第六章(2)
翌朝俺は、あれだけ爆睡したにも関わらず、疲れの抜けない身体の気だるさと、普段使っていない筋肉の悲鳴で中々ベッドから出る事が出来なかった。もう少し安眠を貪ろうとしていると、相沢さんの馬鹿でかい声によってそれも妨げられた。
「おーっす! おらーいつまで寝てんだー! 今日の稽古始めるぞー!!」
朝食も早々に今日の稽古が始まった。まずは昨日のおさらいで素振りをする。たった一日の素振りだったが身体は自然と動いてくれた。
「よーし、時間も余りないからな。今日からは本格的に実戦形式でいこう」
そう言うと同じ摸造刀を相沢さんは構えた。
「そうだな、好きなように打ち込んでこい」
「わかりました。行きます! はぁぁぁぁ!!」
俺は練習通りの動きで相沢さん目掛け振り下ろした。
――ガキィィンッ!!
「へ……? あっ……」
その瞬間何が起きたのか全くわからなかった。思い切り振りおろした俺の剣は遥か後方に吹き飛ばされ、俺の目前五センチメートルの所に相沢さんの剣があったのだ。
「浩人。実戦なら今ので死んでるぞ」
ギロリと鋭い視線の相沢さんが目の前に立っている。余りの目つきの鋭さに俺はぞくっと身体が震えた。
「ほらさっさと拾ってこい。剣はしっかり握るんだぞ」
「わ、わかりました」
「さぁ、かかってこい!」
俺は改めて剣の柄をしっかりと握り、そして再度大きく剣を叩きこむように踏み込む。
「せやあああっ!!」
剣と剣がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。今度は弾かれる事なく、受けられた剣を打ち込み続けた。
「おらもっと踏み込め! 踏み込みが浅いぞ!」
「はい! せあっ、たあぁあ!」
打ち込みながらも相沢さんの隙を探す、どこへ打ち込めば受け止められないか。上段から下段、下段から上段へ。どこへ打ち込んでも俺の剣は相沢さんの身体を捉える事はなく、全て防がれてしまう。
「くっそ……! うおおおお! てやああああ!!」
下段、下段、上段、下段、上段に連続で斬撃を放つ。最後の斬撃は大きく跳ね返され、受け止めきれずに俺の身体へ刃が牙を向いた。
「ぐ、あっ! い、ってえ……」
「気を付けろよ、このタイプの剣は両刃だ。跳ね返されれば自分の身体が傷付くぞ」
それから長い間実戦形式で打ち合いを続けたが、俺の剣は一度も相沢さんの身体に触れる事すら出来なかった。
「ふう……よし休憩にしよう」
「は、はいっ……」
ぜぇはぁぜぇはぁと荒れた呼吸をゆっくり整える。ピッチで九十分間走り続けてる時よりも身体は疲労を訴えていた。
「全然ダメっすね俺……」
「そうか? 筋はいいと思うぞ」
「でも一度も当てられないじゃないですか。あんだけ打ってるのに……」
「そう簡単に当てられるようじゃ訓練にならないだろう? それにな、実戦なら一度の攻撃が死に直結する場合もある。生きるためには攻撃は勿論、防御も大事なんだよ」
「なるほど……確かにそうですね」
「まあ今はひたすら打ち込んで身体に覚えさせるんだ。攻撃は最大の防御とも言うしな。防御はそれからだ」
この日も夕方まで俺と相沢さんの稽古は続いた。疲れてぐったりしていた俺は飯も早々に風呂場でうなだれていた。
「はぁまじ身体いてえ……まじでサッカーやってるときよりきっちい……」
湯船に浸かり身体の疲れを取っていると風呂場の戸がガラガラと音を立てる。
相沢さんでも入って来たのかなと思い、顔を上げるとそこにいたのは……。
「空っ!?」
「あら、浩人くん。いたのね」
いやいやいやいや、いたのねじゃなくて!!
「い、やっいるけど……え? え?」
「あら、何か問題があるのかしら」
問題ありあり、大問題だ。
俺は思春期全開の中学生ですよ? そんなのが年頃の女の子と同じお風呂に入るとか、それだけでPTAも大激怒の学級会議ものですよ!
「そ、空は問題な、なないの?」
「私は別になんともいけれど……?」
湯船に深く浸かり、ぶくぶくぶくぅと泡を立てながら俺は端っこの方へ移動する。
俺はいやらしい気持ちをこれっぽっちも、これっぽっちも! いや少しだけ、ほんの少しだけ持ち、空の方を見つめる。
くそ、バスタオルが巻いてあって、湯気のせいでよく見えん……。
それでもバスタオルから覗かせるすらりと伸びた脚に自然と目が行く。
俺があの日に天使と間違えたくらい、美しいと思った脚……俺は決して脚フェチと言うわけではない。そう思いたい。
「頑張ってるのね、練習」
「ま、まあね。相沢さんはいい人だし、楽しくやってるよ」
空は今頭を洗っている。俺は見入るならば今がチャンスとばかりに後ろから空を眺める。
「ねえ……背中流してあげるわ」
「は、はいい!?」
え? いまなんと……?
「ほら、湯船から出てくれないと洗えないわ」
空が俺の背中を洗ってくれるだと……?
俺はぶっ倒れて夢でも見ているのか? それとも夢と現実の区別がつかなくなってしまったのだろうか……。
でも……据え膳なんちゃら男の恥って言うしな……!
「じゃ、じゃあ頼むよ……空」
俺は湯船から洗うと空の方を見ないようにする。風呂椅子に座り、少し前かがみになっておく。なっておくだけだ。他意はない。
「結構背中大きいのね」
「そ、そうかな……普通だと思うけど……」
背中に空の感触を感じる。スポンジの柔らかさなのに、なぜか空の柔らかさと錯覚しそうになる。
それくらい柔らかいタッチで空はスポンジを動かしているのだ。
そんな風にされたら俺はもう……! 限界を迎えた俺は空の方を振り返った!
「へ……? み、水着……? うきゅうぅぅ……」
「ええ……あら、浩人くん? 浩人くんっ」
俺は興奮と湯あたりでその場にぶっ倒れてしまった。




