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幻想帝都 神州御親領衛記  作者: ニュートリノ鈴木
三章 東都が夜に落ちる日
135/191

百三十三話 東都進軍


百三十三話



133-1 東都進軍



東都東外縁の受け入れ線に、最初に現れたのは砲声ではない。

縦列だった。


第二首都へ入る高架支線の向こうから、車列が切れ目なく降りてくる。先頭は軽装の警備車両。その後ろに工兵車。通信車。輸送車。歩兵輸送用の大型車両。救護を名乗る白い箱車まで混じっている。色も形も、ひどく正規軍らしい。乱れていない。焦っていない。むしろ、演習の続きのような整い方だった。


東雲丈雲は受け入れ線の仮設通信車の屋根へ片足を掛けたまま、その列を見ていた。昨日までなら、あれだけの車列が見えればまだ判断を保留できた。援軍かもしれない。増援かもしれない。帝都近衛第二師団の機動群が、ようやく照合を抜けてここへ来たのかもしれない。だが、凛藤義貞が敗れた今となっては、そういう甘い段ではない。


識別札は正規。

隊列も正規。

速度配分も、間隔の取り方も、全部正規。

正規であることと、こちら側であることは、もう同義ではなかった。


「大尉殿」


受け入れ線の若い兵が、声を抑えて呼ぶ。

怒鳴らないのは、この列にまだ“撃つ理由”がないからだ。


「第一波、概算で二千を超えます。後続も続いています」


東雲は答えない。

数は見れば分かる。

問題はそこではない。


列の先頭が受け入れ線の白帯へ入る。普通なら、ここで止まる。車列をばらし、識別を通し、どの帯へ流すかを決め直す。だがこの列は違った。迷いが無い。止められる前提で組まれた速度ではなく、最初から入ってよい道だけはもう確保済みだと知っている速度だ。


「……既成事実だな」


東雲が低く言う。

その一言で、周囲の兵の肩が僅かに落ちる。

そうだ。

これは侵入ではない。

もう盤面を取った者が、後から兵を歩かせて、最初からこういう街でした、と押しつけ直しているだけだ。

だから厄介なのだ。ここで一台目へ銃を向ければ、第二首都保全の正規車列を妨害したのはこちらだ、という顔にされる。向こうは最初からその顔で来ている。

東雲は端末を取った。


『東雲丈雲です。東外縁。進軍開始。侵攻ではありません。掌握済みの街へ、正規の顔で兵を流し込んでいます。第一波、二千超。後続継続。撃たせるための進軍ではない。“受け入れるのが当然”という顔です』


宗一の返答は、数拍置いてから入った。


『了解。こちらも同じです。南棟外周へ歩兵列が入り始めました。走っていません。守りに来た兵の歩き方をしています』


それが、この朝の最悪だった。

敵意の顔で来るならまだ分かりやすい。東都へいま入ってきているのは、第二首都を守るために配置換えされた兵みたいな顔をしたクーデター軍だった。


133-2


南棟外周では、護国宗一がその“正規の歩き方”を真正面から見ていた。


歩兵が一個中隊規模で来る。

前衛、工兵、補助通信、軽機関銃班、後方の搬送補助。

崩れていない。崩れていないからこそ、ここへいる東都駐屯混成の若い兵たちが、どの顔をしていいか分からなくなる。

目の前の列は、敵として乱れていない。

味方としても近づきすぎている。

だから脚が止まる。


「護国少尉、あれは——」


横にいた駐屯混成の中尉が言いかける。

宗一はその言葉を最後まで待たなかった。


「敵味方の確認は後だ。いま見るのは、どの列が庁舎へ入り、どの列が搬送へ噛み、どの列がこちらの線を踏み潰すかだ」


中尉の喉が鳴る。

理解が追いついた顔ではない。だが、言葉の順番だけは受け取った顔だった。

宗一はすぐに命じる。


「一班、西へ十五。二班、搬送帯の手前で止まれ。撃つな。ただし“そこを通ると面倒だ”という顔だけは作れ。柵を正面で閉じるな。斜めに置け。人を止めるんじゃない。列の幅を殺す」


兵が動く。

昨日までの東都なら、こういう命令は半分しか通らなかった。いまは違う。凛藤敗北の瞬間に、もう全員が理解したのだ。正しいかどうかを議論している余裕は無い。動かなければ、そのまま第二首都の中枢へ列を通すだけだと。


それでも遅い。

中隊規模の進軍が、南棟外周の仮設導線へ半ばまで噛んだ時点で、庁舎管理の車列が自然に押し上げられる。搬送帯と警備帯が同じ幅を欲しがり始める。列はまだ崩れていない。だが、その整っている顔のまま宗一の止血線へ圧をかけ始める。

無線へ真名の声が入る。


『東口、駅の方にも来てる。制服見せて人を安心させる感じ。最悪よ』

『こっちもだ』


東雲が続ける。


『受け入れ線の第一波、止まらない。“止めなくていい列”の顔でそのまま中へ入る』


宗一はそこで初めて、目の前の進軍の本質を言葉にした。


「東都駐屯混成は、敵に押し負ける前に“どこまで止めてよいか”を失う。それが狙いか」


誰も答えない。

答えなくても分かる。

東都に残っている正規兵は、意気が折れたのではない。まだ銃を持ち、陣地を持ち、命令も受けている。だが命令が一つ死ぬだけで、自分の脚をどこまで前へ出してよいか疑い始める。第二首都の兵とはそういうものだ。守るものが多いほど、雑に撃てなくなる。

それを、向こうはもう知っている。


133-3


中央駅東口前では、真名が吐き気のようなものを喉の奥へ押し込んでいた。


群衆はまだ暴走していない。

押し合ってもいない。

だが、広場の空気だけがもう駅前のものではなくなっている。


第二首都庁舎群方面へ向かう仮設誘導帯へ、制服の列が入る。


警備。

交通統制。

庁舎保全補助。


名札も腕章も、どれもそれらしく見える。

そして一番嫌なのは、その連中が人波を押し返さないことだった。


押し返さない。

殴らない。

怒鳴らない。

代わりに、拡声器で言う。


「安全確保のため、こちらへお進みください」

「第二首都庁舎群方面は、係員の指示に従ってください」

「駅東口前は一時滞留をお願いします」


全部、正しい言葉だ。

どの一文にも暴力の匂いが無い。

だから群衆は従う。守られていると思う。

真名はその“守られている顔”が大嫌いだった。

駅務主任が駆け寄る。

もう顔色を隠していない。


「支倉さん、東口前、警備と庁舎保全の合同誘導が入ります。こちらの案内はその後方支援に——」


「誰が後方で、誰が前か、もう言ってる段じゃない」


真名は主任を見ずに言う。


「柵は中央に置くな。人を真っ直ぐ止めるとその場で詰まる。右斜めへ流して。東口前を“溜まる広場”から“滑る広場”に変える」

「ですが向こうの誘導線と競合が——」

「競合させるの」


真名が遮る。


「綺麗に分かれた瞬間に終わるから。ぶつけて、どっちも気持ちよく流れない形にして。いま必要なのは整流じゃない。飽和の遅延」


主任が息を呑む。

それでも、今度は迷わず頷いた。

駅務の人間まで、もう“普通の駅前運用”では助からないと理解し始めている。

東口前の上空アナウンスが変わる。

さっきまでの「一時誘導変更」から、「第二首都庁舎群方面の安全確保のため係員の指示に従ってください」へ。

安全確保。

その語の嫌さに、真名は思わず笑いそうになった。笑わない。そんな余裕は無い。


『中央駅東口』


真名が無線へ落とす。


『進軍確認。銃列じゃない。制服とアナウンスで広場を取ってくる。人を怖がらせるんじゃなくて、安心させたまま占領する方ね』


宗一がすぐに返す。


『こっちも同じだ。ここからは我々が守るという顔で入ってきてる』


それがクーデター軍の進軍だった。

街を乱して入るのではない。

もう乱れている街を、自分たちの方が正しく整えられるという顔で入る。

悲鳴を上げさせるより、アナウンスの方が上手い。

第二首都東都は、そういうやり方で落ちる。


133-4


東都の主要導線へ、クーデター軍の縦列が揃う。

東外縁受け入れ線。

中央駅東口。

南棟外周。

庁舎群北側。

どこもまだ完全に制圧されたわけではない。

御親領衛も、東都駐屯混成も、まだ持ち場を捨てていない。


それでも、もう分かる。

“入られる前の東都”は終わった。

東雲が受け入れ線の先を見ながら言う。


「もう、排除の問題じゃないな」


宗一が南棟外周から返す。


『ああ。追い返す段は過ぎた。ここからは、どこを既成事実にさせずに済むかだ』


真名も続ける。


『駅前も同じ。誰がここを仕切ってるかを向こうの制服で固定されたら終わる。群衆の見え方を奪われる』


それがいちばん重かった。

占領というのは、兵の数だけで決まるのではない。

この街はもう向こうの管理下に入った、と市民が先に思い始めた時点で、都市は半分落ちる。


いま東都で起きているのは、まさにそれだ。

紺野は広場の向こうを見た。

園業はまだ凛藤の方を見ている。

だが、その周囲ではクーデター軍が東都へ流れ込み、既成事実の上へ既成事実を積み始めている。


もう小細工の段ではない。

静かな浸食は終わった。

あとは、取った場所をそのまま“最初からそうだった形”へ固めるだけだ。

陽鳥が端末を閉じる。

珍しく、音を立てた。


「終わったね」


紺野が低く返す。


「まだだ」

「うん。東都はね」


陽鳥が言う。


「でも向こうの次は、もう別」


それで十分だった。

紺野にも分かる。

園業にとって東都掌握は、ここで一度“済んだ仕事”になる。

第二首都はもう十分に傾いた。

凛藤は敗れた。

正規軍は疑心暗鬼で遅れた。

クーデター軍は入った。

なら次に見るべきは、東都そのものではない。

この盤面の中で、なお形を保っている異物。

御親領衛だ。

東雲が最後に短く言った。


『東都へ入られた。ここからは街を守るんじゃない。

向こうに“取り切った”と思わせないための戦いだ』


誰も否定しない。

東都の空はまだ高い。

人も歩いている。

車も流れている。

何も終わっていないように見える。


それでも、第二首都はもう入られた。

その事実だけが、街の上へ重く置かれた。


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