第七章(1)
俺は朝も早々に自分の荷物をまとめると、今までお世話になったフロアを見渡す。一週間程度の短い間寝泊まりしただけなのに少し寂しくなった。
「浩人くん。起きてるかしら」
「あ、おはよう空」
俺が自分の使っていた布団を片付けていると空がやってきた。今日も出発は九時を予定していたので、起こしにきてくれたのだろう。時刻は八時を少し過ぎた頃だ。
「そんなの別に気にしなくていいわよ」
「いや……一週間お世話になったからね。最後に干してやろうと思ってさ」
俺は昨日布団に入る前に要さんの所へ話をしに行った。空と一緒に行動するのを改めて許可してもらうために。
――「俺、明日から空と一緒に三隅に行こうと思ってます。今度はどんな事があっても……空の事守って見せますからっ……」
「ふう……君の気持ちはわかっていたよ。僕に強くなりたいと言ってきたときからね。まあ空も君の事を信用しているんだろうな。それは空にとってプラスになる事だろう」
「じゃ、じゃあ……一緒に行ってもいいんですか」
「うーむ。空の事もそうなんだが……僕が気にしているのは君の事なんだよ、浩人くん」
「俺の事……ですか?」
「ああ……今回君たちが襲われたのは空の能力が原因なのは君もわかっていると思うが……あの子と共に行動するって事は同じ危険が付きまとうって事さ」
「それはわかってます。だから俺、相沢さんに……そのために!」
「ハハ。確かに君はこの数日の間で見違えるほどに力を手に入れただろう。だが覚えておいてくれよ。君が手に入れた力は守るための力だ。自ら危険を冒す事はないんじゃないか?」
「でも、俺……行かなきゃいけない気がするんです。空と一緒に……三隅市へ」
「本当に君は面白い子だなあ。君の眼には何が映っているんだい? 僕らには見えない何か別の物を君は見ているんだろうな」
「そんな、俺はただ……自分で決めた事をしたいだけで……」
「まあいいさ。行ってくるといいよ。だが……無茶だけはしないでくれよ。君とあの子のためにね」――
俺たちは荷物を持って要さんの居るフロアに降りてきた。デスクの上には既に朝食が並べてあり、トーストの焼ける香ばしい匂いが食欲をそそる。
「やあ。おはよう。朝飯食べていくだろう?」
ここを出発したら戻るまでのしばらくの間、携帯食に頼る事になるだろう。今の内に温かい普通のご飯を楽しんでおこう。俺は焼きたてのトーストにジャムをたっぷりと塗り頬張った。
「食べたら出発するのかい?」
「はい。本当に要さん、お世話になりました」
「おいおい、ただ三隅市行くだけだろう? そんな畏まられても困るよ。ハハハ」
「そ、そっすね……今日中か遅くとも明日には戻ります。でも俺そしたらすぐ戻らなくちゃいけないので……」
「ああ、そうか。君が居るのが余りにも自然でね。もうこっちの人間だと思っていたよ。ハハ」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいですよ。また遊びに来てもいいですか?」
「勿論だとも! いつでも遊びに来るといいさ。ここは下界での君の家みたいなものだよ」
俺は要さんに挨拶を済ませると、エレキボートに荷物を載せる。バッテリーは充電させてもらっていたので戻ってくるまで十分に持つだろう。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ、二人とも気を付けて。行ってらっしゃい」
俺はデバイスのGPSに従ってボートを動かす。一度通った場所だからか、迷う事なく進み、すんなり中江区駅までたどり着く事が出来た。
「浩人くん、少し止めてくれるかしら」
「ん? どうしたの空」
俺は言われた通りにボートを停止させる。場所は丁度俺たちが初めて会ったバスターミナルだ。
「浩人くんと初めて会ったこの場所……」
そう言いながら空はバス停の屋根へと降りた。俺もそれに続いて一緒に降りる。
「そうだね。ついこの前の事なのにちょっと懐かしいな」
「ふふっ……私は普段ここまで来る事はなかったわ。あの日初めて来たの」
「え? そうだったんだ。てっきりここら辺もよく来るのかなって思ったのに」
空は真っ白なミュールを脱ぎ置くと、あの日と同じように水面を爪先でなぞる。それは小さな波紋となり水面を揺らしていく。俺はそんな空の隣に立つと、ぎゅっと手を握った。
「ひ、浩人くん……?」
「ありがとう、空」
「な、何が……? 私は何もしてないわ……」
「あの日、空と会えた事、俺すごい嬉しく思うよ。だからありがとう」
そう言った俺に対して空は……無言のまま俺の手を握り返してくる。そのまま暫く俺たちは辺りを眺め続けた。




