[5] 舞踏会
ヒラは自分の状況に困惑していた。
圧倒的に自分よりも大きく力の強い濃い髪色の王子に、ソファーの上に押し倒されていたからだ。
剣だこのできたごつく大きな手が、抵抗しようとするヒラの細い腕をやすやすと掴み頭の上に抑えつける。
そしてもう片方の手がローブの裾の下に手を入れ、足をなであげるようにめくりあげた。
抵抗し足をばたつかせると、その反動がローブの裾を余計ずりあげてしまい白い太ももが露わになる。
「んっ、やっ、やめっ」
「こらっ、大人しくしろって、足癖悪いな、蹴んなって」
「こっ、この変態っ ホルル<拘束>!きゃっ ぐっ」
ヒラが呪文をとなえると、上に乗っていたアルサスの動きが止まった。拘束の呪文は、動きを封じる呪文。
だがかけるタイミングがまずく彼女の上に覆い被さっていた彼の体重がもろに彼女にかかるはめになってしまった。
ただし首から下という効果範囲の為、喋ったり首を動かすことは出来る。
「おい、お前魔術使ったな!卑怯だぞ」
「しまった。お、おもっ、どいてっ、くるしっ」
「動けないんだからどけるわけないだろ、おい、とっとと解術しろ」
「きゃ、そこで喋らないで」
アルサスの顔がヒラの肩上にあり、彼の息が首筋をなであげ、思わず身体をすくませた。
そ れに気付いたアルサスはにやりと笑い、唯一自由になる首をあげて耳元でわざとささやく。
「ほら、早く解術しろよ」
「やぁっ、解いたら、もうやめてくれる?」
「嫌よ嫌よも好きのうちっていうだろ?」
「ばかっ、やなもんはやなのよ」
「へーそんなこと言うんだ」
「ちょっと、いい加減に……」
「ヒラに何するんだよっ!」
「ぐえっ」
頭上から叫ぶ声と共に、ドスっという鈍い音が響き、ヒラの身体が軽くなる。
「ヒラ、無事?」
「ルー!」
呼吸がようやく楽になり、深く息を吐くヒラをルードが覗き込んでいた。
上に乗っていたアルサスが床に引きずり落とされてうなり、ヒラは少年の細い腕で抱き起こされる。
助けてもらった嬉しさに、ルードに抱きついて感謝の言葉を浴びせていると、彼が赤い顔をしてどう言ったものかと困っている。
自分に向けられている視線を追うと、アルサスがひきずりおろされた拍子にローブの裾がへそまでまくれあがり、下着が丸見えになってしまっていた。
「おっと、えっと、今のは見なかった。何も見てない。いい?それとも10分くらい記憶消しとく?」
「み、見てなかったです」
頬を染めたままあわてて顔をそむけるルード。
裾を直し、何事もなかったかのように座り直したヒラは、アルサスにかけた拘束の術を解いた。
「っつ、ルーお前さっきどさくさまぎれてオレの頭踏んだだろ」
「ヒラにひどいことをしてた人の頭は踏んだけど何か」
「お前、最近サリに似てきたぞ。俺はただヒラを着替えさせようとしてただけだ」
「着替え?」
「だから私はそんな恥ずかしいもの嫌だって言ってるじゃないですか」
「そんな格好じゃ、私は魔術師ですって宣伝してるようなもんだろうが。お前が行くのは舞踏会だぜ?」
「だってそんなの着たことないし、恥ずかしいもの」
ヒラの視線の先には椅子の背にかけた白いドレスがあった。
さらさらと薄い絹生地が何枚も重ねられたシンプルなドレスは、銀糸で花の模様が縫い取られ上品だが、身体のラインがはっきりとわかり、スリップタイプなので肩や胸、深いスリットから太ももも露わになる。
ヒラの見た目年齢からすると少し大胆すぎるデザインだが、清楚な雰囲気が下品に見せない。
「きれい!これは兄様が選んだの?」
「母上に頼もうと思ったが、まだしばらく離宮からお戻りにならないらしい。だからヒルダの若い頃のを借りた。これならサイズが少々違っても大丈夫だってさ。それにお前、普段コルセットとかつけないだろ?だったら普通のドレスは絶対無理だって。そんな楽な女捨てたような格好ばっかしてると、スタイル悪くなるぜ」
「普段の格好とかアル様には関係ないでしょ、余計なお世話ですっ!」
「でも、どうしてヒラが舞踏会に出るの?」
「赤い狐だよ。昨日、結局ミルルナの身代金渡しに失敗したろ?騎士団の連中も空振りで手がかりも掴めなかった。だから別の手でいくことにしたのさ」
「別の手?」
「罠をしかけて狐をおびき寄せるのさ。今までも厳重な警備をくぐり抜けられてたからもしかしたら内通者もいるのかもしれない。だから極秘に、顔の知られていない女騎士や魔術師を令嬢達に紛れ込ませようってことになったんだ」
「ヒラが舞踏会に出るなら僕も行く!」
「ばーか、お前は留守番して連絡係。」
「アル兄様ずるい! オレつまんない!」
「いや、俺は別件があるからヒラと一緒じゃないぞ」
「じゃあ誰と行くの?」
「私ですよ、ルー」
開きっぱなしになっていたドアから、サズリーが顔を出した。
「サリ兄様! その格好、もしかして兄様がヒラと?」
部屋に入ってきたサズリーは、ヒラの為に用意されたドレスに似た、金糸で縫い取りされた若草色の上着と揃いのズボンに、白い幾重にもフリルのついた白いシャツを着込んでいた。いつもは束ねている髪の毛も、綺麗に梳いて流している。
まるで絵画の中から抜け出たような美しさと形容したくなる姿に、ヒラは彼と一緒に参加せねばならないことも忘れてすっかり興奮してしまった。
「サリ様、それは盛装ですか?さすが王子様ですね、素晴らしくお似合いです!」
「あなたはまだそんな格好で何をのんきにしているんですか。これは特別要件での指名ですから命令への拒否権はありませんよ。さあ、今すぐ準備なさい。ルー、アルマを急いで呼んでらっしゃい。アル兄様は何を遊んでいるのですか。もう行く時間なのでは?」
サズリーの氷るような一瞥を受けてから、ヒラは大人しくされるがままに着替えや化粧を施された。
そして1時間後、王宮から猛スピードで馬車が走り去ったのを、満足げに燃え尽きたアルマとやっぱり自分が行くとごねて衛兵にとり抑えられたルードが見送った。