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SeaSideStory  作者: 結城ゆき
第六章
21/23

第六章(完)

 気付くと俺は脱衣所のデスクに寝かされていた。

まだ頭がふらふらする……。


「あら、起きたのかしら」

「あ……おはよう空……」

「びっくりしたわ。突然お風呂場で倒れてしまうんだもの」

「ああ、ごめん……頭がふらふらしてさ、あんまり覚えてないんだ……」

「全くもう……気を付けてよね。浩人くんを運ぶのも大変だったのよ」


 って事は裸を見られてたって事か……。うう恥ずかしい。

 結局その後は何もなく、練習疲れもあり俺はまた死んだように眠った。

 

 次の日も、また次の日も同じペースで毎日の稽古は続き、ついに相沢さんが下界に居る最後の日となった。この頃はもう身体も大分慣れ練習疲れで爆睡する事もなくなっていた。

「大分よくなってきたな。今日は最後の締めに入ろうと思う。うーん、そうだなあ。俺に三回当てる事が出来たら卒業だな! はっはっは」

「さ、三回っすか……今までの練習で相沢さんに当てた回数が三回なんすけど……」

「おお、そういえばそうか。なら今日でトータル六回ってえ事だな! がははは!!」

 全く無茶苦茶言う人だぜ……その三回だって何で当たったのかわからないようなまぐれヒットじゃないか。って、三回当てられたら卒業って、当てられなかったらどうするんだ……?

「あ、あの三回当てられなかったらどうするんですか?」

「ん? おおう、決めてなかったな! うーん、じゃあこうするか。当てられなかったら明日から俺と一緒に傭兵として戦場に行くぞ! 銃の扱いから何まで今以上にビシビシ扱いてやるから覚悟しとけよ! はっはっは!」

「そ、それだけは勘弁してください……」

 おいおい待てよ……そんな事になっちまったら旅の目的も果たせなくなるじゃないか。ここは絶対卒業しなくちゃいけないな……。

「あ……実戦形式って言うなら俺、能力使ってもいいですか」

「ん? ああそうか。浩人は新世代だもんな。好きに使っていいぞ? でもな、最近は戦場にも新世代が居る時代だ。能力者相手の戦闘も慣れているぞ俺は」

 そうこうしている内に俺と相沢さんの卒業試験が始まる。合図は相沢さんのフリップしたコインが地面に着地した瞬間だ。

「てやああぁぁぁ!!!」

 コインの着地音が鳴ると同時に、俺は全力で相沢さんに切りかかる。それを受け止めた剣同士がギリギリと音を立てて軋む。

最初の訓練こそ防戦一方だった相沢さんだが、日が経つにつれ攻撃も混ぜてくるようになって行った。今はもう本当の戦闘さながらに打ち合いをしている。浅く打ち込んでしまった攻撃に対して、すかさず追撃を入れられ、バランスを崩した俺は防戦を強いられる事になる。

「うおおお! はあっ! おらおら! 手が止まってるぞ!!」

「チィッ……! くっそっ! てあっ、てやあああ、おあっ!」

 凄まじく重い攻撃をなんとか捌いて行くが、どんどん距離を詰められ遂に俺は壁を背にしてしまう。後ろには逃げ場がない。退路を断たれた俺は――

「【Gravitation field……Minus】!! うりゃあああ!!」

「うおっ!? ぐぅっ! なんだそりゃああ!」

 俺は自分の座標に重力変化マイナスを起こし、高く跳び上がったジャンプ切りを放った。その一撃は見事に相沢さんの肩にヒットさせる事に成功した。

「これが俺の能力です。後二回……ですね。いきます!!」

 俺の能力を見た後だからか、相沢さんは余り積極的に打ってこなくなった。そして防御も固められ俺の攻撃は空を切るだけだ。

「さぁどうした! 俺の防御を崩して見ろ! じゃないと終わらないぞ!」

 さてどうしたものか。闇雲に打っていてもこの防御は崩すのが不可能だ。俺はじりじりと間合いを詰めながら攻撃の機会を伺う。いくら強固な守りだとしても、必ず突破口はある!

「はああぁっ!! てぁぁ!」

 細かなステップから突破の糸口を探るべく軽い攻撃を繰り返す。ディフェンスの強いチームとの試合で俺はどうしていた? 俺はフォワードだ。どんなチームが相手だろうと点を取らなくちゃいけない。

「せあぁぁぁぁ――!!」

 俺が得意としていたのは……そう、フェイントだ! 下段、上段、下段のコンビネーションから再度上段に打ち込む姿勢を見せ……一気に体勢を入れ替え、下段からすくい上げるように、打つ!!

「おおおお! やるじゃねえか浩人!! さぁ後一回だぜ。こっからぁ本気でいくぜえ!!」

 先程までの防御一辺倒とは打って変わり、物凄い猛攻を見せる相沢さん。その攻撃を受ける度に手に雷が落ちたような衝撃に襲われる。

「おら、おらああ! どうしたあ! さっきのまた見せて見ろ!」

「言われなくともっ……! 【Gravitation field Minus】!!」

 一ヒット目と同じように、相沢さんの攻撃を避けながら高い跳躍を見せ、上から切りつける。だがしかし……俺が斬撃に体重を乗せる前に、脇腹に鈍い痛みが襲ってきた。

「う、ぐぁっ!! てぇ……」

 俺の脇腹を襲ったのは相沢さんの回し蹴りだった。凄まじい蹴りの衝撃に俺はフェンスに強く叩きつけられる。その間にも相沢さんはダッシュで距離を詰め、次の攻撃に移っていた。

「俺に同じ技は通用しないぜ! おりゃああ!!」

 フェンスから転がるように間一髪で攻撃を避ける。なんとか体勢を立て直したものの、先程のダメージは思った以上に大きく、上手く脚に力が入らない。ならばもう……試してみるしかない。

 俺は相沢さんが打ち込んでくる次の一撃を待った。ギリギリまで引き付け、その攻撃の瞬間!

「【Gravitation field……Minus】!!」

「うおっ……? っと、っ……!?」

 俺はまず相沢さんの座標に限界まで引き下げた重力結界を一瞬だけ作り出す。その場所だけ無重力となり相沢さんの身体は中に舞う。

「これで決めるっ……! てぇぁぁぁっ!!」

 バランスを失った相沢さん目掛け、俺は今放てる限りの斬撃を放つ。辛うじて防御体勢を取る相沢さんの剣に俺の剣がぶつかる瞬間――

「はああぁぁぁ!! 【Plus】!!」

 一か八かの賭けだった。俺は自分の剣にだけ重力を変化させる。通常の十倍重さを増した剣は、相沢さんの剣を弾き飛ばし、そのままの軌道で相沢さんの身体を捉えた。

「ぐおぉぉ!!! いってえええ、なんだそれはああ!!

「はぁっ……はあっぁ……これで三回っすね……」

「はっはっはぁっ!! 大したもんだぜ浩人ぉ! すげえなお前! そんな隠し技を持ってやがったか!」

「一か八かでしたよ……まさか成功するとは思わなかったっす」

 相沢さんは俺の背中をばしばし叩きながら嬉しそうに笑っている。いや、めっちゃ痛いんすけどね!

「いやいやほんとたまげたわぁ。まさかこの短期間の間にここまで成長するとはなあ! 俺は嬉しいぞ浩人!」

「何もかも相沢さんのおかげですよ。それに剣だけの技術なら全然勝ててませんから」

「なーに言ってんだよ。実戦って言ったろ? いいんだよ勝てば。お前は自分の力を使って勝ったんだ」

 そこへ丁度飯の支度が終わったと、要さんがやってきた。

「お、まだやってたか。飯の支度が出来たからそろそろ切り上げてくれ」

「おおう要! こいつはすげーぞ! 思ってた以上にやってくれたぜ」

「ん? どうかしたのか?」

「おうよ! 俺が出した課題を簡単にクリアしやがったんだ! まったくたまげた野郎だぜ」

 まるで自分の事のように嬉しそうな相沢さん。それに釣られて俺も自然と笑ってしまった。

「相沢さんの教え方がいいんですよ。ほんとにありがとうございます!」

 昼食を取ると早々に相沢さんは出発すると言う。今日の夕方の便で外国へ立つらしい。

「いやあほんとよく頑張ったぜ浩人」

「ハハハ。本当にそう思うよ。弘樹のシゴキに耐えられる奴は中々いないからね」

「そ、そんなにすごいんすね……やっぱり……」

 俺は自分でも何で耐えられたのかわからないけどな……。

「おうそうだ浩人。お前に渡しておく物がある」

 そう言いながら相沢さんは俺に、ずっしりと重いケースを手渡してくれた。

「Five……seveN……? なんすか? これ」

 俺はそう書かれたケースを開ける。中には――

「ってこれ……銃じゃないですか!?」

「ああ。言ったろ? 俺の本業はこっちだって。今回銃の事は教えられなかったからな。まあ扱えないとは思うが、お守りだと思って持ってろよ」

「いやでも……銃なんて持ったら犯罪じゃ……」

「あのな、浩人。ここはお前の住んでるNew Japanじゃないんだ。ここはかつて日本だった国。ただそれだけなんだよ」

 その言葉の重さに俺は言葉を失ってしまう。確かに相沢さんの言う通りかもしれない。でもはやりそれを持つと言う事に俺は抵抗が……。

「いいか浩人。お前はこんな所で死ぬんじゃないぞ。俺はお前を死なす為に剣術を教えたわけじゃない。お前に生きてほしいからだ。そいつを引くか引かないかはお前が決めろ」

「……わかりました。相沢さん。本当にありがとうございました」

「おいおい照れくさいな。もっと明るく行こうぜ。俺もよお前に教えれて楽しかったぜ。次に会う時は今度こそ銃の扱いを教えてやるよ。だからな……絶対に死ぬんじゃねえぞ!」

「相沢さん……俺、絶対死にませんから!」

 俺と相沢さんは熱く手を握り合った。俺はこの人から剣の技術と共に勇気を与えてもらった。次に会う時は必ず……俺が相沢さんに返す番だ。

「よーし、それじゃあそろそろ行くわ。またな要、浩人!」

「ああ。弘樹も気を付けて行ってこいよ」

「相沢さん! 俺、頑張るんで……相沢さんも頑張ってください!」

 相沢さんは振り返る事なく、手だけ上げラボを去って行った。その背中は体格以上に大きく見え、男の背中だった。

「さって、僕はまだ残っている仕事を片付けるとするよ。君はどうするかい?」

「今日はもう大分疲れたので先に休ませてもらいます」

「そうかそうか。よし、それじゃあおやすみ」

 俺は自分のフロアに戻る前にその足で屋上へと向かった。

「あ、空。やっぱりここに居たんだ。最近ずっとここ使っててごめんな、邪魔だったよな……」

「邪魔だなんて思わないわ。浩人くんが何をしていたのか、私見ていたもの」

 相変わらずフェンス越しに景色を眺めている空。俺が一人でベンチに腰を下ろすと、同じように空も隣に座ってくれた。

「俺……少しは強くなったんだ」

「ええ。わかるわ……」

「だから、さ……改めて。俺と一緒に三隅へ、三隅市立第二小へ行ってくれないか」

「……私で良ければ……ついていくわ。浩人くんの探している物を見つけに……」

 そのまま俺たちは長い事語り合った。特に意味もない他愛もない会話を。

「あ。流れ星だ。空は何か願い事出来た?」

「出来たわ。ギリギリ間に合ったの」

「へえ……何をお願いしたの?」

「……ふふっ、秘密よ」


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