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ミラーボールは無いけれど

掲載日:2026/04/27

 SNSで『ダンスホールが騒がしい』という謎の発言をしていた人物の言葉に猛烈な違和感を覚え、バスの待合所でその意味するところに頭を悩ませていた日。ちょうどその頃、この世の何事かに対して燻っている気持ちがあったのは確かで、洋服店のBGMに流れるとあるラッパーの社会風刺するような歌詞に賛同する気持ちもあったりした。そんなきっかけでヒップホップカルチャーを調べてゆくうちに辿り着いた人物の発言だった。ワードから漠然とミラーボールが光を放射しながら回転する光景が浮かんではきたが、そういう場所を訪れた事もない自分にはそれがどんな感じのするものなのか全然想像もできない。



「あのさ、何度も言うようだけどわたしは『便利屋』じゃないんです。そういうのは自分で調べてやってよ」



 誰かと電話をしていたらしい若い女性の声がその場に少し響いた。時間的なものなのか待合所に人は少なく、通話もすぐに終了したらしいので気にする人は居ないような言葉であった。無理なお願いをされることも人生では「よくある事」だろうし、苦労性の人は数知れないだろう。一言でも人生の一端が垣間見えてくるものだとどこか感心するように再びワードの意味を考える。



<例えばダンスホールで何か『事件』があったとか?いや、そういう内容をわざわざ呟くのはこのご時世御法度だろう。むしろ意外性のある「ポジティブ」な出来事があったとか。例えば有名人が突如ダンスホールに現れたとか?それだと後々ニュースになるかも知れない…>




紫色のライトを浴びて登場した大御所俳優。お忍びでやって来たはいいが、バレて大賑わい。




 その光景は価値観が揺らいでいる今の心境にあっては悪くはないんだろうなと感じられる。それこそ『ええじゃないか』の精神で、俳優がダンスホールでフィーバー(死語?)しても何も咎められる事はない。なんだったら己もそこに参加して唐突に握手を求めたりしても全然問題はないはずだ。いや、もうこうなったら共にバスを待つ『仲間』である便利屋さん扱いされている疑惑の女性と逃避行を図ったっていい。全てのしがらみから逃れて、あらゆる感情をダンスホールに持ち寄り、慣れないボックスステップで不恰好なダンスを披露したっていい。




そうしないのは、そうしないからだ。




 しばらくしてバスがやって来る。女性も自分も何も感じていないような表情のままステップから乗り込み、適度に離れた席に座り、何事もなかったかのようにスマホを弄り始める。結局、その後もダンスホールの件は分からず仕舞い。けれど、一瞬だけ訪れた言葉に言い表せない『非日常感』はどこかしら上質なものだったように感じずにはいられない。




なんとなくそんな想いを共有したくなったわけである。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 その日から比べればどうという事もない日常を取り戻し、時に爽快な気分も訪れるようになった春。翻って『あの時はいったい何だったんだろう?』と思わなくもないけれど、ちょうど件のラッパーが一月ほど前に新譜を発表したばかり。



『日々感謝、これ賛歌』



というフレーズを多用するどちらかというと『陽の気』が漂った曲。現状に不満を抱くだけではなくて『感謝の心』も大事なんだよという明確なメッセージにはこれまでにない層からの共感が集まり、若者がメインユーザーのSNSでは曲を使用したショート動画も少しバズっているらしく、色々考えさせられる。



<そういうもんなのかな…>



 一人妙に悟ったような心境でバスの中でハードグミを齧る。コーラ味のそれが放つ匂いを気にしなくてもいいような空いている車内。見慣れたいつもの通りを左折した先にある広場にその日は何故か人だかりができている。曇天の日だったので尚のことその光景が珍しく、車窓から見えなくなるまでジロジロと見つめ続けてしまった。その際ちらっと視野に入ったのは、比較的小さな屋外イベントなどで使われるような『ステージ』の存在。中央にマイクスタンドがあったことから、なんとなく『音楽イベント』の匂いを感じていた。急いで、



『4月○○日 ○○市 イベント』



と打ち込んで調べてみるとヒットしたのは確かに音楽イベント…というか某アニメキャラクターの『着ぐるみ』と呼んでいいのか、の『キャラクターショー』であった。幼い頃によく見ていたキャラクター達が織りなす『劇』がメインとのことで、言われてみれば広場に親子連れが多かった気がする。突如として湧いてしまった好奇心を誘導するのかのように間もなくバスが停留所に到着。勢いで咄嗟に降車してしまった。



「あーあ…」



 自分で降りたくせに何も考えていなかった為、後悔のような声が漏れてしまった。幸い知人に会う用事は済ませていていたのでもう一粒グミを口に放り込んで会場まで歩き始めていた。普段は降りない場所だからなのかそこそこ距離があるように感じてしまったものの、何事もなく広場に到着。その時が偶然にもイベントの開始時刻と重なった。



『こんにちはー!!』



誰でも知るキャラクターが登壇して、マイク越しの声が流れる。十分大人なので『録音されたものだろうか?』と余計なことを思ってしまいはしたが、久方ぶりに味わうその雰囲気がどこか心地よく、周囲の人の様子などから愛らしいキャラクターは撮影可能らしかったのでしっかりスマホを構えたりした。物珍しさも手伝ってなのか自分のような人間も完全な場違いという程でもなく、むしろ渋いロマンスグレーの男性さえ見かけたくらい。興奮に包まれている子供達には敵わないまでも、時折ステージに向かって「おー」と声を出してみたり。



「あ」



劇も中盤に差し掛かった頃、道を通りがかったのかなんとなく見覚えのある女性が広場の入り口付近に居た自分の隣に。



「あれ?○○くん!?」



女性から急に下の名前を呼ばれてドキッとしてしまう。その人物をよく見てみると昔のバイト先の先輩だった。



「渡部さん、どうしてここに?」



「それはこっちのセリフ。なんで君みたいな人がここに?あ、ちょっと失礼だった?」



実は彼女がバイトリーダーだったのもあって、その関係性がそのまま会話に現れている。経緯を説明するとうんうん頷いて



「わたしも偶然通りがかったの。こんなこともあるんだねぇ」



「先輩、元気してましたか?」



「まあまあ。でも、今は便利屋みたいになっちゃってこき使われてばっかだよ」



「今はどこも大変ですね‥」



そんなちょっとした世間話は劇のクライマックスの展開で打ち切られる。主人公が意地悪な悪役(?)に立ち向かう場面で子供達の応援、声援がMAXになる。『負けないで!!』と何故か先輩も声を張り上げた。その後、無事に悪役を懲らしめた主人公が「みんなありがとう!」と呼び掛ける。



「なんかいいねこういうの。元気でる」



しみじみした表情の渡部さん。同感。困難に立ち向かう姿に勇気づけられるのは大人でも同じなのだと再認識した次第。すると、そこから思いもしなかった展開が訪れる。



『さあ、みんなで踊ろうよ!』



 そう、アニメのエンディングに流れる曲に合わせて会場に『ダンス』が呼び掛けられたのである。うろ覚えではあるけれど子供の頃に踊った記憶があるからまた困ってしまう。最初は戸惑いながらではあったけれど、身体が曲に合わせて勝手に動いてくれた。



「うわ!踊れるの!?」



先輩から奇異の目で見られたものの、彼女もそれを真似るように一緒にダンスを完遂させた。それはなかなかの運動量だったので一緒に息切れしてしまうくらい。



「あーよかった」



謎の感動を共有する時間。子供達も満足そうではあるけれど、今度は壇上で握手会が始まるらしくガヤガヤし始める。その時、先輩のスマホに何かの通知が入ったらしく渋い表情でメッセージを読んでいる様子が見受けられた。



「仕事関係ですか?」



「うん。そんなところ。また面倒な感じみたいで…あー逃げたい!」



その『逃げたい』という言葉にはどこか軽いニュアンスも感じたけれど、察するに余りある。



「逃避行か…」



無意識に自分は呟いていた。



そうしないのは、そうしないからだ



けれど、この日の自分はちょっとだけ違っていた。そこで「ん?何?」と先輩に訊ねられた自分ははっきりとこの言葉を口にした。



「先輩、逃避行しましょう!飲み屋に。俺、奢りますよ」



「あ、いいね。それ!!乗った!」



その日、それから二人で繁華街を目指して歩き始めた。「どういう店にする?」と訊かれたので何となく「『ミラーボール』『飲み屋』」と検索してしまったけれど、怪しげな店ばかりが出てきたので流石に辞めたのは賢明な判断だった。概ね昔話で盛り上がった夜であった。

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