言だったみたいだ。その証拠に俺の頬が悲鳴をあげている。しかし、前に作ってもらった時はひどい目にあったからな。
あれ、でもそういえば最近は自分で弁当を作ってるって言ってたっけな。それならましになったんだろう。
「全くもう……お母さんに教えてもらって上手くなってるんだからね」
「そうかそうか、それは楽しみにしておくわ」
「むぅー、何よ、その態度はー!」
そんな他愛もない会話をしながら俺たちは渚の家へと向かった。
この時はまだ、何か解決策があると信じて疑わなかった。
だってそうだろう? 今普通に生活している中でぱっと渚がどこかへ行ってしまうなんて、考えもしない。
一緒に話をして、飯を食って……そんな日常が誰かの手によって消え去ってしまうなんて……。
結局の所、渚の親父さんは「国がそう決めているのなら……」と言うスタンスだった。
渚の気持ちを尊重したいが、現状はそれに従うしかないと。それと同時に施設で受ける待遇には好感触のようだ。
そりゃそうだ、恵まれた環境で将来も約束され、費用も一切かからない。娘の将来を考えるのなら何事にも劣らない最高の進路だ。
確かにそれについては俺も同じ事を考えていた。でも今は渚の気持ちを聞いて、渚がそう望むのならそうさせてやりたい。
残された道は……。
軽い昼食を頂き、両親に挨拶を終え、とりあえず次の行動に移るために二人で渚の家を後にする。
「学校、行ってみるか」
時刻は十四時を回った所。事前に学校に教師が居る事を確認していた俺は渚にそう伝えた。
「うん……」
横並びに歩いていた渚は、先程の話途中から終始俯き、声色に生気がない。
普段から鈍感と言われている俺だが、さすがにそんな渚の気持ちは理解する事が出来た。
いつも助けられてばかりだからな……。横に居る渚の手をぎゅっと握った。
「……え?」
二人共同時に足が止まった。
ふっと渚の視線が上がり、こちらを見つめている。俺はすぐに視線を反らしてしまうが、渚の問いに答えるように、握る手に力を込めた。
渚も俺の気持ちを汲んでくれたのか、強く握り返してくる。そして同時に止まっていた足が学校へと動き出す。
親がダメでもまだ学校の教師がきっと何か案を考えてくれる。でも正直不安でいっぱいだった。
渚の親父さんに相談すればきっとなんとかなると思っていたから。後はもう……残された手段に頼るしかない。
強い日差しとセミの声を受け、本格的な夏の訪れを感じながら俺たちは学校を目指した。
その間お互いに話す事もせず、熱で汗ばむ手を離す事なく歩き続けた。




