四話 召集
四話
4-1 招集
御親領衛に「全員集合」という言葉は似合わない。
それは趣味の話ではなく運用の話だ。ここは軍でありながら軍の形を守ることで機能する部隊ではない。むしろ形を揃えた瞬間に、各人の尖りが互いを削り合って壊れる。乱暴に言えば、最初から整列を前提にしていない。
だから呼び出しは薄い。
紙一枚に時刻と座標、それだけで済むことが多い。理由が添えられる時でさえ「警察・軍(銃火器)で対処困難」の文言で終わる。危険の中身を書かない命令書など本来は欠陥品だが、ここではそれが通る。通ってしまう。
「今日は二名です。紺野少尉と護国少尉」
羽場桐妙子中尉の声は静かだった。静かなまま刃のように切れる。
二名。
その数だけで事件の温度が読める。大人数を要する戦場ではない。ただし、警察でも軍でも押さえきれなかった。規模は小さいが質が悪い。
「他は」
紺野健太郎少尉が問う。整えた口調の中に不機嫌さが残る。
彼の苛立ちは責任感の発露ではない。説明のない世界に対する不快だ。説明がなされるべきだと思っている。そういう常識を、まだどこかで信じている。神州はその信頼にあまり優しくない。
「非軍属は出しません。志摩君は学校がありますし、綾瀬さんは今出す理由が薄い」
羽場桐は綾瀬を「さん」で呼んだ。癖ではなく意図だ。
御親領衛では軍属同士なら階級が先に立つ。外の現場に出ればそれはなお硬くなる。だが、ここには軍籍を持たない隊員がいる。そこを雑に扱った瞬間、この部隊は秩序ではなく暴力で回り始める。暴力で回る組織は長持ちしない。
「二名で足りますか」
護国宗一少尉の確認は感情が薄い。足りるか足りないか、それだけだ。足りるなら行く。足りなければ編成を変える。軍人としては正しい。御親領衛にいると、その正しさがやけにありがたく見える。
「足ります。足りなければ戻ってください。無理に勝とうとしないでください」
羽場桐はそう言って視線だけを紺野へ向けた。
同じ言葉でも刺さり方は違う。護国には手順の確認として入り、紺野には性分への牽制になる。
紺野は短く頷いた。
納得したからではない。任務は頷かないと始まらない。ここではそういう場面が多い。
大仰な号令も整列もないまま、御親領衛の出動は始まる。必要最低限の人員と、必要以上の危険だけが先に動く。
4-2 入口
帝都近辺の住宅区画。昼。
救急と消防はすでに引いていた。警察車両だけが数台残り、制服の男たちは道路の外で止まっている。止まっているというより、近づかない方が生き残ると身体で理解している顔だった。
「近衛です。現場責任者を」
護国が言うと、警部補が半歩だけ前に出た。礼儀ではない。半歩以上は危険圏だと知っている動きだ。
説明は早い。誤魔化す余裕がない。
「子供が三人、立て籠もりです。低位の神術師と思われます。火が止まらない。放水が効かない。銃も……」
彼の目が一瞬、紺野の腰の軍刀に落ちてすぐ逸れた。銃が駄目なら刀は通るのか。そう聞きたいのだろうが口にはしない。
「民間人は」
「避難済みです。ただ――」
そこで言葉が詰まる。
避難は済んだ。死者は出ていない。報告書の上では警察は仕事をしたことになる。だが火は残っている。火が残る街で生活は再開できない。この食い違いが帝都の歪みだ。
「中の子供たちが、自分たちは“守られている”と」
守られている。
低位の子供が低位の力だけで警察と消防を止め切れるはずがない。統率がある。支えがある。背後がある。その匂いが濃すぎる。
護国が紺野を見た。
「紺野少尉。行けますか」
現場だ。軍属同士は階級が先に出る。
紺野は扉の前へ進み、腰の位置を直してから答えた。
「護国少尉は外。遮断と保全。入るのは俺だけでいい」
護国の眉がわずかに動く。反対ではない。確認だ。
「一人で」
「相手が子供なら数は邪魔になる」
正しい判断だ。耳触りの悪い種類の正しさではある。紺野の言葉は優しさから出ていない。効率から出ている。軍人としては正しい。人間としての評価は、また別の話になる。
扉の向こうから笑い声がした。
子供の声だった。明るいというより湿っている。誰かに教えられた笑い方だ。
その直後、
──熱がこちらを見た。
炎が吹いた、では足りない。火勢が上がったでも違う。焼くという意思そのものが戸口へ顔を出した感覚が先に来る。
一拍遅れて俯瞰する。
玄関扉の隙間から噴いた火は半径二メートル前後の壁を作り、床材を炭化させ、周囲の酸素を奪い、放水を到達前に蒸発させている。単純な高温ではない。燃焼の位相がずれている。警察装備では相手をする前提がない現象だ。
護国が小さく息を呑んだ。
銃火器で対処困難という文言が、そこで初めて現場の肉になる。銃は物に当てる。だが今ここにあるのは物というより、火の概念を纏った現象だ。
紺野は一歩踏み込んだ。
腰の軍刀に手を添える所作は妙に丁寧で、軍人としては綺麗だ。次に出るものは綺麗ではない。
「──開けろ」
子供に向けた声ではない。自分へ向けた声だ。開けろ。壊すな。飲むな。ここでやるべき仕事だけをやれ。
扉が内側からわずかに開く。
痩せた少年が覗いた。頬はこけ、瞳だけが湿って光っている。平時なら高位も低位も外見では判別できない。だがこういう時だけは眼の奥の熱が位相の違いを教える。
「おっちゃん近衛だろ。来たんだ。すげえ。ほんものだ」
少年は笑いながら言う。
「でも入るなよ。ここ、燃えるから」
ここで護国が言葉を差し込めば少年は引っ込む。説得でも脅しでも結果は同じだろう。だが護国は外にいる。外で線を引く役目だ。その線がないと紺野の中身は簡単に溢れる。
紺野は少年を見下ろした。
虫を見る目ではない。もっと質が悪い。鏡を見る目だ。
「燃えるのは、ここじゃない」
言って軍刀を抜く。
──瞬間、熱が途切れた。
俯瞰する。
抜刀は一閃。物理的に起きたことだけを見れば扉枠の木材が裂けたに過ぎない。だが現象としては、内側に張られていた火の位相が断ち切られ、燃焼循環が崩れた。火が落ち、空気が戻り、音が戻る。
少年の笑いが消える。代わりに泣き出す前の顔が出た。
守られていたはずなのに、なぜその顔になるのか。守られていたのは子供そのものではない。子供が負わされた罪の方だ。そこを外すと、後の手が全部ずれる。
「護国少尉」
紺野が呼ぶ。
「入って確保。殺さない。こいつらは末端だ」
護国が頷き、間合いを潰して少年の腕を取る。拘束は速く、必要以上に荒くない。訓練の線が出る。
紺野はさらに奥を見る。壁際にもう二人。同じ目をした子供がいる。火は消えたが部屋の奥にまだ何かが残っている。現象ではない。居座る意志の跡だ。
ここは入口に過ぎない。事件の本体はまだ遠い。
御親領衛が呼ばれる理由は火を消すためではない。火を点けた手を辿るためだ。神州の歪みは善悪だけで片がつく種類ではない。実行したのは子供でも、理由を置いたのは子供ではない。
護国が少年の耳元で低く問う。
「誰に言われた」
少年は震える。答えない。答えられない。答えた瞬間に守りが剥がれることだけは理解している。
紺野は刀を収めた。
鞘に収まる硬い音のあと胸の奥で別のものが小さく鳴る。苛立ちでも怒りでもない。理解できないものに触れた時の、薄い恐怖だ。
まだ薄い。だから見落とせる。
見落としたまま任務は続く。
その方が危ないのだが、今はまだ誰もそこまで言語化していない。




