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【短編小説】星光

掲載日:2025/12/14

 貸与された白いワンピースを脱ぎ捨てる。

 冬の終わり特有の薄く鋭利な風が音もなく肌を刺す。

 何度も味わった風だ。

 やはりこの季節の風は良い。

 ここからの眺めはたまらなく好きだ。

 どこにも行くことができない。

 だがどこかに行く必要がない。

 それは悪いことなのか良いことなのかもう考えるのも厭になってしまった。

 けれどここにいて良いのならそれも良いかなと思う。


 

 ベランダから見える駐車場に軽自動車が入って行くのが見えた。

 4人の若者たちが降りる。

 運転席にいた少年が免許を取ったばかりなのだろう。

 ほかの3人が緊張しながら運転していたであろう少年をからかって笑いあっている。

 冬の間伸びした夜は膨らんで、ひどく濃い群青色をしている。

 その中を4つの影が動き回っていた。



 かつて自分にもあったようで、それでもやはり無くて、欲しくて憧れた時間だ。

 たとえば真夏の夜の校舎に忍び込んで誰もいないプールで泳いだり、みんなで校庭に寝ころんで流星群を眺めるような、子どもっぽい妄想の結晶みたいな時間。


 そんな時間を過ごしたかったと言う気持ちはどうしたって無くならない。

 もしそんな時間があったとしても、すがるように抱えて生きるのは苦しい。

 そうやってむかしのことだけが輝いている毎日は薄暗い。

 けれど昔の影が色濃く残っている人生も同じように薄暗い。

 薄暗さの質は違うけれど、腰にぶらさげて引きる夢の重さは案外と似たようなものなのかも知れない。


 生徒たちがフェンスを乗り越えて学校に入ろうとしている。

 スマートフォンで足元を照らしながら尻を持ち上げたり手を引いたりして協力しあっていた。

 どうやら無事に全員が入れたようだ。

 ひとりがズボンの裾を気にしているのは、もしかしたら引っかけて破いたのかも知れない。

 微笑ましくなって手を振ってみる。

 4つの影がぴたりと動くのをやめた。

 しばらくこちらの様子を伺った後に、再び固まったり離れたりして何かを言い合っている。

 ひとりは帰りたそうに足を止めていたが、先行する3人を見て仕方なさそうに足を進めた。

 

 ひと気の無くなった夜の校舎が放つ圧倒的な不安と言うものについてずっと考えている。

 誰もいるはずが無い。

 だからこそ誰かいたら怖い。

 そこにいる誰かと言うのは恐ろしい。物盗りの方が変態よりマシだと思うのは勝手だろうか。


 結局おそろしいのは空虚さだ。

 人間を詰めすぎだと思えた入れ物が空っぽになると恐ろしい。

 電車だとかデパートだとか、もしかしたら街だとか。

 人間は広すぎる空間に対して本能的に恐怖をおぼえるのだろうという結論に落ち着いた。

 だから狭いところは落ち着く。

 部屋の隙間を埋めるように物を買ってしまうのはそういう理由があるのかも知れない。



 広すぎる隙間を埋めるのは物質だけではない。

 言葉であったり雰囲気であったり、もしかしたら気配であったり行く宛の無くなった存在だとか、または後悔とか憧れとかそう言ったものが白いカンバスに一滴垂らされるとゆっくり広がる不安定なシミとして隙間を埋める。



 屋上に続く階段の方が少年たちの声でにぎやかになる。

 手すりを越えて待つ。

 鉄扉が開いて恐る恐る顔を出す少年たちと目が合った。

 微笑むと顔を引きつらせる。

 後かつかえていたのか押し出されるように屋上に出てくる。

 それでも目はこちらを見たままだった。

 わたしは彼の目を見たまま手すりを放す。

 後ろ向きに倒れるまま落ちていく。

 いつか屋上で星を数えて眠りたいと思うけれど、この仕事には同僚がいない。

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