第十話 「仲間」
「おはようございます」
「ん、ああ、おはよう徹矢君」
「おはよう、調子はどうだ?」
「問題なしです」
「……そうか」
次の日、目覚めた徹矢が自分に与えられた部屋を抜け出して適当に彷徨いながらたどり着いた昨日の広間には、ロウとカイの姿があった。
その二人とあいさつを交わしながら徹矢はカイのいる対面の椅子に座る。
「カイさん、これありがとうございます」
言いながら、取り出したのは昨日ロウから受け取ったマニュアルであった。
取り出した場所はウォッチの空間から、ある程度基本操作に関しては昨日のロウとの会話中に流し読みではあるが確認し、理解をしていた。
それはともかくとして、マニュアルを見せられたカイの反応は、
「…………ふぅ」
元々強面のその表情がさらに硬くなり、ため息と同時にとある方向を向いた。
そこにはニヤニヤとしたロウの姿があって、思わずカイは言葉を放つ。
「ロウ……お前」
「いやいや、カイは顔が怖いからさ、こういうところで点数を稼いでいないと駄目じゃないか」
「……後で覚えていろ」
「うわ、怖っ」
カイに睨まれて冷や汗を流すロウ、内心では何故この迫力で自分と同じ支援型の能力なんだろうなどと考えていたりする。
そんな二人の様子を見ていた徹矢はおおよその事情を理解して苦笑を浮かべることしかできなかった。
「けど」
苦笑を浮かべながらも周囲を見渡して、徹矢は二人に聞く。
「まだ、お二人しか会っていないんですけど……他の方はどうしているんですか?」
「む……」
「そういえば、転生回廊に関しては語ったけど、ウチのメンバーとかに関してはあまり語っていなかったね」
徹矢の問いに二人はウッカリしていたというような表情を浮かべて、それから徹矢の質問へと答え始める。
「まずこのチームにいるメンバーは徹矢君を合わせて七名だよ」
「俺とロウ、それにレンを除いて、後三名顔を合わせていないな」
「それだけですか……?」
徹矢の感じた違和感は部屋の数、自分に与えられた部屋を出て彷徨った際にその数以上の部屋数があるのは確認していた。
だからこそ、予想よりもずっと少ないその人数に徹矢は驚いたのだった。
「部屋数が多いのは徹矢君のような加入者のためだよ」
「長く使うからな、ある程度新しい加入者がいても問題がないようにしている……確かに若干多くはあるがな」
「徹矢君が正直久しぶりの新人だからね」
「あはは、そうだったんですか」
カイの説明と補足するロウの言葉に徹矢は若干の苦笑交じりに頷くのであった。
余談ではあるが、三、四年振りの加入者であったらしい。
「さて……残りのメンバーだけど、異世界にいるレンは後回しかないね」
「ああ、代わりに対面可能な三名については今日の内に顔合わせを終わらせるぞ?」
「わかりました」
「ってわけで、一人はもうすぐ来るよ」
そんなロウの言葉と共に、足音が聞こえ新たな人物がこの広間へと顔を出した。
「朝食の準備はできたけど……あれ、新顔がいるね」
その人物は女性であった。
短めの赤い髪の女性で、発言やエプロンを着ていることから今まで料理をしていたようである。
「ああ、いただくよケイト……こっちは昨日話した新人の徹矢君、軽く自己紹介だけしてくれる?」
「わかったわ」
ロウの言葉にケイトと呼ばれた女性は徹矢の方へと近づき、話す。
「徹矢って言ったっけ? 私はケイト・レーテル、ケイトでいいわ」
「既に知っているみたいですけど上月徹矢です、好きに呼んでください」
「なら徹矢で、私はこのチームでは転生回廊内の生活におけるバックアップを担当しているわ」
「バックアップですか?」
「そ、必要な物資だったり知識だったりとか、ここでの生活で欲しいものやことがあれば私に言ってくれればいいわ」
あえて言葉として彼女の仕事を表すとするのならば調達屋というのが正しいだろう。
とある世界ではどうしようもなかった病がよその世界では一瞬で治すことができるといったように、世界が交わっているからこその情報や技術がある。
彼女の仕事は単なる物だけでなく、そういった知識や情報さえ調達し、チームに提供することを仕事としている。
「料理も仕事なんですか?」
「あ、これは趣味よ」
みんなのご飯を作るって意味では仕事なのかもしれないわね、とケイトは笑いながら続けた。
「ま、長く話しているとご飯も冷めちゃうし、先に食べましょ?」
そう言いながら、ケイトは広間にあったテーブルを手の甲で軽くたたいた。
その瞬間、何もなかったテーブルの上にパンであったりハムエッグであったりと朝食というべきラインナップの料理が突如出現していた。
「へ?」
「ケイトは転送系の能力者だよ、世界を越えるほどの能力じゃないけどこういうことは簡単なんだ」
その現象に目を見開く徹矢に、カイが補足を入れた。
あらかじめ用意していた料理を今の瞬間に転送したのであろう、自分の持っている能力と比較が難しいためその詳細を完全に理解することはできないが、それでも凄いと徹矢は素直に感じた。
「ま、感想諸々あるとは思うけどとりあえずは食べるとしよう、この世界じゃ空腹とかはないけど目の前にあれば食欲自体は出るものだし」
ロウの言葉の通り、先ほどのスポーツ飲料を除いて少なくとも一日近くは食べていないにも関わらず、空腹感といったものは感じていなかった。
とはいえそれは満腹感があるという訳でもなく普通に食事をとることはできるだろう、空腹感も満腹感も感じない、これがこの世界での常の状態なのだろうと徹矢は思うのであった。
そんな考察はともかくとして、料理が冷めてはいけないと徹矢たちは朝食に口をつけるのであった。
「……あ、美味しい」
「そうかい? 朝食だから手間はかかってないけど、そう言ってもらえると嬉しいね」
嬉しそうに笑うケイトに徹矢はもう一度美味しいですと告げてそのまま食事を再開する。
そんな徹矢にロウが一言。
「ぶっちゃけウチのメンツでまともに料理できるのはケイトだけなんだ、チームの財布も握っていたりするからケイトは色々な意味で逆らっちゃいけない人だぞ」
全員の食事に、調達屋としての性質上チームに必要なものは全てケイトを通す必要がある。
そのため、現在のこのチームはケイトを敵に回してしまうと身動きが取れなくなるほど重要な位置にいるのだ。
「……気をつけます」
「そうするといい」
言葉の意味を理解した徹矢は小さく呟き、その呟きを聞き取ったカイが深く頷くのであった。
それから朝食を食べ終えた後、一息を入れたところでロウが徹矢に言う。
「さてと、落ち着いたところだし……残りのメンバーとの顔合わせも終わらせようか」
「あ、お願いします」
会うことができるであろう残り二人、それがいったいどんな人物なのだろうかと徹矢は想像を膨らませながらロウの言葉に返事をする。
そんな様子を見ながら、しかしカイが動き出そうとしていた二人を止めた。
「待て、ロウに徹矢」
「ん?」
「なんですか?」
「どうやら、会いに行かなくても向こうから来たみたいだ」
カイの視線は広間の出入り口に向けられていて、そこから新たに二人の人物が姿を現していた。
「あちゃー、もう朝食終わったみたいだよ」
一人は長身の男性、茶髪で肩にかかるくらいの髪を後ろで束ねているその人物は失敗したと言った表情を浮かべながら徹矢たちのいる方へと向かってきている。
「だから昼夜ぶっ通しでゲームは危険……それよりも新人いるからしゃんとする」
もう一人は女性、青でウェーブのかかったセミロングの髪を持った女性は呆れたような表情を隣にいる彼に向け、徹矢に気づいたのか言いながら彼の腰を軽くたたいている。
叩かれた彼も徹矢の方を見て背筋を伸ばす、元々高い彼がそうすると余計に大きく見え、徹矢は若干の羨ましさを覚えながら彼の紹介を聞く。
「いきなりみっともないところを見せちゃったかな……俺は塚本亮二、運び屋だよ」
「貴方が……というよりもその名前」
ロウから聞いていた運び屋、そしてその彼の名前を聞いて徹矢は少しだけ目を見開いた。
自分にとっては馴染みの深い形式とでも言うべき名前であったから。
「多様な世界があれば似通った世界も多い、特に名前であったり乗り物であったりは似た形式のものが現れることはあるから、そこまで驚くことは無いよ」
そんな徹矢の驚きを正確に読み取ったのかロウが補足を入れる。
それで亮二と名乗った彼も理解したのか次いで口を開く。
「徹矢君だったっけ? 残念だけど君とはまた違う世界出身だよ、ロウに調べてもらったから間違いない」
「そうなんですか……っと、知っているみたいですけど一応、上月徹矢です、好きに呼んでください」
「なら徹矢と、俺のことも亮二と呼んでくれればいい」
亮二の差し出した手を徹矢は握り、握手を交わす。
その際に言われた言葉には徹矢としては苦笑で返すしかない。
「あはは……亮二さんで」
徹矢からすればここにいる全員、自分より年上であることは間違いないと徹矢は思っている。
にもかかわらず呼び捨てにするというのは本人の許可があっても徹矢としては難しいことであった。
「ま……気持ちはわかるけどな、それじゃあこれからよろしく」
亮二としても似たような思いはあったのだろう、多くは言わずに同じく苦笑を見せるのであった。
握手を終え、徹矢はもう一人の方へと視線を向けようとして、向いた先では鼻が触れ合うほどの場所まで彼女は接近していた。
「へ? うぉっ!?」
息のかかるような距離に顔があったことに徹矢は一瞬呆けたようにして、それから数歩後ろに仰け反るように後退した。
そんな徹矢の様子を見て、彼女は小さく笑う。
「ドッキリ大成功」
「ちょ……いきなりとか驚かさないでくださいよ」
満足げな様子を見せる彼女に徹矢は小さく文句を言う。
「ごめんね……けど、戦闘をメインにするなら気づかないのはダメ」
「うぐ」
謝罪と同時にまったくの正論を突き付けられて徹矢は二の句が継げなくなる。
危険がないことで緩んでいた部分もあるが、そういった点諸々合わせて徹矢の認識や能力が足りていなかった。
「彼女はルーテ・アリティアス、このチームでもう一人の戦闘員だよ」
「よろしく……えと、テツヤ」
「よろしくお願いします、ルーテさん」
握手を交わし、そのままルーテは徹矢をどこかへと引っ張っていく。
「え、あれ、ルーテさん?」
手を引かれたまま困惑する徹矢、思わず聞いた徹矢にルーテは振り向いて答える。
「地下、戦闘員ならどれくらいか見る」
端的な言葉ではあったが、地下には訓練用のスペースがあると聞いていた徹矢はおおよその趣旨を理解した。
とはいえ、理解したからと言って納得したとは限らない。
「あの……さすがに二日続けてボコボコにされるのは勘弁願いたいところなんですが」
「大丈夫、動きを見るだけで激しくはしない」
何一つ通用しなかったカンナとの戦い……カンナがこの世界でどれほどの力を持っている相手なのか、そしてルーテがどれほどの実力を持っている相手なのかはわからないが、昨日と同じような状態になることは想像に難くない。
それがわかっているだけに徹矢としても訓練になるとはいえ二日連続でそんな状態になるのは避けたかったのである、とはいえその願いを聞かれることはなかったのだが。
助けを求めるように徹矢はロウとカイを見るが、ほどほどにね、などと少なくとも止めるような様子は見せなかった。
「……ちょ、酷くないですか!?」
「頑張ってね、それが終わったら今日はもう自由にしていいから」
「必要なことだ……諦めろ」
「そんなぁ……」
「諦める、速くする」
ロウとカイの言葉を聞き、失意の表情を見せる徹矢であったが、そこでルーテが強く手を引き、半ば徹矢を引きずるように広間から連れ出して行ってしまう。
そんな様子を広間に残っていた四人はそれぞれ微妙な表情をしたまま見送るのであった。
それから三十分ほど後のこと、地下にある訓練場で徹矢は仰向けに倒れたまま動く様子はなかった。
呼吸により胸が上下しており生きていることは確実であったが、その表情は確実に死にかけていたのだった。
戦い始める前までは嫌がっていたものの、始まりさえすれば後は全力を持ってルーテに立ち向かっていった……そのなれの果てである。
「ぜぇ……はぁ……」
荒い呼吸を繰り返しながら徹矢は倒れたまま視線を少し左へと向ける、その先には立って徹矢を見下ろすルーテの姿。
徹矢とは違い疲労しているような様子はなく、そもそも汗の一つすら流していない。
その対照的な様子を見ているだけでも二人の実力の差というものが見受けられる。
実際、カンナ戦の時と同じように徹矢が全力で向かってまるで通用することがなかった。
能力を使っている素振りさえなく、完全に素の状態のまま徹矢の攻撃を全て躱していたのだ。
完全にカンナ戦の再現であり、しかしルーテは自分から仕掛けることがなかったため徹矢の状態はあの時に比べればよほどマシな状態と言えた。
ルーテが戦闘前に言っていたように動きを観察し、推し量ることを目的とした成果である。
「……素質は悪くない、経験と基礎的な力を積めば強くなる」
「……ありがとうございます」
現段階では徹矢は話にならないレベルと言えるだろう。
何一つ通用させられなかった以上は仕方がないのだが、将来性を考えれば決して悪くはないとルーテは思う。
少なくとも、普通の世界出身の素人であると考えれば十分すぎるほどだと彼女は称賛する。
「カンナと戦ったなら、問題点と改善点は聞いている?」
「ええ、主に思考や意識に関することを」
「そう……なら、私からそっちは言わない……とりあえず、経験を積んで技術を磨くこと」
普通の世界出身であれば、戦いのある世界に比べてしまえば比較にならないことなどわかりきっている。
そして徹矢の能力は完全に別物に作り変えた力であり、使い方はわかったとしても戦い方は徹矢が考えるしかないのだ。
つまるところ必要なのはやはり経験、自分の戦い方というものを積み上げていかなければならないとルーテは言うのであった。
「了解です」
反論するようなことではないしできることではない、徹矢はそれをしっかりと脳裏に刻み込むのであった。
仰向けに寝ていた徹矢もようやく動けるようになったのか、起き上がり身体の調子を確かめていく。
「今日はこれで終わり、私はしばらく予定がないから呼んでくれればいつでも手伝うわ」
「わかりました、ありがとうございます」
ウォッチに送られてきたルーテの連絡先を保存しながら徹矢は礼を言う。
ロウとカイの連絡先については既に入っているがケイトと亮二のものはまだ登録できていない、後で登録しなければと思いながら徹矢はウォッチから空間に表示されているウインドウを閉じる。
「さ、戻りましょ? たぶん、他のみんなは広間に残っているわ」
「ええ、そうさせてもらいます」
ルーテの手を借りて立ち上がり、二人は地下の訓練場から退出する。
そのまま元の広間へと向かえば、ルーテの言葉通り四人全員が広間で談笑を行っていた。
「お、おかえり、どうだった?」
「悪くないわ、育ててみたいと思わせるくらいには光がある」
戻ってきた二人にロウが気づいて聞いてみれば、ルーテからそのような答えが返ってきた。
その返答に感心したような声を上げる面々、それを見て徹矢は多少気恥ずかしくなって顔を赤くする。
「とはいえ、今はまだまだ戦力にはならないけど」
「そこは褒めるだけで終わらせましょうよ……」
しっかりと落ちをつけるルーテに徹矢は脱力してそう懇願する。
けれどルーテは慢心しないようにしているだけよ、などと微笑を浮かべて返すのだった。
正論であり徹矢は何も言えないが、その表情を見る限り本気半分からかい半分なのは理解できてしまい小さくため息を吐くことしかできなかった。
これ以上は不毛な会話になりそうだと徹矢は諦めて、とりあえず先ほど思い立った連絡先を教えてもらうためにケイトと亮二のもとへと足を進めるのだった。
「や、お疲れ様」
「初日に続き大変ね」
「そう思うならあの時止めてくれればよかったじゃないですか」
近づいてきた二人の慰めに徹矢は口をとがらせて文句を言う。
「カイも言っていたけど、必要なことだったからね」
「そうそう、どれくらいで戦力になるのか? 連携を行えるだけの能力なのか? 同僚として知っておかなければならないことはたくさんあるからね」
「そりゃわかりますけど……」
どういう意図があったのかということくらいは徹矢だって十二分に理解している。
しかし、実際に受けて疲弊した身としては文句の一つや二つは出てしまうものであった。
「ま、それはともかくとして、評価は良いようでよかったじゃないか」
「そうだね、ルーテは見込みがないならないってバッサリと言っちゃうタイプだから、あの言葉はお世辞とかじゃないから安心していいよ」
「ええ、そうさせていただきます」
それがルーテの本音であるのは徹矢もなんとなく感じていたのだが、ここでお墨付きをもらい少しだけ安堵する。
やはり才能がない等と言われればさすがに徹矢も傷ついたであろうから、その点に関しては非常に僥倖であったと徹矢は思う。
「あ、それでお二人から連絡先を聞こうと思っていたんですけど」
「ああ、そういえば忘れていたね……いいよ、ウォッチ出して」
「それじゃあ、これからよろしくね」
徹矢はウォッチからウインドウを表示させ、送られてきた二名の連絡先を登録する。
「ありがとうございます」
ウインドウを消し、二人にお礼を言う。
そんな徹矢たちのやり取りが終わったのを見てか、ロウが徹矢に声をかけてくる。
「徹矢君、今日はもう自由だけどこれからどうするつもり?」
「へ? ああ、そうですね……二日目ですし、この世界をちょっと見て回りたいと思います」
「そっか、案内はいる?」
「できるならお願いしてもいいですか?」
カイから参考になる資料は貰っているものの、さすがに見知らぬ土地を一人で歩くことは躊躇われた。
そう考えて徹矢が願えば、それならとロウが立とうとして……カイに止められた。
「お前はちょっと俺と話そうか」
「え、カイ……怖いんだけど?」
顔合わせが一段落したことを見計らってだろう、カイは忘れていないと言わんばかりにロウの腕を掴む。
掴まれたロウはと言えば、首筋に冷や汗を流しながら周囲に救いを求めるものの……誰一人として手を差し伸べない。
曰く、いつものことである。
「ほら、徹矢君の案内もあるし」
「昨日付き添いをした俺たちより、他のメンバーと行った方が親交になるだろう?」
言い訳染みた発言をバッサリと切ってカイはロウを連れて行く、その姿は先ほどの徹矢とルーテの姿を彷彿とさせるものであった。
行き先はおそらくは徹矢たちがさっきまでいた地下であろう、最後に救いを求めるようにロウが徹矢の方を見るが……。
「さっき、俺見捨てられましたよね?」
「素敵な回答ありがとうぅ……」
暗に助けないという意味を含ませての言葉にロウは様々な感情を含ませた表情でカイに引きずられていくのであった。
姿が見えなくなった後、実際見捨てて良かったものだろうかなどと徹矢が考えていると。
「気にすることはないよ、よく見る風景だから」
「そうなんですか?」
「そ、今回の発端は知らないけど、ロウの行動にカイとかルーテとかが連れて行くのは日常風景だから」
「どうせ、そこまで大したことじゃないんでしょ?」
「まあ、はい」
徹矢が思っている理由を簡単に話せば、まあそんなものだろうとケイトと亮二は言う。
「大げさにやってるけど、実際には小言を幾つか言うだけで終わるだろうね」
「たぶん、早くテツヤが馴染みやすいようにっていう配慮でしょ」
言われ、考えてみればごく自然に見捨てるという選択肢をしたと徹矢は思う。
その場でのノリか空気を読んで遠慮なく行動できたという点では確かに二人の行動は有効であったと言える。
「二人にはお礼を言わないと駄目ですね」
「というよりは、気安く接するのが一番感謝の気持ちだと思うわ」
「そうだね、かしこまられても俺たちが困るだけだし」
「……そっか、そうですね」
自分はこのチームの客ではなく一員としてここにいることになるのだから、他人行儀過ぎるのも問題かと徹矢は思う。
すぐには無理でも、打ち解けられるように努力しようとそう決意するのであった。
そして決意したのであれば当然行動をしなければならない、そのための一歩を徹矢は踏み出す。
「それじゃあ、どちらか案内していただけませんか?」
「そうだね……まあ、この世界の案内ならケイトが一番いいかな」
「ま、そうね……来たばっかりだし、使う使わないはともかくとしてつながりは多く持っていた方がいいわね」
調達を主とするケイトはチームの外に対しても顔がよく知られている。
周囲の案内程度の小さなことでも、他のメンバーに同行を頼むよりも交友関係が広がる可能性は高いと言えた。
「でしたらケイトさん、お願いしてもいいですか?」
「ええ、私で良ければつき合うわ……まあ、とりあえずこれは外さないといけないわね」
徹矢の頼みに快くケイトは応え、それから自分のつけていたエプロンを外して手元から消した。
おそらくは転送により自分の部屋ないし保管している場所に送ったのであろう。
「じゃ、すぐに行くのかしら?」
「ええ、お願いします」
大抵のものは自身のウォッチに収納されているため、ケイトの準備の時間はかなり短い。
エプロンを外したケイトはそのまま誘い、徹矢もそれに乗るのであった。
「じゃ、いってらっしゃい」
「はい」
見送る亮二に返事をして、ケイトについて行くように徹矢は外へと急ぐ。
「テツヤ」
それを止めるように今まで何も言わなかったルーテが徹矢に声をかけた。
徹矢は振り向き、何ですかと首をかしげる。
「ケイトに頼んで何か武器を用意してもらって……できれば近接と遠距離、両方とも」
「武器ですか……そうですね、わかりました」
相性次第で能力だけではどうしようもない場合というのは存在する。
そのためにも何かしら武器を持つ必要性はあり、そして徹矢は素人であるのだからそれは早い方が良いと考えていた。
それは当然徹矢もわかっていることではあったが、いかんせん普通の世界の出身であり武器というものに馴染みがなかったため反応はあまりよくない。
必要なことではあるので頷くが、何を使えばよいのか徹矢は非常に頭を悩ますのであった。
悩みは解決しない状態ではあったが、待たせてはいけないと徹矢は急ぎ足でケイトを追う。
「何かあったのかい?」
「いえ、ルーテさんに声を掛けられていただけですよ」
「ルーテに? なんて?」
「ケイトさんに頼んで武器を用意してもらえって」
「ああ、なるほど」
徹矢の返事にケイトは非常に納得のいったという顔をして頷いた。
徹矢の能力はチームメンバー全員が聞き及んでいる、それを考えれば武器の獲得は必須であったのだ。
「強化系の能力でもない限り素手より武器の方が強いからね、どんなのがいいとか聞いてる?」
「遠近両方としか聞いてないです」
「そっか、なら徹矢は何か希望ある?」
「武器なんて触ったことがないですから……正直何がいいのかなんて分かりませんね」
王道的なものを言うのであれば近距離は剣や槍、遠距離は弓や銃といったところであろう。
しかしいずれにしても徹矢が扱ったことがあるはずもなく、これだというものは徹矢の中にはなかった。
「そっか、まあ、色々見てからしましょうか」
ここで話していても決まらないだろうとケイトは考えて外へと歩き出す。
並んで歩く徹矢は周囲を見回しながらケイトについて行く。
「しっかし、今は時間的には朝なんですよね……いえ、そろそろ昼ですか」
「そうね、大抵の世界の人は戸惑うだろうね」
ロウやカイと歩いていたときの時刻が夜頃であるが、昼夜の概念がないこの世界では等しく魂の柱からの青い光のみ。
今が朝なのか夜なのか、そういったものが各々の手元にあるウォッチか自分の感覚でしか感じることができない。
ここへきて二日目ではあるが太陽が欲しいと徹矢は思うのであった。
「さて……ショートカットをしたいところだけど、徹矢は跳べる?」
「跳べるって……」
「こういうこと」
言葉と共にケイトの姿が消え、そして少し先にあるアパートのような建物の屋根の上に現れる。
ケイトはそこから徹矢を見下ろしながら手招きをする、それはつまり追ってこいとのこと。
「えー、いきなり常識から外れろって言うんですか……」
「ま、これも練習よ」
呟きに答えるように徹矢のウォッチからケイトの声が響いた。
確かにそうだと徹矢は苦笑しながら、そして言葉を紡ぐ。
「空間、展開!」
徹矢の足元に空間が展開され、跳ねた。
目標地点の高さも距離もカンナとの戦闘の時よりも遠い、一歩ではたどり着けない距離がそこにはある。
だからこそ徹矢は大きく息を吸って空中でもう一歩足を踏み出す、その足の先には新たな空間が展開されていて、空中で加速を行う。
「よ……っと」
戦闘中はできなかった連続移動。
焦ることがないこの状況なら使うことができると三度目の加速を行い、ケイトの隣へと着地する。
「お見事……まあ、とりあえず一回でできるようになるのが目標かな」
「厳しいこと言いますね……うぐ、足が」
簡単に言うケイトの言葉に徹矢は疲れた表情を浮かべるが、すぐにしゃがみこむ。
加速の衝撃をうまく逃がせず、足にダメージが来たようである。
「ほらほら、まだスタート地点よ……次はこっち」
ケイトの姿が消え、また少し先の建物にその姿を現す。
これを続けて先へと進むということだろう。
「ていうか……これ」
徹矢はそれに多少の呆れ顔を浮かべながら空間を展開し、跳ぶ。
二度、三度と加速を行い、最後には着地の衝撃を和らげる空間を展開してそれについて行く。
「案内って言えるのかな?」
「この辺りは居住区だから、商店街の辺りまではこれで行くわ」
「それってあとどれくらいですか?」
「そうね、五、六回続ければ大丈夫かしら」
「結構きついんですけど……」
戦闘時よりましとはいえ戦闘中にはできないことをやっているのだから負担は大きい。
できないわけではないが、疲れることは間違いないと徹矢はため息交じりに脱力する。
「頑張りなさい、男の子でしょ?」
「一応、生前は子って年齢じゃないんですけどね」
「ここじゃ十分子どもの年齢よ」
「そうでしょう……ね」
話しながらも移動は続けられ、三度目の着地を行う。
未だ着地の衝撃は残るものの、それでも空間を展開したことによりその衝撃は一度目に比べ非常に小さくなっている。
すぐに立ち上がる徹矢を見てケイトも小さく微笑みを浮かべる。
「あれ……ケイトじゃないか」
そんな二人に対して上から声が降ってきて、それと同時に二人の近くに男性が着地した。
「トーラ」
ケイトが男性を見て小さく名前らしきものを呟く。
男性、トーラは顔を上げてケイトに笑いかけた。
「よう、久々」
「そうね、貴方が動いてるってことはまたどこかへ転移の予定?」
「そうなんだよ……って、こっちの彼は?」
トーラはケイトの疑問に頷き、それから徹矢を見て驚きと怪訝の混ざったような表情をする。
「彼は新しいメンバーの上月徹矢」
「あ、どうも」
「へぇ、新メンバーか」
ケイトの紹介に軽く頭を下げる徹矢、その様子を見てトーラが声を上げる。
その表情は驚嘆と羨望。
「ウチもたまには新メンバーが欲しいところだよ……ここ十年ほどは縁が巡ってきてない」
「そりゃあご愁傷様ね……っと、私たちだけで話すのもあれね」
「そうだな……俺はトーラ・リクセン、君の所のケイトと同じ調達屋だ」
「よろしくお願いします」
軽い握手を交わし、トーラが笑う。
「中々良い奴そうじゃないか、ケイトについているなら調達屋か?」
「いや、彼は戦闘だよ、今日は街の案内」
ケイトの答えにトーラが口笛を吹き、驚いた表情で徹矢を見る。
「戦闘!? へぇ、見た感じ普通の世界出身みたいだし、その上で馬鹿じゃなさそうだし珍しいな」
「あはは……どうも」
「いいね、何かあったら声をかけてよ、力になるからさ……さて、じゃあ俺は行くから」
トーラは軽く徹矢の肩を叩き、二人から背を向けてその場から跳び出した。
それを二人で見送っていると、ケイトが小さく笑いだした。
「よかったじゃない、気に入られたみたいよ」
「あれだけでですか?」
「君のように真っ直ぐな人が好きなんだよ彼は、それも馬鹿じゃないならなおさら」
「真っ直ぐって……そんなのわかるもんじゃ」
「瞳を見ればわかるよ、濁っていない綺麗な瞳を見ればね」
小さく笑ったまま、ケイトが次の場所へと転移する。
それに徹矢は自分はそんなにわかりやすいのかなと疑問を浮かべながらそれについて行く。
「それに、私やレンがいるチームだからね、ある程度信用はされているつもり」
「そうですか……っと」
話しながら、着地に失敗して後ろに倒れこみそうになる。
それをどうにか持ち直し一息をつく、その頃にはケイトは次の場所へと転移をしていて、徹矢は慌ててケイトを追っていく。
そんなことをあと数度続けている内に、建物の上から普通の道へと着地場所が変わっていた。
「地面……ってことは」
「そ」
ケイトが徹矢を振り返る。
その後ろでは賑やかな声や音が響いていて、ここが目的の場所であると強く告げていた。
「ここが商店街……さ、案内を続けましょう」
そう言って、ケイトは徹矢に向かって笑いかけるのであった。