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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第1章:魔術師の弟子と王子様
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[4] 樹上の少年

 庭園の入り口の一つである薔薇のアーチの前に出現したヒラは、小さな村1つ分ほどの規模を持つ庭園に目を見張った。

 奥に何種類もの広葉樹を茂らせ、そこから流れる小さな小川を中心に手前には手入れの行き届いた植え込みが並ぶ。


(ここの雰囲気はオルフの森に少し似てるわ。人の手でだけど健やかに育っていて、精霊達が喜んでるからかな。きっといい庭師がいるのね)


 ヒラは森の様に広がる奥の木立に向かってゆっくり進んでいった。

 芝が敷き詰められた広場や、木立の影にひっそり佇む異国情緒のある東屋、季節の花々がさきみだれる花壇。

 様々な趣向がこらされたこの庭は、王宮から気軽に出られない王族が身体を動かす解放の場、そして自然を愛でて癒される密やかな憩いの場となっているのだろう。


 迷いのない足取りは、目指す先のモノに確信があったわけではない。

 彼女の鼻先を、昼間の蛍のように輝く白い光の球、そよ風の精霊達が飛び回り誘っていたからだ。

 導きのままに、ヒラは花園を抜け深い林に踏み入った。


 どれも樹齢が200年以上はあるだろうか、両腕で抱えきれない太さの木々が並ぶ。

 そんな中1本だけとても太い、オルフの森では普通に見かけた楡の古木があった。

 風の精霊達はその幹をぐるっと一回りすると、かき消える。


 ヒラが見上げれば、四方八方に太い枝が伸びて葉が茂り、まるで緑のドームだ。

 そのはるか上の幹の側に、赤色がちらりと揺れた。

 よく見れば、白いシャツとズボンに赤い上衣を着た子どもが枝にまたがり幹にもたれていた。


「おーい、そこのキミ!」


 試しに叫んでみると、黒い髪にふちどられた顔がひょいと下をのぞいた。


「ねえ、降りてきてくれない? って危ないっ」


 ボスッと音を立てて、ヒラのすぐ横を皮靴が落ち地面を削る。


「用があるならここまで来ればいい。ついでにその靴も持ってこい」


 子どもらしい高い声だが、ずいぶん偉そうな物言いだ。

 ヒラは溜息をつくと皮靴の土を払って懐に入れ、幹に手をかけた。

 ヒラにとって木登りは慣れたものだ。森で薬の材料を探したり果物をとるために、魔法を使い慣れるまでは自分の手足を使って登っていた。


 頭の上にある瘤に手をかけ、幹皮の凹凸につま先をひっかけると、勢いをつけて伸び上がり、一番下の枝に手をかけぶら下がった。そのまま身体を懸垂の要領で持ち上げる。後は、枝伝いに登っていけばいい。

 あっという間にヒラは子どもの座る一つ下の枝までたどりついた。

 ヒラを見下ろす、10才くらいの勝ち気な青い瞳で黒髪の少年は、その目を大きく開き驚きの声をあげた。


「お前、木登り上手いな。女みたいな顔をしてるくせに」


「女よ」


「女なのに木に登れるなんて変だ。女は木に登らないものだ」


「普通、王宮で木登りのできる女性はいないでしょうね」


「それに見ない顔だな。知ってるのか?この森は王族以外は一人で入っちゃいけないんだぞ。庭番のドリ爺はいいけど」


「キミはいいの?」


「オレは…」


「キミも私と一緒で内緒のくちね。私の名前はヒラ。キミは?」


「…ルーだ」


「私は今日始めて王宮に来たの。こんな綺麗なお庭は初めてで、色々見てたら迷っちゃって」


「ふーん。木に登れるのに、どんくさいやつだな」


 ルーと名乗る少年は鼻で笑った。

 警戒してる様子はあるが、それ以上にヒラに対する興味が勝ってる様子がみてとれる。


「この木はいいね。私の住んでいる森にもこんな木があってね。リスの家族が住む洞があって、あと上のほうにはカケスの巣もあるのよ」


「森?」


「うん。この木みたいに大きな木が沢山ある森。動物や虫が沢山いるの。すごく静かでいいところよ」


「いいな、オレも森に行ってみたい。もう少し大きくなったら兄上達が狩に連れていってくれるんだ。この庭も好きだけど、動物は鳥くらいしかいなくてつまんない。この木の高いところに登るのは楽しいけど」


「そっか。もしかしてこの木はルーの秘密の場所なのね」


「うん。だから誰にも言っちゃだめだぞ」


「はいはい」


「ところで、ヒラって何しに森を出て王宮に来たのか? ブスじゃないから侍女になりに?」


 少しづつ気を許してきてるのか、笑みを見せるようになったルーにヒラは優しく微笑みかけた。


「精霊に呼ばれてきたの」


 途端に、ルーは身を固くした。

 長いまつげを神経質に上下させ、唾を飲む音が聞こえてくるような様子にヒラは困った顔を浮かべる。


「せいれい?」


「そう、精霊。ごめんね、迷ったなんて嘘。精霊があなたに会ってって連れてきてくれたの」


「嘘だ、嘘だ、精霊って目に視えないもんなんだよ」


「私は精霊が視えて意志を通じることも出来る。もしかしてルーも何か目に見えないものが視えるんじゃないの?」


「嘘だ! そんなの知らないよ。僕は普通の子だもん、何も視えないもん!」


「じゃあ、これは?」


 ヒラが手の平を幹に当てると、その周囲から薄緑の小さな光球が飛び出しふわふわと飛び回った。

 ルーは驚いて声をあげ、思わず身体を預けていた幹から背と手を離した。


「わっ、こっちくるな!やだっ、うわあっ」


「おっと、きゃっ、暴れないで」


 光球がルーの周囲を嬉しそうに飛び回りまとわりつく。それを無我夢中で手で追い払おうと振り回すうちに、バランスを崩し後ろにくずした。

 あわててヒラが受け止めるが、いくら子どもといっても10歳といってもヒラより少し小柄な少年だ。細腕で支えきれるはずもないし、だいいち枝の上で足場が悪い。

 手足をばたつかせるルーになす術も無く、ヒラも一緒に落下してしまった。

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