黒騎士とキメラ姫。【番外編2】〜異世界でクリスマスな物語~
「何しているんだい?」
「ひゃんっ」
ユーナは突然の声と、とある行為をされて思わず妙な声を上げてしまう。
相変わらず、気配を感じさせない人だと、心で呟きながら振り向こうとするが、それが叶わない。
「あの……後ろから抱きつかれると、動けないんですけど? レイヴァン」
彼女の華奢な腰に抱きついたまま動かない彼に、苛立ちを覚えながら、もがくも、いつも通りびくともし無い。ユーナの背中に鳥の様な翼があろうと、背の高さが頭二つ三つと高い彼には、何の問題にもならない。難なく、それらごと抱きつかれてしまう。
(これって、絶対能力の無駄遣いだよね)
筋肉隆々マッチョとは、いかないまでも、戦うために鍛えられた引き締まった身体は、服越しでも十分、分かる程、逞しいものである。
数人と乱闘になっても、肉体だけで余裕で勝てるくらい立派だ。
それをたかが小娘一人を抱え込むのに使っているのである。
それに肉に無駄が無く正直見目も麗しい。なまじ顔も良いのでチキュウのアイドル達みたいに、生写真だか、写真集だかを出したら、たぶんベストセラーになるに違いない。
(今度、画家に頼んで全身画でも描いてもらって、販売してみようかな)
さぞ、儲かると思うと、ユーナは薄ら笑いが止まらない。
「微笑む姿も可憐で愛おしいが、そろそろ俺の質問に答えてくれるかな?」
彼女の頭部についている耳、猫の様にピンと張ったそれに囁きかけられ、全身にゾクリとした刺激が走る。悔しい事に不快ではなく、甘酸っぱい様な、切ない様な、何とも言いがたい感覚である。
「何って、厨房なんだから、料理しているに決まっているじゃない!!」
先程の感覚をごまかすかの様に大声で答える。けれど、彼はその答えに納得していないようで、まだ彼女を解放しなかった。
「それは、見たらわかったよ。俺が聞きたいのは……」
器用にクルリとユーナの身体を回転させたレイヴァンは、向う様に抱きしめ、鉄板であるユーナにだけに見せる顔で見つめながら問う。
彼の弓なりの美しく整った眉、澄んだ紫の宝石を思わせる双眸、彫りの深い鼻梁。口元は、優しげに口角を上げ微笑んでいる。髪は、濡れているかの様に艶やかで、無造作に少し崩れた感じが何とも蠱惑的、前世で見慣れている黒髪のはずなのに、いつもドキリとさせられる。
「あ、えっあ、あの包丁もってるんですけ……ど……」
ユーナは、何とかこちらの心情を知られまいと、顔を背けながら誤魔化そうと呟いた。
料理中とあって、右手に包丁、左手に食材を持った彼女は、抱きつかれ、それらを置く事も出来ないままに握りしめている現状である。何とかして欲しいと、訴えた。
「そもそも危ないよ……包丁を持ったまま回転するなんて」
華麗にターンさせられた時に、どちらかを包丁で傷をつける危険もあった。
「そんな失敗は、し無い」
そうだ、この人は、そういう人だった。器用所か、やる事なす事、計算ずくめ。
顔良し、身体良しな上に、天才なのだ。
「それで……」
「今、鍋料理作ってるんだよ、日ごろの感謝を込めて。私が昔住んでた場所ではね、えっと……昼間が一番短い日の3~4日後にクリスマスっていう日があるの。ほら、今日は、一番昼間が短い日の雪舞祭から3日後でしょ。ってことは、チキュウではクリスマスなんだよ」
ユーナは、動揺を隠そうとするあまり前世の事を饒舌に話はじめた。が、思いのほか相手が黙って聞いている様なので捲くし立てる様に続ける。
「えっと、まぁ、キリストって人が生まれた誕生日で宗教的な意味合いが色々あるんだけど……私が暮らしてきた場所では、家族や恋人、仲間で一緒にご馳走食べたり、プレゼントを贈ったりする楽しい日でね。本当は、ケーキ焼いたり、ロースとビーフや、足つき鶏料理とか作るんだけど、そんな料理、ここの機材じゃ手軽に作れないし……。だから、故郷の味である”鍋”を作る事にしたの。皆さんに感謝を込めて。大勢でいっぺんに食べれるメニューだよ」
日本と全く同じ食材は、手に入らないが似たような物この世界でもある。白菜の変わりに、スープ料理でよく使われる葉野菜のラープセクス。それから大根は、瑞々しくて淡白な味がそっくりなタルタロ。肉は、各地で飼育されてる鳥のコケイコラで、味付けは塩やお酒に胡椒を少々。素材の旨みを活かした”塩鍋”の予定である。
「あったまるよー”鍋”。上流階級の皆さんは、どうか知らないけど、ここの世界の人達って、一つの鍋を皆でつつきながら食べる習慣、無いじゃない。で、ね。え~っと、それで……」
「話は終わったかい?」
レイヴァンは、先程と同じ優しげな表情だが、何処か意地悪さを含んだ紫色の瞳でユーナを見つめていた。
慌てて目をそらし、必死に次の話題を何か出そうと、考え込むが、焦れば焦る程出てこない。
「それじゃ、俺からの質問に答えて。その格好は?」
「格好? あぁ、この服は借りた。スケティナさんに何か作業に適した服が無いか、聞いたらこれしかないって。借りたんだよ」
レイヴァンのあつらえる服は、華やかなドレスが多く、とても料理をするには向かない物ばかりであった。動きにくく不満なのだが、彼のお金なのだから文句も言えず……いや、3日に1回は愚痴をもらし、4日に1回は、直接不満を言うも、結局、改善されず。諦めて、それらに袖を通している。
「それ、お仕着せだよね」
スケティナから渡されたのは、お仕着せ、つまり侍女達が配給されて着ている服、通称メイド服なのである。
スケティナの洗いがえかと思いきや、恐ろしい位、サイズがピッタリ。背中の羽も、尻尾の出口もキチンと作りこまれている。
何故なのか、その答えが聞きたい様な……怖くて聞けない様な……複雑な心境で身に纏っていた。
「えぇ、お仕着せだよね。借り物……たぶん借り物、借り物であって欲しいんだけど、決して彼女の欲望で無い事を願うんだけど……。まぁ、とりあえず、やっぱ動きやすいね、この服。それじゃ、質問にも答えたし、そろそろ……」
逞しい腕からの解放を訴えるが、改めて見つめ返されてしまう。
これで何度目だろうか。目が合うたびに、胸が詰まる様な、締め付ける様な正体が分からない、複雑な感覚に見舞われて戸惑ってしまう。
「いいね、その格好」
やっと、ユーナの意を解したのかレイヴァンは、両腕を緩めた。ユーナは、解放されて、少しばかりほっとしたのだが、褒められた内容が微妙過ぎてすっきりしない。
服装を褒められるのは、悪い事ではない。むしろ、コミュニケーションをとる時に、良いきっかけになる様な話術であるのだが……。
「いや、これ、おそらく借り物で……」
褒められても、困りはし無いが、自分に言われても仕方ない。貸主にでも言って欲しい、そう言いたげな曖昧な笑みをユーナは浮かべた。
「身分違い、禁断の恋って雰囲気がする。メイドと主との--」
「そもそも、村娘だった私を攫って来た癖に、今更、身分違い萌えもクソもあるかい!!」
ユーナは、しなやかな身体と翼力を使い、懇親の力を込めて、回し蹴りをしながら叫ぶが、どちらも相変わらず空回りする。そんな残念な異世界でのクリスマスなのであった。