はるかな海の蛸と鯨
炎、ラーメン、神話、歯車、銃、豆腐、変装、ゲーム、悪魔の中から3つお題選択。
使用お題は炎、歯車、銃、悪魔の4つです(神話は自分が出したお題のためノーカウント)
1時間で完結させられなかったのが少々心残りです。
昔むかしのお話です。
まだ土というものがこの世になく、青い海ばかりがたゆたっていた頃のことです。
生きものといえば時折ぴち、と跳ねる魚、水面に浮かんで潮を噴く鯨、そんなものばかりでありました。静かな静かな波の音と、さんさんと注ぐお日様、海の水かさを増やそうというような激しい雨と風。毎日がそのくりかえしでありました。
同じくりかえしが何百年続いたでしょうか。
魚も鯨も波もお日様も海もすっかり満ち足りておりました。何千年も何万年も同じ時が続くものと思い信じておりました。
違ったのが神様でありました。
青い海をその御手でつくられた神様は、やたらなお喋りをなさらない寡黙な方であられました。そのため誰にもご相談などなさいませんでした。光輝く額に御指を当てて七日七晩お考えになったあと、海で一番年齢をかさねた鯨を水面にお呼びになりました。
――くじらよ。
海の果てまで響く声で神様がおっしゃいました。
――おまえはもうじゅうぶんにながくいきた。
老いた鯨はいいました。いいえ、わたくしはもう百年でも二百年でも生きられますと。まだまだまだまだまだ生きて、子の孫の曾孫の玄孫の代までも見守っていきとうございますと。
すると神様はまたおっしゃいました。
――おまえはもうじゅうぶんにながくいきた。
老いた鯨はさとりました。どうあっても神様は老いた鯨を生かすつもりがないのです。
かんねんして目をとじた鯨に神様はいかずちをおとしました。いかずちは水面に半分出ていた鯨の体を焼きました。青く静かな海に金の光がぴかっと光って、赤い炎がふきあがりました。
それはそれは美しく、それはそれは怖ろしい情景を、海の底から鯨の仲間どもがふるえながら見ておりました。
炎は三日三晩燃えつづけやがておさまりました。
老いた鯨はたいへんに大きな鯨でありました。焼けはてた体は少うし小さくなってはおりましたが、神様はじゅうぶんだと思っていらっしゃいました。芯まで焼かれて血も出なくなったしかばねに、神様はご自分の髪を何本か植えられました。これが樹になりました。
しかし樹ばかりではつまりません。神様は生まれたばかりの小さな鯨を二頭つれてこさせました。母鯨のなきさけぶ声が青い海に鳴りわたりました。おびえ震える二頭の鯨の尾っぽを神様は尖った石で尻まで裂きました。
血がだらだらと流れて海を赤黒くよごし、いたいいたいと泣く子鯨たちに神様はこうおっしゃいました。
――おまえたちにとうはこのさき、つちのうえでいきていくがよい。
子鯨たちは泣きながら土とは何かききました。
――おまえたちのちちおやのそふのそうそふのしかばねのうえだ。
尾を裂かれた子鯨たちのかたほうは雄で、かたほうは雌でありました。
子鯨たちはさいわいにも、すくすくと大きくなりました。尻まで裂かれた傷の血はすぐにとまりました。ぶかっこうな棒が二本くっついたようなありさまに子鯨たちははじめ泣きましたが、やがてあきらめました。
子鯨たちは父親の祖父の曽祖父である老いた鯨の屍の上で大きくなりました。大きくなった子鯨たちは自分たちがもう鯨ではないことを知っていました。このさきどう名乗ればいいのか神様におうかがいを立てると、神様からこのようなおこたえがありました。
――ひと、とでもなのるがよい。
こうして子鯨たちは人となり、たくさんの子どもを産みました。たくさんの子どもが死にましたが、それよりたくさんの子どもが育ち、どんどんどんどんふえていきました。
木の実のもぎかたをおぼえました。火のおこし方をおぼえました。お皿のつくりかたをおぼえました。子供がひとり育ちあがるたびに人は少うしずつかしこくなって、青い海でのことをわすれていきました。
そんな日々が何百年かつづいて、また神様は退屈しはじめました。七日七晩考えたあげく、海の底を這う老いた大きな蛸をおよびになりました。老いた鯨のときしたようにいかづちで焼き、屍を新しい土になさいました。炎はやはり三日三晩もえさかり、蛸の仲間どもの嘆く声が絶えずひびいておりました。
そして神様は子鯨たちにしたように、幼い蛸を二匹呼びよせて、八本の足を海藻でかたく四つに括りました。あまりに括り方がかたかったので、括られた足はそのままの形でかたまってしまいました。
それはちょうどかつて子鯨であった人々と同じように、ぶかっこうな棒がくっついたようでありました。
――おまえたちにとうはこのさき、つちのうえでいきていくがよい。
子鯨たちにいったのと同じことを神様はおっしゃいました。
――おまえたちのちちおやのそふのそうそふのしかばねのうえだ。
やがて子蛸たちは大きくなりました。子鯨たちがそうだったのと同じように、自分たちがもう蛸ではないともう知っていました。おうかがいを立てた蛸たちに神様はおっしゃいました。
――ひと、とでもなのるがよい。
――くじらたちがくろいひとなら、おまえたちはしろいひとだ。
白い人は黒い人ほどかしこくはありませんでしたが、鯨より少うしだけ手先が器用でした。
もとは八本あった足が四本にくくられ、うち二本は土の上を歩くのに使わなければなりません。それでもやはり白い人は器用でした。切り倒した木をけずって飾りをつくり、食べた木の実の種をたがやした土にうめて大きくなるのをまちました。土の中から黒くてかたい石を見つけ、鉄という名前をつけました。
黒い人より器用な白い人は、とても負けずぎらいでもありました。
誰かが良いものをつくったら、自分はもっと良いものをつくりたくなります。誰かが働きものと誉められたら、自分はもっと働いてもっと誉められたくなります。白い人は誰もが皆そうだったので、皆あらそって働いて良いものをつくろうとしました。
そうやって白い人は自分たちの暮らしをよくしていきました。
暮らしがよくなると子どもがたくさん生まれます。生まれた子どもがみんな死なずに育ちあがります。そうやってどんどん白い人の土はせまくなっていきます。ただでさえ土になった老いた蛸は鯨ほど大きくありませんでしたので、白い人の土はどんどん減って、ついにはたりなくなってしまいました。
土がたりないことに困り果てた白い人は、昔曽祖父たちに聞いたお話を思いだしました。
海の彼方に黒い人の住む土があるという。はるか昔、青い海を泳いでいた鯨の子や孫たちであるという。
白い人はきめました。黒い人の土をうばいにいこう。それよりほかに自分たちが生きのびるすべはないと。
白い人は丈夫な船をつくることにしました。黒い人の土はとても遠くにあるときいていましたから。一番上等の鉄を使って、どんな嵐にあっても沈まない頑丈な船をつくりました。船の舳先には美しい娘の像と、黒光りする大砲をすえつけました。黒い人がどんな武器をもってきても負けないようにです。
そうして白い人は海へ出たのでありました。
青い海はとても広いので、黒い人の黒い土にはすぐにはたどりつきませんでした。何度も何度も船はしずんで、何人も何人もの女がやもめになり、何人も何人もの子が父なし子になりました。
しかし白い人はあきらめませんでした。
何十年もかかって、ついに黒い人の黒い土にたどりついたのでありました。
白い人は望遠鏡という、遠くが見える道具を持っておりました。白い人がもちまえの器用さと、負けずぎらいで努力家の性格でつくりだしたものでした。船の上から黒い人の黒い土を眺めました。
黒い人はかしこい人たちでしたが、気性はおだやかでなごやかでした。黒い人の腕はもとは海を泳ぐためのひれでしたので、白い人ほど器用ではありませんでしたし、あくせく働いて暮らしをよくしようとしなくても、今のままでじゅうぶん素敵だと思っておりました。
ですがそんなことは白い人にはわかりません。鉄ももっていない、ぶあつい本ももっていない、小さな歯車のぎっしり詰まった金の懐中時計も持っていない、黒い人たちはさぞかし劣っていて愚かにちがいないと彼らは思いました。彼らの中でも特にえらい人たちは、愚かな人々なら自分たちが正しい方にみちびいてあげなければといいました。
そのためにまず黒い土を手にいれなければなりませんでした。
はじまりは一発の銃声でありました。
赤ん坊を抱いた女の人がばたりとたおれました。連れの老いた女性が悲鳴をあげて、その悲鳴がもう一発の銃声でとぎれました。
黒い人は武器をもっていません。石を研いだ矢じりと槍しか彼らにはありません。 黒い土は真っ赤な血にそまりました。神様の御手によって血も出ないほど焼かれた老いた鯨のからだは、老いた鯨の何代もあとの子孫たちの血にまみれたのでありました。
ある黒い村の男たちは女子どもを家にかくして、村中で槍をとって立ち向かいました。白い人はたちまちのうちに黒い男たちを皆撃ち殺してしまいました。そして家でふるえている黒い女子どもを引きずり出して、村の入り口に一列にならばせました。銃からいっせいに火がふいて、その黒い村はなくなってしまいました。
別の黒い村は森の中にありましたので、村人たちは森にひそみ、白い人を矢でねらい撃ちました。森を知らない白い人ではとても太刀うちできません。撃たれてばたばた死んでいきました。白い悪魔を追い返せるかもしれないと、黒い村人たちは手をとりあって喜びあいました。そこに火が燃えるパチパチという音がひびきました。白い人が森に火をつけたのでした。森の中の黒い村は森と一緒になくなってしまいました。
また別の黒い村には神様におつかえする黒い娘がおりました。黒い人はこの娘を黒いお巫女さまと呼んでおりました。
同じ血をひく黒い仲間たちが殺されていくのを、黒いお巫女さまはとても黙ってみてはおれませんでした。神様をおまつりする教会で祭壇の前にひざまずき、先祖の鯨たちがしたように神様におうかがいを立てました。
白い人が蛸の末裔であることを黒いお巫女さまは聞いておりました。もとは鯨だった黒い人とおなじく神様がつくりだしたものなら、神様に罰をおあたえいただこうと思ったのです。
しかし神様はおっしゃいました。
――わしはしらぬ。おまえたちできりぬけるがよい。
黒いお巫女さまは腰の抜けるほどおどろきました。そんなことができるわけがありません。白い人たちの銃は矢よりも遠くまで飛びますし、船はとても頑丈でどれだけ槍でつつこうともびくともしないのです。
――つちのうえはおまえたちのりょういきじゃ。なにがあろうとわしはしらぬ。
――おいたくじらのまつえいたるくろいひとよ。おまえたちのちからでしりぞけるがよい。
それっきり神様はお答えにならず、黒いお巫女さまは祭壇の前に取り残されました。
そうしているうちに白い人が黒い教会に押しいって、黒いお巫女さまを捕らえてしまいました。
白い人は黒い人を殺すだけではありませんでした。若くてよく働きそうな男やみずみずしい若い娘をとらえて、鉄でつくった冷たい黒い鎖でしばりました。白い土につれてかえって奴隷にしようというのでした。
とらえられた黒い人たちは親や妻や夫や兄弟姉妹の名を呼んで泣きました。中にはじっとうつむいて黙っている黒い人もいましたが、彼らにはもう親も妻も夫も兄弟姉妹もいないのでした。皆白い人に殺されてしまったのでありました。
船のいちばん底の暗くて狭い倉で、黒い人は毎日大砲や銃の音をきいていました。一発また一発と撃たれるたびに、同じ血をもつ仲間たちが死んでいくのがわかりました。
一日に一回倉の扉が開いて、傷だらけになった仲間がふえます。前から倉の中にいる黒い人たちはそのたびに、大丈夫だよすぐ逃げられるよと傷ついた仲間をなぐさめます。
しかし本当はわかっているのです。扉はかたくて頑丈で、逃げることなどできません。運よく隙をついて出たところで、銃で撃たれて殺されておしまいなのです。
大砲と銃の音がまばらになりました。黒い人の数がどんどん減って、無闇やたらに撃たなくてもよくなったからでした。倉の黒い人たちが泣いたりうつむいたりしていると、鉄の扉があいて新しく捕らえられた人が放りこまれました。
その中には神様にお仕えする黒いお巫女さまの姿もありました。黒いお巫女さまは輝くばかりに美しかったので、何日も何日も白い人たちにさんざんいじめられ、その末に倉に押しこめられたのでした。
黒いお巫女さままでが白い人の手におちたことに、倉の黒い人たちはなげきました。当の黒いお巫女さまはなあんにも言わず、倉の床に身を横たえてぼんやり天井をながめておりました。まるでその上にあるお空を見つめているようでありました。
黒い人たちをお救いくださらない、無情な神様のおわすお空でありました。
捕まった黒い人たちの中には小さな女の子がひとりおりました。女の子は鎖がくいこむのもかまわずお巫女さまに近よって、黒いお巫女さまの血を流す腕をなめました。
薬も包帯もない倉の中です。これより他に手当てのしようがなかったのです。
女の子は黒いお巫女さまの傷をすっかりなめてしまうと、きっとだいじょうぶですわと言いました。
あたしたちには神様がついていらっしゃいます。
黒いお巫女さまは何もいいませんでした。ただほんの少うし、考えこむようにしてから目をとじただけでありました。
どれくらい時間がたったでしょうか。見張り役の白い人がやってきて食事だといいました。
出されるのはきまって水のように薄い麦がゆでした。赤く錆びた汚いバケツにはいっておりました。いつものように白い人がバケツをもって入ってきたとき、床の上に横たわっていた誰かがもぞりと動きました。
黒いお巫女さまでした。
黒いお巫女さまは白い人のほんの少うしの隙をついて、細く開いた扉から走り出ました。
おお、とか、ああ、とか声が聞こえましたが黒いお巫女さまは止まりませんでした。白い人たちが銃で何度も撃ちましたが、どれも髪や肩や脇ばらをかすめていきました。
黒いお巫女さまは走って走って、やがて船の甲板に出ました。空は明るく晴れていて、海は怖いくらいに凪いでいました。そして土は海をへだててとても遠くにありました。鎖にしばられた体では、とても泳いではいかれない遠くでした。
逃げられると思っているのか。甲板の柵を背にした黒いお巫女さまに白い人がいいました。それは黒いお巫女さまが捕まったときに特にひどくいじめた男の人でした。
黒いお巫女さまは白い男をにらみました。そして神様とお話するときと同じ静かな声でいいました。
神様はわたくしどもをお見捨てになりました。
お見捨てにはなっていない。
白い男はひどく冷たい声でいって、銃口を黒いお巫女さまにむけました。見ればその男だけでなく、甲板にいるほかの白い男も皆黒いお巫女さまに銃をむけていました。
おまえたちがあまりに愚かで劣っているから、我われ白い人にみちびけとおっしゃっているのだ。
神様はそのようなことをおっしゃってはいません。
おっしゃってはいなくても、我われにはわかる。
それを傲慢というのです。
白い男の銃口は黒いお巫女さまの胸にぴたりとさだまっておりました。少しでも妙な動きをすればすぐさま火を噴くのがわかりきっておりました。
わたくしは神様のお言葉を聞きました。神様は確かに、わたくしたちをお見捨てになりました。いいえもしかしたらはじめから、わたくしどものことなどどうでもよかったのかもしれません。そうに違いありません。
貴様なんという不敬な。白い男が目をつりあげます。
わたくしどもはまだ滅びたくはありません。黒いお巫女さまはよく通る声でいいました。
あなたがたの奴隷になるのもお断りです。ですからわたくしは神様を棄て、他の手だてを探すことにしました。
他の手だて? 白い男が眉をひそめて聞くより早く、黒いお巫女さまが身をひるがえしました。
足でつよく甲板を蹴って跳びあがります。
あっ、という声が白い人の中からあがりました。
黒いお巫女さまの細い体は甲板の柵をこえ、青くて深い凪いだ海へと落ちていきました。
どぼんと水音が響きわたりました。ぷくぷくと小さな泡が上がって、しばらくして静かになりました。
黒いお巫女さまの遺体はついにあがりませんでした。
昼間は明るく晴れわたっておりましたのに、晩はすさまじい嵐になりました。
激しい波に鉄の船が木の葉のようにゆれます。マストが持っていかれないように縛っていた白い人が何人も海にのまれました。器用な白い人たちもさすがに嵐には何もできず、ひたすら神様に祈るしかできませんでした。
船の底の狭い倉でも、黒い人たちが神様に祈っておりました。
しかしその中でもあの小さな女の子だけは、一心にはお祈りできずにおりました。神様がきっとお救いくださるのなら、どうして黒いお巫女さまをお助けくださらなかったのでしょう。目を閉じれば浮かんでくるのはそのことばかりです。
お祈りをあきらめて倉のすみでうずくまっていると、倉のぶあつい壁の向こうで、どすん、どすん、と音が聞こえました。嵐の波の音とはちがいます。何かとても重いものが勢いよくぶつかるような音です。
音はだんだんと大きくなっていきました。
音の主は鯨でありました。
真っ黒な、船の半分はあろうかという大きな鯨でありました。
嵐で海が荒れていて見えませんでしたが、激しく揺れる船の横腹に、何度も何度も体当たりをくりかえしていたのでした。
何十回かくりかえしたでしょうか、ついに鉄の船はひっくり返りました。甲板で作業をしていた人たちがまず、暗くて深い海に投げだされました。次に船の中に海の水がなだれこんできて、船そのものが深くしずんでいきました。
波にもまれて、白い人たちがもがきます。
助けはきません。もがいたぶんだけ長く生きられますが、そのぶん長く苦しむだけでしょう。
船の底の狭い倉にも海の水が入ってきました。黒い人たちは鎖でしばられて泳げません。ただ神様に祈りを捧げるだけでした。水がどんどん倉を満たしていきます。黒い人たちはせめて死ぬときは一緒だと身を寄せ合いました。その中にあの小さな女の子もおりました。
そのときでした。水圧にたえられなくなった倉の壁が、怖ろしい音を立てて破れました。海の水が奔流となって押し寄せてきました。黒い人たちも小さな女の子もそろって嵐の海に投げ出されました。
黒くうずまく海に飲み込まれながら、皆の意識はうすれていきました。女の子は気をうしなうまえに、世にも美しい真っ黒な鯨が近づいてきたのを感じました。
鯨は黒い人たちをひとり残らず背に乗せて、海の底へ底へともぐっていきます。
女の子は目を閉じました。
ふしぎと何にも怖くありません。
やさしい誰かが肩に手を添えてくれているような気持でした。
とても良い気分でありました。
嵐の海に鯨の鳴く声がひびきました。
懐かしいような寂しいような、そんな声音でありました。
白い人の船はこの嵐で残らずしずんでしまいました。
けっきょく黒い土を手にいれられなかった白い人たちは、狭い自分たちの土をめぐって争って、そのうち滅んでしまったということです。
黒い人もこのことがきっかけでほとんどがいなくなってしまいました。さらに、白い人が白い土から病気をもちこんだので、ばたばたと人が死んでいきました。なんとかもう何十年か生きつづけましたが、あるときやっぱり滅んでしまいました。
黒い土の黒い人の滅びについて、こんなお話が残っています。
黒い人の生き残りがたった三人になったとき、三人の中でいちばん若かった十五歳の青年が海のむこうから呼ぶ声をききました。誰が呼んでいるか確かめにいってみるといい、丸太を切った船で漕ぎだしそれきり帰ってきませんでした。
残ったふたりは青年の老いた親で、青年をなくしてひどく嘆きかなしみました。せめて息子を悼もうと、土に咲いた花をつんで海に流そうと波打ち際まで持っていきました。
そこに黒く大きな鯨があらわれて、おまえたちの息子は海にいるといいました。鯨が息子といっしょに暮らさせてやるといったので、老いた夫婦は鯨の言葉にしたがい土を棄てました。
黒い土の黒い人の歴史はここで終わりです。
白い土にはもう人はいません。
黒い土にももう人はいません。
神様のお話もなぜだかあれきり聞きません。
ただ明るい空が広がっていて、青い海がその下にひろがっていて、水面に時たま鯨が顔を出して、水底では蛸が這っているというだけです。
ああほら、そこで鯨が潮を噴きあげます。白いしぶきがお日様を照りかえしてきらきら光ります。
すべて昔むかしのお話です。