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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第2章:宮廷魔術師と王子様
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[4] 令嬢攫い

「これは、ずいぶんすっきりしましたね」


 ヒラの研究室を訪れたサズリーが、驚いた顔で部屋を見渡した。


「サリ兄様!」


「おつかれさん。バートラムが奮闘したらしいぞ」


「なるほど、彼らしい仕事ぶりです。本当にあれはひどかった……」


 眉根を寄せながらしながらしみじみとするサリートに、ソファーでお茶をすするアルサルとお菓子を頬張るルードも同調して頷く。


「すみませんね。師匠譲りの片付け下手で」


 ヒラは溜息をつきながら、部屋の隅に設置されたソファーもとい応接セットに集った彼等に新しくお茶を淹れ直してやった。

 机の上には、甘い砂糖菓子と塩味のクッキーが置かれている。


 以前本に追い込まれるようにソファーしか置けなかった一角には、対のソファーとローテーブルを置いても余裕のある空間に生まれ変わった。

 脇には、大きな鉢に植えられた背の高い観葉植物まであったりする。

 ヒラは装飾など不要で必要なものだけあればいいと実用一辺倒な為、部屋に出入りする者達が何かと置いていく。それに一番貢献しているのは、この年の離れた兄弟、オレ様コンビだ。


「殿下方のためのお部屋は、あっちに掃いて捨てるほどあるじゃないですか。なのにどうしていつもここに集まるんですか」


 ヒラは窓の外に見える奥宮を指差した。

 白亜の本宮と綺麗に借り揃えられた幅5メートルほどの芝生の庭を挟んで、王や王子達の住まう、歴史を感じさせる石造りの奥宮が建っている。


「この部屋便利なんだよね。本宮と奥宮両方から近いだろ?それに出て来る茶も菓子もうまい」


「あ、アル兄様、そのジャム挟んだのは次食べようとオレとってたのに…」


「ルー、食べたいのなら先に食べてなさい。チャンスを自分で逃しておいて泣き言を言ってはいけません。欲しいものはまずこの手で、ですよ」


「はい、サリ兄様!」


「……兄弟漫才するためにここに来たんですか?」


「そうそう、アル兄様への報告ついでにヒラにも聞いて貰いたいことがあったのですよ」


 眼鏡の王子サズリーはヒラにもこの王子の会合に同席を命じ、話を始めた。


「赤い狐団ってご存じですか?」


「あれか、最近『令嬢攫い』で話題になってるやつだな」


「れいじょうさらい?」


 ルードが耳慣れない言葉を繰り返す。


「ええ。貴族の令嬢が舞踏会やお茶会など出かけた先で拐かされる事件が頻発しているのです。翌日、赤い狐と名乗る者から莫大な身代金を渡せと連絡がくる。受け渡しがうまくいけば令嬢は戻ってくるが、一度でもそれに失敗すると戻ってこない」


「慎重で冷静な犯人だね。でも一度で身代金を諦めるようじゃ、お嬢様を攫うリスクのほうが高いでしょ」


「さすがですね。ヒラもそう思いますか」


「誘拐の犯人が逮捕される可能性が一番高いのが身代金の受け渡しの時だってテレ……本で読んだことがあるわ」


「ほう、そんな書物があるのですか。興味深いので貸してください」


「む、昔のはなしだからどの本か忘れた。で、その令嬢攫いの事件と殿下達に何の関係があるの?」


「そうでした。昨夜、テネシー夫人の夜会でミルルナが誘拐されたそうです」


「ミルルナって、ウイング侯爵の?彼女はお前の婚約者じゃなかったか?」


「候補の一人というだけですよ。それで今、騎士団まで動かして大騒ぎです」


「おいおい、あんな派手な奴ら動かして大丈夫か?」


「ウイング公爵たっての頼みで父上が許可されたそうですよ。これから身代金の引き渡しだそうですが、兵を動かしてるのが知れたらどうなるか」


「攫われた令嬢って知り合いなの?」


「内務大臣の孫娘で、サリの婚約者候補の一人だよ」


ヒラはふとわいた疑問をぶつけた。


「一人って何人いるのよ。もしかして全員婚約者が何人もいたりして?」


(おっと、三人とも黙ったよ。そうだよね、王子様だもんね)


 既に結婚相手まで用意されている彼等に同情していると、サズリーが簡単に説明してくれた。

 王子の婚約者候補は自薦で伯爵以上の爵位を持つ者の推薦があればなれる「お見合いシステム」だという。

 年の合う娘を持つ野心のある者は、王子が12歳になるまでにまず「婚約者候補」に登録する。 そうすると、王子が15歳の成人の儀を終えた時から、1年に2回婚約者候補達が花を競う「舞踏会」が開かれ、そして月に1人づつ、王子のお茶の時間の話相手として王宮に派遣される。

 王子が21歳になるまでに本命がいなければ、婚約者候補から1人を選ばなければならない。

 そして残りの婚約者候補達は解散し、皆それぞれ見合った結婚相手を探すというシステムになっている。


 王子達にとっては義務であり苦痛の6年間らしい。それも王太子の場合はまた別だそうだ。


「僕は募集中なんだって。サリはいっぱいいるよ。紙3枚分って母上が言ってた。あと、アル兄様はヒルダとぎそう婚約なんだよ」


ルードが律儀に兄に代わって教えてくれる。


「ん?偽装婚約ってこと?」


「おい、男の秘密って約束したろ、黙ってろちびルー」


「そうそう。兄様は、早くにヒルダ嬢という同志を見つけて結託してるのですよ。ずるいですですよ」


 婚約しても、様々な事情で結婚できない場合がある。

 政治的なものであったり、病や死、別の相手が出来てしまいといった理由での婚約破棄は実は珍しくないそうだ。

 その場合は、破棄の原因となった方が大きなペナルティを背負うことになる。


 アルサスは、親に無理遣り婚約者候補にされたヒルダ嬢と意気投合し、いつでも希望する時に婚約破棄することを約束し、お互いを利用し合うことにした。

 私もそんな人と出会えたらどんなにか助かることかと、サズリーは苦々しげに言った。

 彼はもう21歳。今年の誕生日には誰か1人を選んで発表しなければならないが、まだこれという相手がいないらしい。


「でも、よくアル様がサリ様の婚約者候補のことをご存じだったのですね」


 この頃、ヒラは部屋に入り浸る王子達を愛称で呼ぶようになっている。

 もちろん、人前では礼節を守るように心がけているが、そういう時に王子達は物足りなそうな子どもの目になる。


「彼女はもともと俺の婚約者候補だよ。俺がヒルダを選ぶと、ウインズ公爵がサリの方に無理遣り押し込んだんだ」


「彼女は父上に似て、とても野心家ですからね。印象深い人です。あの気の強さが犯人を逆撫でしていないといいのですが……」


サズリーとアルサスは心配そうに顔を見合わせた。

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