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アルの還る場所  作者: 無名の記録者
第8章 襲撃
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第6話 無敵の盾、落日の剣

 ああ、ダメだ。

 手を伸ばしても、はるか先にある。

 何もできない──。


 絶望が心を侵食する。

 そんな中で、リオは瘴気の奔流の前に立つ人影を認めた。


 アレンだ。

 父が、グランゼリアを守るように、竜との間に立ちはだかる。


 いくら父でも、あんなものを受けたら。


「父さん!」


 リオは叫んだ。

 嫌だ、母さんに続いて──父さんまで。


 アレンは一歩も退かず、胸の前に手をかざした。

 指先から橙の光が走り、宙に炎と風の弧を編み上げる。


 その軌跡に沿って、盾が芽吹くように現れた。

 柔らかくも力強い曲線を描く、半透明の盾。


 衝撃が触れた瞬間、炎が縁を駆け、風が唸りを上げて空気を裂く。

 波紋のような光がその圧を吸い込み、力を散らしていく。

 障壁は、黒炎と化した灼熱の吐息の角度に合わせて形を変えた。


 周囲に立つ狩人や聖導士の瞳に、透明な盾に走る光の奔流が焼きつく。


 炎の紅と、風の碧。

 二色の輝きが交わり、ひとつの光となって、まるで生き物のようにうねる。


 息吹(ブレス)が盾に押し付けられ、空気が裂ける音と共に衝撃波が波打ち、周囲が揺れる。


 アレンの髪と、服の裾が翻った。

 だが、その衝撃は届かない。

 盾の魔法がすべて受け止めていた。


 ──やがて、終焉の咆哮がやむ。


 炎と風の渦が緩やかに収まり、盾は静かな輝きを保ったまま、アレンの前でその姿を留めていた。

 あの一撃を、完全に止めた──美しくも、無敵の盾だった。


 かざしていた手をゆっくりと握り、下ろすと、盾は溶けるように霧散した。


 傾いた太陽。

 その夕焼けがアレンの背後の街を優しく染める。


 周囲の者は息を呑み、その光景を見つめた。


 竜が体をもたげる。

 だが、動きは鈍い。

 大幅に瘴気を消耗したのだ。


「今だ、総攻撃!」


 声が風を裂いた。

 大型弩(おおがたど)が装填される。その数、五。


 貫くためではない。

 押し出すために、あえて矢じりをつぶした矢。


 指示がなくとも、自分のすべきことがわかっているようだった。

 狩人たちが一斉に動く。


 矢が風ごと、轟音を立てて放たれる。

 連続する衝撃が、巨体をわずかに浮かせ、石畳を滑らせる。


 門と城壁を粉砕しながら、海風を巻き込み崖へと押される。


 隣に気配があった。

 誰か、確認するまでもなかった。


「リオ、止めを刺せ。お前にしか、できない」


 リオは剣を抜いた。

 竜を追い、海に向かって駆ける。


 すぐさま次の矢が装填される。

 ()の連射が続き、衝撃が波のように重なる。


 その間も、武器による攻撃でさらに崖へ押し込む。


 完全な飛行ではない。

 数歩ごとに地を叩き、跳ね、押され、また風に持ち上げられる──その繰り返しだ。


 西の海沿いの街道を超えて、竜が崖まで吹き飛ばされる。


 崖手前、駆けていた狩人たちが一斉に飛び出した。

 大槌と槍が合図とともに叩き上げ、巨体を最後の弧へと押し上げる。


 門から崖までは五百歩足らず。

 わずか数十秒で、その距離を奪い尽くした。


 竜が崖縁を越える。

 下は海。

 翼は再生していない──飛べない。


 赤みを増した夕日を背に、黒の巨体が空を舞う。


 背後でアレンが手を掲げた。


 巨体は海へと落ちていく。

 リオも崖から飛び降りた。


 その瞬間、アレンが手を振り下ろす。


 空から、叩きつけるような風が、リオの背を押した。

 ──父の魔法だ。


 リオと竜は、弾かれるように加速した。


 着水の瞬間、黒い瘴気が海面を噴き上げ、白の水柱が空へ舞った。


 波が砕け散り、結晶鱗が鈍い音を立てて砕ける。


 黒ずんだ筋肉と骨が水柱に呑まれた。

 結晶の破片が舞う。


 だが、それでもまだ巨大な体は(うごめ)く──逃がさない。


 剣に魔力を込めた。

 その刃が白銀に煌めく。


 リオは海風を裂き、天へ跳び、剣を振り下ろす。

 刃先が結晶の亀裂を縫って深く食い込む。


 喉の奥まで突き刺さる衝撃音が、海上に轟いた。


「うわっ!」


 息が詰まるほどの衝撃に、思わず声が漏れた。


 竜を切り裂いた剣が海をも裂き、リオはそのまま、着水する。

 勢いを削がれた体が、水面に叩きつけられ、そのまま沈んだ。


 すぐに浮上して、海面に顔を出した。

 崖の上から、アレンが崖下を覗き込んでいるのが見える。


 リオは笑顔で手を振った。

 全身が痛み、海水が染みる。


 それでも、リオは笑った。


 その背後では、黒い体が波に揉まれながら、潮にほどけるように崩れ始めた。

 塵となり、瘴気が海風に溶けて消えていく。


 リオの笑顔を、落日の光と潮風が、穏やかに包んでいた。

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