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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第2章:宮廷魔術師と王子様
17/18

[7] 露見

 泣きつかれて寝てしまったメリンが、時々しゃくりあげながらも掠れた寝息を漏らす。

 まだ十五、六歳くらいか、幼さが残るこの栗毛の少女を巻き込んでしまったことへの罪悪感もあり、ヒラはこの子も他の少女も無事助けなくてはと気を引き締めた。

 そして馬車の揺れに身を任せながら、変更をよぎなくされた計画の一部を練り直していた。


 馬車はかなり長い間走っているように思えた。

 縛られたままのヒラは、前方の窓から見える小さな額に閉じ込まれたような夜空を眺める。


(だいたい北東に向かってる。ということは小さい森に湖があったはずだから王子達が睨んだ通り、どこかの貴族の別荘か。問題はそのどれなのかよね)


 星空のほんの一部しか見えないが、それでもヒラにはだいたいの馬の進む方向が分かった。

 占術を使う魔術師や狩人や漁師達が星を見る時の起点「天中星」の北にある「三連星」から、その東寄りににある、周囲の星の中では弱々しい光だが赤く輝く「炎星」へと結ぶ方角に進んでいる。


 カザンに拾われたばかりの頃、ここがどこかも分からず言葉も通じないことが辛くて、夜になると空を見上げ遥か遠い故郷を想い毎晩泣いていた。

 そこでカザンに勧められたのが、星と月のスケッチだった。

 毎晩決まった時間に夜空の様子を記録する。

 『夏休み』の宿題で星の動きを記録したのを思い出しながら、どこかに故郷の見知った星があるのではないかと希望を持ちながら懸命に記録し続けた。

 なんとなしに見上げれば、文字通り満天の星空なのに、物語が好きで人よりよく覚えた『星座』にあてはまる覚えのある星はひとつもなく、ここが本当に見知らぬ『世界』だということ思い知らされた。

 最初は突き付けられた現実にショックを受け、書き留められた星が涙で滲んだ。同時に季節や時間、位置の出し方から方角が分かるようになった。

 そのうちに文字の勉強の教材の一つだった神話の本を読んで、自分で星座を考えたりするうちにこの世界の夜空を見て故郷を想うことも少なくなった。

 天気が悪い夜は、植物図鑑を端から複写させられたが、それも嫌ではなかった。

 お陰で、身体一つでこの世界に放り出された自分が、こうしてこの世界で生きていけている。

 ヒラはカザンに感謝しつつ、思考を当面の問題に戻した。


 この国の貴族達は、夏を水辺や高原の避暑地で過ごす。

 特に首都から馬車で半日で行ける湖は、昔から保養地として建てられた数々の立派な別荘が立ち並ぶが、今はシーズンオフで地元の人間以外の出入りは少ない。

 それにここは貴族所有の別荘地。怪しげな者達が出入りしても、貴族に関わることを詮索するような者はいない。

 アル達は、ここを赤い狐の隠れ家の候補地の一つとしてあげていたが、確証がないのに貴族の持ち物を捜索することが出来ず、手をつけられないでいたらしい。


(予想の範疇だったのは喜ばしいけど、アル様達はあれに気付いてくれたかな。もし気付いてくれていなかったら私一人でなんとかしなきゃならないよね……)


 ヒラの役目は、隠れ家の特定と、令嬢達がそこにいるかどうか確認すること。

 このままうまく令嬢だと騙せれば、簡単に果たせるはずだった。

 ただ、賊を制圧しなければならないとなると話しは別だ。

 いくら魔術を使い精霊の娘と呼ばれても、人と戦かった経験のない彼女にとって、それは大きな不安要素だった。


 ヒラの想像通り、馬車は森の端に添ってすすみ湖へと出た。

 風の匂いが変わり、湖に着いたのだと理解したのと同時に、水の精霊が淡く青い光となって踊るように車内に入ってきた。

 ヒラの周りを物珍しそうに近寄ったり離れたりしながら飛び回る。

 そのコミカルな様子に、思わず笑ってしまうと、胸の中に積もっていた不安が

 

 馬車は左右に2度曲がった後、急に路面の状態がよくなった場所を走った末に乱暴に止まった。


「いや、こないでっ」


 馬車の中に入ってきたのは、拉致した二人の男とは違う巨漢だった。

 メリンが恐怖から悲鳴をあげて暴れるが、男達は声が辺りに響くことを気にもせず、彼女を強引に担ぐ。

 そして空いた手で恐怖で呆然とした風なヒラを抱えると、無言のまま外に連れ出した。


 どこかの屋敷の裏手らしく、蔦の這った石壁に裏口らしき、風雨に鉄で補強された頑丈の木の扉から中に入る。

 廊下には最低限の灯りが灯され、薄暗いそこを進むと、ある一室へと連れていかれた。

 そして、厚い絨毯の上に投げ出されると、巨漢はやはり無言のまま外へ出ていった。


 ヒラ達が連れてこられた部屋には、厳めしい古いデザインの調度品が並び、空気が埃っぽい。

 そこに三人の男女がいた。

 城に出入りする貴族を目にする機会があるヒラには、彼らはこの貴族の館には相応しい人物には見えなかった。金回りの良さそうな商人といった風情だが、目つきの悪さや物腰からまっとうな者達ではないことが分かる。


 彼らは、まるで美術品を鑑定するかのように、二人を取り囲んで見下ろした。

 女が傍らに膝をつくと、まずはメリンから、そして次はヒラを見分する。

 顎を掴んで様々な角度に向け、目の色や口の中を確かめた。そして無遠慮に身体のあちこちを触られ、ドレスをめくって靴下や手袋をとられてしまう。

 お陰でヒラは思わず本当に悲鳴をあげてしまい、男達はそれを楽しげにニヤニヤと見下ろしていた。


「ラモン、予定外に連れてきたというからどうしたものかと思ったが、まだガキだけがなかなかいい拾い物じゃないか」


「だなあ、ジャック。きっとあの方も満足されるだろう」


「ちょっと二人とも。この黒毛は確かに器量は悪くはないけど、少なくとも令嬢ではないわ。紛い物よ」


 女の言葉に、ヒラの背中を嫌な汗がじっとりと浮いた。

 まさか、こんなにすぐに偽物の令嬢だということを看破されるとは思っていなかった。

 今すぐこの3人をどうにかすることは簡単だったが、男が口にした「あの方」が何者なのか気になるし、捕らえられている他の令嬢達の居場所も分からない。

 ここで囮だとバレるわけにはいかなかった。


「なんだと。ナーシャ、こいつはこんなに高価そうなドレスに宝石をつけてるじゃないか。騙りなら安物や偽物が相場だろ」


「そんなのにひっかかるなんてラモンさんとあろう人がヤキがまわったね。この手を御覧。爪がちいっとも磨かれてないし、妙なタコもある。おまけに火傷や切り傷の跡があるじゃないか。足の裏だって、この硬さは土の上を歩いて育ったってことさ。ご令嬢なんかであるものか。さあお言い、あんたは令嬢じゃあないんだろ」


 女はヒラの肩を掴む手に力を入れ、ドスの効いた声で尋ねる。

 貴族や王族の令嬢は、重いものを持つ事もなく、傷ひとつなく柔らかく白い手で、爪も磨き上げられ染めることも多い。

 反してヒラの手は、家事や畑仕事、薬草とりや借り、そして薬作りなどの労働から作られた手で違いは一目瞭然。

 それでも淑女の嗜みでもある手袋をはめればどうにでもなると、ヒラやアルサル達は思っていた。


(所詮、世間知らずの王子様と魔術師が考える計画じゃこの程度よね)


 計画の甘さからお粗末な展開になってしまい、さてどうしたものかとヒラが答えあぐねていると、痩身で神経質そうなラモンと呼ばれた男がメリンに顔を寄せて優しげな声でヒラのことを尋ねた。

 メリンは失神しそうなほどに震えていたが、彼に何か耳で囁かれると顔を恐怖でゆがめ涙をこぼす。

 そしてヒラから顔を背けると小さな声で代わりに答えた。


「私が知ってるのは、殿下がエスコートされた王妃様のご客人というだけです。どこか……東方の異国の姫君でいらっしゃるとか」


 ヒラの首には、いつのまにか女によってナイフの刃があてられていた。

 男達の目にも剣呑な光が宿り、部屋の温度が下がったように感じる。


「令嬢のふりをしてるのかと思えば姫君を名乗るとはあんたもやるねぇ。いったい何者だい」


「何者と言われても、勝手に令嬢だと思い込んで攫ったのはそっちじゃない。私は確かに王妃様の客人として城に逗留しているけれど、別に自分を姫君だなんて言った覚えはないもの。皆がそう思い込んだだけ。殿下がご好意で舞踏会に連れて行ってくださっただけなのに」


 泣き落としは効かなさそうなので今度は憤ってみたが、全く納得した様子がない。


「なあジャック、どうする。令嬢じゃないなら身代金はとれないじゃないか」


「王家の客人なら、いっそ王家に金を要求してみるか」


「あんた達何を馬鹿なこと言ってるんだい。王子の連れってのは間違いなさそうだが、この娘はやばい気がする。今ここで殺っちまおうよ」


「ひっ」


 押しつけられたナイフがわずかに引かれ、同時に焼け付くような痛みが走る。

 ヒラは思わずこの部屋を吹き飛ばせる規模の風の呪を唱えそうになるのを必死に堪えた。



「おいおいナーシャ、これはこれで売り物になるかもしれないんだ。傷つけるんじゃないよ。それにせっかくのお高いドレスが汚れちまったじゃねーか」


「だって、やな予感がするんだよ。あんただって言ったじゃないか。あたいの勘は悪いほど良く当るって」


「こんな青っちろいガキに何が出来るんだってんだ。いいか、素性がなんであれ、ここに来たからには全部があの方の持ち物だ。手出しはオレが許さん」


 ラモンに静かに脅され、ナーシャはしぶしぶ手の中のナイフを渡した。そして機嫌の悪さを建物にぶつけるかのように、高い足音に派手なドアを閉める音をたて部屋を出て行った。


「じゃあジャック、そこの娘はいつもの通り丁重に扱って金の要求の手配してくれ。この偽令嬢のことはあの方がくるまで保留だ。それまでここに転がしておけばいい」


 背が低いががっちりとした体格をしているジャックと呼ばれた男は、メリンを軽々と担ぎあげると、ラモンという男と共に部屋を出ていった。


(た、助かった)


 耳をそばだてて二人分の足音が遠ざかるのを確かめると、ヒラは胸元に赤いものが垂れ白い布地に染みを広げるのをぼんやりと見つめながら、ひとまず窮地を脱したことへの安堵の深い息を吐いた。



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