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神々の黄昏へと至る聖戦  作者: ray
1 転生したテロリスト
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 少しずつ短くなってきている……。

 青年は暗い森を駆け抜け、ほとんど見えないのにもかかわらずまったくスピードを落とさずに走る。

 遠方に明かりが見えるとスピードを落とし、音を立てず、殺気もさえも殺して進む。

 ダークを両手に二本ずつ取り出し、一気に飛び上がって上空からレンドを使いつつ投擲する。

 音速を超えているのにもかかわらずソニックブームを出さずにダークは直進し、上空からテント二つを完全に破壊した。

 青年はそのまま地上に降り立つとすぐさま腰の長刀を抜き、駆け出す。

 焚き火の近くの男はすでに剣を抜いているが、そんなものは関係ないとばかりに切り裂く。

 この身体能力はレンドではなく、元々の身体能力と強化の魔術によるものだった。


 ―――数秒で青年は返り血一つ浴びずに全てを殺しつくした。

 例え奇襲だからとはいえ数に何倍もの差があるのにもかかわらずそれを一人で殺しつくすのはかなり難しい。

 成し遂げた後はダークを回収してそのまま走り去る。

 そのスピードは闇夜をかけるにしてはあまりにも速かった。


 ―――これが今のアッシュだった。

 歳は17になり、王国一の暗殺者といってもさして問題は無いだろう。それほどまでに彼は暗殺を続けていた。

 一ヶ月のうち25日程度を王女の護衛として過ごし、残りの5日を暗殺者として隣国の要人を暗殺したり、機密情報を盗み出したりする。

 普段の護衛としての姿と、暗殺者としての姿。光と闇を同時に生き抜く……それが彼のすごさだった。


「―――グレマン一行の暗殺は成功しました」

「よし、じゃあ明日からはまた護衛だからな。しっかりと励め」

「っは!」


 穏やかな昼、そこは王城の図書館だった。

「―――ねえ、アッシュ。

 あなたは、その、したこと……あるの?」

 この静かな図書館において、女性のその声はよく響き渡った。

「―――え、っと…なにを、ですか?」

 アッシュはその問いの答えを持っていなかった。

 何の脈絡も無く聞かれたことに対する答えはさすがに一瞬を何百、何千倍にできるアッシュでも、知らないものは知らないし、分からないものは分からない。

「だから! その、キス……とか?」

 もじもじとして恥ずかしがる女性を見ながら、そんな視覚情報を無視した答えを出す。

「ありませんが……まさかと思いますけど、巷で最近人気になりつつあるあの小説について言っているのではないでしょうね」

 アッシュは相手の感情を考えない。

 ―――だが、先読みはする。

「―――!!」

 真っ赤になって絶句。

 予想の範囲ではある。

「ええと、あの小説のようなことはまずありえませんからね。

 本人たちの感情とは関係ないところで結婚等の話は決まりますから」

 しかし、アッシュもここまできちんと対応できるということは呼んだことがあると言うことなのだが、それをこの王女が気付くことは無かった。

「で、でも前例が無いわけじゃあ……」

 そのまま続けようとしてやめる。無意味だと気付いているからだ。

 それにアッシュもまた気付いているためそこで口を閉ざす。

 王女はまた本に目を移し、彼もまた向かい合う形で魔道書を読む。


 ―――彼らの道は交わることを知らない。何度も近づくが、交わることが無い。

 それはどちらかだけがそうしようとしているのか、それとも双方がそうしようとしているのか……それは誰にも分からない。




 ―――光と闇が同時に存在できるというのは当たり前であり、当たり前ではなかった。

 通常、一般的な教育を生きたものならば光に惹かれる。それは当たり前である。そういう風に教育されるからだ。教育を受けたもののいる場所を光というからだ。

 だが、闇はそういったものの埒外、不良とか、そういったものも何もない闇というのは光のうちにいるものが共存できるものではない。考え方を含めた全てが違う。価値基準も違う。そんなものが共存できるはずが無い。

 だが、人の心には光と闇の双方があるからこそ人である。それはどのような教育を受けようが変わることは無い。

 ―――善人が稀に見せる悪意、悪人が気まぐれに起こす善行……。

 それこそが人が人であるということ。だが、それを人が認めようとしない。なぜか、そんなものは認められない。認めるわけにはいかないからだ。

 一度でも自分の中に光と闇があると自覚したものならばこの意味が分かるだろう。残念なことにそれを表すことのできる言葉を僕は知らない。そして、自覚したことのあるもの、悟ったものはそれを自分の中の理性が認められないと思うのだ。

 ―――だが、分かるものならば、この言っていることがわかるのならば、もう一度自分の人生、全てに対してその悟りをもって見直してみてほしい。

 そこには欺瞞が、嘘が、おおよそ思いつく全ての詐称があるのではないだろうか?

 そして、そうした目で自分を見直したとき、どれだけ自分が自分を演じているかを理解できる。

 人によっては悟らずとも自分が自分を演じていると思っている人もいるだろう。

 ならばその目を全てに向けるのだ。そこに嘘も何もないというのならば、その人はまだ悟っていない。この世に共通する、ある一つの究極の真理を悟っていない。


 ―――装う無かれ、それはいつしか自分を自分として見れなくする。そうなったらそれはもう人ではない。機械だ。人形だ。抜け殻だ。


 ―――この世に生きる全てのものよ、お前はいったい“何”だ?





 馬を走らせて魔属領を目指す。

 今回の遠征は一人ではなかったし、また、極秘でもなかった。

「アッシュ、今日はこの辺りで野営しよう」

 そういう男は同じ特務部隊のマッド、今回の作戦のリーダーだ。

「いや、もう少ししたら少し開けた場所がある。そこでした方がいいだろう」

 アッシュはそういって馬を走らせる。

「よくもそんなことを知ってるわね」

「何度も通った道だからな」

 尋ねる女、レムにもちゃんと返事をして馬を走らせる。

 日が沈みかけている。この面子ならば野営まで一時間かからないが、それでもこれ以上進むのは得策といえない。

 そう、正直あそこまで進みたい理由はほかにあった。


 三十分もすると開けた場所に出て、そこで野営をする。

 交代で眠り、火の番と警戒をする。

 ここは以前アッシュが野営に使った地点であるため、いろいろと必要なものの場所が分かるというのは理由の一つにあるが、もっとも大きな理由はそのときに置いていかなくてはならなかったものを回収するためであった。

 少し火から離れ、見回りとともにそれを回収しに行く。

 少し進むと土のやわらかくなっている場所があるのでそれを掘り返し、そこから木箱を取り出すと、かけられている固定化の魔術を解いてふたを開ける。


 ―――本、隣国の宝物庫にあった一冊の歴史書である。


 それを取り出すと手に持って火の元に戻る。

 そして中身を時間をかけて読み解き、頭に内容を叩き込む。

 実際にはレンドを使って時間を加速しているので、それほどまでに時間はかかっていないのだが、この際は関係ないだろう。

 読み終わるとまた木箱に戻して固定化の魔術を使い、また地面に埋める。

 内容は頭に入れた。そして、長年の疑問も多少は解消された。


 ―――大きすぎる疑問、王女の名前カスミというのが微妙に日本人名のようだったのだ。

 ほかにも現在の王の名前や歴代王家の名前は同じような名前が付けられていて、その名前は昔であれば昔であるほどその傾向が強い。

 名前は信託によって決めているというが、本当のところはよく分からないし、古い文献を見るといまだ解明されていない言葉として日本語が書かれていたのだ。

 王家が使う暗号はカタカナであるため、簡単に読めるということもあるのだが、それはそれで大きな疑問だ。

 だから調べてみたのだ。

 それだからいくつか疑問が解消できた。今はこれでいい。今は、まだ。



 夜明けとともに出発し、まだ暗い道を馬で走りぬける。

 今回の目的は魔族領にいる賢人の暗殺。


 ―――正直なところ、失敗するだろう。


 被害を考えなければ恐らくはできなくはないと思うが、このメンバーの平均レベルは53、俺のレベルは62だが、他の二人が低すぎる。最低でもレベル60はほしいところだ。

 目的地は森の中の屋敷、ほとんどが本で埋まっているらしく、その内容は禁書レベルのものが大半を占めるとも言われている。


「あそこだ。馬はここにとめて、ここからは徒歩で向かう」

 マッドはリーダーだが、状況判断能力的にはまだまだ甘いだろう。

「いや、どうせもう気付かれてるよ」

 先ほど感知結界を見かけた。

 避けることも解くこともごまかすこともできそうになかったのであきらめたが……。

「それもそうだが、トラップとかあったらどうするつもりだ?」

「あ、それは大丈夫。

 感知結界はあったけど、そういうトラップは無いみたいだよ」

 もっと早く言うべきなのだが、そういう発想はこの女には無いのだろう。

 ―――他人のことは言えないが……。

「―――そういう報告は見つけたらすぐにしてほしいのだが……」

 それにしても何の反応も無いとは思わなかった。

 侵入者がいるのだ、何かしらの反応があるものだと思っていたのだが……。

「それにしても妙だな。気付かれているなら何かしらの反応があってもおかしくないのだが……」

「―――ようこそ、侵入者さん。

 こんな朝早くからお疲れ様です。ですが……」

 数秒の間が空く。これは、まずい。

「私はまだ寝てたんですよ。

 だからちょっと、やつ当たりをさせてもらいますね」

 そういって微笑んだ。


 俺はその台詞を認識する前にレンドを使って近くにいたレムをつかんで思いっきり後ろに跳んだ。

 先ほどまで三人で立っていた場所に落ちる火球を加速する意識が捕らえた。


 ―――圧倒的、勝負にすらならない。


 勝ち目以前の問題だ。そもそも存在の格が違う。こんなものを暗殺するのと、魔族領の町をつぶしに行くの、どちらが楽なのだろうか?

「?」

 納得がいかないような表情。合図してレムに逃げるように支持する。俺の生存率と、こいつの生存率なら、俺のほうが圧倒的に高いことは考えるまでも無い。

 逃げるレムには何の興味もわかないのか、こちらのみをじっと見つめている。

「―――あなた、面白いのね」

 にっこりと微笑み、先ほどまでの不機嫌さからは考えられないほどの態度…まるでおもちゃを手にした子供のようである。

「―――くそ!!」

 二歩で勢いを付けてその間にダークを取り出し、ダークの減速、腕の加速、投擲、ダークの加速、といった動作を一瞬のうちにやって、腕の骨の折れる音を聞きつつ大きく跳び上がる。

 暴風が吹き荒れ、飛ぶダークの軌道を変え、地面をえぐる。

 その風は俺の身体もを浮かせて体制を崩すという極悪さ……まさしく相手になっていない。

 勢いによって自傷した腕を時を戻すことによって元に戻しつつ、状況を判断する。


 ―――敵の攻撃手段は魔術が主体、武器は持っておらず、高火力の魔術を遠距離で幾つもぶつけて敵を葬り去る固定砲台のような魔術師。

 ならばこちらもやることは決まっている。


 時の操作で着地を楽に行い、そのまま踏み込んで距離をつめる。

 当然魔術の掃射を撃たれるが、それは全て渾身の魔力を込めた属性剣で叩き落す。

 そして驚くその端正な顔に剣を撃ちつけようとして―――この戦い敗北を悟った。


 空振りに終わった剣はその勢いによって砕け散り、それと同時に青年の腕も破壊される。

 踏み込んだ足にもひびが入っており、剣を振り下ろしたときの格好のまま止まっている。

 背後には女性が立ち、その手には何もないが、見る人が見れば魔力を帯びていることに気付くだろう。

 彼がわずかにでも動けばその頭が吹き飛ぶ、だから彼は動かない。

 ―――慢心していなかったとはいわない。だが、それでもこれはあまりにも……。


「―――出鱈目、まさしくそのものでしょう?

 これが到達者の力、到達していないものと、到達できないものと、到達したものではあまりにも大きな違いが生まれる。

 あなたは残念なことに“到達していないもの”だから、私にこんなにもあっさり負けちゃう。

 でも大丈夫、これからそれなりにちゃんと生き延びたらあなたも到達する。

 ―――そうしたらまた来て、そのときになったらちゃんと相手をしてあげる」


 気配が消える。

 背後の威圧感も無くなり、思わず両膝を突き、腕を突いた。

 折れ、破壊された腕はもうすでに元に戻っており、自傷したものも含め、目に付く全ての傷が癒されている。

 それほどまでに違う。当たれば必殺だと思っていたダークは当たらず、魔術師に至近距離で競り負ける。彼の心はわずかに揺らいでいた。




「報告します。

 目標は異常な魔力と強力な魔術で我々を撃退、敗走してきました」

「だろうな」

 思わず一発殴りそうになったのは仕方ない。

「―――どういうことでしょうか?」

「意外だな。レムは問答無用で一発殴ってきたぞ。

 まあ、それはさておき、殺されなかったってことはお前は見込みがあるって認められたって事だ。強くなれるぞ。よかったな」

「そんなことはどうでもいいし、本人からもそういわれた。

 ―――到達だの何だのよくわからなかったが、“到達”が強くなった結果をさすのならそういうことだろう」

 到達、その言葉を聞いた男は一瞬だけ目を見開いた。

「どうした? 到達について何か知っているのか?」

「知らない。お前がそこまで言われているとは思わなくて……、到達するかもしれないから生かされたのか?」

 確認するかのような声、それでもその声にはいくつかの感情が入れ混じっているかのようであったが、それを理解できるほど彼は人の心を理解していなかった。

「いや、順当に行けば到達するだろうからって言われた」

 そして沈黙が場を支配した。

 到達の意味を知らない青年と、到達の意味を知ってしまっている男とのこの温度差は男にとって容認できるものではなかった。

 だが、そこで感情に流されてはいけないのがこの世界の悲しい矛盾であった。



 ―――感情に流されることで得をすることはほとんど無い。

 少年漫画で感情を捨てることを主人公はできないが、それが最終的に吉と出ることはよくあるといえるだろう。

 だが実際のところ、感情に流されたものはおおよそ失敗する。

 原動力の感情はもちろん必要だ。何かを為すときにそれを為したいと思う感情が無ければその行動の精度にも関わってくる。

 だが、行き過ぎは凶、否、大凶である。

 憎しみを持つまではいい、殺せないと決めるもいい。怒りを覚えるもいい。だが、それに流されたとき、その人は失敗する。

 目の前に自身の大切な人を殺されたとしても、殴りかかってはいけない。それをする前にできることが必ずある。

 感情を押さえ込んでこそ人だと思うが、感情を殺すのは人ではない。

 感情を押さえ込んでもあふれ出て流れることがある。ならば殺すしかない。

 よりよい結果を求めて、最終的な幸福を願って、彼らは感情を殺す。

 ―――その結果、幸福を幸福と感じられなくとも……。


 この物語中の語りのほとんどが作者の考えをそのときのアッシュの立場に合わせて書いているものです。

 そこに対する反論等はドンと来い。とは言いません。やるのはいいけど気付か無いことがあります。ご注意ください。

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