第5話 漆黒の渦
竜の誘導は続いた。
西の門までの避難は完了し、門がすぐ背後に迫っていた。
「崖まで押し出すぞ!」
竜の向こうから、アレンの声が響く。
狩人たちが建物を崩す。
落下した瓦礫が、翼の付け根を直撃した。
鈍い悲鳴のような咆哮。
ひしゃげた翼。
よろめき、竜の巨体が大きく傾いた。
その隙に──力自慢の狩人たちが総出で、竜の胸を押し返す。
別の狩人は鎖で頭部を拘束する。
さらに、巨大ハンマーを持った者が、足の関節を打ち砕いた。
鱗の結晶が、鈍く重い音を立てて割れる。
怒りに満ちた咆哮とともに、尾がゆらりと持ち上がった。
次の瞬間──それは地面を叩き割るように振り下ろされる。
衝撃が地面を裂き、砕けた石が弾け飛ぶ。
一度きりではない──。
反動のまま、尾は弾かれるように横へ薙ぎ払われた。
さらに逆方向へ──尾は止まらない。
巨体に似合わぬ速さで、尾が暴風のように荒れ狂う。
その一撃が、リオを捉えた。
まともに受ける間もなく、身体が弾かれる。
壁へ叩きつけられた。
「かはっ……!」
鈍い衝撃が走り、肺の空気が一瞬で押し出された。
制服が裂け、腕や額から血が滴る。
頭を強く打ち、視界が一瞬、白く弾けた。
霞む視界の向こうで、アレンが駆けてくる。
尾は──まだ止まっていない。
竜の尾が、大きくしなり、振り下ろされた。
アレンは振り向きざまに剣で受け流した。
軌道を逸らす──が、殺しきれない。
刃を滑った尾が、肩口を抉った。
「っ……!」
血が弧を描いて散る。
ようやく、尾の動きが止まった。
砕けた地面が崩れ、舞い上がっていた瓦礫が次々と地に落ちた。
砂煙が一帯を覆い隠す。
うめき声が辺りに満ちる。
リオは、ふらつきながら、立ち上がった。
少し離れた西の門の方。
そこに、ユリウスの水の盾が見える。
その内側で、聖導士や学生たちが、身を縮めて震えていた。
「回復……回復を、お願いします……!」
リオの声に、頭を抱えていた聖導士たちが顔を上げる。
辺りの惨状に顔を真っ青にしながらも、彼らは協力し、祈りを捧げた。
複数人で発動する、広範囲の回復魔法。
暖かな光が広がり、倒れこんでいた狩人たちが、奥歯を噛みしめながら、なんとか立ち上がる。
──まだ、誰も諦めていない。
狩人たちは、再び攻撃を開始しようとした。
その時だった。
静けさを保っていた竜が、全身の結晶を黒光させた。
風が、ぴたりと止む。
次いで、逆流するように空気が吸い込まれた。
竜を中心に、渦が生まれる。
砂塵と瓦礫が舞い上がる。
結晶がさらに黒く、光を増していく。
開いた顎の奥。
そこに、瘴気が渦を巻き、収束していく。
それは、ただの力ではない。
濁りきった悪意そのものだった。
リオは息を呑む。
空気そのものが重く、喉に張りつく。
──あれはダメだ。
あんなものが放たれたら、グランゼリアは、壊滅する。
竜の背中越しにそれを見た瞬間、思考よりも先に、身体が動く。
リオは叫びながら駆け出した。
「やめろ!」
竜の頭部が、ぐっと後方に引かれる。
結晶鱗の間から、黒い瘴気がうねり出す。
次の瞬間──溜め込まれた瘴気が、爆発するように放たれた。




