第2話 分かたれた戦場
アレンが周囲を見回す。
その口元は引き締まり、奥歯を噛みしめているように見えた。
「裂け目は用済みということか」
その言葉に、リオも周りを見渡した。
──あれだけあった裂け目は、すべて消えていた。
まるで、その役目は終えたとでも言うように。
「半数は北へ援護に!残り半数は、俺と来い!」
アレンの声が響き、狩人と聖導士たちが一斉に頷く。
砂煙の中を踏みしめる足音が重なり、二手に分かれて駆け出した。
リオも慌てて、アレンを追う。
「父さん、北はいいの?」
「……北には、ジークたちがいる」
ジーク──英雄の一人、竜騎士。
リオは息を弾ませながら、納得した。
走りながら、街並みに目を向ける。
市街地に大きな被害はない。
ただ、漆黒の竜のみが咆哮を上げ、地面が低く唸るように震えた。
瓦礫の間から黒煙が立ち上り、熱気を帯びた風が顔を打つ。
「ああ……我らの守護者が……」
狩人本部があった場所に君臨する竜を、人々はただ、仰ぎ見ていた。
その声は、あまりにも絶望に満ちている。
「リオ!」
視界の隅で、ユリウスとイリスが、飛び跳ねるように通路を駆けてくる。
靴音が瓦礫を蹴り、石片が跳ねた。
「なんなんだ、あれ!」
ユリウスが竜へ視線を向けながら問う。
リオは足を止め、唇を噛んだ。
「わからない、でも瘴気魔獣……だと思う」
「あんなに、大きな……?」
イリスが呆然と呟く。
リオは竜に視線を戻す。
アレンの背中が、少しずつ遠ざかっていく。
「移動しながら!今は、急ごう!」
「わ、わかったわ!」
ユリウスとイリスは、要請を受けて南に派遣されていた。
そしてあの蛸のような瘴気魔獣を倒し、学園へ戻る途中だった。
──その時、空が裂け、竜が落ちてきた。
それが何なのかわからず、知り合いを探していたそうだ。
「リオ、怪我をしたのか?」
ユリウスに聞かれて、リオは頬を押さえた。
すでに血は止まっている。
だが、あの瞬間を思い出すと、指先が、まだ微かに震える。
「うん。でも大丈夫。父さんが一緒だから」
駆けながら、ユリウスとイリスが顔を見合わせた。
そうしている間にも、竜との距離は、確実に縮まっていく。
──ゴウッ。
突風が、吹き抜けた。
瓦礫が宙を舞い、黒い鱗の巨体が光を遮る。
巨大竜の周囲は、着地の衝撃で生じた瓦礫で溢れていた。
リオは足元を確かめながら、竜を見上げる。
背丈は六十メートルほど。
体表は黒曜石のような結晶鱗で覆われている。
翼の裏には、血管のような瘴気脈が走っていた。
それが脈動するたび、黒い霧が周囲に散り、空気そのものが濁るようだった。
片目は白く、もう片方は血のように赤い。
瓦礫を避けながら、竜へと迫る。
全力で駆け続け、息は乱れ、肩が大きく揺れた。
錆びた鉄と土の匂いが、息とともに胸へ流れ込む。
狩人本部──立派な建物だったはずが、今や、ただの瓦礫の山と化していた。
狩人たちも、アレンも、言葉を失い、ただその光景を見つめている。
リオは瓦礫を見下ろし、言葉にならない絶望を胸に押し込んだ。
平和の象徴が、奪われた。




