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SeaSideStory  作者: 結城ゆき
第二章
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第二章(完)

「あ、おじいちゃん、ちょっといいかな?」

 周りとの会話に加わらず静かに酒を飲むおじいちゃんは俺の問いにゆっくりとした口調で答えてくれた。

「なんじゃぁ? お前は、浩人だったな?」

「うん、あのこれ、屋根裏で見つけたんだけど、おじいちゃんの物?」

 古い写真集を手渡すと、何かを思い出しているかのように険しい顔をしている。

「わしの部屋に来るか?」

 手に持ったコップの酒をぐいっと飲み干すと、俺の返事も聞かずに一升瓶を小脇に抱え席を立つ。

 俺の答えは言わずもがな、そのままおじいちゃんの後を着いていく。

 おじいちゃんの部屋は書斎兼寝室になっており、本棚には古い本がぎっしりと陳列されている。

「まぁそこでも座れ」

 言われた通り小さな椅子に腰を掛ける。

 一升瓶から酒を注ぎ、またぐいっと煽る。

「その本はどこにあったんだ? もう大分古い本だからなぁ、わしゃぁ捨てたとおもっとったんだが」

「俺の泊まる部屋の屋根裏にあったんだ」

「おうおう、あそこか、あそこは物置としてつかっとったんだが何分不便じゃろう、重いもん乗せるのも一苦労だしのう」

「梯子があったんだ、箒とか入ってるとこに」

 俺は今さっき自分が見てきた物を一つ一つ話していく。

 おじいちゃんは「そうかそうか」と俺の話を聞いてくれた。

 そして話を本題へと移す。

「この本に写ってる写真って昔の日本なんでしょ? その下界って言う水に沈む前の」

「そうじゃよ、どれどれ……」

 本の巻末ページを見ている、年号を調べているのだろうか。

「これは今から四十年前の下界じゃな、こんときはまだ誰も水の中に沈むなんて思いもしてなかった頃じゃ」

 四十年前って言われても想像もつかなかった、何せ親ですらまだ生まれていない時代だ。

「今の新世界とはどう違ったの?」

「時代も時代じゃったからのう、あれが違うこれが違うと細かい事を言っておったら限がないんじゃが、この新世界よりは自然な世界じゃったよ」

「土も水も空気も何もかも自然から与えられた物だったんじゃよ、わしゃぁどうしてもこの新世界が好きになれんのじゃ、アクアシードから作られたこの世界がのう」

 おじいちゃんの話によると、そのアクアシードと言うレアメタルが発見されたのは、今から二十五年前の事らしい。

 三十年前に急な水位の上昇が始まると、一瞬にして某国の世界で一番水没に近い島を水の底に沈めた。

 それをきっかけにし、各地での水位の上昇は収まる事を知らず、次々と海抜の低い土地は水の中へ。

 初めは温暖化に因る水位の上昇が真っ先に原因としてあげられ、各国から集められた研究チームの手によって調査が行われた。

 だが、温暖化は直接の影響がないと判断され、原因は分からずじまいであった、が。

 この時日本チームが南極で今まで発見された事のないレアメタルの採取に成功する。

 これがアクアシードである。

 このアクアシードは今まで成し得なかった動力源となり、当初は計画だけ先行し不可能と思われたこの空中国家、新世界の建造まで可能にしたのだ。

 下界より海抜の高い新世界は空気も当然薄い、そこで全土に新鮮な空気を作り、送り出す空調、自然の物と何ら変わらない砂利や土の生成機等、いくつもの生活していく上で必要な物を補ってくれた。

 そしてそのアクアシードを巡り各国で争いが起き、すぐに争奪戦が始まった。

 他国の妨害や、略奪、中では殺人も起きたという。

 それを見かねた国連が立ちあがり、アクアシード条例が出来上がったり、各国年間で採掘出来る量が定まった。

 それは今でも守られており、今最も下界で人間の行動が確認されているのが南極である。

 ここまでの話を俺は黙って聞いていた。

 そして、写真集の中に挟まっていた1枚の写真を俺は受け取った。

「この写真は?」

「わしが昔住んでおった三隅市と言う場所の写真じゃよ」

 その写真を見たとき俺の中で芽生えていた感情が大きく花開く。

「何にもないとこじゃったが、住みやすくいい所だったのう……」

 大きな建物を背景にし、真中に立派な桜の樹が佇んでいる。

 この建物は学校だろうか、だとしたら校庭のど真ん中にこの桜の樹があると言う事になる。

 普通の写真のはずなのに、その満開に咲く桜の花、堂々とした佇まいの桜の樹……俺を魅了するには十分すぎた。

 



 ――今俺が思っている事はただ一つ。

 下界へ行き、この桜の樹があった場所へ行こう。

「この写真、もらってもいいかな?」

「その写真が気に入ったのか? なら持って行っていいぞ、確かそこは……三隅第二小じゃったかな」

 その後も当時の話や、おじいちゃんの子供の頃の話を色々してもらっていると、母さんに買い物の用事を頼まれたので、話は中断となってしまった。

 結局その後もおじいちゃんと直接話す機会は生まれず、あっという間に俺の小旅行は終わってしまった。

 おじいちゃんと話した後、頭の中は下界の事でいっぱいになり、結局何をして何を食べたか、それすらも曖昧なままの旅行だった。

 そんなこんなでとりあえず地元に戻ってきた俺はまず……。

「――渚の所へ行こう」

 下界へ行く前にまずは消化しなければならない事が沢山残っていたからだ。

 俺に何が出来るのだろうか、俺は渚の気持ちに応えられるのだろうか。

 頭の中で色々な考えを張り巡らせながら、俺は携帯を手に取った。

「あ、もしもし俺だけど、今いいかな?」

 止まっていた俺の時間が、今ゆっくりと音を立てて動き出そうとしている。


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