[7] 精霊の守護
「じゃあ、自分のせいだと思っていたんだね」
「うん、だからオレが悪いんだ。オレのせいで……うわあぁぁぁん」
ヒラは、全て話して安心したのか胸にすがりつき号泣するルードを抱きしめ、そっと背中を撫でた。
「今まで一人で辛かったね。心細かったね」
ヒラの言葉に、更に声をあげて号泣する。
ルードが今まで抱えていたものを涙と共に全部絞り出した頃には、まさに日が落ちるところで周囲が薄暗く深い紫色に染まっていた。
「あらまずい、もう戻らなきゃ叱られてしまう」
「ヒラが叱られる、の?」
時々しゃくりあげる程度に落ち着いたルードが、涙と鼻水にまみれた顔をあげた。
「日が落ちる前には戻る約束してたから。眼鏡の殿下、怒ったら怖そうだったな」
「眼鏡? サリ兄様は…怒ったら本当に怖いよ」
「ほんとに? じゃあ急いで戻らなきゃ。ただひとつお願いがあるの。ルーも一緒に来てくれない?王太子殿下のところに」
「オレがラス兄様のところに?」
「うん。大丈夫、今回はルーはちっとも悪くないんだから。しいていえば、悪いのは信じなかった皆と精霊かな」
ルードが不安そうな表情を浮かべたので、ヒラは安心させるように抱きしめる。
頭ひとつとは言わないがヒラよりいくぶん背の低いルードは、ヒラの肩に泣いたせいなのと照れて赤い顔を押しつけた。
「それに、ルーもこのままだと嫌でしょ? 殿下に起きてもらって、そしてルーの言っていることが本当だと知ってもらわなくちゃ。その殿下に起きてもらうにはルーの力が必要なの」
「オレの力……」
「そう。手伝ってくれる?」
「うん、わかった」
「じゃあ、その顔を拭いたら行こう」
「遅いですよ、日が落ちるまでにと言ったでしょう」
「おまたせしてすみません、殿下。思ったより少し手間どってしまって。」
一同の待つ部屋に転移したヒラを迎えたのは眼鏡ごしの険呑な視線だった。
身震いしたヒラが思わず目をそらした先には、宮廷魔術師長がひげをひねりあげながら薄笑いを浮かべていた。
「ずいぶん長い散歩だったのだな。逃げ出したのかと思ったぞ。それで、王太子殿下を目覚めさせる方策が思いつけたのか?まあ、散歩ぐらいで思いつけるようなことなら、わしらでもなんとかなるがな」
バートラムの憎まれ口に、ヒラはにっこり微笑んで答える。
「お陰様で、時間をかけた甲斐がありました。解決する鍵をみつけました」
「なんだと、そんな簡単に見つかるはずがない」
「ほら、そんな怖い声を出さないでください。皆さんご紹介しましょう。って私よりよくご存じかと思いますが……ほら、出ていらっしゃい」
ヒラが後ろにまわした手を引くと、ヒラの胸から裾にかけてふわりと広がる白いローブの後ろに隠れていたルードが、おずおずと現れた。
「ルー!」
「ルード様ではないですか」
「殿下、夕食前のお勉強の時間のはずですよ。もしやまた庭へ?」
「や、やあサリ兄様、みんな」
「皆さん落ち着いてください。王太子殿下を目覚めさせるには、ルー……ド殿下のご協力が必要なんですから」
「おい、ヒラ。オレのことはルーでいいといったろ?」
ルードがヒラの手を引っ張りヒラの話を遮った。
「今は話が面倒になるからやめておきましょう。王子であれば分かるでしょう?」
「うん、わかった。でも二人の時はルーって呼ぶんだぞ」
「ヒラ殿、ルー、二人で何をこそこそ話してるんですか?」
「あ、いえサズリー殿下、こちらの話です。えっと、王太子が昏睡されている原因が分かりました」
「精霊のせいだと言っていましたよね?」
「ええ、精霊の力によるものですが、昏睡の原因は王太子殿下自身です。そしてあなたがたもその原因の一つ。ルード殿下は要因といったところでしょうか」
「それはどういう意味ですか?」
「皆さんは、ルード殿下が人の目に見えないものを視ることができるのをご存じですね?皆さんはそれを幽霊だろうとおっしゃっていた」
「あれは子どものたわごとに合わせたまで。まさかあなたも本気で幽霊の存在を信じるのですか?」
幽霊という言葉に、後ろに控える臣下らは気まずそうな表情を浮かべた。
サズリーだけは、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。
その様子に、ルードは怯えるようにヒラの後ろに隠れようとしたが、ヒラはさせなかった。ルードの肩を抱き、自分の前へと押し出す。
「幽霊の存在の有無は置いておいて、確かなのは、殿下が視ていたのは幽霊ではないことです。それはまごうことなく精霊ですよ」
「馬鹿な!」
「王家の方は精霊の守護を持つ血を引くのですから可能性を考えなかったのですか? それを幽霊だなんて、精霊も怒っちゃいますよ」
「いくらルード殿下が精霊の守護を受けた血をもつとはいえ、精霊の姿が見ることが出来たのは直接守護を受けた始祖とその直系数代だと言われておる。もはやただの伝説となった話を利用して、自分の力が至らないのをごまかそうとは狡猾な。カザン殿も弟子を見る目はなかったようだな。素直に出来ないなら出来ないと白状すればいいのだ」
「バートラム殿、あなたは少し黙っていなさい」
いちいちヒラに大きい声で反応する魔術師長は、サズリーに睨まれあわてて黙って後ろに下がった。
(カザン様、もうちょっといい後任はいなかったんですか……)
ヒラは天を仰ぎ師匠に恨み言をぶつけたいのをぐっとこらえる。
「ヒラ、確かに始祖伝にはそういう記述がありますが、私達兄弟も父も祖父も、現存するここ六代分の記録には精霊が視えるという話を見たことはありません。それに精霊の姿は実際に術で呼び出したことのあるバートラム殿達魔術師らも、姿が全く違うと否定しています」
「通常精霊が視えるのは、呼び出した時や精霊が意図した時だけ。しかも具現化した姿でなければ視ることができません。ですがルード殿下が視ているものもまた精霊の姿、いえこちらのほうが本来の姿なのです」
「そんなまさか、精霊のそのようなことを、なぜあなたに分かるのです」
「それは、私はルード殿下と同じように精霊を視ることができるからですよ。あと、カザン様のように声を聴くことも出来ます」
「ではヒラ、あなたもカザンと同じ精霊の加護を受けているのですか」
「ええ、殿下。私のはカザン様とはもう少し違う加護なのですが、それについてはまた別の機会にでも。ともかくこのルード殿下の力は、精霊の祝福を得た始祖の末裔であれば起こる可能性があったことです。でもそれは偶然がいくつも重なって至った結果。誰も気付かなくても仕方のないことです。カザン様でさえも、恐らく王太子が倒れた時に始めて気付かれたはずです」