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SeaSideStory  作者: 結城ゆき
第四章
13/23

第四章(完)

「まぁ、話は変わるんだが……あの子は中々難しい環境で育っていてね。ああ、空の事なんだが」

「空さんもここに住んでるんですか?」

「そうだね。あの子は余り他人と接する事がないんだ。だから君を連れてきたのには驚かされたよ。ハハ」

「全然話したりとかしたわけじゃないですけどね……溺れそうになったのを助けてもらっただけなんで」

「いつものあの子なら多分、気にも止めてなかったんじゃないかな。何か君に興味を持ったんだろう」

「興味、ですか。ちょっとよくわからないですけど」

「まぁともかく仲良くしてやってくれると助かるよ。こんな所にいる所為で同年代の友達もいないからね」

 そう言いながら要さんは立ち上がりながら煙草に火を付けた。一呼吸置くように大きく煙を吐き出すと、先程までの表情とは打って変わって真剣な顔をしている。

「空の事なんだが……少し話しておかなくてはいけない事があるんだ」

「余り大きな声では言えない話なんだが……」

 何を話そうとしているのか俺にはよくわからなかったが、大事な話なら聞いておくべきだろう。

「さっきも言ったと思うが、空はちょっと特殊な環境に居てね。こっちに来たのはもう……十年くらい前になるかな」

「空の両親は私の先輩でね。とても優秀な科学者だったんだが、若くして亡くなってしまってね。私が引き取ってここで育てていたんだが、それ以来心を閉ざしてしまった」

「あの子は覚えているかわからないが……空の特殊能力が少し珍しいものでね。その能力を巡って問題が起きてしまったんだ。その問題の中でね。まぁ……あの子の両親は亡くなってしまったんだが……」

「幼いながらに自分の所為で両親が亡くなったと思ったんだろう。それ以来心を閉ざすようになってしまってね」

「まぁ……暗い話はこの辺にしておこう。うーん、そうだな。ひとつ君に聞いてもいいかな?」

 煙草の灰が灰皿に落ち、要さんが俺の顔を覗いてくる。俺は何を聞かれるのかと身構えていると、そのまま口を開いた。

「君は新世代だろう。特殊能力はもっているかい?」

「一応あります。この前検査でやっとわかったばっかりですけどね」

「ほう……こういう仕事柄でね、興味があるんだが、どんな物か教えてもらえるかな?」

「重力変化です。でもまだ全然使いこなせませんよ。使い方もさっぱりで」

「ふーむ。重力変化か」

 そう言うと要さんはキーボードをカタカタと叩いていく。

「【Rank2】の中でも余り使い手のいないスキルだからね。使い方によっては面白い事が出来るとは思うんだが」

「最近やっと出来るようになったのは……周りの重力を少し変化させて少しジャンプしたりそれくらいしか出来ないですけどね……。さっきもそれでミスって水の中に落ちたわけで……」

「ハハハ、まぁ最初はそんなものだろう。と言っても旧世代の僕には一生縁のない事だけどね」

「いつかはちゃんと使えるようになりたいですけどね。使う機会があればですけど」

「君さえよければなんだが……少し僕の研究に手を貸してはくれないかな?」

「研究、ですか」

「やはりこんな所に居るとね、どうしてもデータが不足してしまうんだよ。特に生のデータなんて喉から手が出る程ほしいものだ。どうかな? 勿論きちんとお礼をするよ」

 どうするか正直悩んだが、空も要さんも悪い人ではなさそうだ。色々助けてもらったし、協力するくらい悪くないだろう。

「俺のデータでよければいいですよ。大した事出来ないと思いますけど……」

「本当かい!? いやぁ助かるよ。それじゃあ早速いいかな?」

 キラッキラと目を輝かせながら俺の手を取りぶんぶん振ってくる。い、意外と子供っぽいところもあるんだなこの人……。

「一つ上のフロアにね、設備があるんだ。ついてきてくれたまえ」

「わかりました」

 俺は要さんに連れられ、フロアを出ると階段を上っていく。途中の窓から外を眺め、改めて水に沈んだ街を実感した。

 その街で先程出会った空の事がふと頭によぎり尋ねてみた。

「あの、空さんの姿が見えませんけど」

「ああ、空ならこの時間は屋上にいるんじゃないかな。正直僕もあまり行動が掴めてなくてね」

 事務所的な先程のフロアとは打って変わって、色々ごてごてとした機材が並ぶフロアへとやってきた。

 そこはいかにもな感じの佇まいで、何に使うのかさっぱりわからない物まで並んでいる。

「さてと、まずは血液を頂くよ。それからDNAも採取させてもらおう」

 この前学校でやった検査を思い出しながら言われた通りに俺はサンプルデータを差し出した。

 ただこの前と違うのは――

「あの……これ何ですか?」

 俺は頭に装着されたヘッドギアのような物を指差し確認する。おかしいな、この前の検査ではこんな物使わなかったのに。

「ああ、それはね、私が開発した最新のデータ採取機、兼……能力覚醒装置だよ」

「へ? の、能力覚醒ってなんすか……?」

「まぁまずは聞いてくれたまえ。今までの検査では能力の有無や性質しか検査する事が出来なかったんだ。この機械は細かなデータの数値化を可能とする装置なんだよ」

「勿論、先程頂いたサンプルが最低限必要でね。今までのデータ分析をより効率化した物だよ」

「そ、それはわかりましたけど、覚醒って……危なくないんですか?」

「覚醒と言う単語だけを抜き出すと、確かに慣れない人にはそう感じるかもしれないな。うーんそうだな、簡単に説明しよう。まず覚醒と言うのは読んで字の如く、君の中に眠っている存在能力を目覚めさせる事なんだ。君の場合だと重力変化の能力をまだ使いこなせていないだろう? 本来能力を使いこなせるようにするには、それ相応の訓練が必要になる。君はRPGゲームはやった事あるかい?」

「ありますよ。ゲームの中でもかなり好きなジャンルです」

「うんじゃあ理解出来ると思うけど、物語が始まったばかりの主人公はレベルも低く使える魔法も少ないだろう? それが段々とレベルが上がる内に使える魔法も増えてくる。特殊能力もそれと同じでね、使用者の熟練度によってより高度なスキルが使えるようになるんだ。これはまぁ細かな積み重ねや経験が必要になるわけだが。今ここで言う覚醒とはね、その初期段階を意図的にスキップさせる事を示す物なんだよ」

「……? すいません、ちょっと意味が」

 初期段階をスキップってなんだそれは。あれか、最初の街周辺で雑魚敵を必死に倒してレベル上げする必要がないって事か? なんだそのチートは。

「うーむ。そんな難しく考えなくていいよ。僕の今までの研究の結果、特殊能力と言うのはね、やっぱり使用者の経験が全てなんだよ。だから覚醒させたからっていきなりその能力全てを使いこなせるわけじゃあないんだよね。ほんの触りの部分だけ、手助けをしてるだけなんだ。これは能力を使う上で最も効率をよくする方法だと僕は考えているんだよ。実際に学園都市ではもう実用されているんだ」

「そ、そんなすごい物なんですか……」

 学園都市。その名を聞いた俺は……やはり渚の事を思い浮かべる。改めてそこの凄さを実感すると共に渚の今後を考えると溜め息が零れた。

「ハハハ、そんな物を作っても僕がいるのはこっちの下界なんだがね!」

「は、はは……」

「で、だ。とりあえずデータは採取させてもらうとして、どうするかい? 覚醒に関しては一応お礼のつもりだったんだが……君の好きにするといいよ」

 正直今ある能力でさえ手に余る代物なのに、今ここで更にそれが強まってしまったらどうなるのか。やはりもう少し聞いておきたいな……。

「あの……覚醒してもらった場合って、その能力を扱いきれるんですか? 今使える程度の能力でもかなり大変なんで、そんな強化されてもきっと俺使いこなせないですよ」

「あぁ、それは心配いらないよ。闇雲に能力を強化するわけではないからね。君ならわかるだろう? しかしMPが足りない!」

「え? ああ、はい。ありますねそんなの」

「身に余る能力はそもそも使う事が出来ないんだ。だから覚醒と言っても地力上げ、これが正しいかな。今ある能力を底上げし、それを扱いやすいように身体を能力に適応させる。これが覚醒の全てだよ」

 一番最初に覚醒と聞いた時の不安は大分なくなっていた。今ここで俺自身の能力を底上げしてもらったら、渚の進路に俺自身ついていけるかもしれない。

 そんな根拠もない思い込みが、不安を押しつぶした。

「わかりました。覚醒……お願いします」

「おお! 任せてくれたまえ。全てが終わった後に、今までとは違う君を見せてあげるよ」

 カタカタカタとキーボードを叩く小気味良い音が聞こえてくる。俺は言われた通りにヘッドギアを深く被ると視界を暗闇が覆った。

 大体十分程度で全て終わるらしい。その間俺は目を閉じ心を落ち着けている。ヘッドギアから送られてくる脳波信号は目を閉じた視界に花畑や海の映像が映り込んでくる。これは精神を落ちつかせ、正常なデータを取るための物らしいと予め説明を受けていた。

「気分はどうだい? 何かあったらすぐに伝えてくれたまえ」

「大丈夫です」

 緩やかに流れてくる映像が切り替わり、体感にして十分たったくらいだろうか。突然流れていた映像がブラックアウトした。その刹那、意識がふっと落ちた。

「……くん。浩人くん――」

 真っ暗な視界の中、名前を呼ばれ、身体を揺さぶられる。ヘッドギアが外され視界がクリアになると目の前には要さんが居た。

「う……あ、あれ俺……寝てました?」

 暗闇に慣れた目には辺りの光がまぶしく感じ、すっと手で目を擦った。一瞬意識がなくなっていた気がするが、俺は寝てしまったのだろうか。

「たまにね、そういう症状が出る例もあるから心配いらないよ。これで君は今までより高い能力を使う事が出来るだろう。機会があったら試してみるといい」

「こ、こんなので変わったんですか? 別に俺何とも……あ、あれっ……」

 椅子から立ち上がった俺は、立ちくらみに似たような感覚に襲われ、身体がふらつく。だがそれ以外は覚醒を受ける前と後で特に何も変わっていない気がするが。

「少し風に当たってくるといい。恐らく屋上には空もいると思うしね」

「そうしてみます。覚醒、ありがとうございました?」

「ああ、こちらこそ貴重なデータをありがとう。何か身体に変化等あったらすぐに言ってくれたまえ」

 俺はそう言い残すとフロアを出て階段を上る。ビルの高さ的に恐らく後十階はあるだろう階段を……。




「……こ、これは……!? ハハッ、まさかこんな所にあったとはな……長年探し求めていた物が……」

「今日と言うこの日に、彼と巡り合わせてくれた神に感謝しよう。そして……新世代は新たな発展を遂げるだろう」



 この時、俺はまだ自分の置かれた状況に気付く余地なんてこれっぽっちもなかった。

 だけど確実に俺たちの日常は、音を立てガラリと変わってしまうのだった。

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