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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第1章:魔術師の弟子と王子様
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[6] 兄と弟

 10日前、ルードは奥宮を挟んで庭と対になっている演習場で、長兄のカラスリートから剣の稽古を受けていた。

 そこは普段王族の親衛隊達が鍛錬する場所だが、その時間は王子達二人だけの貸し切りだった。

 兄のつける稽古は厳しいが、王太子として忙しい中で末弟の為に作ってくれている大切な時間だ。

 日々の練習の成果を、自分の力を認めてもらいたい一心で、ルードは両手で握った練習用の剣を振り上げ渾身の力でたたき込む。だがすぐに長兄の片手で握る剣になぎ払われて、身体ごと飛ばされてしまうのはいつものことだった。

 問題は、この後どう動くか。


 立ち上がるとみせかけ、とっさに身を低くして走りだし剣を上に払う。

 ガンッという高い音がし、兄の腕が剣と共に上にあがった。

そこをすかさず剣を振り上げ降ろそうとしたところ、手の中の剣をはじき飛ばされた。


「まだ甘い、そこは突きでいくんだ。振り上げたらその分だけ相手に時間を与えるのだぞ」


「はっ、はいっ」


「だが僕の剣を跳ね上げたあの一撃までの動きはよかったぞ」


「ありがとうございます、ラス兄様」


「じゃあ次いくぞ」


「はい、お願いします!」


 二人は再び剣を交える。

 カラスリートは今度は剣の振りを小さくし攻めていく。


「いいぞ、もっとこい」


「ええいっ!やっ!」


 それを何度繰り返しただろう。

 何度も剣や身体を飛ばされて小さな擦り傷が増えていく。

 だが、ルードはそれを気にとめることなく、汗を小さい拳でぬぐっては果敢に兄に挑んでいった。


 腕の力を込める度に声を発し、演習場には金属のぶつかる鈍い音とかけ声が響き続けた。

 ところが、それが20回目を越えた時、急にルードが立ち止まった為にカラスリートの容赦ない一撃が壁際までルードを弾き飛ばした。

 そしてカラスリートの怒号が響く。


「ルー、何をやってるるんだ!」


「いえその…ごめんなさい」


「戦場だったら、お前の命はもうないんだぞ!」


「はい、すみません」


「で、今のはどうした。どこか傷めたのか?」


 急に様子のおかしくなった弟を心配し、カラスリートはかけよると膝をついてルードの顔をのぞきこんだ。

 だが、ルードの視線はカラスリート以外を追っている。


「おい、ルー。もしかしてまだ幽霊だっていうのか?」


 ルードの目には、先ほど二人が剣を交えてた時にいきなり間にあらわれルードの手を止めさせた原因となった光球が、不規則な直線的な動きで兄を威嚇するように飛ぶ姿が視えていた。

 言いよどむルーにカラスリートは厳しく言った。


「幽霊なんていないんだ。しっかりしろ!お前は王子としてこれから国を支え僕を支える大事な存在だ。そんなものに心を乱されるな。ちゃんと僕を見て打ち込め」


「オレだってまじめにやってるのに。オレが悪いんじゃないよ、やつらが邪魔したんだもん」


「ルー! いい加減にしないか」


「なんだよ、なんでオレのいうこと信じてくれないんだよ」


「お前のことは信じてるさ、だが幽霊なんていないんだ。幽霊を言い訳にせず、練習に集中しろ」


「もういい、ラス兄様なんて嫌い!」


 話が噛み合わないことに苛立ったルードは、そのまま演習場から走り去った。

 奥宮の廊下を抜け、庭に出るといつものお気に入りの場所へ向かう。

 この木にいると、不思議と幽霊が出てこなかった。いや、一度だけ出てきたことがあったかもしれないが覚えていない。

 ともかく、ルードにとって落ち着ける唯一の場所だった。

 ごつごつした幹に涙の跡が残る頬を押しあて、理解しようとしてくれない兄に憤る心をなだめた。


 王妃はルードの本当の母ではない。ルードだけ別に生みの母がおり、影で色々言われているのを知っている。

 それでも血のつながりのない母は兄達と分け隔てなく接してくれるし、半分だけ血の繋がった兄達も末の弟を心から可愛がってくれていた。

 だが、侍女達や臣下の者達の目、一人異質な黒い髪が、彼を孤独へと追いやっていた。

 その孤独への決定打が、彼だけに視える「幽霊」だった。


 しかもその幽霊は時々イタズラをする。

 モノを動かしたり、水をこぼしたり、それがその場にいたルードのせいになる。もちろん、見えない何かに反応したルードも変な目で見られてしまう。

 夜中にあたりをただよう幽霊が怖くてトイレにいけず、何度おねしょをしたこともあった。その度に、乳母におしおきといってつねられるなどしつけという折檻を受けた。

時々幽霊に気を取られているルードを、教師達は注意散漫だと叱り、侍女たちは気味悪いもののように扱かった。

 

 そんな彼の心のよりどころは、尊敬する三人の兄達だった。

 三人ともそれぞれ優れたものを持っていてルードの憧れであり、ルードを可愛がって愛してくれる兄達。

 だが、彼等もルードが視る「幽霊」のことは本気で信じてくれなかった。

 一番好きな次兄のアルサスだけは、信じていないもののお前も大変だなと同情してくれ、遠出をする度に色々な魔除けだのおまじないグッズを買ってきてくれた。

 下の兄サズリーは、ルードが普通の子どもより夢見がちな想像力がたくましいだけだと、怯えるルードを相手にてくれなかった。

 そして長兄であるカラスリートは持ち前の正義感から、幽霊の存在を否定してルードを現実に引き戻そうとした。

 だが、ルードにとっては、幽霊がとびまわっているのが現実なのだ。


 ぎゅっと目を閉じてもあふれる涙が頬を伝い幹を塗らす。

 いつもルードのことを信じていると言いながらも、肝心なことを信じてくれない長兄への苛立ちが再燃したルードは、握りしめた拳を幹にうちつけた。


「ラス兄様なんて嫌い嫌い!いつもオレのことを信じてるって言うくせに、全然信じてくれない兄様なんていらない!」


 そう声に出して叫んだ途端、木がざわりと揺れ、肌をちりっと焼く感覚がルード全身を襲った。

 あわてて目をあけてみわたすが、いつも通り楡の木はおだやかに葉をゆらしていた。



 だがその頃、王宮内では穏やかではない出来事が起こっていた。


 『王太子が王宮内で倒れた』


 そのことは密やかに関係者に伝えられ対処された為、ルードがこのことを知らされたのは、夜になってからだった。

 練習に付き合ってくれた時はあれほど元気だったのに、いつも多忙だったから疲れが出たのか、それとも病なのか。

 心配で胸がはちきれそうになりながら兄の見舞いに部屋にかけつけると、兄の眠るベッドの上には幽霊が沢山漂い、あの時の肌を焦がすチリリとしたものを感じた。


(オレが、オレが兄様なんていらないって言ったから、幽霊がやったの?どうしよう、オレのせいだ!)


 血の気が引き、幽霊が幽霊がとつぶやくルードはショックを受けたせいだと思われ、部屋に連れ戻された。

 それから三日ほど熱を出して寝込んだが、回復してもまだ兄の意識は戻らず、ルードは部屋に籠もっているか、そうでない時は庭の木の上で過ごした。

 他の兄達もルードに近い者達も王太子の大事に気を取られ、誰も彼の抱える問題に気を止めていなかった。

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