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神々の黄昏へと至る聖戦  作者: ray
1 転生したテロリスト
8/9

+4

 ―――この世でもっとも尊く思われるものには形が無い。

 だからもっとも大事なものは、金では買えない。そこにはある意味当たり前の真理が眠っている。

 命、それが人にとってもっとも守らなくてはならないその人の財産である。

 ありとあらゆるものはこの命の上にあって価値を見出される。だが、全ての原点であるはずの命が軽んじられることが多々ある。

 人が人を殺す理由で、最も納得がいくのは殺されそうだったからというものだと思う。

 その他のものでも、その人の命にかかわることをされそうになったときに人は人を殺す動機を生みだす。

 心と命はほぼ一体。また、記憶や感情もまたそれに付随するものである。

 すなわち、それらが崩されそうになったときに人は防衛本能として、その他から自身を守るために行動する。方法が殺しであるだけの話だ。

 そう考えると、いろいろ納得できることはある。


 ―――感情は、心は、人が理性と呼ぶものであり、また、狂気と呼ぶものであり、また、その人の存在を守るものだ。

 アッシュの持つ感情に関する考えがこうである限り、彼に感情を理解することができるのか、それは大きな疑問である。




 紙をめくる音が定期的に聞こえる図書館で王女とその従者は本を読んでいた。

 王女は歴史書を、従者は魔道書を読み、そのペースはほとんど同じ、双方ともに本当に呼んでいるのか疑わしく思うほどに速いペースで読み進めている。

 従者は魔術師ではないが、魔術は使える。だから読んでいるのだが、ほとんどが知って(理解して)いたものだ。故に速い。

 王女もまた何度も読み返している歴史書の一部だ。正直な話内容は全て頭に入っている。故に速い。

 それゆえ、これらの動作に何の意味も二人は見出していないのだ。意味があるのはこの距離感。

 お互いにその存在を確認できて、それでいて近すぎない。

 王女はもっと近づいてもいいのだが、これ以上は従者が拒否する。

 だからこそのこの距離感。向かい合って座って本を読む。

 ―――なんとも平和なひとときである。


 意味の無い行動を淡々と続けることはなかなかに面白い。

 ここにある魔道書は全て一度は目を通している。

 ものによってはほとんど暗記してしまっているものもあり、この本もその一つだ。

 すでに覚えたものを、意味の無い文字列として眺めて満足したら次に進む。


 ―――なんとも無駄な作業! なんとすばらしいことか!!


 まことに残念なことに、この喜びを理解してくれるヒトは少ない。

 何故この時間を適当に浪費するたのしみが分からないのだろう?

『―――ねえ、あなたって、もしかして馬鹿?』

 前にこの王女に言ってみたらそういわれた。

 少しへこんだが、貴重な時間を浪費するなんて彼女からすれば馬鹿以外の何者でもないのだろう。考え方が違う。価値観が違う。


 ―――残念なことにあなたは“到達していない人”だから―――


 いろいろと違うのは仕方ない。精神的な基礎を形作る文化が違う。

 だが、人生における最大の贅沢は、時間の浪費以上のものは無いと思う。

 時間の浪費がこの世の最大の贅沢、限りある時間を無益に使うことこそがある意味での最高の快楽。

 それを理解できないとは、けっこう人生を損していると思うのだが……。




 魔族の暗殺、龍討伐、遺跡調査、古文書解読、宝物庫への進入……青春時代をそういったことですごし、いつしかの自分を思い出し、強い感情に押されながらも波一つ断たない心に涙する。

 ―――悲しい。悲しいという感情は消えているが、悲しいのだと理解できる。

 生前の戦争、今の特務部隊、どうやら僕に心の安息は訪れないようである。

 だからこその時間の無駄遣い。浪費による自己満足、得られないと思っているからこその、心へ与えた彼からのご褒美。


 ―――そして、当然のようにそのときは訪れた。



 闇をすばやく駆け抜け、ダークを二本投げてから大きく跳躍する。

 背中のショートソードを抜き、逆手で両手に構えて上空から敵陣のど真ん中に着地する。

 すぐ近くの雑兵二人がこちらを見て攻撃しようとするが、先に投げられたダークによって絶命する。

 地面をすべるように走り、ショートソードを動かして敵の動きを封じ、殺す。

 敵もすぐに包囲網を完成させてすでに隊長までに百人は切らなければならないほどである。

 ―――それも想定済みだった。

 わかっているからやることも一つだ。

 ダークをもてるだけ持ち、同時にレンドを使いつつ投擲し、何層にもなっている包囲網を粉砕する。

 今回の獲物は魔族の貴族だ。だが、敵の数が多すぎる。

 それでも彼は一人で魔族を殺し続ける。両手のショートソードはすぐに血や脂肪で使い物にならなくなるので、使い物にならないと感じたら狙ってレンドを使いつつ投げる。

 その作業を幾度か繰り返し、それが完成した瞬間に彼の勝利は確定した。

「時の牢獄に、今という時をその一瞬の人生で散らせ」

 魔力は高まり、大地も多少揺れるほどの魔力、彼は詠唱を終えるとともに一歩で陣の外に逃げるとその真名を告げて形を成させた。

「―――時の回廊―――」

 その瞬間に陣の中、全ての生命は息絶えた。寿命が一瞬のうちに消費され、この世に生きる権利を剥奪されたのだ。

 蝋燭(命)の火が消えるまで、残りの蝋(寿命)が燃えるのに必要とする時間を一瞬の中に押し込み、灯火を消えさせる。

 究極ともいえる彼の能力を全面に出し切った全力、当然使用する魔力も桁違いであり、その副作用もまた埒外であった。

「―――ゴフッ!」

 吐血、ヒトの限界を超える力の行使には当然対価が必要となる。

 等価交換はここでも成立する。彼は神様でもなんでもないのだ。無理やり削った命はその代償に、その人生で味わうであろう苦痛を彼が味わう。

「――――っ!!!!!!!」

 その苦しみは、常人ならば発狂するほどのものであり、拷問に耐え切った彼だからこそ、前世で絶望とあらゆる苦しみを味わった彼だからこそ、この苦痛で発狂しないのだ。


 ―――そして、その先に、彼は見た。

 時という制限の中であがく自分と、時の呪縛から解き放たれた自分を。

 今までにあった全ての聖戦という事象を、あらゆる時についての全てを、彼は自然に漠然と理解した。

 ―――同時に恐怖した。

 いまだそのような感情が残っていたと気にする暇も無く、その力を全身全霊を込めて幾重にも封じた。

 ―――聖戦、神々へと至ろうとした愚か者が始めた到達者の戦争。

 否、それは間違いだ。それですら間違いだ。

 これは神々に対する修身深い人ならば神に対する冒涜とも取れるが……神とは、元々人であり、聖戦を戦い抜いた元到達者だ。


 聖戦は過去三度行われた。

 前回が約千年前、その前が三千年前でそれ以上前のことは探れない。

 七柱の神々に倣った能力の持ち主が同時に七人全て集まったときにそれは開始される。

 そのものたちを到達者といい、人の枠組みから外れ、一種の亜神となる。

 亜神たちは争い、その優劣を競い、敗者は勝者の元に降る。敗者は勝者のために力を振るわねばならず、それ以外の部分では自由意志は確保され、聖戦の最中ならば死という概念から外れる。

 最終的な勝者が出たところで亜神たちは創生神と対面し、新たな七柱の神々として、この世を支える……。


 ―――ふざけた話だ。それではまるで、生命は全て神の候補者であり、そうなったら自由意志など無くなってしまう。

 なんとも面白くない。そんな結末はあまりにも面白くない。



 気が付けば、痛みは消え、体内時計ではほとんど時間が進んでいない。

 なにやら妙に気になって“アナライズ”を使う。


 アッシュ 19歳 Level:100

 能力値

 筋力B92 耐久B82 魔力S198 俊敏A++171

 スキル

 武芸百般C おおよそ全ての武具を操ることができる。そのランクはAになる。

 暗殺B+ 暗殺に必要なものを総称したスキル。暗器の取り扱いや気配遮断などがこの中に含まれる。

 投擲術A++ 百発百中、投擲においてなんら不足がない状態。届くのならば絶対に当たる。

 気配察知B(E) 気配を察知するスキル。一つ下のランクまでの気配遮断の無効化とランク比例で察知範囲が広がる。


 おかしい。

 端的に言っておかしい。

 スキルはいい。前に見たときとそこまで変わっていない。

 ―――だが、レベルは問題だ。

 明らかに変だ。この程度の人数を殺したとしても、レベルは上がって一つ。

 それなのに75から25も一気に上がったことになる。

 能力値も魔力と俊敏が以上に伸びているし、いろいろととにかくおかしい。


 ―――いやな予感とはっきりしている自分の将来……。

 そんなふざけた未来なんて俺は認めない。

 そんな“意味のある人生”なんて、俺は認められない。

 人生に意味というものは無い。それを語るものはそれを語るものは馬鹿か自信家だ。元々人が生まれるのに意味なんて必要ない。意味を求めること自体が間違っており、元々無いものなのだから見つかるはずも無い。

 故に自分探しとは、自己否定と現実逃避の結晶だ。自分が何をしたいか分からないやつはすでに死人。生きている価値すらない。

 そう、人生とは意味は無くとも価値はある。

 価値とはその後に後世の人々が認めるか否かだけだが、基本的に変動し、ほとんど無いようなものである。

 だが、意味と決定的に違う点は価値はごくわずかにでも存在するというところだ。

 ならば、それは認める必要があるが、意味などどこにも無い。

 ―――意味の無い人生を無意味に過ごす。

 ―――意味があると信じた人生を有意義に過ごす。

 ―――意味が無いと前提を置いて自由に生きる。

 ―――意味を求めてそのために生きる。

 それら全て、自己責任。自分の人生だ。自由に使えばいい。

 ただし自己責任。もみ消すのも自己責任。無かったことにするのも自己責任。何をするのも自己責任。何もしないのも自己責任。

 ―――そして、意味が無いものに意味をつけるのも自己責任だ。他人に無理やりつけられるものではない。


 認めない。認められない。認めたくない。

 そういった自分の心の濁流に押し流されそうになったとき、それの存在が彼を元の現実に戻した。

 異常なまでの魔力、本能がここから逃げろと、封印を解けと、そしてあれを殺せとそう呼びかける。

 ―――四時の方向、距離三〇二、危険度…高。

 常識を脱した威圧感、存在感がこの場に存在する死の気配を吹き飛ばす。

 少しだけ、いっそのことここで死んでやろうかとも思った。だが、それを自分の中の何かが止めた。

 どうしようもない。今俺は相手の射程圏内にある。避けることなどできないし、避ける気もない。

 徐々に迫る莫大な魔力の塊。

 殺せと叫ぶ本能を逃げろと叫ぶ理性が相殺し、どこかで感じている自分の中の狂気が鎌首を持ち上げている。

「―――つぶす」

 何の感情も無く、特に何も考えず、俺の中の狂気はそう判決を下した。


 迫る魔力、加速する時間、封印されても、もれ出てくる加護の力はレンドに力を貸し与える。

 ―――後一秒で到達する敵を、全身全霊をかけて粉砕する。


 視野に入る敵の姿は白色、背中に翼を確認し、空中における機動力の高さを考慮し、避けられない限界値を見極め、無間にまで引き伸ばされた思考の時間を使って敵の動きの予測を行い、それにあわせた連撃の軌道を決定する。


 ―――後コンマ一秒。


 引かれた腕を見てからこちらも剣をしっかりと構える。


 ―――予定時刻まで残りコンマ〇〇二。


 もはや避けられない。もはや避けさせない。


 ―――目標時刻の到達とともにその腕は残像を残して敵を塵も残らぬほどに粉砕しきった。


 振りぬいた腕にまとわりつく血。頬につく内臓。砕ける骨の音。鋭利な剣の破片。自らの鮮血と、見るも無残な右腕。

 ―――対象は消えた。だがまだやることはある。


 使い物にならないほどに破壊した右腕を、時を戻すことによって復元し、渾身の魔力を込めて次の剣を構える。

 ―――次のほうが強大な力だ。

 この一撃に全てを込めるつもりで構える。

 全身は先ほどの一撃でボロボロになっている。無事なのは癒した右腕だけ。


 ―――予測到達時間、残り約三秒。


 全身の筋肉が力を解放するそのときを待ち、時はゆっくりと進んでいく。

 空気が動くのを肌で感じ取り、目で敵の動きを見切り、予測時間を修正する。

 本当はあっという間の時間でも、この身にとっては永遠の地獄、一秒の苦しみは一時間にもなりえる。

 加速しなければならない状況下における体中の痛みによるつらさ、それは本来一秒間のものが、加速しただけ痛みが長引くということである。

「―――――!!」

 声にならない叫びとともに予測時間を修正し、剣を振りぬく。


 ―――予測到達時間、残り約コンマ〇〇一。


 本来ならば間に合わないそれを、さらに加速することによって無理やり間に合わせ、音速をはるかに超える一撃で敵を迎撃する。



 爆音とともに地面は抉れ、血飛沫が上がり、骨が砕け、肉がつぶれるいやな音がして、絶叫とその爆心地から飛び出す人型のもの。

 アッシュの肉体はもはや再起不能のレベル。むしろ痛みでショック死していないことが驚きともいえる。

 それでもアッシュは最後の力を振り絞って身体を元に戻し、倒れる。

 爆心地から飛んでいった人型は起き上がるとそのまま魔術でアッシュを狙い、またもやふき飛ばされた。


「それは、ようやく現れた七人目。残念ながら自分で封印しちゃったみたいだけど、それでも確かに到達できたものなのだから、あなたみたいな失敗作につぶされたくないの。

 わかる?

 わかりやすく言って、あなたとは比べ物にならないほどの価値ある存在なんだから、触れるなって事。

 まだ続けたいなら私があなたの相手をしてあげる。大丈夫、私は性格が悪いから百年ぐらいはこの世のありとあらゆる苦しみを与え続けてあげる。

 でも殺しはしないわ、それじゃあ意味が無いから。創ったものなんだから、自分で壊したら意味が無い。

 どうせならこれの開放のきっかけにでもなって頂戴。そうしたらあなたが生まれたことにも価値ができるだろうから……」

 アッシュは薄れ行く意識でその台詞を捕らえていた。

 女の声、ただし知らない女の声。

 それと同時に、何か自分の中のどこかがそれを嫌悪し、求め、欲情の対称にしている。

 それをはっきりと悟る直前で、彼の意識は完全に闇に飲まれた。



 ―――目が覚めると血の海で横たわっていた。

 周囲には何もない。血の主は粉砕したはずだ。痛みで気絶して、その後……確かに何者かに助けられた。

 それが誰だか分からない。それに、何のために助けられたかも分からない。

 分からないからといって何か問題があるわけでもないが、それでも分からないということは不安である。

 何のために生かされたのか、それは同時に何かのために殺されるということでもある。

 それは不安だ、今すぐにでも封印を解いて圧倒的な力に身を任せたい。

 到達者? そんなものに興味は無い。レベル100? だからなんだ。そんなもののために命を懸けるほどの馬鹿ではない。

 とりあえず、レベル申告をごまかすのは当然として、この力の封印をどうするかが問題だ。

 このままなら他人からでもこれは解ける。簡単ではないが、しっかりと物を用意して、それなりの術者がやれば解けなくも無い。

 それを防ぐためと、この力が何なのかを調べ上げる。

 それにはそれなりに時間がかかるだろうが、これは最優先に行わなくてはいけない事項だ。

「となると、言い訳はどうするか……」

 長い間戻れなかった言い訳、理由にはいくつかの真実といくつかの嘘を混ぜ合わせるのは基本として、納得される言い訳を考えなくてはならない。

 また、基礎能力が上がるからレベルが上がったことがばれるのは当然。その言い訳も考えておかなくてはならない。

「まあ、いいか、意識だけの加速ならそこまで大きなデメリットもないし」

 独り言をつぶやき、空を見上げる。


 ―――太陽はすでに頂点に昇っており、憎いほどに輝くその姿を見て、思わずくしゃみをした。


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