捨て猫現行犯
道端に電子レンジぐらいのサイズの段ボールを抱きかかえた女性がいた。
ちょっとした家電の買い物帰りといった印象ですれ違った時…
ゴトゴトッ…!
段ボールの中から音がした。生き物…!?
僕は足を止めてその女性に改めて注目した。
少し離れた電柱のそばにしゃがんで、そっと段ボールを置いたかと思ったら、
その段ボールをテキパキと開いていく。あらかじめ切り込みが入れてあったのか、
箱の真ん中ぐらいの高さで上部が開くようになっていた。そこから顔を出したのは猫だった。
女性はバッグからコピー用紙と黒色のマジックを取り出し、「ひろってください」と書いて、
セロテープで段ボールに貼り付けた。そして立ち上がり、猫に向かって言葉を投げかける。
「お前は今日から1人だ。」
「雨の日の不良の逆か!!」
女性が勢いよく振り返る。しまった、ついツッコんでしまった。
普段からお笑い芸人の動画に自分もツッコミながら観ている癖が出てしまった。
ゆっくりと女性が近づいてくる。別に何か凶器を持っているわけではないが、
睨みをきかせながら近づいてくるので狂気を感じる。
「見たね…?」
女性が尋ねてくる。
「そりゃ、そんな白昼堂々とやられたら見ますよ。よく知りませんが、
そういうのって夜中にやるんじゃないんですか?」
「夜は………眠いじゃん。」
「じゃあ見つかるのは妥協しないと。」
「見られたからには生かしてはおけないね。」
「何で!?生かしておけるでしょ!殺人事件じゃあるまいし。」
「動物愛護法に違反しているから、1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金になる。」
「そうなの?僕知らなかったから黙ってればバレなかったですよ。
ていうか、そんな詳しいのに分かった上でやっているの確信犯ですよ。」
「『確信犯』は誤用。この場合は『故意犯』が適切。」
「今その指摘はいりませんし、『故意犯』ってあんまり耳慣れないですよ。」
なんだこの人。捨て猫の現行犯なんて初めて見たぞ。
僕に対して少なからず敵意?があるようだから、逃げて通報した方がいいか…?
「まあ、待つんだ少年。そうだな、何でもするからこの場は見逃してくれないか。」
「いや、僕がツッコミ入れたのもよくなかったので、見逃すも何も」
「待てよ。君ぐらいの思春期の真っ只中のような少年に女性である私が『何でもする』
と言うのはあまり良くないか?」
「あまり良くないですし、声に出すのはもっと良くないです。
それに『何でもする』ならその猫抱えて自宅に帰って下さい。」
「おいおい、物を知らないね少年は。『犯人は現場に戻る』という言葉を知らないのかい?
この場で帰っても私はまた明日同じことを繰り返すぞ。」
「何でお姉さん、さっきからずっと自分が助かる場面を自ら潰してるんですか。
犯罪者の自覚そんな強いなら未遂でやめて下さいよ。あと現場に戻るのは犯行後が定番です。」
「私の知ったかに対するマウント返しか。」
「ツッコミだと思って笑って流して下さい。」
駄目だ。このお姉さんツッコミ甲斐があり過ぎる。ボロを出しまくるのもアレだが、
僕もいちいちツッコむ必要はないんだ。でも、確かにこの場はそれで収まっても、
結局また捨てに来たら同じか…
「そもそも、何で猫を捨てようと思ったんですか。」
「私を…引っ掻いた…」
「いや、猫ですし。引っ掻きもするでしょうよ。」
「野良じゃないのに、ペットショップで買ったのに。私を引っ掻いたんだ。」
「ペットショップに過度なしつけを求めないで下さい。しつけるのはお姉さんですよ。」
さては、親が甘いタイプの温室育ちか。
「流石にそれは逆恨み?が過ぎますよ。それぐらいの粗相は飼い主が責任を持ってしつけて下さい。」
「でも私、子供育てたり、産んだりしたことないし…」
「猫飼うのに子育ての経験が要ると思うなら飼う前に諦めて下さい。」
「だって、それはペットショップが…」
「求めない、求めない。じゃあ、ペットのしつけ方を身の回りの経験者か本か動画から学んで下さい。」
「ハッ…!?」
えぇ…何、『その手があったか!』みたいなリアクション。どんだけ視野が狭いんだこの人。
捨てるに至った理由がしょうもなければ、やめる理由も単純か。
「そうだな、少年。その通りだ。私は小さな勘違いや失敗に動揺して危うくまた失敗を重ねるところだった。」
さらっと自分の失敗を『小さい』つったな。
「私の友人に猫を飼っている者がいる。まずはその友人から学ばせてもらおう。」
その友人も苦労するだろうな、きっと。
「そうですよ、それがいい。こんなところに捨てられたら、猫も危ないですからね。」
「そうなのか、予報ではこの後雨だから今日にしたんだが。」
「余計危ないじゃないですか。何でわざわざ雨降る日に捨てようと思ったんですか。」
「いや、雨降ると捨て猫って回収されるでしょ?目つき悪そうな若い人が。」
「不良の善行を業者の仕事だと思っている!?」
「え?不良が回収するの?」
「不良なんですけど、それはフィクションの話であって、フィクションの中でも別に義務でやってないです。」
「そ、そうなのか…なら、余計に危なかったな。」
動物愛護法知ってんのに、不良が猫拾うことを事実だと思ってたのか。
無知より変に誤解が多い人の方がタチが悪いな。
お姉さんは、「ひろってください」と書かれた紙を剥がしてバッグにしまうと、
段ボールを再び持ち上げた。
「ありがとう、少年。どこの誰かは知らないが君のおかげで一つの命が救われたと言っても過言ではない。」
「謙遜しませんよ、それぐらいのことはしたつもりです。」
「何だっけ?『雨の日の不良の逆』?って声張り上げて言われた時は何言ってるのかと思ったけど、
今ならその意味が私にも理解出来るよ。」
「僕の台詞を蒸し返さないで下さい。それに、あの時通じてなかったなら、余計恥ずかしいです。」
「まあまあ、どうだい?お礼にお茶でもごちそうしようか?」
「あ、それなら近くのコンビニでジュース奢って下さい。そんぐらいでいいですよ。」
あまりこの人と長居はしたくないしな。それでいて御礼をしたいという要望もそれなりに満たして、
後腐れが無いようにしておこう。ある程度会話したとはいえ、「知らない人」には違いない。
「OK、若いのにしっかりしてるね。」
「若いからしっかりしているのかもしれませんね。」
少なくとも僕の周りの大人はしっかりしていない人が多い。お姉さんもそうだし。
「みゃー」
ずっと話題の中心にはあったのに、ようやく間近でお姉さんの飼っている猫を見る。
毛がボサボサであまり手入れがされていない感じがいかにも素人の飼い猫といったところだ。
この子が再びお姉さんに飼われることが果たして幸せかは分からないけど、
捨てられずに済んだのだから、ひとまずは良かったのだろう。雨にも降られずにすんだことだし。
「いやぁ、良かったね。"みゃこ丸"、私がしっかり勉強したあかつきには、しっかり育てるよぉ。」
「"みゃこ丸"って言うんですね。可愛い名前です。」
「いいでしょ、1ヶ月ぐらい考えて決めたんだ。」
「長っ!その間何て呼ぶんですか。」
「おい、とかお前、とかで何とかなるもんよ。」
「態度デカいおっさんか。」
コンビニで炭酸ジュースを買ってもらった。ゴトゴトする段ボールを店員が訝しげに見つめていたが、
お姉さんは特に気にする素振りはなかった。図太いなぁ。
「いやぁ、それにしても少年は立派だね。何?少年も猫飼っているの?」
「僕自身は特に飼ってはいないんですが、姉が飼ってて、たまに遊ばせてもらってます。」
「そっか、やっぱ猫好きに悪い人はいないんだね。」
「お姉さん自身が悪い人になりかけてましたけどね…」
「ははっ、君は年上相手にも物怖じせずに堂々と意見が言えるんだね。」
「まあ、これは堂々というより、お笑いの動画見ていてツッコミの言い方になっているだけですよ。」
「へぇ、確かに、何か言い方が芸人さんっぽい時があるね。今日の第一声とか、えっと何だっけ。」
「もういいでしょ、そこは蒸し返さなくて。」
「あー、そういう言い方も。お笑い好きなんだねぇ。偉いねぇ。」
「何か猫をあやすように言われるとちょっと気になりますけど、そうですよ。」
エンタメはエッセンシャルな仕事ではなく、お笑いもその1つだ。
僕は、将来お笑い芸人になるなんて大それたことは言えず、ただ趣味として好きなだけだけど、
それでも笑いが世界を変えることがある。今日の出来事は、お姉さんを笑わせようとしたわけではないけど、笑いで培ったやり取りで1匹の小さな世界は救えたんじゃないかなと思った。
「じゃあね、少年。ほら、"みゃこ丸"もばいばーいって。」
お姉さんが"みゃこ丸"に手を振る仕草をさせている。
「ジュース、ありがとうございます。さようなら。」
1週間後、姉がXに画像付きでポストしていた。
「友達に猫の飼い方教えるの難しい…」
姉とその友達は手足しか映ってない画像だったけど、映っている猫は"みゃこ丸"だった。
「世間って狭いなぁ、猫の額か。」
END




