第十五話 「人間のいない街」
この世界『プレイア』では人間が存在しない、だからこそ徹矢が異世界の人間であることを見破った。
「……ん?」
しかし、そうであるならば大きな矛盾が存在することに徹矢は気づく。
当然ながらその疑問はアルメラも気づいている事であろう、徹矢が問いただすよりも早くアルメラが提案する。
「色々と疑問はあると思う……が、とりあえずはついて来てくれないか? 落ち着いて話せる場所を提供する」
「……わかりました」
「いい子だ、じゃあ……行こうか」
ニッと笑ったアルメラはゆっくりと街へ向かって歩いて行く。
それに徹矢もついて行くのだが……一つ不安材料があった。
「俺ってそのままで騒ぎになったりしないんですか?」
アルメラは人間がいないと言っていた。
ならば自分のようなものが街へ入って何か問題が起こらない物だろうかと、徹矢は当然の疑問を聞く。
「問題ねぇよ、ほら」
徹矢の疑問に応えるように、アルメラは自分の纏う炎を消し去った。
いや、手のひらには小さな種火程度の炎が存在している……限界まで小さくしたというところであろう。
「こうすれば見た目はそう変わらないだろう?」
「……みたいですね」
あの程度の小さな火であればどうとでも隠せるだろう、燃やさない炎であればなおさら困ることは無い。
徹矢は納得し、アルメラとともに橋を渡って街の中へと入っていく。
石造りの建物が並ぶ街、すれ違う人間ではない人たち。
物珍しげに周囲を見る徹矢にそれを確認しながら小さく笑うアルメラ、二人の前に声をかけてくる人がいた。
「おやアルメラ、連れとは珍しい」
「やあゴレーノ、訳ありのようでね」
徹矢の腰を越えるくらいの背丈しかない人、しかしそこから発せられる力は屈強なもの。
その背丈と同じほどの長さがあるハンマーを持っていることからもそれは確かであろう。
その見た目からドワーフという言葉が当てはまりそうだと内心で徹矢は思う。
「ふむ、なるほど……若いの、どういった目的かはわからんが歓迎するぞ、ゆっくりしていくといい」
「あ、はい……ありがとうございます」
すれ違う彼、ゴレーノに軽く礼をする。
その様子を見ながらアルメラはやや苦笑といった表情をしていた。
「やっぱ年の功というか、ゴレーノは目ざといな……早速テツヤのことを見透かしたっぽいぞ」
「……やっぱりですか」
すれ違う瞬間、目が合った時に徹矢も自分のことを見通されたのだとおぼろげながら理解した。
徹矢が何者か理解して、その上で歓迎すると彼は言ったのだ。
「そう考えると……少し嬉しいですね」
「まったく、こっちは歓迎するべきか迷ってたのに……ゴレーノが認めた以上は俺から言うことがないじゃないか」
「そうなんですか?」
「ああ、ゴレーノは古株だし街での影響力も強い……テツヤは結構運がいいな」
「……ああ、そうかもしれません」
強力な神の欠片を宿したことや、レンに出会えたことなどを考えれば確かに運は良い方だろうと徹矢は思う。
尤も神の欠片に関しては不幸の面も強いものではあったのだが、そのおかげでレンに出会えたという点もあるため判断の難しいところではあるだろう。
そのような話をしながらたどり着いたのは一軒の家、その扉の前にアルメラは立って開ける。
「ここだ、ここならゆっくり話もできるだろ」
そう言いながらアルメラは中へと入っていく、徹矢もおじゃましますと一言声をかけながらその後を追った。
予想以上に広い家、その奥へと案内されたどり着いたのはリビングと思わしき場所。
「ま、座るといい」
木製の椅子とテーブルを示され、徹矢はそれに従い椅子へと座った。
アルメラもまた徹矢と対面になる位置に座り、そこで横から明るい声が響き渡った。
「あ、アルメラおかえりー」
「今日はどうだったの?」
明るい二人の子どもの声、視線を向ければそこには二十センチほどの小人が二人宙に浮かんでいた。
男女の違いがあるが顔つきがよく似ていることから見て双子であろうか、どちらも金髪に青い瞳でそれぞれ赤を基調とした服と緑を基調とした服を着ていた。
「ただいま二人とも、俺はコイツとお話があるから少し待っててくれるかい?」
「お客さん?」
「えー、つまんないよ」
「頼むから後にしてくれ」
「むー」
「駄目だよヒューイ、行こ」
アルメラの態度にむくれる緑の服の子を赤い服の子が引っ張っていく。
その姿は可愛らしく微笑ましいもので、徹矢も思わず笑みを浮かべて二人が部屋から去っていくのを見ていた。
「緑の子がヒューイ、赤い子がラフィーネ、エアリエルの双子だ」
「エアリエル……アルメラのファイアリーと似たようなもの?」
「お、覚えていてくれたか、まあそういうことだ、種族……いや、この場合は所属と言った方がいいかもしれないな」
「所属ですか」
「ああ、まあこの話は追々だ……とりあえず、お互いに幾つか聞きたいことがあるだろうし、そちらを終わらせよう」
アルメラの窺うような視線に徹矢も小さく頷いた。
徹矢にも疑問はあるのだ、そのこと自体に否を言うつもりはなかった。
「テツヤは客人だしな、そっちから質問していいぞ?」
「わかりました、では……何故俺を人間だと認識できるのですか?」
アルメラが言うにここは人間のいない世界、そして見た目であれば先ほどアルメラが示したように姿があまり変わらない者もいる。
それでもアルメラは徹矢を人間だと見た……そもそも、人間という言葉があること自体もおかしいことではあるのだが。
「ま、当然の質問だな……さて、なんと言えばいいのか」
徹矢の問いにアルメラは思案気な顔をして、それから考えがまとまったのか口を開く。
「まずは、そうだな……あの時は一番わかりやすい表現としたが、この世界に人間がいないってのは多少の語弊のある言い方ではあるな」
そう切り出された言葉に徹矢は無言でうなずき、先を促す。
「確かに人間はいないが……やって来ることはある、君のようにな」
「……なるほど」
頻度に関しては今のところ不明ではあるが、異世界から人が来るということはこの世界では起こりうることなのだと徹矢は認識する。
だから人間というものを知っているし、対応もとれるのだろう。
「さて、今度はこっちの質問に答えてくれるかな?」
「……わかりました」
笑うアルメラに、徹矢は小さく頷く。
一体自分にどのような質問が来るのかがわからない、知らず息を呑み問いを待つ。
「さて……じゃあ、何の目的でここへ来た?」
「目的……ですか?」
「ああ、はっきりと言わせてもらえればテツヤはここに来る人間の中では完全に異質だ」
「……どういった理由で?」
「質問側はこっちなんだが……まあいい、大きいものを挙げれば人間が現れる場所ってのは決まっているんだよ、そしてそこはテツヤが現れたであろうこの辺りではない」
異世界からの来訪者、決して普通ではない現象であろう。
しかしそんな現象にも法則はあった……だが徹矢にはその法則すら当てはまることがない、それをアルメラは懸念する。
考えられるのは今までの来訪者とは全く別の手段、別の世界からやって来た者の可能性……それはこの世界に悪影響を及ぼすのではないかという不安。
「その場所からあそこまで旅をして来たんだよ……なんてことを言ってみようか?」
「自分も信じると微塵も思っていないようなことは言うなよ」
呆れたようなアルメラの顔、言い方が既に騙す気がないことを窺い知れるほどに徹矢のその答えは無理があった。
人間がいない、そんな当たり前の光景に驚いた徹矢がこの世界に来てすぐのことは簡単に窺い知れる。
さらには付近の地名すらわからない物知らずなのだからこれでその嘘が通用すると思う方が間違っているだろう。
徹矢も十分にそのことを理解していたので、ですねと言って苦笑する他ない。
「さて、新たな質問には答えた……そろそろこっちの質問にも答えてくれるかい?」
返答を求めるアルメラ、それに徹矢はどう答えるべきかと逡巡する。
テーブルの下、腕に巻かれたウォッチに小さく触れる。
「やり方が稚拙であったね、隠していたようだけど」
その言葉で徹矢は苦い顔をする他なかった。
道中にアルメラからはわからないように亮二へ向けて対処法をメール機能を使い訪ねていたのだが、気づかれていたようだった。
「見るなら見ても構わないよ、このままだとテツヤは黙していそうだからね」
どこまで答えたものわからない徹矢からすれば沈黙が正解だろう。
情報を護らなければならないのなら話してはいけない、徹矢たちは最悪死ぬことで尋問の状態を抜け出すことができるのだから。
死後がある転生回廊の住人だからこそ可能な荒業である。
そこまでアルメラは読み取ることはできないが、それでも今のままでは聞きたい情報は聞けないだろうという予測はついていた。
「なら……そうさせてもらいます」
既に見破られてしまっているのならば殊更に隠す必要はないだろうと、むしろ堂々とウォッチを使って亮二と連絡を取ろうとする。
状況説明を行ったメールの返信、説明する必要があるならば呼べとそこには書いてあった。
「……いいんだ、まあ、今更か」
話していいのかと徹矢は思うが、そもそも目の前でウォッチを操作している自分が言えることではないだろう。
ともかくそれなら任せた方が早いと徹矢は亮二へと連絡を行う。
『徹矢、さすがに問題発生が早すぎると思うんだよ……来て早々にバレるとは』
来て当初の音声連絡でなく映像つきでの連絡、既に隠す気など少しもなかった徹矢と亮二である。
画面が開いた途端に呆れたような亮二の声と表情が徹矢に届く。
「いや、世界が悪すぎるでしょう……さすがに周囲に合わせることができない類の世界は厳しすぎます」
『まあ、世界に関する文句はロウにでも言ってもらうとしてだ』
画面が反転し、亮二がアルメラへと向く。
『初めまして、俺のことは亮二と呼んでくれるとありがたいね』
「よろしくリョージ、俺はアルメラ……それで、話を聞かせてくれると判断しても?」
『ええ、お話しさせてもらいますよ』
アルメラと亮二が互いに不敵な笑いを見せ合う、既に徹矢は空気と化している。
とはいえ、亮二が受け持った以上はやることなど徹矢には存在しないことも事実なのだが。
「……ま、楽して状況判断できるしいいか」
説明会に介入することを諦めて話を聞くことだけに集中するのであった。
話された内容は徹矢がレンに聞かされたものとおおよそ同一、加えて徹矢がこの世界に来た理由。
「……そこまで話していいんですか?」
『もちろん相手は見定めるべきだよ、話している間に少なくとも馬鹿ではないことだけはわかったからね』
「お褒めにあずかりなんとやらってところだな」
どうやら亮二はアルメラを高く評価したようであった。
「まあ、ともかく話は理解できた……しかし、そういう経験を与えるのであれば出張るのは駄目なんじゃないか?」
『確かにな……けど、今回はどうもマニュアル読む暇すらなかったみたいだし、なにより急いで移動させたのはこっちの都合だからね、アフターケアの一つだよ』
徹矢は素人、何よりも生き残ることを優先してルーテとの戦闘訓練が転生回廊での数日を占めていた。
それゆえに今回のような状況での対処をどうすればいいのか徹矢には判断がつかない、それもマニュアルにある程度は書いてあったもののそれを詳しく読む暇もなかった今回の出来事。
『まあ、あれだ、初回のチュートリアルだよ、これ以降はヘルプ機能以上の手助けはしない予定だし』
「いや、亮二さん……ゲーム言語で話すのは止めましょうよ」
アルメラが若干首をひねったのを見て徹矢が呆れたように突っ込んだ。
チーム内でも一番の暇人である亮二だからこその言い方ではあるが、通じる相手と通じない相手のことを考えてほしいと思う徹矢であった。
「まあ、ともあれ大体の事情はわかった……そういう事情ならまあ、俺も歓迎するよテツヤ、ここでよければ好きに使ってもらっても構わない」
「あ、ありがとうございます」
差し出された右手に徹矢は自分の手を重ね、握手を交わす。
こうして徹矢は異世界での行動で必要である居場所を手に入れることができたのだった。
「それで、だ」
交わした握手、向かい合ったアルメラの表情がニヤと笑う。
その笑みに徹矢はどこか言い知れない不安を感じたものの、止める術はない。
「今回の目的は、いろんな世界を見てくること……リョージ、これであってるか?」
『ああ、そうだな』
「なら、俺が知っている限りの最高位の存在がいる場所巡りとかよさそうじゃないか?」
その言葉に徹矢の表情が引きつり、亮二はアルメラと同じようにニヤと笑みを浮かべる。
『いいねいいね、ま、最初は徹矢にも理解できるレベルに抑えてくれるとありがたいな、理解できなければ経験もないから』
「心得てるよ、道案内と死なない程度の手助けぐらいでいいかい?」
『頼むよ、礼はする』
「オーケー、交渉成立だな」
「……俺の意見は一切反映されないのか」
そのとんでもない場所を巡る本人なのに要望すら聞き入れず決まったような状態になっていることに徹矢は肩を落とす。
とはいえ、内容自体は徹矢としても望むところではあるのではあるが。
「後は……俺では扱いに困る話ではあるし、俺の仲間と数名の最高位の方には報告させてもらうぞ? もちろんそれ以上の拡散はさせない」
『ふむ……現時点でアルメラ以外に事態に気づいている可能性があるのか次第だな、言い方を変えるならこの世界に道を開けた時点で気づいた者がいる可能性だ』
「そうだな……ええ、この世界の最高位であれば間違いなくテツヤが通常とは違う方法で来たことに気づいている、彼らはそういうものだから」
『わかった、念のため聞いておくが馬鹿な真似をするような存在はいないか?』
「それは問題ない、この世界が平穏であればそれでいい方たちだ……少なくとも歓迎すると決めた者に牙を剥く者はいない」
『オーケー、なら説明に関しては任せる……無駄な争いが起こらないのであればそこまで文句は言わないさ』
亮二はニッと笑って頷いた。
元々転生回廊に対して何かをされるなどの心配は亮二はしていない、そもそも欠片がなければ到達することが非常に難しい場所のためである。
心配したのは目の前にある欠片、つまりは徹矢という存在。
欠片の精錬を終えている徹矢の欠片を抜き取ることなどできないことは徹矢や亮二はわかっているが、それが相手にまで通じるとは限らない。
その点を心配していたのだが、それを読みとったアルメラの言葉を信用して許可を出す。
『ま、そのつもりで言ってたんだろうが、徹矢を連れて行くんだろう?』
「ええ、そのために最高位の場所を巡るんですから」
『ま、だったら余計に死なさないようにな……徹矢も、それぞれ出会った者たちの報告はすること』
「心得ています」
「了解しました」
アルメラが頷き、徹矢もまた与えられた仕事を受ける。
おおよその話を終えたと感じたのか亮二が小さく息を吐き、それから徹矢に声をかける。
『まあ、さっきはああ言ったが何かあれば連絡しろ、助言はする』
「ありがとうございます」
『アルメラも要望があれば徹矢に言え、さっきの礼についても無茶な要求でなければ叶えるから』
「そりゃ有り難い、要望を通すことで礼は使い切ったと思ってたよ」
『ま、やっている事は当然の行動だと思うからな……よほど無茶なことでもしない限り他の世界でも情報の開示を行っている場所はあるし』
「なるほど……ま、了解しましたよ」
『おー、というわけで徹矢はこれから頑張れよ』
「あはは、了解しました」
手を振る亮二に苦笑しながら、徹矢も返事をする。
それを最後に表示された画面が消え、亮二との通信が切れたことを腕にはめたウォッチが告げる。
「……はぁぁ」
それを確認して、徹矢は大きくため息を吐いた。
ようやく気を抜けるとやや安堵の意を漏らしながらアルメラを見る。
アルメラは小さく笑いながら、徹矢の肩を叩いて労いの言葉をかけた。
「ま、お疲れ様だな」
「とりあえず……これからよろしくお願いします」
「おー、ま、この家なら余っている部屋もあるし好きにしていい」
焦りや驚愕など一連で精神的な疲労は多かったものの、結果を見れば上々ではあるのだろう。
協力者と居場所の二つを確保することができた、亮二の助けがあったとはいえ初めての異世界渡航の結果としては優秀だと言えるだろう。
「アルメラー」
「お話終わった?」
どこかで見ていたのか、それとも緊張していた空気が緩んだことを敏感に感じ取ったのか、出ていた双子の小人がふわふわと飛びながら徹矢たちのいる部屋へとやってくる。
アルメラは双子の小人に軽く笑いかけて終わったことを口にする。
「コイツがしばらく住むことになったから、挨拶くらいはしておけ」
「そーなの!?」
「じゃあ、よろしくお願いします……えと」
「徹矢……テツヤだよ」
「よろしくお願いします、私はラフィーネです」
「僕はヒューイ、よろしくね!」
やや大人し目の赤い女の子、元気が有り余っていそうな緑の男の子、良く似た二人が徹矢の周囲を観察するように飛びまわる。
見られている徹矢はどうしたものかと思いつつ、そもそもこの子たちとはどういう関係だろうかとアルメラを見る。
その視線で聞きたいことは伝わったのかアルメラは簡単に口を開く。
「正確に言えばここは俺の家ではなくて巡回者のものだからな、二人も巡回者だよ」
「? 巡回者ってなんですか?」
「お兄さん知らないの?」
「へんなのー」
アルメラのその回答はおそらく明快なものだったのだろう。
とはいえ、この世界に疎い徹矢にはそれがどういう意味を持つのかわからない。
「ああ、ソイツは人間だからな、色々教えてあげてくれ」
「ちょ」
あっさりと正体を口にするアルメラに驚き、文句を言おうとする徹矢であるが、それよりも早く二つの影が徹矢の視界を遮った。
「人間!?」
「……初めて見ました」
好奇心全開の二対の瞳を向けられて、アルメラへと向かおうとしていた徹矢の身体が仰け反った。
仰け反ったことでさらに近づいてくる二人に徹矢は椅子ごと後ろへと倒れこみそうになってしまう。
手振りで二人に横へと移動をしてもらい、徹矢は改めてアルメラを見る。
「歓迎することを決めたからな、人間であることくらいは露見しても大丈夫さ……むしろ露見させていた方が都合がいい」
「そんなものなんですか?」
「ああ、それにテツヤだって往来を気にすることなく歩きたいだろ」
「それは……まあ、確かに」
「ついでに言えば、さっきリョージから許可を貰った仲間の二人だよ……仲間自体はあと二人いるがな」
そんなアルメラの言葉に徹矢は納得と同意の意を示す。
正体を隠す必要がないのであれば動きやすさが大きく違うだろうというのは経験の浅い徹矢にもわかることである。
そして今現在横から視線を感じるこの二人が仲間だと言うのなら、人間である事実どころか先ほどまでの話全部伝えなければならないのだからこの程度で四の五の言う必要はないだろうと徹矢は文句を言うことを止めたのだった。
「けど……街中でもこんな視線を受けるのか、俺?」
「最初は仕方のないことだ、諦めろ……人間がこんなところにいるとか相当珍しいことなんだから」
「りょーかいです」
力なく机に突っ伏す徹矢を、上から双子が面白そうに眺めている。
後ろから視線を感じながら、そういえばまだ質問に答えられていないことに徹矢は気づいた。
「で、巡回者って何なんですか?」
「ああ、説明の途中だったな」
続けられた答えはいわゆる自警団と呼ばれるものであった。
街の困りごとの解決や手伝いを行う、そして徹矢やアルメラの前に現れた狼たちのような存在を撃退すること。
どちらも重要なことではあるが、基本的には後者がよく行われているとアルメラは語る。
「そうなのか……じゃあ、こんな小さな子たちも?」
「身体の大きさは関係ないさ、巡回者で重要なのは力を持っているかということ」
徹矢の周囲を飛ぶ双子に視線を向けて、言葉を漏らす。
「ま、心配しなくても二人は徹矢よりよほど強いよ」
「ぐ……そりゃ、俺は弱いですよ」
痛いところを疲れたというように顔を歪め、それから徹矢はふてくされたようにそう口にする。
強いと言われた双子、特にヒューイは自慢げな顔で徹矢を見ていた。
「案内するにしても道中が不安だしな、暫くはこの街で訓練した方がいいだろう」
「ですね……」
自分が弱いことは徹矢は十分に承知している。
少なくとも普通に現れていた狼に対して余裕のないようでは行き先が不安になるのも無理はないだろう。
「というより、人間の方が戦うんですか?」
「人間は弱いって聞くよ?」
「ああ、それに関しては問題ない、テツヤはちょっと特別な力を持っているみたいだからな」
双子の疑問にアルメラが簡単に答えれば、それに興味を持ったのかさらに二人から注がれる興味の視線の力が増した。
徹矢はその視線に耐えかねたように手のひらから空間を展開する。
「ここまで近くで見たらわかるな、空間系の力場か」
「そういうこと」
手のひらの上で球体の空間が円柱や立方体などの様々な形へと変わっていく。
若干手慣れて来たのか犬や鳥などのデフォルメされた動物の形にも空間は形を変えていく。
「器用だな……」
次々に変わる形にアルメラは感心したようにそう口にする。
そして双子はと言えば……。
「……あー、ヒューイ君にラフィーネちゃん?」
形の変わる空間を食い入るように見つめている二人の姿。
その瞳は喜色が見られ、非常に良い反応をしているのがわかる。
「ねーねー、もっと何かないの?」
「もっと見たいです」
「……えーと」
これまでの興味ではなく期待に満ちた視線に徹矢は冷や汗を流すことになった。
ある程度形を変えることには慣れてきた徹矢ではあるが、逆にそれくらいのことでしかない。
これ以上のことは難しく、期待された目をされても返せるものがない現状にどうしようかと頭を悩ませる。
「……後できるとしたら、これくらいか」
即興で今の自分にできそうなことを考えて徹矢は実行する。
白色の力場であったものが赤色へとその色を変えていく……力場の色の変更、それが徹矢が今できるだろうと思えたこと。
力場の精製は徹矢の能力、形を変えるのと同じようにその色を変えることは決して難しいことではない。
それを今までしなかったのは単純に戦闘能力を求めていたため必要性皆無だったことにより思いつかなかったのである。
「おおー」
「綺麗です」
予想以上に鮮やかな色を見せる力場に目を輝かせる双子。
その姿にどうにかなったかと安堵しつつ、練習になるとそのまま徹矢は力場の色を変えていく。
赤からゆっくりと黄に、緑を経て青へとその色を変わるのを自身で眺めながら、これがどうにか役立たないかと一人頭を悩ませる。
しかし現状ではこのような楽しませるようなものしか思いつかず、内心ため息を吐くのであった。
双子が満足したところで徹矢は力場を消して脱力する、初めての試みはある程度体力を消耗していたようであった。
「戦闘での使用も見たが、中々面白い能力だ……使い勝手もよさそうだしな」
一通り、力場の変動を見ていたアルメラがそう口にする。
徹矢自身は未だ気が付いていない力場の色の変更、その使い道に関しても厄介なものだと認識していた。
「ま、総じて筋は悪くないが未熟……ってのが徹矢の評価だな」
「それはわかってますよ……」
今の徹矢の欠点は一言で言えば経験の不足としか言いようがない。
経験を積み、能力を精密に扱えるようになって初めて自分自身や能力の欠点が浮き彫りになるのだ。
「問題はどういう手段で強くなるかだが……」
「それはやっぱり外に出てくる奴らを倒して?」
「ま、当然それは基本だが……他にも何かいい訓練はないかと思ってな」
「あ、だったらこういうのどうかな?」
ヒューイが何かを思いついたようにアルメラへと耳打ちする。
それを聞いてアルメラがニッと笑ったのを見て、徹矢は知らず冷や汗を流した。
「いいなヒューイ、それ採用だ」
「でしょ?」
「ヒューイ、何を言ったの?」
疑問を浮かべるラフィーネに、ヒューイが同じく耳打ちを始める。
同時にアルメラもまた徹矢の方を向いて、提案する。
「ヒューイから非常にいい訓練方法が提案された、安全でなおかつ効果が高いだろうと予測される方法だ」
「……それで?」
「問題はだ……相当目立つ、というよりも確実に見世物になるな」
「見世物ですか……」
美味しいだけの話ではないだろうそう覚悟して続きを聞いた徹矢としてはどうしたものかと考える。
見世物ということは先ほどのヒューイたちのような視線を受けるだろうということ、あの視線は少々慣れないものがあると徹矢は思う。
しかし同時に、安全性と効果が高いと思われる点は徹矢にとっては利点だと言える。
「結構利点は多いぞ? デメリットはそれと……まあ、非常に疲れるだろうということくらいだ」
「……酷いことにはならないんですよね?」
「あー、うん、少なくとも生命の危機は絶対にない……ただ、うん、やっぱり疲れるってのが一番正確な表現だと思う」
「そこはかとなく不安になりますが……わかりました、アルメラを信用します」
徹矢がそう言うと、アルメラは笑い任せろと口にする。
「そうと決まったなら……準備もあるし、今日は家の中で過ごしてくれると有り難い」
「ん、わかった……部屋はどこを使えばいい?」
「ああ、案内するよ」
徹矢はアルメラの頼みを了承し、自分が住むことになる部屋の案内を頼む。
アルメラも即応し、連れて行かれた部屋は一人で過ごすのであれば十分な広さと設備のある部屋であった。
「おお、予想以上にいいな」
「そう言ってもらえれば何よりだな」
中に入った徹矢はベッドに腰掛け、腕のウォッチを操作する。
元々、徹矢としても今日の内にこれ以上外に出ようとは思っていなかった。
街の中を見てみたいと思ってはいるものの、それ以上に優先する事柄が存在しているためである。
「それがマニュアルって奴か」
「そ、今日はこれの内容を覚えようと思うから、外に出る気はないよ」
徹矢の手に現れたのはこの世界に来てすぐに手に取ったマニュアル。
それなりの厚さがあり、一通り目を通すだけでもそれなりの時間が経っていることは想像に難くなかった。
「オーケー、じゃあ俺とヒューイは外に行くから」
「ラフィーネちゃんは?」
「来客が来た時のための待機、気が向いたら話し相手にでもなってあげてくれ」
「了解した」
徹矢としてもこの世界の人物と話すことに否はない、それもこれからある程度共に過ごすのであればなおさらである。
無論マニュアルの確認もあるためそちらが一段落着いてからにはなるだろうが。
「あ……それとだが、徹矢のことに関しては残り二人の仲間が帰ってきてからまとめて話すってことでいいか?」
「へ? ああ、そっちの方が手間もかからないしそれでいいよ」
アルメラの提案は徹矢にとっても有り難いこと。
長々とした説明を何度もするのは話す方も聞く方もつらいのである。
「そりゃよかった、じゃあ、行ってくる」
「おう」
アルメラはそう言って部屋の入口である扉を閉める。
遠ざかっていく音を聞きながら徹矢はマニュアルを開く、転移一日目の昼はそうやって時間が過ぎていくのであった。