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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第1章:魔術師の弟子と王子様
3/18

[1] 王宮

「これは、きっついなあ」


「大丈夫ですか?ヒラさん」


「こんなに人の多い所は久しぶりすぎて、人の気にあてられたみたい」


「あともう少しで王宮ですが、耐えられそうですか?」


「うーん、たぶん大丈夫」


 森を出て2日目の昼過ぎに、一行は王都に入った。

 夜通し走り続けていたが、馬の背に乗るのは初めてというヒラに気を遣って、それでも無理の少ない行程だった。

 ヒラは必死で前に乗る騎士リントにしがみつき、なんとかここまで来たものの、賑やかな都の市街地に入った途端、急に彼の腰に抱きつく手に必死さがこもった。リントはその様子に心配し、時折後ろを振り向く。

 

(この騎士さんいい人だな。それに比べてあの偉そうな王子、ちっともこっちを振り向きもしないでさっさと進んじゃって……)


 ヒラは具合の悪さからの苛立ちからつい前に剣呑な目を前に向けた。

 その前方では、王子が栗毛の馬にまたがり長身の背を伸ばし濃いブラウンの髪と濃紺のマントを靡かせ、颯爽と進んでいる。

 ヒラはその姿にしばし見入っていたが、我にかえると気力を振り絞り外界の影響を受けないよう神経を自分の内に集中させた。


 ヒラが魔術に必要な魔力に目覚めたのはカザンのもとにきてからで、それ以来森を出たことがなかった。

 魔力に目覚めると今までになかった感覚が目覚め、他者の持つ魔力だけでなく、生き物自体が発する生気のようなものを感じられるようになる。

 森の動物と精霊、そして人間はカザンだけという環境から、動物達より数段気が濃い人間の集合体、しかも王都という数十万もの人の気がうずまく所に来たのだ。

 彼女は疲労のピークに達する中、砂漠を渡る熱風のような生気にあてられつつその感覚をコントロールしようと必死で戦っていた。




 王宮の奥の小さいが豪奢な内装の部屋に通されたヒラは、窓際に置かれたソファーに横たわり、侍女に水を浸した布を額にあててもらっていた。

 王宮に無事着いたもののすっかり青息吐息な彼女を馬からここまで抱いて運んだリントは、報告があるからと騎士隊の隊舎へと戻った。

 お陰で、残されたアルサスが腕を組み呆れたように見下ろしている。

二日間背にしがみつきほとんど共にいたせいか、リントと離れたことで母鳥に置き去りにされた雛のような寂しさを覚えた。


「おい弟子、そんなやわでこれから大丈夫なのかよ」


「すみません。人の気に酔わないよう集中してたら、馬に酔っちゃって……ううっ」


「これだから魔術師は軟弱なんだ。冷たい飲み物を持ってこさせよう」


「それはどうも、助かります」


「でも、魔術師ならここまで来るもっと楽な方法があったんじゃないか? 無理して馬に乗らなくてもよかったろうに」


「もちろん魔術でいくつか方法はありますよ。でもせっかくですから、少しでも地上から沢山見ておきたかったのです」


「何をだ?」


「この国をです。村を、街を、都を、そして国民を」


「そうか、で、どうだった?」


「実り豊かな土地で民の気も明るくいい国ですね。ただ、これが国として熟れた姿なのか、瑞々しくまだ青い果実なのか掴みかねています」


「あははは、これは面白い。400年を越え、大陸一の大国となって栄華を誇るこの国を青い果実とは」


「ではこれが熟れた姿であとは腐れ落ちるだけと?」


「小娘が、国を侮辱するようなめったなことを口にするでないぞ」


 ヒラの言葉に、アルサスの声は怒気をはらんだ。


「失礼を。田舎者のたわごとと聞き流してください」


「もういい、しばし休め。父がいらした時に無礼な姿を見せぬようにな」



 荒々しく扉を閉めて出ていったアルサスと入れ違いに侍女が入ってきた。

 彼女が運んできた水に柑橘の輪切りを浮かべた杯を受け取り、少しづつ口に含む。

 本当なら持参した薬を呑めばすぐに直るのだが、王宮の中に怪しげなものは持ち込めないと、ヒラに割り当てられる予定の別棟の宿舎へと運ばれてしまった。


(せめて普通の水が欲しかったんだけど、まあいっか)


 杯を飲み干すと改めて横になり、目を閉じる。手の平を下腹部に当てて呼吸を整えた。

 飲んだばかりの水が吸収され体内に染み渡るのに重ねて魔力を流し込み、馬上の疲れと大衆の気を受け巡りが悪くなっていた身体の気の巡りを助けてやる。

 少しすると、冷えきっていた手足が次第に温かさを取り戻した。


「ヒラ様、ご無理をしてはなりません」


 ヒラが身体を起こすと、側に控えていた侍女が押しとどめようとかけよった。


「もう平気だから。それにそろそろ陛下がいらっしゃるのでしょう? このまま横になってたら絶対寝てしまうから。私って寝起きが悪くて」


「まあっ、うふふ」


 ずっと緊張した面持ちだった侍女が初めて笑った。

 それを見て、やはり緊張しているヒラの心も少しほぐれた。


「ねえ、私の格好っておかしくないかな? その、陛下にお会いするのに失礼にならない?」


「そうですわね。魔術師の皆さんはいつもローブ姿ですから心配ありませんよ。それに白いローブって素敵ですわ。宮廷魔術師の方達って灰色だの茶色や黒だの深緑だの、陰気な色ばかりで……」


「あはは、陰気な色か。言われてみれば確かにそうかも。あなたって面白いね。えっと、アルマさんよね」


「アルマとお呼びください。魔術師の方で、陛下の客人でいらっしゃるのですから」


「じゃあ、私のことはヒラで」


「いけませんわ。こういう場所で下のものに馴れ馴れしくされている姿を見せては侮られてしまいますわ。ここは特に怖いとこなんですから」


「わかった。気をつけるよ、ありがとう」


「いえそんな。私ったら差し出がましいことを申し上げてしまって」


 一人頬を赤らめ首を振る二十代半ばくらいに見えるアルマをヒラが好ましくみていると、いきなりドアが強く叩かれ、男の太い声が響いた。


「陛下がお越しです」


 アルマはあわててヒラの後ろで低く膝を折り、ヒラは立ち上がりローブの裾を直した。

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