-3
ツッコミどころが多いことには気にしないでください。コメントであまりにも辛評がつくと落ち込みます。
創生神ハンマは、この世界を創り出し、まず大地と海を創造した。
次に、大地に高さを、海に深さを与え、そこに植物を与えた。
植物が増えると大地は緑の楽園になったが、それ以上にはならなかった。そこでハンマはそこに動物を与えた。
動物たちは植物たちや大地と共存したが、その姿に発展はなかった。ハンマは己が見ずとも自然と発展する世界を目指していたがために人を作り出した。さらに、動物に種類を作ったように、人にも種類を作り、そして亜人が誕生した。
最後にハンマはこの世界を存続させるために7人の神を創り出し、そのものたちにこの世界の存続の使命を与えた。
こうして、この世界は誕生し、成長していっているのである。
―――ワシュア教 創生の章より抜粋―――
平成の日本国において、戦争は禁忌とされる。
その理由は漠然としているとしか言いようが無い。
―――確かに、戦争をすることによって多くの命が失われるし、今の世界の技術力を考えたらその影響は戦争をしている国だけにとどまらない。下手をすれば地球そのものの存続さえ危うい。だが、言ってしまえばそれはあまりにも弱い理由だ。
そもそもの戦争について考えよう。
戦争は、単純に言ってしまえば国と国との闘争…喧嘩だ。
無論、喧嘩といっても口げんかではない。お互いに殺す気でやる暴力を伴った|もの(殺し合い)になる。では何故戦争で暴力を伴わなければならないか、その結論は最終的に戦争が闘争の延長であり、また、県下の延長でもあるからであり、結局は力で言うことを聞かせればいいというあまりにも利己的な主張に帰結する。すなわち、それが自国にとっての不利益―――利益にならないからだといえる。
それ以外の理由もある。宗教然り、人種然り、過去の因縁然り……あげればきりがないが、その理由もかなり簡単に言ってしまえば気に入らないから、つまり喧嘩と大差ない。
だが、『戦争はよくない。みんな人を殺す凶器を持つのはやめましょう』と言ったとして、それを全ての人が言うことを聞くか? 答えは否だ。
人は人を疑う。故に『こいつは本当に平和を望んでいるのか? もしかして武装を解除させてそれから襲う気なんじゃないか?』といった疑問を抱かせる。それは当然誰しもが持つもので、誰かが持っていることがわかったらすぐにでもほかのものたちは武装し始める。
結局、誰も武装解除はしない。言ったやつも“自分の身を守るため”と称して武器を持つ。
―――僕は自衛隊を無くすべきだとは思っていないし、利己的な考えも短期的にしか考えてさえいなければ、元の理由がどうであれ、日本という国が武装するのに何の疑問も持たないし、戦争する行為にも何の疑問も持たない。
だって当たり前だろう。
周囲は武器を持ち、そんな危ないものを持っている国が近くにあるのに武器も持たずにのんびりと暮らす。しかもその相手はどう考えても自分の国に対して恨みや怒りを持っている。
それでも日本は自衛のためとはいえ武装するべきでないというのなら、適当な発展途上国に行ってそこにいる人たちに非人道的な行動をとってそれでその後『殺しはよくない』と善人ぶって説いて回ってみればいい。まず間違いなく殺されると僕は思う。
安保条約? ならば善人ぶって説いて回るときに地元の警察官に少々お金を渡して守ってもらえばいい。金を渡された警官がまじめであるか否かで命運が決まる。死人にくちなし、さらには渡された金はもうすでに相手の懐にあるということと、自分の財布は死体からでも引っ張り出せることをお忘れなく。
さて、これでは元の議題、“戦争はやるべきではない。悪いことである”について反論していない。ここで論じたのは平和を何の物理的な力、もしくは強力な後ろ盾もなく語っても過去恨みを買った相手に殺されるということについてだけだ。
それではここまでもことを踏まえて元の議題に戻ろう。
戦争はやるべきではない。確かに、やらないにこしたことはない。だが、それを行わないと国が崩壊するのであれば、それは必ずしも悪いことだとは思わない。
―――カルネアデスの板というものを知っているだろうか?
ある船が沈没し、ある男が運よく一片の板にすがりつけたとする。
そこにほかの人が現れて同じ板につかまろうとしてきた。だが、その板はその男がつかまっているのが精一杯で、ほかの人をつかまらせたら沈んでしまうように見えた男がつかまろうとしている男を突き飛ばして溺死させる行動は罪であるか否かという問題だ。
―――それとは逆のことを考えてみよう。
つかまろうとした人は、自分がその板にしがみついたら板ごと沈んでしまうと考えた。
もともとつかまっていた男が何かをする前にその男を突き飛ばして自分だけでも助かろうとする行動は罪であるか否か。
僕はどちらも罪でないと思っている。
どちらも人間らしく、ある意味では当然の行動だ。二人とも助からないのなら、その席には他人ではなく自分が座ろうとする行動は人として当然だ。こんな当然を守れないのはよっぽどのお人よしか、その相手に何かしらの思いがある場合だけだろう。
この話が戦争とどう関係があるのか、わからない人も多いだろう。というかわかる人のほうが少ないだろう。
さて、第二次世界大戦の日本が周辺諸国に攻撃(侵略)したのは世界恐慌の所為といっても過言ではあるまい。
日本は多くの植民地を持たなかった。だから世界恐慌のときに植民地との間での貿易によって経済を守れなかったのだ。その結果、他国の植民地を奪うことでしか己の国の経済を守れない。経済の破綻は財政の破綻につながり、最終的には自国の破綻につながる。だから日本は戦争を仕掛けて植民地を得るしか存続の方法は残されていなかったのだ。実際がどうであれ、僕はそう思っているし、それが原因の一つでないとも思わない。
つまり、先の話に当てはめるならば板につかまっている男を見た日本は、その板を横取りしようとして突き落とされ、沈み、その行動が悪であるといって罪人にされたのだ。だが、考えてみれば日本はそれをしなければどちらにしても沈んでいる。それならば他人から板を奪ってでも生きながらえようとした日本の行動のどこに罪があるだろう。他人からの板の奪い方が非人道的であったと、そんな理由で日本を蔑み、憎むのならば、日本を突き落としているものには何の罪もないのか、むしろどんな手段を使ってでも生きながらえようとした日本のほうがものすごく人間らしい行動である。
その時代に生きたわけでもないのに偉そうなことをいっている自覚はあるが、それが僕の出した結論だ。戦争は国同士の殺意を伴った喧嘩、喧嘩が終わってそのやり方がよくないというのはあまりにもおかしいし、裁くときに負けたほうだけを責め立てるのはおかしい。喧嘩両成敗という言葉のとおり、最大の加害者であるものたちを裁かずしていいのだろうか? むしろ賠償を請求するのは最も被害をこうむった全ての人民なのではないだろうか?
これでも戦争とは最大の禁忌であり、何をおいてもやってはならないことだというのであれば、その人はお人よしだ。これからもし、カルネアデスの板のようなことがあっても、他人の板を奪おうとする人間的なものにはならないでくれ。
まあ、この考えに同意してもしなくてもどうでもいいし、こんなことを考えたのはほかでもない。今僕は戦争に参加しているからだ。
特務部隊…僕はこの部隊の下っ端だが、この部隊は簡単に言うと汚れ仕事などを引き受けたり情報収集したりする部隊だ。総数は誰も知らないとまで言われるもので、正直な話、自分の小隊の面子ぐらいしか顔を知らないというものである。
特務部隊の仕事は戦前が中心で戦時中はあまりやれることがない。戦時中は指揮官などの重職の人たちはガードが固く、暗殺もなかなかできないし、情報を収集してもそれを本国に送ることもできない。だから特務部隊の仕事は他国の仕業に見せかけて敵国の重役を暗殺したり、敵の首都で身を潜め、情報を本国に送ったりと、そういった仕事が中心である。
故に、僕らにとっての戦争とは戦争の終結から武力衝突までのことを言うのだ。
「アッシュ、今度の任務はレムと一緒にルールの潜入捜査だ。期間は一年が基準で、戦争や和平などの問題で期間は延びたり縮んだりするが……もうこの説明は必要ないか。
集合は明日の日の出、護衛風の服装で、装備は見えない範囲でなら何でも可。ただし、必ず見えやすいところに剣を差すことだ」
ルールの町までは大体一週間。その食料などは用意されているはずなので問題ないのだが……。
「一人じゃないんですか?」
二人で行く必要性がわからない。
「以前に一人で行ったやつが捕まっててな。そいつは何の情報も吐かずに自決したからいいが、一人だとまた怪しまれる可能性がある。場合によっては片方だけでも戻ってきてほしいが、いざというときでもお前らなら何とかつかまる前に戻ってこれるだろう。
―――質問は以上か?」
ないこともないが、どうしても聞かなければならないことではない。だから無いと伝えたら気配がなくなった。
自室の中で、暗がりに向かって話すのはなかなかに変人だろう。
まあ、その姿を見ているものはいないのだから問題はないのだから気にしないでおこう。
とりあえず、指定のあった服装に合いそうなものを探しそれが日ごろの服装であることに気付き、適当に三、四着荷物として持ち、護衛たちが好んで使う長剣いつもどおりを適当に見繕っておく。
次に見えないところの武装としてメインウェポンであるダークを確認し、しっかりと手入れをする。さらにいざというときの保険のために高価な錬金の魔術符を用意しておく。これでいざというときにも何とかなることが多い。
後は便利なロープやら何やらを用意し、この部屋をしばらく空けてしまうことから残っている食材をすべて使った料理をして食って寝た。
―――わかっていると思うが、アッシュは転生者である。
記憶は五歳のときに死に掛けて思い出し、それからは身体を鍛え、その特異な魔術を練習し、この特務部隊に引き入れられたのだ。そんなアッシュの齢は二十一。特務部隊の中でも若く、『もしちゃんとした生活をしていたら今頃出世街道の中だったのにな』といわれるほどにはしっかりしているし、その能力も十分高い。
確かに、アッシュは才能あふれる若者である。だが、天才では決してない。彼の才能はハンムルド魔術学園(世界有数の魔術学園)で上位三十人のうちに入るぐらいである。だが、彼の才能はあくまでもその稀有な属性に起因する物であって、彼のそれを除いた才能は村一番になれるレベルだ。正直な話、この特異な属性以外は努力によって身につけた武芸百般だけである。
その武芸百般もそれぞれ本職に劣らないものだ。だが、勝ることもない。中途半端な器用貧乏というと言い方が悪いが、そういったものなのである。
眠りから覚めて、すぐに意識ははっきりとする。
まだ日は昇っていないが、この時間に起きるのはこの世界では少々早いぐらいでしかない。それにこの時間は同業者からすれば遅いとしか言いようが無い。
先日のうちにまとめておいた服装に身を包み、荷物を持って城門に急ぐ。
昨日は特に言われなかったが、基本的に集合といわれたら城門である。普段は近衛として活動している特務部隊は集合のときに城門を利用することが多いためだ。
城下町を歩き、荷物を持って適当に道行く知り合いと他愛のない会話をしながら『自分が遠征に出るからしばらく家を空ける』と伝えておく。これもまたやっておかなくてはならない仕事だ。近衛が長らく家を空けることは少ない。帰りが遅くなったりはするが、家に何日も帰らないことは少ないのだ。だから適当に理由をつけて家を空けることを伝え、不審がられないにするのも仕事のうちである。
今日もレムのほうが早いのだろうと思ったらそうでもなかった。
というよりもとりあえず一人で出ることになっているようで“影”から一人で馬車を使って出るように言われ、馬車を使って門の外に出る。
朝日が気持ちいいなと思っていたら人の気配を感じ、反射的にダークを投げようとして止められた。
「ちょっと待った。ゴメンゴメン。気配消して近づいたのは謝るから投げないで」
馬車に近づいていた不届き者はすぐに姿を現し、すぐさま謝ってきた。
その服装は良家のお嬢様が新婚旅行に行こうとしているように見えた。
「―――何だ? その格好」
完全に冷め切った目をしている自覚しつつも、これだけはとめられず思わずたずねた。
「そ、そんな目で見なくてもいいじゃない! 確かに似合ってないけど……ほ、ほら、馬子にも衣装って言うじゃない」
そういって必死に繰り返すが、とりあえず……。
「馬子にも衣装って……」
少なくともレムはきれいだ。十分に似合っているし、この格好でなくてもきれいだと思う。
と、素直な感想を持つとなにやらレムが赤くなっている。
恥ずかしかったのかと思ったら少し違った。いや、ぜんぜん違わなかったか……。
「き、きれいなんて…アッシュ、本気で言ってるの………?」
真っ赤の顔を隠すように手を当てている。妙にもじもじしているし、この状況から判断して……。
「―――口にしてたか?」
「――――――」
どうやら口にしてしまっていたようだ。この気持ちのいい朝に気が抜けていたのかもしれない。
「―――っと、そういえばあなたは今回の任務の役、わかってるの?」
「いや、この格好になれってことだったから、てっきり誰かの護衛みたいな風に装え、って意味だと思ったが……わざわざそういうってことは違うのか?」
今、この場には良家のお嬢様風の格好をしたレム、護衛風の格好をした僕しかいない。ならば考えられるのは護衛と遊びに出かけたお嬢様…という構図だと思ったのだが。
「“絶対に”カレンは面白がってこの筋書きを考えてるわよ」
妙に強調された『絶対に』という言葉、そしてカレンの人となりを考えるならば……。
「まさかと思うが、どっかの貴族子女向けに書かれた護衛とお嬢様の恋物語をまねているんじゃないだろうな」
もしそうだとしたら、帰ったら必ず見つけ出しそれなりの報復を与えてやりたくなる。
「そのまさかよ。ちなみに筋書きは、『小説に感化され、今までなんとも思っていなかった護衛を改めてみてみると意外と好みだったので猛烈にアタックし続けとうとう護衛がOKを出した』という設定で、さらにあなたは『少女の父親にも認められるほどの腕の持ち主で娘の心境を知った父親に結婚を勧められるも、身分からそれを辞退し続ける』って言うのもついてるし、この旅も『とうとう結婚した二人にあまーい蜜月を味合わせてあげるために父親が企画したもの』だし、そのそも護衛がOKした理由も『なかなか首をたてに振らない護衛に少女が一服もって強引に契り、責任を取るためにOKした』って言うことになってる途中から危ない方向に進んでいくわ」
………………。
「悪い、今すぐ帰ってあの女をちょっと殺してきてもいいか?」
「同意するけど、あの女もうこの国にはいないわよ」
「どこに行った? ちょっとよっていこう」
大丈夫、本気を出せば移動時間は半減させられる。バレないように殺すのは朝飯前だ。
「そうなると予想してか、誰も教えてくれないのよね。さすがに隊長を暗殺するのも問題だし……」
「バカをいうな! お前は悔しくないのか! あの女の趣味にこき使われるこの屈辱が!! 僕はもうごめんだ!!!」
ちなみにこんな感じなのはいつものことで、正直なところこれがあってもなくても出会ったら即一発殴るつもりでいる。
だが、今はこれどころではなくなった。
「―――気付いているな」
「―――もちろん」
そういって確認しあうといつでも長剣が抜けるようにしておく。
レムは詠唱の準備を始め、戦闘体制に入る。
「―――テメエら、命が惜しけりゃ女と荷物を置いてそこから……」
だが、その台詞は最後までいえない。
その咽喉を馬車から降りた僕が突き刺している。
「―――おまえら……よくもやってくれやがったな!」
続いて現れた盗賊たちに向けてレムが。
「―――エア・アロー―――」
多くの風の矢は正確に盗賊たちの額を打ち抜く。それに動揺した盗賊たちを僕が一瞬のうちに切り殺していく。
「案外あっけなかったな」
この世界において魔術を戦闘レベルで使えるものは少ない。
魔術をそのレベルで使えるのはそれなりに才能のあるものたち、しかも多数に対して有効な攻撃ができるのは一握りになる。
「十八か、今レベル幾つなんだ?」
「そっちが教えてくれたらいいよ」
「79」
「その年で80まで後一歩というのはさすがにあなた以外にそういないと思うけど……私は58になったの」
レベルというのは強さを“大体で”表す。
その経験によってレベルは変化するが、それを上げるのに最も効率がいいのは魔族の討伐だろう。アッシュは最近まである任務のせいで魔族領まで行って裏で暗躍していたため、レベルが急に上がったのだ。人の最高レベルが100と言われているので79というのはすごい数字である。
「ステータス見せてね」
「おい」
許可も得ずにアナライズの魔術でアッシュのステータスを見ようとしたレムを止めると、馬車に戻り再び道を進む。
遠方で魔獣の声が聞こえたのでここに放置しても問題なく処理されるだろう。
ステータスは見せられない。いろいろ見せられないものがあるし、ステータスは戦闘を生業とするものにとって商売道具であり、生命線なのだから……。
7人の神は、それぞれ、さまざまなものを司った。
第一柱 光と暗黒のランハ
第二柱 熱と冷気のハスタ
第三柱 生と愛欲のミウナ
第四柱 時と空間のローズ
第五柱 法と秩序のヤング
第六柱 知と探求のエンド
第七柱 死と栄光のファス
それぞれがこの世に生きる多くの生物を祝福し、加護を与え、そして彼らが最終的に神の御前に現れることを待ち続けた。
―――ワシュア教 七柱の神の章より抜粋―――
大きな門に、高く分厚そうな城壁、これで中に城が入っていないとは考えにくいほどの城壁である。
ルールの町は僕らが仕えるヴィアンド王国と緊張状態にあるエンボラ公国の商業都市で、ここがヴィアンドの第三目標地点だ。ここを抑えたらまずその戦争には勝ったも同然とまで言える。
それは同時にこの町の警備を強固にするものでもあった。だが、この町は商業都市、人の出入りをとめてしまえばそれだけで自分の首を絞めることになる。それほどまでにここはエンボラ公国の税収元なのだ。
それでも警備は十分に厳重といえるレベルで、このように正面から入ろうとするやつもそうはいまい。
「アレン、まだー?」
「はしたないですよ、お嬢様」
「むー、またお嬢様って言った。もう私はあなたの妻なのよ。お嬢様じゃだめじゃない」
「そ、そうでしたね、リム」
「敬語もだめ。いい加減に慣れたら?」
「すみません」
さて、これが現在のアッシュ(アレン)とリム(レム)である。
いまだなれない夫婦という関係に大変そうにしている夫とやっと夫婦になれたのに今までどおりの対応をする夫に不満のある妻。まさしく台本どおりである。
これを完全にアドリブでやっているのだからすごいとしか言いようがない。
「もー、また“すみません”って、“ごめん”とかいろいろあるでしょう」
そうは言いつつも、二人の間には二人の世界が発生しているのでなかなかに声をかけにくいというのが現状である。独り身のものが見たら『リア充爆発しろ!』といっていてもおかしくない。
「す……ごめん。まだ慣れないんだ」
「えーと、ちょっといいかなお二人さん」
門を通るときに衛兵にチェックされる。
「この町へ来た目的は?」
「新婚旅行と、いい場所を見つけたらそこに住むつもりなんで、家探し…後は観光です」
この世界において、貴族の娘が平民と結婚することはそうそうないが、そうなると家に戻るのではなくできるだけ家の権力の届かないところに引っ越すのが一般的だ。故に今回の目的というのもそこまでおかしな点はない。
―――あまりに目立たないのも逆に目をつけられる。堂々としているとこういうときにはかえって警戒されないのだ。それに二人の世界を作っている様子を見てこいつらが犯人だとは思うまい。
「そうか、この町には昇竜石や断罪府、ほかにも世界最大の商業都市ならではの品揃えのある市場も見所だ。楽しんでいってくれ」
そういわれて門を通り抜ける。
思っていたよりも警備が甘かった。それに人の数も多い。それが原因だろう。
「とりあえず宿を取ろう。話はそれからだ」
そういってレムを引きつれ、宿を探して回った。
「何でこんなに宿が空いてなかったんだ?」
日は沈み、もう眠る時間になっている。だが、つい一時間ほど前まで宿を取れなかった。
一人部屋なら空いているのだが、設定が良家のお嬢様とその元護衛、現夫なのでさすがにそんなところに二人で入ることはできないし、部屋を別々にするのも…なので大変だったのだ。
とうとう見つけたここも最後の一部屋だった。それでも部屋はきれいだ。どれだけ滞在するかわからないのでとりあえず二週間借りた。
この世界の宿屋産業はいろいろな天候によって出発が延びたりするのでこのように長期間借りることが前提なのだ。それなので新婚旅行といっても一年ぐらい掛かることもざらである。
まあ、そのおかげでこの潜入操作がやりやすいのだから文句はまったくないのだが、『くるかもしれない災害級のものが来たら面倒だな』程度に思っていた。
―――世の中には社会不適合者というものが存在する。
平成の日本においては、一部のニートと呼ばれる人たちがそうであろう。
社会、すなわち周囲の環境がどうしても自分の考えや思考に合わず、そしてそれに合わせられない人々をこの場では社会不適合者とさせていただく。
社会不適合者は、何かをしろと、それは簡単だからしろと、言った人の(適合者の)考えや思考で言っても、その考えや思考が本人と違うのだからそれが成立するわけがない。だが、自分の考えをどうしても心のどこかで一般常識と思ってしまうのが人である。だからそのできない理由、適合できない理由がわからない。理解できるはずもない。それに、そういった社会不適合者の世界はすでにその自分の生活圏内で完結しているのだ。後は生きていくための方法を手にできたら、それでもういいはずである。
だが、世の中は自分の考えがその者たちを排除しているにもかかわらず、その不適合性をまるで本人の問題であるかのように振舞う。口先では平等をうたっているくせに、この不適合者に対してはあまりの仕打ちだと思わないだろうか?
あまりにも暴論ではあるが、これは人種差別のようなものである
日本で生きていた前世のアッシュは社会不適合者ではなかった。だからこの考えには大きく偏見が混じっているのは言うまでもないのだが、それでもこの国、日本国のいうことはいろいろおかしい。
平和を望むと公言しつつ自衛のためとはいえ武器を持ち、平等をうたいながらいたるところでは差別があり、学力が全てではないといいつつもテストで悪い点を取ったものには補修という|もの(罰則)を与え、正しい情報を民衆に伝えるためのマスメディアが誇張や拡張……。あげればきりがない。
民意を正しく反映させるといって何度も総選挙を行い内閣がコロコロ変わって、それによって方針は定まらずあっちにふらふら、こっちにふらふら、これぐらいならば独裁政治のほうが方針が決まっているだけましである。
それに、独裁のどこが悪いのかがわからない。民主主義の多数決というのも多数意見が正しいという前提条件の下に成り立っている理論だ。少数意見を完全につぶす民主主義のどこにそこまでの正しさがあるのかできれば教えてもらいたいほどである。
上がぐらぐらと揺れている平成の日本が政治という意味で、ヒトラー政権のナチスに比べて優れているとは到底思えない。
『よくもわかっていない若造が何を言うか!』と怒られる方もいらっしゃるでしょうが、これがその若造の考えたことである。それは平成の日本に生まれ、生活してきた高校生の思っていることでもある。日本の掲げる理想は、きれいごとでしかなく、それを実現するのは事実上不可能であるということを、少なくとも僕は知っていたのだから。
こんな考えに至ったのにも訳がある。
この考え方自体は生前の高校生活の中で漠然と思っていたことを文章にして纏め上げただけだ。それでも変動する人の考えの中でまとめたこと故にまとまりきっているとは到底思ってもいない。
この考えに至ったのはこの世界で始めてそういった“偽善者”を見つけたからだ。
「皆さん。戦争なんてばかげたことはもう終わりにしましょう。
戦争をしてなんになるというのです。畑は荒れ、子供は死に、孤児も出てくる。それで手に入るのは勝利という名の罪科だけ……そんなもののどこに価値があるというのでしょう!!」
叫ぶ声は白服の女。その周囲には護衛と思われる同じく白服の男たち、服装を見る限り、生と愛欲を司る神ミウナの使徒だろう。
―――今のうちにはっきり言っておこう。“今”この世界に本物の神は存在しな…しているが、そんなに人に対して積極的にかかわらな……ないやつがほとんどだ。あれが例外なんだ。たぶん………。
いたとして偽神だ。それも信仰によって強大な力を得た精霊の一種に過ぎない。
「ねえ、アレン。純粋な疑問なんだけど、争いのない平和な世界って存在するの?」
「ないな」
「即答……」
「そりゃあそうだろう。人間社会において戦争じゃなくても争いは必ず存在する」
そうやって目の前で繰り広げられていた演説を完全否定していると当然こちらに目がつけられた。
「貴様、そうも堂々と言うということはそれに根拠はあるのだろうな」
案の定、男が威圧してくるが、
「逆に聞くが、お前らの言うことを聞いていれば平和になるのか?」
「ああ、それを守っているうちは」
「具体的に」
「自分のいやなことを他人にしない。他人のことを思いやって行動する。無用な武力は持たない」
「議論の余地はない。そんなものは無意味だ。略奪されて終わりだな」
まったく動じずに正面から言い返す。偽善者は嫌いだ。
「やってもいないくせによくもそんなことが言える」
「人は誤解するものだし、武力を持たなければ魔獣に襲われる。それに全ての人がその理念に賛同し、守るわけでもなし……。その程度のことで平和になると思っているのならその装備をまず無くすべきだな。実践もしていないやつがいっても説得力はまったくないぞ」
「これは魔獣対策だ」
「はじめて聞いたな。お前程度の魔力で投擲用のナイフをもつなんて。それを魔獣相手に使おうと思ったら術式を刻んで補助にするぐらいしか効果はないんだが……それにところどころに暗器も仕込んでやがる。この町での目的は何だ?」
その台詞を言うと一瞬のうちに殺気に包まれた。
女は僕の台詞に反論しようと口を開くが、それを付きの騎士に止められる。
「っち、もう少し人を集めてからと思ったが仕方ない。
―――慧眼だな。まさか初見でこれを見抜かれるとは思ってもいなかったぞ」
周囲の空気が変わる。面倒ごとに首を突っ込んでしまったようだ。
背後に振り返り見ると、心底楽しそうにしている。こいつ確信犯か。と気付き、にらみつけるとほとんど反省した様子なしに“ゴメン”とサインを送ってきた。
「なに、僕は元護衛でね。そういったものは見慣れているし、一人でお嬢様を守ろうと思ったらそういったものを使うことも考えないといけなかったから、隠しているとどこがどうなるか知っているんだよ」
男たちは女を中心に円陣を組むようにこちらを警戒する。そして女に何かすると……。
「きゃああぁぁぁァァァアアアアアアアAAAAAAAAAHAHAHAHAHAHA……!!!!!!」
最初は女性の悲鳴だったのだが、最終的には獣の雄たけびであり、その姿は巨大な肉だるま。グチャグチャの“失敗作”だった。
「見ろ! これが我らの生み出した生物兵器…ジャブコットだ。
―――これが生物の全てを発達させた完全体…存在自体が劣っているのだよ、お前たちは!!」
考えるまでもない。こいつらバカだろ。こんな無駄に肥大したもののどこが優れているのか。完全な成功を相手にしてみろ。それを神格化して崇めるのはいいが、あれを見たらショック死するぞ。
―――だが、問題はそんなところではない。
「なあ、この場合はあれを討伐するべきなのかな?」
「できるならやりたい気持ちはあるけど……見たくもないし……面倒だし、判断できるレベルを超えてるから逃げたほうがよくない?」
「こういうときは現場の判断だろう。ルールでは上官命令かその場全員での多数決。まあ、ほとんど意味ないけど……ちなみに僕は“とっとと逃げる”だ」
「気があったわね。私も同じ意見よ」
そうやって二人の意見の一致を確認するとすぐさま逃げ出した。
二人の暗殺者として鍛えられた足腰はそこらの人をぬって走ってもその速度はとても速かった。
「おまえ、どっちかって言うとハニートラップからの暗殺専門の癖に、なかなか早いじゃないか」
「よくもまあ、そんなに余裕ぶって走れるわね……」
アッシュは走るがその動きはあまりにも余裕だった。何度もレムを待っている。しかも瞬時に動くルートを見極め、その道を先導することでレムを誘導していた。
「いやなに、単純にいやーな予感が止まらなくってな。巻き込んで死ぬなら巻き込んでやろうと」
「あんたのそのいやな予感は変なところで当たるから勘弁してくれない?」
「いやー、実を言うとけっこう核心もあってさ。
あの完全が口癖みたいなやつがあんなものと同格に扱われたと気付いたらまず間違いなくあいつら死ぬなーって思ったりしてさ。あと、そいつの気配が近づいてきているなーとか、今度は何言われるんだろうなーとか、いろいろ考えているわけだよ」
「やめて! その完璧が口癖みたいなやつがだれだか知らないけどいやな予感しかしないから口にするのをやめて! そうやって言うと絶対に来る気がするから!!」
まったく何を言うのだか。
「“来る気”じゃなくて“絶対来る”からこうやって逃げているんだろ。あいつめんどくさいんだよな。あと、完璧じゃなくて完全だぞ」
「もうだめ! 私はここで死ぬのね」
「大丈夫、そいつとは知り合いだから殺されはしないさ」
「もうあなたの言うことを信用できない!!」
ばかげた言い合いを終えたころになると空にそれは現れた。
純白の羽、体つきは細く簡単に折れてしまいそうなのに胸部や臀部にはしっかりと肉がついており、瞳は澄んだ蒼、その肌もまた白く、腰まである髪の色は銀で陽光を反射し、きらきらと輝いている……。
「久しいなアッシュよ。完全な童が来たぞ。そんなに口をあけてあきれておらずにもっとこっちへ来ないか?」
―――その声も美しく、聞く人全てを魅了するかのようである。
だが……。
「お……」
「お?」
「―――お前はいい加減に服を着ろ!!!」
―――その女は全裸だった。
「ふむ、男はみな性欲の僕と聞いていたのでな、このようにすれば童を犯したい衝動に駆られるのだろう?」
その声はまた妖艶で、下腹部に血流が行こうとしているが、それは無視して会話を続ける。
「馬鹿をいうな。誰もが誰も下半身にだけしたがって生きると思うなよ。
―――そういったやつが少なくないのは認めるが……」
女はその答えを聞くと何度かうなずき、前に来た髪を後ろに払ってから、
「して、この醜悪な肉だるまはなんだ? これを完全だと? はっはっは、こんな醜いものが完全であるわけがないだろう」
そういうと一度手を横に払い、ジャブコットを真っ二つにする。
さらにそれをみた男たちをにらむと男たちと肉だるまは業火に焼かれ、数秒の後に燃え尽き、灰になって消えていった。
この女が登場してからの間、民衆は一切動いていなかった。
―――正確には動けなかった。
同姓ですら見ほれ、異性はもはや釘付けである。
「こうやって注目されるのは好きだが、思っていた様子と違うのは気に入らない。
―――アッシュ、いい加減に童の手をとれ、そなたが童の誘いに応じるのであらば、童も協力してやるぞ」
ぞっとするほどの美しさ。雰囲気は誘う女と拒む男……奇しくも、その関係は演じている夫と妻の役と同じようであった。
「確かに、僕がお前の手を取ればおおよそ全てのことにおいて不自由ないだろう」
「当然だ」
「さらには、美しい妻とともに堕落した蜜月を延々と続けることになるのだろう」
「そのとおりだ」
「また、それを拒めば待っているのは無理やりやられるという恥辱のみ……」
「確かにそうするつもりだ。さあ、今からでも遅くはない。こちらに来て手をとるのだ」
「―――だが断る」
何となくジョジョネタに持っていってみたのだが通じなかったようだ。
だが、今までの流れを完全に無視した発言はむしろ気に入られてしまった。
「―――く、くくく。
いいだろう。ここまで言ってもなお断るというのならば、宣言どおり力ずくで無理やりやらせていただく」
今は少し後悔している。これで学んだ。
―――慣れないことはするもんじゃない。
「まて、こんなところでやったら周囲の被害とかが馬鹿にならないだろう。相手するからちょっとぐらい待て、それに今僕はちゃんとした装備をしていないんだ。そのあたりを整えておくから一億年後ぐらいに門の外で会おう」
「わかったといいたいところだが、今のお前では一億年後に生きてはいまい。さすがに完全さを誇る童でも死人をよみがえらせることはできん。待つのは一週間だ。それ以上は待たんし、来なかったらどこまでも探しに行ってそこで始めさせてもらおう」
そういうと女はすぐに消えてどこかに行ってしまった。
「―――さすがにだまされないか……」
「どうするの? あれの相手なんてできるの? なんか策とかあるの」
「あったら今使ってた」
そういってアッシュはすぐさま荷物から装備を取り出し、ちょっと物陰にはいると数秒で着替えてきた。
そうして、はっきりと。
「万策尽きた。あれでだまされたらラッキーだったんだが……僕ちょっと一週間ほどかけて魔族領行ってくる。
被害者には魔族を出したほうがいいだろう?」
そう簡単につげ、そしてすぐさま目の前から消える。
―――彼女に対抗すればその周辺が尋常でない被害を受けることは予想される範囲である。故に、アッシュは、____はなんとしてもその残された忠義のためにも、被害を出すならば魔属領で出さねばならないのだ。
―――一週間の後、あの町には当然のようにあの全裸の羽を持つ女が現れたが、一瞥するとすぐに魔属領に向けて飛び立った。
それを見たレムは心のうちでアッシュの無事を願いながら後発隊に状況を説明するため、資料などをまとめておいた。
「―――来たか」
ポツリとつぶやいた声、その声は何もない広野に吹く風に流され、消えていった。
声の主は黒装束に切るよりも投げることを目的とした短く細い剣を腰と背に計8本持ち、鎧といえるような重装備はなく、肩や胸などの重要な部分を守るだけの軽装でその姿から暗殺者の男であることは判断できた。
「その様子では協力する気は無いようだな」
対するはその身に何一つ着けず、完璧といえるスタイルをした羽を持つ女。
その実は究極の生命を創造することを目的とした魔族の集団によって作られた人造人間のようなもの。レベル測定不能、人外、到達者を越えし者。
「ああ、僕も立場上、あんたの存在を容認できないんでね」
男が右足を半歩下げるとその間に手の内にはダークがそれぞれ二本ずつ、三本の指の間に挟むようにして持ち、そこに隙はあるがどこにもなかった。
隙を作ることで隙を無くす。ありとあらゆる攻撃に対してすんなり迎撃ができる状態である。レベル100、到達者、神を拒みし者。
―――そう、彼のレベルは100、彼は到達者である。
「アッシュ、あなたたちがしている闘争のルール通りにやってあげる。
だからあなたもそのルール通りにやりなさい」
―――レベルが100に到達した者は到達者といわれ、その身に七柱の神々の力の加護を受ける。
その七人が戦う闘争こそが本来の聖戦だ。
七人はお互いを打ち倒すが殺さずに相手を屈服させる。その方法は問わないが、基本的に戦闘になるのは仕方のないことだろう。
「残念だったな。僕は“まだ”参加してはいない。そんなルールは持ってないんだよ」
―――そう、彼はまだ参加していない。参加は決まっているが参加していないのだ。
そういってアッシュは両手からダークを投げる。
敵までの距離は直線距離で170メートル。四本のダークはアッシュの手から離れた瞬間にありえないほどに“加速”した。
加速したダークはどういったわけか、音速を超える速度であったがソニックブームといった物理的な現象を起こすことなく対象に直進する。
―――だが、敵もまた完全を名乗るもの。音速を超えた程度では容易に避けられるのも道理。
「―――この程度ではあるまい」
少し期待したような声で言う女は見る人を魅了し続ける。
「人がそんなところを旋回しているお前を打ち落とせるかって」
そういう男は殺気立ち、その相手の美しさなど眼中にない。
「じゃあ、降りればいいのね」
そういって女は男の目の前に降り立ち、手を差し伸べる。
「よろしく」
「馬鹿か?」
間をおかずに繰り出された拳は簡単に避けられる。当たり前だ。この拳は先ほどのダークよりも圧倒的に遅い。
「遅いわね。さっきのナイフの速度を考えるとありえないほどに。
まさかさっきのが加護の力?」
「だからお前は馬鹿か? 加護の力を使っているのなら僕はすでに聖戦に参加していることになるのだが」
―――聖戦の参加する条件は二つ。一つがレベル100であること。そしてそのときに手にした加護を発動させることだ。アッシュはまだ加護を発動させていないから参加が決まっているけども参加はまだしていないという微妙な立ち位置にいるのだ。
「じゃあ、あの投擲はなぁに?」
「答えるかよ。馬鹿」
馬鹿馬鹿と連呼しているが、はっきりいって女はけっこう怒っていた。
「ちょっと痛い目にいあいたいらしいわね」
そういって手を横に振り、アッシュの左足を刈り取ろうとするが、アッシュはあまりにも強すぎる跳躍によってその攻撃を避け、そのまま背に背負っていた六本の剣を投げ、“わざと”避けさせた。
「狙いが粗くになってるわよ」
女はあくまでも遊ぶようにアッシュの機動力を封じようと足ばかりを狙う。
レベル100の者にとって、これを続けること自体はそう難しくはない。命を狙ってくる攻撃と違い、足のみを狙った攻撃は避けやすい。
だが、アッシュにはある制約があったため、この勝負は早めに決着を迎えた。
一瞬のうちに放たれた26本のダークと2本の剣が女を襲い、それと同時にアッシュの両腕から骨の折れるいやな音が響いた。
これにて戦闘は終了する。両腕を使えなくなったアッシュに女を倒す手段はないし、実際は足の骨ももう限界だった。
―――が、勝負の勝者はアッシュであった。
女はその身を完全に停止させ、アッシュの放った全ての攻撃によってハリネズミにされていた。
完全であるその女にもこの世界、すなわち4次元の存在である以上、時の流れを止められれば動けないのは道理である。
―――これぞアッシュが転生した後手にした力、転生したからという理由ではないのだが、それが関係ないとも断言はできない。
“時の流れを操る能力”それがアッシュの持つ能力。
生まれつき加護のような力を、異能を持つものをエルドといい、意味は悪魔の力…この世界では討伐対称にされるものだ。本来ならそこで死んで人生終了。また来世でお会いしましょう。といったところなのだが、生まれてすぐに自我を持ったアッシュにおいてはその目立ちにくいエルドのおかげもあってエルドをもつことを知られずに済んだのだ。
時の流れを操るといったが、物理的には元の世界の時間の流れが適応されるため、早く動けても反作用の力は馬鹿にならない。
自分の身体にかけるのならば限度は自傷しないようになら3倍まで、死なないようになら10倍までが限度だ。また、ダークを加速したのはダークの時間を投げる前には遅くし、投げ終えてから元の時間に戻すことで加速していた。なお、最高速度は筋力強化(50メートル毎秒)と自身の加速(10倍)にダークの速度の減少(100分の1)、さらに投げ終えた後に加速(100倍)で速度は秒速50×10×100×100で5000000メートル毎秒。すなわち5000キロメートル毎秒でダークの重さを300グラムと仮定すると運動エネルギーは1/2×mv²=1/2×0,3×5000000²=1/2×0,3×25000000000000=3750000000000J
すなわち3750000000kJ、3,75TJ…マグニチュード5の地震エネルギーより大きい。なお、このダークを上に投げれば地球から宇宙空間にまで飛ばすことができる。まあ、その間に蒸発するのは間違いないし、もともとの威力で投げても馬鹿にならない被害が出ることも間違いないのだが…この際は問題にはしていない。ここは地球ではないのだ。
アッシュが今回したのは最初の6本の剣によって境界線を決め、能力発動時その中にいる生物の時を止めるという荒業のためのものだ。さらにあの時投げた投擲物たちは大体秒速10000メートルで進んでいたので時が元に戻ったとき、あの女は身体がグチャグチャになって千切れ飛ぶなかなかにグロテスクなものになるのは間違いない。
要約すると、“あの6本の剣のうちのどれかを引き抜いたとき、あそこでスプラッタの映像を見れる優れもの☆”ということである。
「その状態で放置するのやめてもらえない?」
声が聞こえるが、面倒なのもあって振り返らずに返事をする。
「いやだよ“支配”」
だが、何よりも腕の骨が折れ曲がり、足の骨もぎりぎりで体中がボロボロの今、そんなことをする余裕はないということなのだが……。
「その台詞は、せめて戦える状態になってから言ったほうがいいわよ“時空”」
レベル100の到達者にしかわからないその名を呼ばれて、アッシュは一つため息をついた。
※設定集
アッシュ (第四柱 時空) 21歳 Level:100
能力値
筋力A104 耐久B99 魔力S203 俊敏A++175
スキル
武芸百般A おおよそ全ての武具を操ることができる。そのランクはAになる。
暗殺B+ 暗殺に必要なものを総称したスキル。暗器の取り扱いや気配遮断などがこの中に含まれる。
投擲術S 百発百中、投擲においてなんら不足がない状態。届くのならば絶対に当たる。
気配察知A(E) 気配を察知するスキル。一つ下のランクまでの気配遮断の無効化とランク比例で察知範囲が広がる。普段は気が緩み低下する。
エルド
“時を操る能力”人を含めたものの時間を操る能力で発動のタイミングに大量の魔力を使う。使用量はその物体の存在量による。物理的な計算においては現実の時間を使うが、“減速”していたものを現実のほうで速度を与えると“減速”が解けた瞬間にその“減速”で遅くなっていた分だけ加速する。つまり、最終的時間の計算部分は現実ではなく“それ自体”に依存するということである。
加護
第四柱の加護 “時空”と呼ばれているためそれに関係するものであると予測される。
レム・ストラーシュ 19歳 level:58
能力値
筋力D48 耐久D44 魔力A+175 俊敏B84
スキル
暗殺D 暗殺に必要なものを総称したスキル。彼女の場合はハニートラップや魔術などが主力のため、それほど高いレベルでの暗殺術を必要としていない。
短剣術B+ 短剣を操る技術。暗殺術と相性がよく、同時に使うとランクが一つ分だけ上がる。
四属性魔術A+ 火水地風の四属性の魔術スキル。A+なら賢者といわれるレベル。
存在量:存在の強度で基本的にはその物体の持つ魔力で決まるが、聖書や誰かに大切にされ続ける等で上がるもの。
ワシュア教:この世界で最も信仰されている宗教。
ダーク:黒く塗られた暗殺者が好んで使う投擲用の短剣。