第五章(4)
只ならぬ雰囲気を出しているその男は俺たちの目の前までやってきた。背の高いその男は帽子の下からこちらを見定めるように眺めている。その瞳は蒼く、すぐに外国人だと言うのがわかった。
「Цель проверка 」
その男は聞きなれない言葉を発した。何を言っているのか理解出来ない俺はどうしようかと悩んでいると、デバイスに音声翻訳機能がついているのを思い出した。すぐさまアプリを立ち上げ、備え付けの無線イヤホンを耳にはめる。相手も同じことをしていてくれたら俺の言葉もわかると思うが……してなかった時はその時だ。素通りしよう。
「あの、すいません。俺たちに何か用でしょうか」
『その娘を渡してもらおうか』
はい? 今なんて言ったんだ? 故障してんのかこのデバイス。
「聞き取れなかったのでもう一度言ってもらっていいですか」
『大人しくその娘を渡せ』
やっぱり故障なんかじゃない、この男は空を渡せと言っているんだ。
「……いまいち言ってる事がわかんねーんだけど。あんた一体何なわけ?」
『大人しくその娘を渡すか、ここで死ぬか。貴様に選ばせてやろう』
「おいおい、こっちの質問に答えろっつ……!?」
俺がそう言いながら詰め寄ろうとしたその瞬間……パァン!! と鋭い音が走った。見るとその男は銃を構え俺に向け発砲していたのだ。
状況が上手く呑み込めない。何でこいつ俺に向けていきなり打って来たんだ……? てか何で銃持ってんの……? とりあえず空だけは守らないと本能的に察した俺は空を隠すように前に立った。
『今のは威嚇だ。次は当てる』
正直身体が震えている。目の前には銃を持ったわけわからない男。しかもそいつはいきなり空をよこせって。何なんだよ……わけわかんねーよ……。
「あ、あのさ。そこどいてくれねーかな。俺たち帰るんだ」
『それが貴様の答えか。ならば……死ね』
ああ俺、ここで死ぬのか……こんなとこで……くそっ……何も出来ないのか。絶望に打ちひしがれながら俺は解決策を探った、だが……答えは見つからなかった。そして次の銃声が鳴ると同時に俺は死を覚悟した。
「【Icewall】!」
しかし奴の放った銃弾は俺を捉える事なく、目の前に突如として現れた氷の壁によって阻まれた。
「え……うあっ、お、おい空っ!」
「何してるの馬鹿! 早く逃げるわよ」
突然の事に俺は死にかけの金魚のように、口をぱくぱくさせていると、空は俺の腕を引っ張るり一目散に走りだした。
「くっそっ! なんなんだよあいつ……!」
俺たちが逃げても奴は距離を縮め、懐から取り出したさっきの拳銃とは違うマシンガンのような物を構えている。空は障害物になるように氷の壁を道中何度も設置しているが、気休めにしかならなそうだ。そして遂に逃げ道は閉ざされてしまう。目の前には公園の終わりを示す水の壁が立ちはだかっているからだ。振り返るとやつはもうすぐそこまできている。俺は覚悟を決め、奴と向かい合った。
「いい加減にしろよお前。どっから来たのかわかんねーけど、空は渡さない。だからさっさと帰れよ!」
『大人しく渡せばいいものを』
再度銃口がこちらを向く。俺は奴が撃つのより一瞬早く、地面を蹴った。勿論重力を弄った上で。
「はあぁぁぁぁっ!!」
発射された弾丸がこちら目掛けて飛んでくる。その弾道を飛び越えるように地面を蹴った俺は奴の居る座標まで、一瞬にして踏み込むと大きく蹴りを放った。
『くっ……!?』
だが俺の蹴りは奴の顔面を捉える事はなく、ぎりぎりの所で腕に遮られた。しかし身体の感じた手ごたえは確かな物であった。昨日までの能力を使った時とは明らかに違うスムーズさ、座標の計算も無意識の内に一瞬で完了し、効果範囲もばっちりだった。
『貴様、能力者か……面白い、それなら俺も本気で行かせてもらうぞ』
おいおい、本気ってなんだよ……今までだってめっちゃ殺しにきてたっつうのに。まだこれ以上が残ってるって言うのか……? 俺は少し距離を取ると、ちらりと空の方へ視線をやる。俺の合図に気付いたのか、空はこくりと頷いた。
「空!」
「【Hydroblast】……!!」
空がそう唱えた瞬間に大量の水の塊が物凄い勢いで奴を襲った。それを避けるように瞬時に飛びあがった奴目掛け、俺は再度重力変化マイナスを発動させ同時に飛びかかる。今度の蹴りは確実に奴の腹を捉える事に成功した。
『ぐあぁ! ……貴様ぁ!』
確かに当てはしたが、手ごたえがあったようには感じられなかった。マントで覆われた身体は細く見えるが鍛え抜かれ並大抵の攻撃ではびくともしないかもしれない……。俺の攻撃でダメージを与える事が出来ないとしても、空の能力ならなんとかなるか……?
俺はもう一度空とアイコンタクトを行い、男の次の攻撃に身構える。男は持っていた銃を投げ捨てると剣を引き抜いた。それは細身の直剣でギラリと輝いている。銃の次は剣かよ……俺も何か武器になる物をと探していると後方から空の声が聞こえた。
「【Sword of Ice】……! これを!」
そう言いながら空が氷で出来た剣を放ってよこしてきた。すぐさまそれを受け取り鞘から抜く。剣の扱い方なんてわからないが何もないより百倍マシだろう。
『食らえ! 【Earth drive】!』
突如地面から巨大な岩の塊が襲いかかってくる。それは物凄いスピードで迫ってくる。……避けれないと一瞬の判断を下した俺は重力変化マイナスを発動させ、岩の塊を氷の剣で叩きつける。何とか防いだように思えた。だがそれは囮だった。男はスキルを発動させると同時に俺の懐へ飛び込んでくる。この距離、この速度では間に合わない……!
「あ、ぐっ!! あああっ……くそ……」
切りかかられると同時に後方へ飛び避けたが、男の放つ斬撃のが深く、その切っ先が俺の左腕を僅かに抉った。そこは焼けるように熱く、ズキズキと鈍い痛みが襲ってくる。溢れ出る赤黒い血液に一瞬気が遠くなりそうな感覚に襲われ膝をついてしまった。
「浩人くんっ!!」
やばい、空を守らないと……なんとかふんばり立ち上がるが、既に男は空の前に立っていた。
『少し静かにしていろ。【Bind】』
地面から大量の蔓が延び、一瞬にして空の身体に巻きついていく。その衝撃に空は気を失いぐったりと倒れ込んだ。
「てっめ……空に……空に何をしたあ!! うおおおおお!!!」
俺の頭の中で何かがブチッと音を立てて切れた気がした。その瞬間に俺は奴目掛けて切りかかる。何度も何度も、飛び散る自分の血など気にもせずに、ただひたすらに氷の刃をぶつける。だがそれも空しく、一度も奴の身体に当てる事は出来ず、全て直剣に阻まれてしまった。
『能力者なら少しは楽しめると思ったんだがな……もういい、死ね。【Stone edge】!』
鋭く尖った岩が無数に俺目掛け放たれる。ある程度捌く事に成功したが、残った岩が俺の身体を襲う。鋭い痛みが俺の身体に走り、俺はその衝撃に思い切り吹き飛ばされる。裕に十メートルは吹き飛ばされただろうか、全身を強く打ち俺はその場に倒れ込んだ。
「く、っ……あ、ぁっ……く、そ……」
『まだ死んでなかったか。まぁいいその身体じゃ何も出来ないだろう』
俺は残っている力を全て振り絞り、ふらふらな身体を起こし立ち上がる。意識は朦朧とし、立っているのがやっとだった。
「ふ、ざけ……んなよ……ま、だ終わってねえよ……」
『ほう……。あれを食らってまだ立てるのか。大人しく寝てればいいものを。止めを刺してやろう』
「はっ……笑わせんな……こんなとこで、死んで……たまるかよ……!!」
「【Gravitation field Plus】!!」
俺は全身の力を集中させ、奴の存在する座標に極限まで力を込めた重力結界を作りだした。空間が歪み地球の何十倍物重力が奴を襲う。初めて使う能力なのに自分の身体じゃないように俺はそれを扱う事が出来た。
『っく……ぐう! あ、ぐっ……身体が……貴様、何をした……!!』
「どうだよ……動けねえだろ……は、ぁっ……はぁ……っく……とっておき、だぜ……教えるわけない、だろ……へへ……」
奴は動けない。でもそれと同時に封じ込めている重力結界を維持するだけで手いっぱいな俺も何も出来ない。このままではダメージの大きい俺が先に倒れてしまうだろう。何か策を……。
『そうか……こんな事も出来るとはな……。少しはやるみたいだな……だが、その身体では長くは持たないだろう』
奴にはお見通しだったようだ。徐々に俺の力は弱まり、そう大きく張れていない重力結界はこのままでは奴に抜けられてしまう……その時だった。一つの銃声が辺りに鳴り響いた。