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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第2章:宮廷魔術師と王子様
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[3] 兄弟子

 昼食後、暖かく穏やかな日差しが差し込む魔術師棟会議室。

 ここでは数人の魔術師達が集い会議が開かれていた。

 前に立つのは、黒いローブに身を包んだ宮廷魔術師長であるバートラムだ。


(この人、魔術師だけど背が高いし意外にがっちりしてる。顔が濃い目なのは好みが分かれそうだけどよく言えばロマンスグレー系なおじ様なんだな。ローブじゃなく、私服で黙ってじっとしてって条件付きだけど)


 癖なのか、書類に目を通し考え込むと白いものが混じる髪をいじるバートラムの姿を見ながら、ヒラは背中にホコホコと当たる日差しが誘う睡魔と戦っていた。


「ーーということで、今月の定例会議はこれで終わりだ。ところで、ヒラくん、未だ経費報告書の提出がされておらんがどういうことだね?」


「はっ はい? えっとなんのことでしょう」


「3日前に提出するよう連絡をまわしたはずだが?」


「締切に遅れているのにのんきな。はっ、あきれたもんだ。これだから、カザン様の威を借りただけのひよっこが」


 黄土色のローブにちょびヒゲの魔術師が大声で言うと一同が笑った。


「すみません、後ほど持って参ります」


(はいはい、どうせ私に連絡をまわすのをすっとばしたんでしょう)


 王宮に来て早三ヶ月。ヒラは宮廷魔術師の仕事にも少しづつ慣れてきた。

 宮廷魔術師は各自の研究を国から支給される研究費で行うことが出来る。

 そのかわり「特別要件」という国の政に関わる件での魔術師派遣や研究の要請に応える義務が発生する。

 それがヒラにとってネックだった。

 本来なら個人プレイの魔術師が、特別要件に関わると顔を突き合わせチームプレイをすることになる。

 新人のヒラは、バートラムの手がける大きなプロジェクトに彼の助手として加わることになった。

 ところがカザンの直弟子で王の声がかりの若いヒラは、魔術師達の嫉妬から陰湿な嫌がらせが続いた。

 回覧板がまわってこなかったり、書類がなくなったり、地味で手間のかかる雑務ばかり押しつけられたり。

 最初は戸惑ったが、それがいじめだと理解してからはとりあえず様子を見て大人しくしていた。

 冷静に見れば、ヒラというターゲットに対しての人間関係が分かって面白い。ただ、いちいちこうして絡まれるほど時間の無駄でうっとうしいことはないのだけど。


「バートラム様、彼女は王や王子のお気に入りですから、お相手が忙しくて庶務などやっとれんのでしょう」


「パンタくん、ヒラくんを咎めるならまだしも、王家の方々を持ち出すのは不敬だぞ。それに、君は先週締切だったレポートをまだもらってないがね」


「あ、すみません、私はそんなつもりじゃ……」


「ヒラくんも、こんなことで私の手をわずらわさないでくれたまえ」


(あれ、バートラムさん、微妙にフォローしてくれた?)


 出会った時から妙にヒラにつっかかってきていたバートラムは、ヒラには毎度当たりが厳しいのは変わらない。

 だが、宮廷魔術師としての生活が始まってからは、先輩魔術師が敵意剥き出しでヒラに絡んでくると、間に入ってくれることがしばしばあった。

 もちろん、表だってヒラの肩を持つわけではない。


 ヒラが自室に戻って今日提出らしい書類を用意していると、背後で咳払いが聞こえた。


「あ、バートラム様、これから先ほどの書類を持ってお部屋に伺おうと思ってましたのに」


「王に用があったからな。そのついでに寄ったまでだ」


「それはご苦労様です」


「それにしてもなんだ、この部屋は。本だらけじゃないか」


 書類を発見し差し出すヒラを素通りし、バートラムは珍しそうに見渡しながら部屋の中に入ってきた。

 引っ越し当初は必要なものだけを森の家から持ってきていたが、何かあれば転移の魔術を使うとはいえ、だんだん行き来が面倒になり結局全て運び込んでしまったのだ。


「あ、そこ当たったら崩れますよ。すみません、まだ片付けきれてなくって…」


「片付かないんじゃなくて入らないんだろう?この量じゃ。ああっ、貴重なマルク・ヘイガンの氷結の魔術集を床に平積みするなんて!」


「どうして入らないなんて分かるんですか?」


「この量を見たらそのくらい分かる。この部屋を見て、君が確かにお師匠様の弟子なのがよく分かったよ」


「お師匠様?」


「あの人は雑務やこういうった片付けは本当に苦手で、『本の位置は分かっておるから問題ない』と言い訳して片付けないんだ。位置が分かればいいってもんじゃないんだ。本が傷むし、本への敬意の問題だぞ」


「す、すみません、なんとかします」


バートラムはヒラの言葉が耳に入らないのか、部屋に溢れる本を手にとっては喋り続けた。


「主が変わってもまた同じ光景を見るとは思わなかったぞ。まあ師匠ほどひどくはないが、それでも……うわ、懐かしいな、キリットの天空の剣の考察本だ。これを何度借りたことか。いやいや、ともかく今からこれを片付けるぞ」


「え、ええっ だから場所が…」


「隣の部屋は、たしかヒラくんの私室だったな。ん、もしかして……ちょっと見せなさい」


「バートラム様、それはだめです、そこは乙女のプライベート空間で……」


「私はきみを乙女とはみなしてないっ! さあ、早く行くっ」


しぶしぶヒラが私室のドアを開くと、バートラムは入り口で崩れ落ちた。

床に手をつき、ふるふると肩をふるわせている。


ヒラの研究室が古書店なら、ヒラの私室は、食料倉庫だった。

最初は一部を、というつもりだったが、あれよあれよといいう間にベッドなどヒラの身の回りのものは隅に追いやられた。

しかもその上には、森の家の壁に吊してあった薬草や枝などが、今度は天井から吊されている。


「あなたは、サバクネズミですか!!」


「あのネズミが巣穴にため込むのは食料です。私のは立派な研究材料や素材で…それにこれはもともと私の私物ですし」


「黙らっしゃい! ああ、本当に師匠が師匠なら弟子も弟子……確か、まだ数部屋空いていましたね」


バートラムは懐から鍵束を取り出すと、私室の隣2部屋の鍵を開けて中をヒラに掃除させ、その間にどう手をまわしたのか、両部屋に沢山の棚を設置した。

そして「後は自分でやりますから」と彼を追い出そうとするヒラの言葉を取り合わず、自からの手で両部屋に詰め込まれていた本や者達を整頓して片付けた。


「……なんだか、すごく手慣れていらっしゃいますね」


「当たり前だ。何年、あの方の下にいたと思ってる」


「カザン様の、ですか?」


「ああ。私は一応サガン様の弟子の一人だ」


「バートラム様は私の兄弟子だったのですか!」


「王宮魔術師長カザンの最後の弟子さ。ずぼらな所が玉に瑕だったが本当に素晴らしい師だった。だからこそ、最初で最後の直弟子であるきみには師匠の名に泥を塗らないでもらいたい!」


「はい」


「あと、ただでさえ目立つ立場にいるんだ。油断し付け入る隙は見せず、常に毅然としてろ。今日のような時には黙ってやりすごさずきちんと反論すべきだ。正論であれば彼等も師匠の名や王子の名を出し貶めたりすることもないのだから」


 書架に分野ごとに整頓され、ちょっとした図書室になった部屋を、バートラムは満足そうに眺めた。


「それから、陛下からの伝言だ。王子を部屋に入れるならそれなりの部屋にするようにと。あと、研究もいいがもっと自分の時間を大事にして睡眠もしっかりとるようにと心配されていたぞ。私も上司として君に目が行き届いてなかったことは反省すべきだが、恥ずかしかったぞ」


「あれ?……なぜ、陛下が私の生活をご存じなんでしょう」


「きみは馬鹿か。あそこをみろ」


 バートラムは窓に歩み寄ると窓の外を指した。

 その先には、夕刻になり奥宮の各部屋に灯りがつき、見覚えのある部屋の主が横切るのが見えた。


「ああっ! もしかして陛下からここって丸見え!?」


「陛下だけじゃない。奥宮に住んでいる方々から、だ。じゃあ私はそろそろ行く。これは上司命令だ、それぞれの部屋の鍵はヒラくん自身が管理しろ。きちんと整頓して、棚に入りきらない時は処分すること。時々抜き打ち検査をするからな」


「わかりました、肝に銘じます。あの、バートラム様、色々ありがとうございました」



その後、バートラムは時折本を借りにきただの抜き打ち検査だのと理由をつけては時折ヒラの研究室を訪れ、お茶を飲んでいくようになった。

ちょっと今回は番外編でバートラムさん回。

彼は、言動は偉そうだけど、実は苦労性の中間管理職なイメージです。

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