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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第2章:宮廷魔術師と王子様
16/18

[6] 囮

 各国の王族の中でも、マクライン王の一家は特に家族仲が良い。

 夕食は可能な限り共にとるようにしており、食後の娯楽室での語らいのひと時は大切の時間だった。

 もちろん、多忙な王族だからこそ、全員揃うのは難しい。

 今夜もサズリーは舞踏会に出席し、アルサスも出かけている。

 カラスリートは食事は一緒にとったが、城に逗留している客人の部屋に招かれているからと、娯楽室に顔は出さなかった。

 その為に国王と王妃の間に挟まれるようにルードが座って両親を占有し、団欒の時を楽しんでいた。


「ほう、例の侯爵令嬢救出に、ヒラが駆り出されたのか」


「あらまあ大丈夫ですの、あなた。人攫いを相手に、魔術師といってもまだルードと同じくらいの娘さんではないですか。そんな子を使うなんて、息子達は何を考えているのかしら」


「でしょう、母様。ヒラのことが心配なんだ。だからオレも一緒に行くって言ったけど、兄様達が駄目だって、仲間外れにするんだ」


拗ねてみせるルードの肩を、王妃はやさしく抱き寄せる。


「何を言ってるの、ルーはまだ子どもなうえに王子なんですよ。あなたのお兄様達がこうやって荒事に関わっているだけでもお母様はとても心配なのに、これ以上怖い思いをさせないでくださいな。ねえあなた」


「ああ、そうだぞルード。兄達のようにまずはしっかり勉強し強くならねばな。それよりお前達二人とも、ヒラは魔術師だ。ああ見えてもサズリーと同じ歳でしっかりとしておる。それに宮廷魔術師の職務を果たしにいってるのだ」


「わかっておりますわ。でもヒラ嬢はサリと同じとは思えないほど若く儚げなんですもの。つい心配してしまうのですわ」


 カラスリートやサズリーと同じ色の髪を緩く後でまとめた王妃は、末の息子の守り人となった魔術師の娘の無事を案じるように目尻を下げた。

 その様子を見ながら王とルードは、王妃が口にした「儚げ」という言葉がヒラのどこから出てくるんだろうと首をひねった。


「今頃、ヒラはどうしているかな。兄様とのダンスちゃんと出来たかな。オレもヒラと踊りたかったな」


「ははは、今夜のルードはいつにもましてヒラの話ばかりだな。安心しなさい、きっと今頃勤めを果たし、姦賊を成敗し、令嬢達を助けているであろうよ」


「そうだよね、だってヒラはすごい魔術師なんだもん」


「あらあら、ルーったら、本当にヒラ嬢がお気に入りね」





 王城の暖炉の前でのどかな家族の会話が交わされている時、噂のヒラは、王都の郊外に伸びる人気のない夜道を、拘束された姿で黒い馬車に揺られていた。


「ここからだしてくださいまーせー、いーやー、こわいー」


 後手にしばられて転がされている身体を起こし、御者の後に開いている前方の窓に向かっていささか棒読みな叫びをあげる。

 途端に、外からガンッと壁を殴る音が聞こえ野太い越えがドスを利かせて「黙れ」と怒鳴る。


 すると、ヒラの隣から怯えた悲鳴が漏れた。

 馬車には、ヒラの他にもう1人の令嬢が縛られ転がされていた。

 彼女は薄桃色のシフォンを重ねふわりとさせた裾のドレスを着ている。名前はメリン。サズリーの婚約者候補である伯爵令嬢の付き添いで舞踏会に来ていたのだと言っていた。


(逃げた犯人を尾行する予定だったのに、まさか私自身が誘拐されてしまうなんてね)


 ヒラは芋虫のような動きでメリンに這いよると、身体を寄せ大丈夫よと優しく慰めた。




 ヒラ達が到着した時には、既に舞踏会は始まっていた。

 ホールの中では、200人ほどの着飾った男女が集い、めいめいに談笑する者もいれば、楽団がいる一画で踊るものもいる。

 最も高い位いの者が一番最後に入場するというしきたりによって、サズリーは一番最後に全ての者の注目を浴びる中会場に足を踏み入れた。


 入り口で舞踏会を主催する公爵夫婦が出迎えて、彼らが口上を述べ二人を皆に紹介する。

 一同は一斉に王子に向かっておじぎをしたが、彼らの視線は主賓であるサズリーより、パートナーのヒラに向けられた。

 ヒラは目を伏せ気味にし、慎ましくサズリーに寄り添っている。

 近くでよく見れば、彼女の瞳が生気を失って何か微かに呟いていることがわかっただろう。


(何が特別要件よ。魔術師の私がどうしてこんな囮役をしなきゃならいの。絶対アル様はが面白がって立てた作戦だよね。まったく、覚えてなさい)



 髪色によく似合う若草色を基調にした盛装の王子が優雅にステップを踏み、パートナーのヒラをリードする。

 その姿は老若に関わらず女という女をうっとりと夢中にさせた。

 そして相手をつとめるヒラも、一風変わっている純白のドレスが異国風の幼い容姿を謎めいた魅力的なものにし、肩にかけたサズリーと揃いの若葉色のベールがさらさらと靡く様は人より精霊に近いもののように見せる。その姿もまた、会場中に溜め息をつかせた。


 作戦の開始は、二人が2曲踊り終わり、二人が慣例通り主催者の妻とサズリーが、夫とヒラが踊った後だった。

 サズリーが我先にとかけつけた女性達の踊りの相手を始めると、一人になったヒラは令嬢の一団に囲まれた。

 慣れない白粉と香水の臭い包まれヒラは逃げ出したかったが、自分の役目を思い出し、手にしたワインを一口含んでなんとか耐える。


「あなたは今まで社交界でお見かけした事がないけれど、どちらのご令嬢ですの? サズリー殿下とはどういうご関係ですの」


「私は、ウルガンダルに嫁いだ母の故郷キーバランを尋ねる旅の途中の者ですわ。叔母からアニエラ王妃殿下へのお手紙を預かったのでご挨拶に伺ったところ、その場にいらした殿下から旅の思い出にと今夜のお誘いを頂きました。本当に華やかで美しくて夢のよう。良い土産話になりますわ」


「まあウルガンダルってあんな遠い東の果てから?それじゃあ殿下の婚約者候補というわけじゃなさそうですわね」


「も、もちろんそのようなことはありませんわ。私には国に婚約者が待っておりますから」


「あらそうなんですの。それはあんし……コホン、そういえばアニエラ王妃様の母国では姫が他国の王族に嫁ぐことが多いと聞いた事がありますわ。わたくしなら他所の国に嫁ぐなんて考えられませんのに」


「あらシェリル様、それが王族の姫君の義務というものですわ。私達に貴族の娘の義務がありますように」


「もうアリル様ったら、サズリー様にお熱なのは義務じゃなく恋をされているのでしょう」


 サズリーの名前が出た途端に、令嬢達の顔が輝き、頬がバラ色に染まり声が一段と高くなる。

 そこにヒラは燃料を投下し、令嬢達の頭の中をサズリー色に染めた。


「サズリー様って麗しくて素敵ですね。皆様ももちろんお慕いされてるんでしょう」


「うふふ、あなたにご婚約者がいらしてよかったわ。もちろんこの国の娘達の憧れですわ。あの美貌に物腰はまさに理想の王子殿下そのもの。王太子様でなくてよかったわ、でなければ私達が婚約者候補になることなんてできませんでしたもの」


「そうよね。王太子様はどこかの国の姫君との結婚が検討されてるようですし、アルサル様はもうお相手がお決まりになりましたし。サズリー様と似合う歳に産まれてよかったと、心から両親に感謝しましたわ」


「私もですわ。いつも冷静でいらして、あれを冷たい美貌というのかしら。そこがたまりませんわよね」


「あたくしは是非あのお声で罵倒されたいわ。そしてあの瞳で蔑むように見下ろされたい」


「この変態娘。私ならやっぱりサズリー様に愛の言葉を甘く囁かれてみたいわ。その時に殿下のあのサラサラの髪の毛が私の頬を撫でて……」


「キャー、なんだかいかがわしいけど素敵だわ」


 8人ほどの令嬢達が一斉にかしましく喋りはじめ、すっかり自分の存在を忘れてくれたことを喜びつつ、ヒラはこっそりと脱出した。


 その後も何度か貴族の年配夫婦や青年に声をかけられたが、そつなく対応をこなした。

 壁際に置かれた美食溢れる軽食でさりげなく腹ごしらえもし、ダンスに誘う青年達には国の風習で血縁のない未婚の男性と手をとることは禁じられているのでと断った。

 さすがに苦しい言い訳ではあったが、そういう時にヒラは気取られぬようこっそりと魔術を使ってごまかす。目を合わせ語りかければ、ついそれに同意してしまうというほんの些細なものだ。

 もちろん、それ以外の人間には不自然に見えないよう立ち振る舞わなければいけない。

 そういう点では、ヒラはアル達の予想以上にしっかりと役目をこなしていた。


 これはカザンがヒラを宮廷魔術師にと考え始めた頃に与えたいくつかの本、この国の国史や政治に、周辺国の旅行記、そして宮廷マナーの本のお陰だった。

 その時は少しでも師から魔術を学びたいのに、こんなものなんの役にたつのか……とひどく不満を覚えたのをヒラは思い出した、そういえば、こんな『勉強』将来絶対使わないのにと退屈な『授業』が嫌でたまらなかったっけと苦笑する。


 最初はサズリーの連れということで会場中の注目を浴びていたが、ヒラの自己紹介に王家の客人を王子がエスコートをするという慣例もあって、旅の「異国の姫君」として受け入れるとすぐに興味を失った。

 特に、恋のライバルと危惧した令嬢達が、そうではなさそうだと警戒を解いたのが勝因といっていい。青年達も婚約者がいると知ると、理由をつけては側から去ってくれた。

 お陰で高貴なオーラを持ち合わせていないヒラは、人ごみに紛れればただの着飾った令嬢の一人となって会場を彷徨った。


 そして計画通り、ダンスを終えたサズリーが会場中の令嬢達に取り巻かれ、彼女達を引きつけている間にヒラはそっと庭へ出た。

 あぶれた青年達は、女性達を遠巻きにおこぼれが出るのを狙っているし、大人達もその様子を楽しげに見物している。

 テラスにいるのは既に出来上がったカップルが数組いるだけだ。


「こんばんは良い夜だね。だけどお嬢さん一人の庭歩きは怖くないかい」


「あらアラン、殿方を連れてもその方こそが危ないんじゃなくって。あの時のあなたみたいなね」


 ベンチに座り談笑していたカップルが前を通るヒラに声をかけた。

 ヒラはそれに不安を見せず、気丈な冒険心に富んだ令嬢のように笑顔で返す。


「このお庭、夜だというのにこんなに明るいですから平気です。伯爵夫人ご自慢の温室を拝見してすぐ戻ってきますわ」


 この舞踏会には、アルの指揮する兵が変装しもぐりこんでいる。

 胸に青いハンカチを挿して、挨拶の時にそこを触るのが合図だ。

 挨拶の時に彼の指が青いそれに触れたのを見たヒラは、周囲にもよく聞こえるように声を張り上げた。

 彼らの役目は、どこに潜んでいるか分からない赤い狐の実行犯に、囮役のヒラが一人だと知らせる手助けと、行き先の確認。そして他の者が庭に出るのを阻止することだ。

 そして庭で犯人が接触してくれば、魔術で助けを呼び兵がかけつける。そして逃げた犯人を、ヒラが魔術で空から尾行する作戦になっていた。


 ヒラは会場のざわめきが遠くに聞きながら、ガラス張りの大きな温室の温室のドアを開けた。

 訪れる客の為にか、つけっぱなしのランプが黄色いうす暗い灯りで中を照らしている。

 温室には、ヒラが名前を知らない様々な花々が咲き誇っていた。

 ヒラは魔術師なので植物に関する深い知識がある。

 だけどそれは、薬効や毒のあるもの、そして食べられるものといった実用的なものが中心で、鑑賞目的に人の手で作り出された花は専門外だった。

 なので物珍しく、美麗な夜の帳のもとで咲き誇る花々をゆっくりと眺め歩いた。


 ところが、いつまで立っても令嬢攫いらしき者達からの接触がない。

 何か失敗したかと不安に思いながら、南方の刺がついた幹に長い葉を揺らす木を通り過ぎた時だった。

 少し先の壁際で、葉が揺れる音と足音、そして小さな高い悲鳴が響いた。

 急いでヒラがかけつけると、黒づくめの男2人が、白い荷物を抱えた所だった。


(他にも外に出た令嬢がいたの? まずいな、このまま彼女が攫われたらまた面倒なことになる。それならいっそ……)


 ヒラは、足を止めて躊躇したが、意を決して飛び出して叫んだ。


「何してるの! 今すぐその子を離して」


「おい、ちゃんと外を見張っとけっていったろ」


「獲物を手に入れたからって撤収の合図送ったのはそっちじゃねえか」


「ちっ、面倒だ。お前そっちのも連れてこい。お客の希望より若いが数は多いに越したことはねえ」


ヒラは男達のやり取りを聞き、外で待機している者達が踏み込まないよう声を抑える。


「もしかして噂の人攫いね。私達をどこへ連れーーんんーー」


 怯えたように叫ぶヒラに大柄な男がつかつかと近寄ると、口を塞ぎ抱き上げた。

 手足をばたつかせてもびくともしないほどがっちりと押さえつけられて、ヒラは温室の裏口から外の夜闇へと連れ去られる。


 静けさが戻った温室の床には、ヒラの纏っていた若草色のベールだけが残されていた。

お久しぶりです。

大変お待たせしてしまいました。

長く休載していましたが、ようやく連載を再開しました。


これからもよろしくお願いします。


しまった。今回の登場人物の頭にアがつく人が多すぎますね…

アルサル王子とアニエラ王妃以外は今回限りなのでそのままにしておきます。紛らわしくてすみません。


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