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魔女の弟子は王子様  作者: 庭野はな
第2章:宮廷魔術師と王子様
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[2] 禁じられた恋

 日記に記されていたのは、カザンの短い記録。秘密の禁断の恋についてだった。


 幼い頃から仲の良い兄の王太子と妹姫。

 兄と妹というにはあまりに仲睦まじく、特に兄の妹への思慕は強かった。妹の婚約を何件も握りつぶしたほどに。それは王子が王太子妃を迎えても変わらなかった。

 その異常な執着ぶりを、カザンも危惧したようだ。

『彼女と伯爵との婚姻を早急に進めなければ』

 最後はそうしめくくられていた。


「どうも当時お二人の仲は一部で噂になるほどだったのを、カザン様が箝口令を敷かれたようです」


「だからといってまさか、叔母上が父の子を産んだという確かな証拠はない」


「ええ、後の日記にこうありました。『姫が伯爵に降嫁することを受け入れてくださった。難関だった王子も、姫が説得してくださった』と。失礼ですが先王陛下はかなり激しい方だったようですが、反対に姫君はとても静かで大人しく賢い方と、カザン様の日記に随所に書かれていました。そんな激しい方が大人しく妹君の言うことを受け入れるものでしょうか。これは私の想像ですが、その時に何かあったのではないでしょうか。この後から婚姻まで部屋に引きこもっておられたそうですし、出産された時から遡ると、遅くても子種を宿したのは初夜の前後、早ければ…」


「わからぬ。それが誠なら、私は兄妹の間に出来た腹違いの妹と……。なぜ、なぜこんな、父上は業の深いことをなさった」


「今のところ、先王陛下の件は確たる証拠がありません。仮にもしかしたら陛下ご自身はこのことをご存じ、もしくは心あたりがあったかもしれませんが、急逝された為他に真実を知るものがいないのではないでしょうか。ですが、少なくとも姫が産んだルミナス様と陛下の間に生まれたルード殿下が、通常では考えられないほど強い精霊の祝福の力をお持ちなのは事実なのです。出生のことはともかく、この力についてはルード殿下や皆さんに説明しなければならないでしょう」


「ルードの力は、精霊を視る以外にもあるのか?」


「始祖に近い精霊の祝福ですから、視るだけでなく力を借りるなど未知数です。また、その力を操るための強い魔力もこれから発現するでしょう」


「なんと、王子が魔術の才を持つということか」


「恐らくは。ですがいくら才があっても使い方を知らなければただの宝の持ち腐れ。それだけですめばいいですが、発現する魔力が大きくなれば自身で制御できないとご本人にも周囲、いえ国にとっても危険なものになります。ですから祝福のことを殿下には一刻も早くご説明頂きたいのです」


「そうか、では明日にでも話をしよう」


「差し出がましいですが、亡くなられた方々のことを持ち出される必要はないと存じます。私どもが知っていれば充分かと。従妹同士で血が濃くなり、たまたま先祖返りもあって始祖に近い精霊の祝福を持つ御子が生まれた。それだけでよろしいかと」


「フフ、ヒラよ、おぬしはカザンに似ておるな」


「カザン様に、ですか?私はあの方のように政略知略に優れておりませんし、魔術もまだまだ未熟です」


「いや、何が大事かを見抜く目と、物怖じしない剛胆さ、あとはおせっかいなところもな」


 王は、立ち上がると片隅に置いてある棚からガラス瓶を取り出した。


「カザンの弟子なら、鍛えられておるのだろ?」


「もしかして陛下もですか」


 二つの背の低い杯に並々と琥珀色の酒が注がれ、ひとつがヒラに手渡された。


「ああ。成人した翌日に、祝いだといってモンサ族の強い酒を持ってきてな。翌日二日酔いで死にかけていたのに、その晩になると現れて今度は西エンタ地方のマオで作る蒸留酒、といった具合に国中の酒を毎晩持ち込み一週間だぞ。あの爺は容赦がなかった」


「ほんとに。でもいい師でした」


「わしにとってもだよ。では、我らの師が来世で少しは酒を控えるように」


 二人は手のグラスを掲げ、ぐいと飲み干した。


 それから二人は王と魔術師ではなく、同じ師を持つ生徒同志として語り合った。

 カザンの話のネタは尽きず、気付けばすっかり夜が更け、窓に臨む城壁のかがり火の数も減っていた。


「なあ、ヒラよ。おぬしも精霊の加護を持つそうだが、カザンと同じ「精霊の友」なのか?」


「いえ、カザン様がおっしゃるには、私は少し特殊で…「精霊の娘」だとおっしゃっていました」


「なんと。そのような加護を持っていたとは。恐らくカザンよりも強い力なのだろう」


「はい。この力は人の身には大きすぎるため、決して人に使わせる力であってはならぬといつも心配なさっていました。そのために私は魔術を修め、精霊の加護の力を抑え制御出来るようになりました」


「このことは、余には隠しておくつもりだったのではないか?話してくれたのは、ルードのためか?」


「あはは、やっぱり見抜かれていましたか。予定では平凡な魔術師でいるつもりだったのですけれど、殿下のお陰で予定が狂ってしまいました」


ヒラは手元の何杯目かの酒が入ったグラスを弄んだ。


「そうだな、カザンならうまくやっただろうが、おぬしはまだまだ若い。それに人が良すぎるわ」


「まだまだ修行不足ですね」


「それでも、宮廷魔術師として余に仕えてくれるのだろう。その持つ力を国のためにその力を使ってくれると更に助かるがのう」


「陛下、欲張ってはいけません。「精霊の娘」ではなく宮廷魔術師としてならお仕えしましょう」


「惜しい気もするがわかった。ヒラよ、おぬしを宮廷魔術師として迎えよう」


「ありがとうございます、陛下。お願いついでにもうひとつ」


「何が望みだ?」


 ヒラは、立ち上がって空になったグラスをサイドテーブルに置いた。

そして王に近寄り、声をひそめて言った。


「それは……余の借りになるのでは?」


「ええ、大きな貸しですよ、陛下」


 ヒラの微笑みに応えるように、王も不敵な笑いを浮かべた。





 ヒラは読んでいた本にしおりを挟んで置くと、ルードの側に立ち上からにらみつける。


「帰りなさい。ちゃんとやることを終わらせてから来なさいって言ってるでしょ?」


「だってさー、古いこと興味ないんだもん。オレ」


「じゃあ何が興味あるの?」


「これからの未来に決まってるさ。オレ、アル兄様やサリ兄様達とラス兄様の”ふしくん”になってお役に立つんだ。そしてこの国をもっともっとすごい国にするんだ!」


「それは腹心。ルー、そのためにも歴史って大事よ。昔のことを知っておくことで、その時の失敗を未来で繰り返さなくて住むし、新しい発見をするかもしれない。それに自分のことを知らない人が国を大事にできる?」


「うー、だってあのおやじほんと面白くないし分かりにくいんだよ。我慢して聞いてたらねちゃうの。あれ、絶対いねむりの魔術を使ってるって。父上の時はすごく面白かったって言ってたから楽しみにしてたのに……」


 ヒラは苦笑した。

 ルーの主張は、自分にも覚えがある。

 教える者次第で、その内容は宝石にも石ころにもなるのだ。

 今振り返ると、昔『学校』にいた頃、どうしてまじめに『教師』の話を聞いておかなかったんだろうと後悔することも少なくない。

 その点、カザンは優れた師だった。

 興味を持たせ考えさせる方法を熟知して使いこなしていたからだ。

 王も子どもの頃はカザンが教えていたというから、きっと授業は遊び以上に楽しい時間だったに違いない。


「じゃあ、こういうのはどう? 私は魔術に関係したことばかり勉強していたから、この国のことって実はあんまり知らないの。だから習ったことを私に教えてくれない?」


「オレがヒラの先生になるの?」


「そう、歴史だけじゃない、他の授業で習ったことを全部教えて」


「えー、めんどくさい」


「そうね、報酬はお茶とお菓子でどう?上手に教えてくれたらおまけもつけてあげる」


「ほんと?」



 ルードがようやく勉強部屋へ戻り、再びヒラの研究室は静寂を取り戻した。


 ヒラに与えられたこの部屋は、王子や王が住む奥宮に一番近い本宮の端にある。

 以前はここに魔術師達の部屋が並んでいたが、数年前に王宮の敷地内に魔術師棟が新設され、広く最新設備が整っているとか。

 だがヒラは長く埃をかぶっていた、古いこの部屋を選んだ。

 昔、カザンが宮廷魔術師時代に使ってた部屋だという。

 王国史に残る、偉大な魔術師カザンの部屋は、畏れて今まで誰も使っていなかったのもあるが、ヒラの王への頼みとはこの部屋を使わせて欲しいということだった。

 そして王の借りというのは、ヒラが、これから普通ではない力を持ち孤立するであろう幼い王子を支え導くということだった。


 カザンの収拾した様々な魔術書を中心に必要なものを運びこむとただでさえそう広くない部屋は、ルード曰く「馬小屋並みの狭さ。小屋全体じゃないぞ、馬房だぞ」というほど狭くなってしまった。

 幸いなことに、この廊下沿いに並ぶ部屋は以前使っていた魔術師達が引っ越して空部屋となっていたので、隣の部屋を私室にしてもらった。

 だがそちらもまた、半分は薬草や素材の保管庫にしてしまっている。


 それでもヒラは自分の小さな城を満足そうに一瞥し、席に戻ると読書を再開した。

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