第五十一話 「激突する両者」
連続投稿三話目
徹矢対ヴェンドになります。
準決勝当日、その試合会場であるコロシアムには既に多くの観客が集まっていた。
その観客席の一角、そこには試合会場を見下ろすファーレンの姿があった。
「さてさて、今回は面白い試合が見れそうだな」
ここまでの試合は都合が悪く、ホームからの観戦を行っていたレンであったが、この日だけは直接見るために足を向けていたのであった。
それは試合時間にもよるが決勝まで全ての試合が終わるからという理由もあるが、なによりも対戦カードが面白そうであったからである。
徹矢対ヴェンド、徹矢やソラから話は聞いていたし、実際ホームからとはいえ試合内容は見ている。
新人の中では飛び抜けた強さを持っていることはすぐに窺い知れたし、ソラとの試合は中々に見ごたえがあったと思っている。
「ライバルと言える存在か……熱いねえ」
この時期にそのような相手が見つかるというのは相当幸運だ、新人戦で出会ったということは同時期の住人で、そしてこれから先も関わっていく可能性が非常に高い存在。
そんな二人の最初の激突だというのだ、こればかりは直接見なければ損である。
「さすがに、見に来てるね」
「お、アンタも来たのか」
そんなレンに声をかけるのは黒い長髪を髪紐で一本にまとめた男性、その姿を見てレンは軽い調子で言葉を返した。
「新人の晴れ舞台だからね、時間が取れるものなら見に来てやりたかったんだ」
「まさか、お前が新しいチームを作っているとは思わなかったぞ」
件の少年のチーム名を聞いた時、レンは聞き覚えはなく最近できたチームであるのだと考えていた。
その後、カイやロウに情報を集めてもらい、その発足者の名前を見て驚いたことを覚えている。
「リーダー同士として会うのは初めてだな、『廻る旅人』リーダー、ファーレン・テックバーグだ」
「『スピリット・シーカー』リーダー、プライス・レインフィールドです、これからよろしくお願いします」
二人の間で名乗りと握手が交わされる。
黒髪の彼こそ、ヴェンドたちの所属するチームのリーダーであり、そしてレンにとっても付き合いの長い友人であった。
「さて、注目の一戦……『共鳴』は起こると思うかい?」
「どうかな……可能性は高いと思うが、起こって見なければわからないのが正直なところだ」
プライスの出した問いにレンは肩をすくめて答える。
できればそれが起きて欲しいとは考えながら、彼は会場を見下ろした。
「さて、やってきたぞ……本日注目の一組目が」
視線の先、そこには試合会場の両端より二名、上月徹矢とヴェンド・アトゥラが会場に姿を現していた。
会場が湧き上がり、今か今かと開始の合図を待つように緊張が高まっていた。
「やる気満々って顔してるな……とはいえ、こっちも似たようなものか」
反対側から中央にやって来るヴェンドの表情を見て徹矢は苦笑を浮かべる。
徹矢自身待っていた対戦なのだ、自分の表情も向こうに近いものであろうことは想像に難くない。
「よう、調子はどうだ?」
「最高だ」
「そいつは重畳」
ヴェンドの問いに徹矢は簡潔に答え、それを聞いたヴェンドはさらに笑みを深くする。
ほぼ同時に徹矢へと向けられる重圧も上昇しており、出だしからかなりの調子で攻め立ててくることが容易に予測できてしまう。
互いが中央まで辿り着いたところで今回の審判がその場に現れる、その人物を見て徹矢は目を丸くした。
「カンナさん!?」
「カンナ!」
「久しいな、二人とも」
徹矢が、ヴェンドが声を上げ、審判の人物に驚きを示す。
転生回廊へ来た際に世話になった人物、確かにこの施設で仕事をしているはずであったが、この場に現れることは予想していなかった。
それからすぐに、同様に声を上げたヴェンドへと視線を向ける。
「ヴェンドもこの人と知り合いなのか?」
「おう、能力製錬した時に相手になってもらった」
「お前もか……」
「ついでに、徹矢のことを教えてくれたのはこの人だ」
「え、それマジ?」
最初の疑問については偶然というものはあるものだと思ったが、後半については予想外にもほどがあった。
思わず徹矢はカンナを凝視して、答えを求める。
「本当だ……同時期に優秀な奴がいると、お前の名前をな」
「そんなところが発信源だったのか……」
ヴェンドが自身を知った理由に徹矢は驚きを覚え、それから今は関係ないと頭を切り替える。
驚きではあるが結果的には大した差はない、それがなかったとしても結果的にはこうして向き合っていたと確信できる。
「引き合わせた二人の試合だからな……頼んで審判をさせてもらっている」
「なるほど……じゃあ、見ててくださいよ」
「アンタに会った時から成長しているかどうか、その特等席で」
「ああ、楽しみにしている」
カンナの言葉に、徹矢とヴェンドはそれぞれ戦闘態勢に入った。
徹矢は槍を取り出して、ヴェンドは拳を握る……互いに戦う理由が一つ増えた。
カンナとは一度だけ、ここに来て一番最初に戦闘をしたというだけの縁である。
けれど、だからこそ一番最初の自分というものを知ってくれている人物でもある、ならばその頃から自身がどれだけのものを得たのか見せなければならない。
少なくとも無様な戦いなど見せられるはずが無いのだ。
「互いに準備は良いようだな……それでは、準決勝第一戦、『スピリット・シーカー』ヴェンド・アトゥラと、『廻る旅人』上月徹矢の試合…………始め!」
カンナの開始の合図とともに、その戦いは開始された。
即座動いたのはヴェンド、彼が得意とする見えない一撃、それを合図と同時に徹矢に放っていた。
「わかっていたさ、『アクセル』」
当然ながらその可能性を考えていた徹矢は力場を纏い、高速でその攻撃から離脱を行う。
こちらも開始と同時、全てを読み切ってのスタートである。
「そうこねぇとな」
躱されたことをむしろ嬉しく思いながら、ヴェンドは徹矢の動きに注視する。
力場を纏った際の動きが速くなることはプラータの話から予測済み、砂煙で正確な速度を測れてはいないが、体感した彼女はヴェンドに迫るかそれ以上だと言葉にしていた。
単純なステータスでは確実に上回っていると考えていたが、向こうもそれを補うための術は持っていたということだろう。
攻撃を終えたヴェンドへ、即座に肉薄する徹矢の姿にヴェンドは喜色を浮かべて迎え撃った。
空に力場を展開し、それを蹴ることで移動と加速を行う徹矢の攻撃、地面に足を付けないことで一歩のタイミングがずれ、読み違いを起こさせる移動。
対処する側とすれば厄介な動きであるが、ヴェンドはむしろ甘いと徹矢へ拳を振るう。
そういう動きであるならば、二回戦で当たったソラがずっと上手かった。
初見であればともかくそれ以上を見ている自分には通じない。
狙いは過たず徹矢へと放たれ、直後徹矢の急加速によりそれは躱された。
「っ!?」
前兆はなかった、唐突に速度が跳ね上がりこちらの攻撃を回避した。
それを理解した時には即座にヴェンドは次の行動に移っていた、体勢などは二の次にして持てる全力を持ってその場から離れるように跳んでいた。
一瞬前までいた彼がいた場所を徹矢の槍が薙ぎ払う、判断が遅れていれば斬り裂かれていたことは間違いなく、そんな驚きと恐ろしさに口元がつり上がる。
崩れた体勢のまま着地したヴェンドはさらに距離を取るための跳躍を繰り返す。
真横に槍による突きが放たれ、追撃に斬り上げ、さらに叩き落としと連続して放たれる猛攻にヴェンドは反撃もできず舌を巻く。
同時にヴェンドは徹矢の纏う力場を観察し、その性質を読み取る。
単純に速度を上げているといったものではないことは確実、攻撃を躱した急加速は普通の加速とは何かが違っていたと確信している。
ヴェンドが見ている間も徹矢はそのまま攻撃を続ける、槍を回し、そしてその勢いを伝えた一撃がヴェンドを掠める。
腕に一筋の赤い線、そこからゆっくりと雫が零れ落ちる。
戦闘に支障はないが流れが悪い、このままでは押し切られる可能性が出てきてしまう。
「んなの、認められるわけないだろが!」
楽しみにしていた勝負、そう簡単に決着をつけられるなど許すはずが無い。
ヴェンドから放たれるプレッシャーが上がり、徹矢の動きに集中する。
顔面に放たれた突き、その一撃は鋭く、そこに至る軌跡までがはっきりと幻視できる。
だからこそ、その軌跡からほんの少しだけ頭の位置をずらす、それだけで徹矢の一撃はヴェンドに無効化される。
無論それは簡単なことではなく、一歩間違えばそれで勝負が決まりかねないもの。
その回避を見て、即座に徹矢は槍を引くが、それよりもなお速く、ヴェンドが引き戻そうとする槍を掴み取っていた。
「ッ!」
「単純な力勝負で早々好きにできると思うなよ?」
槍を引き戻そうとした徹矢に応えるようにヴェンドが暴力的な笑みを浮かべた。
両手で引いているはずの徹矢の力をものともせずにヴェンドは片手の力だけで槍を持った徹矢ごと振り回す。
急速で徹矢に襲い掛かる衝撃、しかしそれに構っていれば槍ごと地面に叩きつけられてしまうのは確実である。
躊躇わず槍を手放し、力場を緩衝剤にしながら空中で身体を支える。
ほぼ同時にウォッチ操作による高速武器転送、ヴェンドに奪われた槍が消え、そして再び手元に現れる。
再び槍を手にした徹矢はすぐに行動を移そうとするが、一手遅い。
槍を掴まれた時点で徹矢の攻撃は終わりを告げた、その上で再度攻めることができると考えているのであれば、それは甘いと言うしかない。
握った槍が消えたことなど何の興味もないと言わんばかりに、既にヴェンドはこちらに向けて拳を引いている。
不可視の一撃が放たれる寸前、発射を潰すことは不可能だろう。
徹矢はそう判断して即座に回避に移ろうとするが……そこで徹矢の中の何かがざわめいたのである。
このままではマズイ、理屈など何もなくただひたすらに勘だけが徹矢の危険を訴えていた。
詳しい内容はまるで分からない、それでも原因が今ヴェンドの放とうとしている一撃であることは間違いない。
自分の中で響く警鐘に、そして自分の勘に従って、徹矢は予定よりも大きくヴェンドの射線から離れる。
実際にその一撃を受けたソラの話を聞いていた限りであれば、威力を乗せるため範囲はそう広くないことを徹矢は知っている。
今徹矢はその予測範囲からすれば過剰に距離をとっている、それはひとえに自身の直感によるもの、そしてその結果は徹矢の危機を救うことになる。
「ッハ!」
気合と共にヴェンドの拳が放たれ、前方の空間を殴りつけた。
そこまでは予想通り、通常の攻撃と変わらず不可視の一撃が放たれんとしている状態である。
けれど通常から外れたのはそのすぐ後の事、何かが砕けるような、嫌に高い音がヴェンドの拳の辺りで響いたことを徹矢の耳は聞き取った。
そしてその数瞬後、徹矢が移動する際に残滓として存在していた力場に対して、無数の小さな何かが突き抜けていったことを知覚する。
自身の力場を貫いていったものが何であるのか、徹矢はすぐに理解して口元をひきつらせた。
空間を砕いて破片を飛ばしている、言葉にすればそれだけであるが恐ろしいものであることは間違いない。
拡散した欠片は弾丸となり相手を襲う、範囲的にはまだ狭いといえるが、それでも今までの予測されていた範囲よりはずっと広い。
拳の軌跡を読んで回避していればその攻撃の餌食となっていたことは想像に難くない。
「ッチ、逃がしたか」
調子を確かめるように一度二度と肩を回し、ヴェンドが徹矢を見据えた。
笑みを浮かべているが内心ではそこまで穏やかなものではない、ヴェンドにとっては必殺のつもりでだした攻撃であったのだ。
それを回避されたことは彼にとっても不本意なものであったのは確かである。
もっとも、それと同時にそんな相手である徹矢にテンションが上がっている状態でもあるのだが。
「良い感じに調子が上がって来たぜ、さっきまで好きにさせていた分、こっちも返させてもらおうか」
ヴェンドから放たれる力が増した、それに対応するように徹矢は槍を構えるが、首筋から嫌な汗が流れることを止めることができなかった。
先の一撃がこちらの戦闘不能を狙っていたものであることは間違いないが、同時にそれがあるという見せ札でもあったと徹矢は考える。
全く同じ動作から放たれる二種類の攻撃、読み違えれば大ダメージ必至の厄介な技である。
一方は攻撃範囲こそ狭いものの、ほぼ自身に接触する形での着弾誤差の無い一撃。
もう一方は破片を飛ばす性質上、着弾までの差があるがそのぶん拡散した欠片は前者よりも広い範囲に襲い掛かる。
脅威である破片は見えず、実際にどの程度の範囲まで飛ばすことができるのか分かったものではない。
そもそも空間を砕くなどという意味の分からない現象を起こしている時点で普通であればという甘い予測が立つとは思えない。
結果、どちらか予測できない、あるいは直前までどちらかを選べる可能性さえある彼の攻撃に対して徹矢は攻略の糸口を見つけられていなかった。
徹矢はゆっくりと息を吐き、そして自身の纏う力場を解放した。
「お、どうした? 限界か?」
「考えてもないこと言ってるんじゃねえ」
面白がるヴェンドの言葉に対して、徹矢は槍を構えて返答する。
最初から加減無しの全力『アクセル』、消耗は決して小さくない……が、そこまでしなければ対抗できない以上、消耗は必要経費として割り切るほかは無い。
そこまでして、現状互角に持っていくことがやっとといったところである。
「やっぱり普通にやっても、勝てる可能性は低い、か」
わかっていたことであるが、その事実に徹矢は内心で舌打ちを行う。
基本的なスペックで言えばヴェンドは間違いなく徹矢の上を行っている、正面から挑めばその結果は明らかである。
後半に調子を上げるヴェンドに対して、序盤に挑んで互角ではこの先が知れている。
このまま何の手も打たずに正攻法で戦っていては遠からず自身の負けが決まるだろう。
けれどヴェンドを相手にして正面戦闘がこれ以上ないと判断するのは甘すぎる、そうしなければならない事態など御免こうむるが、それまでに何かしらの突破口を見つけなければ詰みである。
徹矢は正面戦闘での敗北を認め、けれど最終的な勝利を目指して動き始める。
「……空気が変わった、来るか?」
ヴェンドも目ざとく徹矢の変化を感じて拳を強く握りしめた。
ここまでの勝負は正面衝突、その状態でもかなり楽しめたが、徹矢の本領はそこではない。
力場の多様性から生まれる無数の手段、そこから相手を突き崩す策を生み出す。
その策によってプラータは最終的に完封された、正面からの戦闘であればむしろ徹矢が圧されるだろうスペック、それを覆すための手段、可能性の多さが徹矢の武器である。
「まずは……確かめるところからか」
ヴェンドの能力はおおよそ掴めている、それでもこうして徹矢が彼の能力と相対するのはこれが初めてなのである。
自身の予測と食い違いがあればそれは間違いなく致命傷となる、そう判断して徹矢は片手を槍から放し、ヴェンドへと指先を向ける。
力場の弾丸『バレット』、徹矢がこの能力を得てから使い続けているその技がヴェンドへと放たれた。
放たれた弾丸は三発、高速で直進するそれらに対してヴェンドは即座に三発の弾丸の射線から外れる場所へと跳んでいた。
ただの弾丸であればそれで十分に回避できる、けれどこの弾丸は徹矢の力場である。
真っ直ぐに跳ぶ弾丸たちが突如進行方向を変えて、再びヴェンドを狙うように軌道が修正された。
この弾丸は徹矢の力場、軌道の修正程度であれば彼の意志一つでどのようにでも動くのだから彼の目で捉えられている限り、回避されることはない。
ヴェンドとしてもそれは半ば予想していたこと、弾丸の軌道が変わり始めた時点で彼は回避から迎撃へとその動きを変えていた。
彼の右手が徹矢の弾丸へと伸びる、そこからの出来事は即座のこと。
最初に着弾する予定の弾丸がヴェンドに掴み取られ、即座にその力場を握りこんだまま二つ目の弾丸へと力場をぶつけた。
それにより二つ目の弾丸を殴り飛ばし、三つ目の弾丸へとぶつけることでその全ての弾丸を処理してしまう。
「……相性、最悪っ!」
その一連の動きと、その際に起こった現象を知り、徹矢は思わず毒づいた。
最初の一撃を掴まれた際、徹矢は自身の一部が奪われるような感覚を覚えていた。
同時に、掴まれた力場にはまるで意志を込めることができず、動かすことも形を変えることもできなくなった。
そして握れこまれた力場はその握力で形を変えていた、徹矢の意志とはまるで関係なく。
予想外、というわけではないにしてもできれば外れて欲しかった相手の力の性質、様々な意味で厄介な能力であると徹矢は結論付けた。
「さて……どうしたものか」
結論が出たのであれば次はその対処法、あるいはと考えていた霧タイプの力場は間違いなく使えない。
展開しようものなら根こそぎ制御を奪われかねないだろう。
力場を掴まれることは避けるべき、『アクセル』を纏った際も引き剥がされてしまえば一巻の終わりである。
幸いというべきか、二発目の弾丸は接触の際多少制御が狂った程度、三発目については迎撃されたのみで制御に関しては問題なかった。
掴まれさえしなければ制御そのものを奪われることはないと見てよかった。
それでも十分な脅威であるが、問答無用で乗っ取られるよりはずっとマシである。
「試してみるより他はないか」
ウォッチを操作して槍を交換、片手で扱っても問題ない傘を左手に持ち、右手に力場を集中させる。
そして徹矢は高速で移動を始め、同時に力場の弾丸を連射した。
掴まれ制御が奪われる気持ち悪さはあるが、まず相手の能力の全容が掴めなければ攻略のしようがない。
弾速、形状、サイズ、色、性質、軌道を一発ずつ変更してヴェンドへと力場を放つ。
放たれるいくつもの弾丸を、ヴェンドはと言えば嬉々とした表情で迎え撃っていた。
ヴェンドもまた徹矢の力場と自身の能力との相性が良いことに気づいており、徹矢の意図も理解している。
自身の能力の詳細なデータの収集、そのために先ほどの弾丸とは違うタイプの攻撃をいくつも紛れ込ませている。
「次はどんな手で来たか……っ」
最速で向かって来ていた赤い弾丸を掴んで即座に後ろに投げる、そしてその弾丸には先ほどまでと違い熱量が込められていることにヴェンドは気づく。
本来であれば手に火傷を負っていたかもしれない、けれどヴェンドによって掴まれた力場はその干渉により彼の力になる。
例外は有れど自分の力で自分を傷つけることはない、向かってくる弾丸にどれだけの力があろうと掴んでしまえばその力は無効化される。
当然そこには落とし穴とでも言うべき欠点がある、対する徹矢が気づいているかは不明であるがヴェンドのその防ぎ方には明確な弱点が存在している。
その詳細を確かめるように様々な色、様々な形の弾丸がヴェンドに向かい襲い掛かる。
攻撃の密度は高くはない、単純な攻撃の数としては一回戦のリシェルカの魔法連打が上である。
けれどこれは操作性のある弾丸たち、必ず一つ以上がヴェンドの死角に入るように軌道を描いて行く。
「めんどくせっ!」
背後にも気を配りながら、ヴェンドは残りの弾丸を警戒する。
他の弾丸にも何かしらの仕掛けがされている可能性が高いが、問題はない、自身の能力であればそれらを防ぎきることは可能と、ヴェンドは襲い来る弾丸に意識を向ける。
青の弾丸は冷気、熱と同じように性質が変わっていることを理解し、けれど弾丸を掴み取ったヴェンドには効果を及ぼさない。
突起の大量についた弾丸が飛来すればその突起部分を掴んで地面に叩きつける。
五つの弾丸が並んで襲って来れば、前方の弾丸を殴り飛ばして残りの力場を追突させる。
集まって襲ってくる弾丸に対しては空気の壁を押し出してぶつけることでまとめて弾き飛ばす。
ただ殴ったり、掴むだけではなく、襲い来る弾丸に対して即座にそれに有効な対処法を合わせるヴェンドの動き。
それは見事という他ないだろう、そしてそれらの対処を行いながらも視線は徹矢から外れることはない。
遠距離からの攻撃、性質の違う弾丸、そこから考えられる向こうの意図は明白で、こちらの能力の詳細を暴こうとしているのだと判断できる。
欲しいのは情報を得て、そして現状を打破するための策を作り上げる、そのための時間。
その目的を考えれば、今の徹矢の牽制はヴェンドに対してかなり有効であった。
ヴェンドの遠距離攻撃は基本的に殴るという行為が必要になる、さらに言えば軌道はかなり直線的である。
いくら威力が高かろうと、近づかず相手の動きから射線を外すように移動していれば早々に当たらない。
数を撃とうにも、その予備動作の都合上連射には向かず、そしてその隙を周囲から狙う力場の弾丸がある。
弾丸を落とそうにも、視覚に存在するもの以外の弾丸までをカバーする力を彼は持っていない。
正面からであればリシェルカ戦でやって見せたように空気の壁を殴りつけるようなこともできるが、今回はそれに当てはまらない。
結果的にヴェンドに反撃をさせずに時間を稼ぐことができている。
「なるほどな……」
弾丸を警戒しながらヴェンドは感心したように声を漏らす。
自身の攻撃方法に対して今徹矢が行っている攻撃は有効であることは認めるほかない。
ならばどうする、とヴェンドは思考する。
自身へ有効であるとはいえ現状を打破することは難しいことではなく、その気になればすぐに解決するだろう。
徹矢がそれに気づいていないはずが無く、時間を稼ぐにしてもわずかなものになることは彼も予想しているはずである。
ならば徹矢の意図はわずかでも時間を稼ぐことであるのか……いや、そうではない。
彼は十分に時間が稼げる「可能性」があると考えたからこそ、実行しているのだと、ヴェンドは徹矢の考えを読み取る。
その要素が絡むのは徹矢よりもむしろヴェンドである。
「選択するのは俺か」
通常は相手の目的がわかるのであれば、それに対して馬鹿正直に受ける必要などない。
そうさせないように動くことで相手の目的を潰すのが常道だろう。
けれど、正直に受けることにより自身に何かしらのメリットがあるのであればその限りではない。
この場合のメリットとはそう、普通ならメリットになるはずが無いもの、けれどヴェンドに対してであれば一概にそうとは言えなくなる。
仮に相手の時間稼ぎに乗ったのであれば、徹矢は確実に状況を覆す一手を見つけ出す。
それはつまり、相対するヴェンドからは予想できない何かを彼は見せてくれるのだということ。
面白いものを見せてやる、だから黙って待っていろ……テツヤの牽制はつまりはそういう意味を含めたものであるのだと、ヴェンドは理解する。
「なるほど迷うな……だが」
その可能性自体はヴェンド自身決して低いものではないと思っている。
なによりヴェンドにはソラ戦の時の前科があるのだ、こちらの動きに対して乗ってくる可能性が高いと感じたのも当然だろう。
そして、時間稼ぎをするしないの選択肢をヴェンドに与えていることもヴェンドからしてみれば上手いと言わざるを得ない。
どちらの選択肢を取るにせよ中途半端は一番不味い、確定するまでは行動に映すことができなくなる。
事実ヴェンドは待つという魅力的な選択肢に意志が揺れている、同時に常識的な判断からの行動についても頭に入っている。
そのどちらかを選択するまでは確実にその時間を稼ぐことができる、なまじ時間稼ぎに徹されるよりも数段やりにくいとヴェンドは内心で舌打ちをする。
そしてヴェンドは即座に思考する、どちらを選ぶにしてもまずは決めなければならない。
今も襲いかかる弾丸の連撃を凌ぎつつ、ほんの少しの逡巡の後にそしてヴェンドは選択を行う。
「待てない、な」
待てば間違いなくソラのように驚かせる何かを見せてくれるだろう。
けれどソラと違い、徹矢との勝負は彼にとっては本命である。
戦うまでの待ち時間であればそれもいいとヴェンドは思っただろう、けれど今、戦っている自分には待つという選択肢が消えていた。
獰猛な笑みを浮かべ、ヴェンドが足に力を込める。
空気の変化、ヴェンドの様子から徹矢は彼が選択をしたことを悟った。
そしてその選択は、徹矢にとっては有り難くないものであることもすぐに察することができた。
即座に残っていた弾丸をヴェンドに集めるが、遅い。
「行くぜオラァァァァァッ!」
咆哮と共にヴェンドが前方へと跳躍した、それだけで弾丸に囲まれていた状況を置き去りにし、徹矢へと一気に接近した。
「ッチ!」
その様子に徹矢は舌打ちを一つして、状況に対応する。
状況を抜けられることについては想定内の事、彼が時間稼ぎに乗らない可能性も十分に考えていたことである。
それでもヴェンドの決断までの時間はもう少しかかるものであると徹矢は読んでいた。
原因はヴェンドが持つ徹矢への執着度を読み違えたからと言っていい、とはいえそれを失敗と言ってもいいのかは意見の分かれるところではあろうが。
ともあれ状況は動き出した、ならばそれに合わせて取るべき動きを変える必要がある。
「当然、保険は掛けてあるよな!」
ヴェンドが行動に踏み切った理由としては先に述べた通りであるが、同時に徹矢であればこの選択をしたとしても楽しませてくれると確信、あるいは信頼しての行動でもある。
そもそも時間稼ぎのための条件が相手依存である時点で、それに縋ることなどできるはずがない。
ならばこそ、こうしてヴェンドが動いた場合に対する備えも、すでに用意されている。
それを示すかのように徹矢とヴェンドの間に力場で作成された壁が現れた。
そのタイミングは絶妙、跳躍の直後のためそのままではぶつかるよりほかはない。
壁を回避しようとするならば急激なブレーキをかけなければならず、それはヴェンドの勢いを殺すことができる。
「なら、どうするかは決まっているよな!」
目の前に壁があり、その先に目的の相手がいるのであればヴェンドにとって答えは単純明快。
ヴェンドの拳に力が集められる、この戦闘の中でも最大級に強化された彼の拳が目の前の壁に向かって放たれる。
立ちふさがるものがあるのであれば、その一切を正面から粉砕せんとばかりにそこには強大な力が秘められていた。
そうしてヴェンドの拳と徹矢の壁がぶつかり合い、音を立てて徹矢の壁が砕け散る。
その瞬間に徹矢とヴェンドは互いに直感した、徹矢はヴェンドの能力の性質を、ヴェンドは徹矢に見切られたという事実を。
けれどここに至ってはそんなものは関係ないと、ヴェンドは次の一歩で一気に徹矢へと接近する。
接近戦であれば間違いなくヴェンドが徹矢を上回る、それが明確だからこそ徹矢は近づけまいとヴェンドに向かって弾丸を放った。
「効くかよ!」
放たれた弾丸はやはり絶妙で、接近するヴェンドの胸元を狙ったその一撃を回避するのは難しい。
ならば弾丸を殴りつけることで防ぐか、いや、今溜めている力を弾丸に使うのはもったいないとヴェンドは判断する、その一撃は、その先にいる徹矢へと放つべき一撃だから。
ヴェンドはそう決めて握った拳とは逆、左手を弾丸に向けて伸ばした。
それにどのような威力があろうと、どんな性質を持とうと、彼が掴んでしまえばその力は零になる。
衝撃も何一つなく、現状自身の勢いを殺すことなくその一撃に対処できる。
当然、それにはリスクも大きい、一歩間違えば防げず無様を曝すことになるだろうことは想像に難くない。
危険を見て、その上で自分にならそれを為すことができると、自信と確信を持って行動に移す。
「ああ、お前ならそうすると信じていたさ」
ここまでの行動と戦いを経て至った確信、彼ならばこうするだろうという予測。
その結果を導き出し、そしてその結果に対して最も有効な手段を徹矢は狙っていた。
ヴェンドの左手が弾丸を掴み……そして、勢いよくヴェンドの左手が弾かれた。
「な……あぁ!?」
彼にとって予測の外、確実に彼は力場の弾丸を掴んでいた。
そして力場の制御を奪い取ったという感覚もあり、その一撃がヴェンドの身を脅かすことなど有り得ない。
にもかかわらず今ヴェンドの手は弾かれ、予想外の衝撃に彼の体勢が崩れていた。
なぜ弾かれたのか、理由がわからない状況の中で彼は無意識に自身の崩れた体勢を整える。
それは戦う者としての行動で、見事にヴェンドは体勢を立て直した。
かかった時間などほんの数瞬、けれどその数瞬こそがなによりも決定的な時間であった。
「…………あ」
「喰らえ、ヴェンド!」
ヴェンドに弾丸を放ったその次の瞬間には徹矢は次の行動に移っていた。
後ろに引かれた傘、そこから放たれる徹矢の全力の突き……その一撃に対処する術をヴェンドは持っていなかった。
それができるだけの時間をヴェンドは体勢を整えることに使ってしまったから、今ようやく彼は次の行動に移ることができる。
けれど次のどのような行動も、既に間に合うことはない。
徹矢の全力の一撃が、ヴェンドの胸を打ち抜いた。




