第一章(完)
その後はHRが終わり次第帰路に着き、家に鞄を置くと私服に着替え駅前の待ち合わせ場所へと向かう。
着いてから十分くらい経っただろうか、ショーパンに黒い二―ソックス、上はTシャツと言うとても夏らしい格好で渚が現れた。
ここ最近制服姿の渚しか見ていなかった俺は、凄く新鮮で魅力的に思えたが、気恥ずかしさが邪魔をして何も言えなかった。
「ごめーんっ、待った?」
若干息を切らせながらハンカチで汗を拭っている。
新世界は屋外でも空調が利いているが、夏になれば暑いものは暑いからな。
季節感を尊重すると言うのは大事な事なのだろう。
この暑い中、待たせまいと走って来たのだろうな、内心申し訳ないと思いながら、気の利いた言葉一つ浮かばない俺がそこに居た。
「いや俺も今来たとこ、ここ暑いからどこか入ろうぜ、うーん、ワックでもいいか?」
「うん、いいよ、私もう暑くて喉乾いちゃった」
そそくさとその場を後にし、目の前にあるワックのドアを開けた。
ギィィィィ、バタン――
はぁここがエリュシオンか、ラダマンティスはどこにいるんだ。などと中二全開な妄想をしていると女神に遮られた。
「席取っておいてくれる? 私買ってくるから」
「ああそれじゃあ頼む、ダブチのセットでコーヒー」
ダブチ、良い略し方だよな、ダブチ……やべ、今すっげー間抜けな顔してた気がする。
頭上に【?】を並べた渚が不審そうな顔で列に並んで行った。
さっさと席を確保して大人しく待っていよう。
窓際の角の席が丁度空いていたのでそこに腰を下ろす。無意識に時計に目をやると時刻は一時半を回った所だ。
この時間にしては空いてるなと周りを見渡していると渚がやってきた。
「お待たせ」
トレーが二つ、俺と渚の前に置かれる。
「さんきゅ、えーっと、いくらだった?」
「あ、うん、五百円でいいよ」
財布から五百円玉を出し渚に手渡す、ダブチそんなに安かったか? と思いながら、渚がそう言うならいいのだろう、と自己完結した。
二人してハンバーガーを頬張る無言の時間、値上げしても味は変わらないもんだなとくだらない事を考えていると、食べるのを止めた渚が口を開いた。
「あのね、話なんだけど……」
言いづらそうにゆっくりとした口調で話し始める渚。
その微妙な間、沈黙が俺にはとても辛く、冷えて汗をかいたコーヒーに手を伸ばした。
ごく、と一口飲み干し間を取ろうとするが、尚も沈黙は続いたままだ。
その沈黙に耐えられなくなった俺が無理矢理にカットインした。
「お、おう、そうだった、適性検査の結果だよな? うん、どうだったんだ?」
「うん……その事なんだけどね、私の特殊能力、瞬間移動なの」
「ん、それの何が問題なんだ? すげーじゃん、行きたい所どこでも行けるんだろ? 羨ましいわ」
褒めたつもりが逆効果だったらしい、更に渚の顔が険しい物になる。
「検査結果もらいに行く時ね、研究所の人が来てたの」
研究所? そんな奴俺の時はいなかったが……。
「なんだそれ、研究所って、国の特殊能力技術研究所の奴か?」
特殊能力技術研究所、略して特殊技研、日本政府が管理する国の能力研究施設の事だ。
でも何でそんな所の奴が渚に……? あそこの研究対象は【Rank3】の奴だけって話だが。
「そう、そこの人、私もね、訳がわからなくて、色々聞いてみたんだけど……」
何でも渚の話だと、瞬間移動って言う能力保持者は研究開始から、渚ともう一人しか確認されて居ないらしい。
そして国の為、研究の為にその能力を提供してほしい、そういう事だそうだ。
つまりは【Rank3】同様に研究施設のある県の寮に住み、そこの学園に通えと言う話らしい。
これは国が定めた法律で特別監視下に置かれ管理研究されると言う事を意味する。
この法律を回避する方法は余程の事がない限り存在しない。
話では聞いていた、ただそんな物は他人事だと思っていたし、まさか知り合いの中でそう言う話が出るとも思っていなかった。
表情を強張らせ、肩を震わし、今にも泣きそうな顔の渚が目の前に居る。
そんな渚になんて言葉をかけてやればいいのか……。
「ま、まぁ、エリートコースだろ? ほら将来は安定してるし、何不自由なく生活も出来て、それに外出だっ――」
「そういう事じゃないの! 何で、何で……私は此処を離れたくない! 浩人と同じ場所に住んで、同じ学校に行きたいのっ……」
俺の言葉は途中で遮られた。
渚は顔を真っ赤にし、瞳に溜まった涙は大きな粒となり頬を伝う。
感情を露にした渚はそのまま嗚咽を漏らし、泣き止む様子はない。
その間俺は、時間が経つのを待つ事しか出来なかった。
暫くして渚が顔を上げると、真っ赤に目を張らし、またすぐ泣きだしてしまいそうな姿がそこにはあった。
「落ち着いた、か?」
ごそごそと鞄から取り出したハンカチを差し出す。
「……ひっく、ん、ん、ぅ……ぐ、す、ぅっ……」
ハンカチで顔を覆うと再度泣き出してしまう。
くそ、どうすりゃいいんだよ……。
解決策も掛ける言葉も見つからない、でも渚をこんな状態のまま泣かせているのは……。
俺は席を立つと、渚の後ろに回り、そっと肩に手を回した。
そのまま言い聞かせるように語りかける。
「落ち着けよ、渚、まだ必ずそうなるって決まったわけじゃないだろ? 渚の意見が1番尊重されるのが当たり前なんだ、勝手な事言ってる政府の役人なんてどうにでもなるさ、だからもう泣くなよ、俺は渚の為に出来る限り協力するから、な?」
自分でも何を言ってるのかわからなかった、まず国の定められた法律がそんな簡単にねじ曲げられるのか。
いくら弁護士を立てた所でひっくり返る可能性がないのであれば、全く無駄骨になってしまうし、それに弁護士を雇う費用だって、俺達中学生になんとかなる問題ではない。
でも、それでも……今目の前で泣いている渚の気持ちを、少しでも和らげてやりたかった。
結果が出て以来ずっと悩んでいたんだろう。
それなのにくだらない事でうだうだやってる俺の事を必死に気にかけてくれて……情けねぇな俺……。
「うん……ありがとう、浩人……」
ようやく涙も堰き止められたのか、目を擦りながら渚が視線をこちらに向ける。
「み、みっともない顔してるから……あんまり見ないで……」
そりゃ誰だって泣き顔なんて見られたくないよな、俺の視界から逃れるように渚は視線を反らした。
「あ、あぁ、ごめん、そんで……今回の件、親父さんとかに相談はしてみたのか?」
俺は急に気恥ずかしくなり、そそくさと元居た自分の席に戻る。
やはり子供だけでどうにかなるような問題ではない、もしかしたら学校の先生、親達に助けを求めたら案外どうにかなるんじゃないのか……?
「それが、その……まだ誰にも言ってなくて……
「そ、そうなのか……あれ、だよな、もし行くってなったら卒業と同時にって、事になるんだよな?」
「うん、そうなると思う……その研究施設に中学校はないみたいだから」
そう言いながら渚は鞄を開け、中から研究施設のパンフレットを数枚取りだす。
ぱらぱらと数枚めくり中に目を通してみる。
……すげぇ、こんな施設が存在するのか……。
完全個室1LDKの寮、オールシーズン室内プール、温泉露天風呂、大型フィットネスジム、コンビニ、スーパー、陸上スタジアム……一つの街になってるのか……。
そんな場所で生活しながら将来を約束される……普通の人間からしたら羨ましいの一言に尽きるだろう、俺がもし同じ立場だったら……即答出来る自信がある。
「思ってた以上だな、相当すごいぞこれ……誰もが憧れる夢の環境じゃないか」
「確かに凄いし、名誉な事なんだと思うけど……私聞いてみたんだ、この話を聞いた時に、他にうちの学校から該当する生徒はいますか? って、もし浩人が選ばれてたら、私即答出来てたと思うの、浩人と一緒だったら上手くやれそうな気がしたから……でも結局誰も選ばれてなくてね、私だけって……」
一頻り読み終えたパンフレットを鞄にしまうと、渚は、はぁ……と深いため溜め息を吐く。
「渚」
「ん、何?」
「まだ時間はある、まずは渚の親父さん達に相談しよう、んでその後は担任だ、ダメなら校長に直接行こう、全部俺も付いて行くから、心配すんな」
「浩人……」
泣き止んでいた渚の瞳に、再度涙の滴が溜まっていく。
「だからな、その……俺も進路の事とか、考えるようにするからさ、勉強見てくれよな」
「うん……うんっ、私浩人と同じ学校に行きたい、ううん、絶対行くから、頑張ろうね」
気休めにしかならないと思っていたが、渚は予想以上な反応を見せてくれた。
今にも泣き出しそうだった顔に笑顔が戻り、俺の手を取りぎゅっと握ってくる。
「ありがと……やっぱり浩人に話せてよかった」
その後は他愛もない会話を交わし、お互いの夏休みの予定や計画を話し合う。
そして目の前の冷めてしまったハンバーガーを平らげると店を後にした。
「おう、それじゃあ、また都合のいい日連絡してくれよ、遅れ取り戻さないとなぁ……ああ、そうだ、親父さん達に相談する時もな」
「うん……わかった、また近い内に連絡するね」
夏休み早々に解決しなければならない問題が次々と現れてしまった。
だが問題はこれだけには収まらず。
俺達の長い長い夏休みは、まだ始まったばかりだ。




