表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルの還る場所  作者: 無名の記録者
第8章 襲撃
57/58

第1話 裂ける空、降臨

 リオたちは外へ飛び出した。

 北西と、北の方角の空に、何かがある。


 世界の音が、一瞬だけ遅れた。

 風も、鳥も、人の声も、呼吸の途中で止まったようだった。


 時間の膜が薄くのび、景色だけが静止して見える。


 その静止の中心を、黒い線が裂いた。


 それは、裂け目だった。

 この距離でもはっきりと視認できるほどに大きい、特大の裂け目。


 誰もが言葉を失った。

 風の音が消え、周囲のざわめきすら凍りついた。


 ──音が、息を潜めた。


 北西の裂け目から、黒い足が落ちてきた。


 ゆっくりと姿を現す。

 長い首、巨大な翼、ゆらめく尻尾──それは巨大な竜だった。


 遠目でも、その存在感は圧倒的だった。

 体表は光を吸い込むかのような漆黒で、冷たく重い威圧感を放つ。


 アレンが地面を蹴り、高い屋根の上に飛び乗る。

 リオも慌てて後を追う。

 他の狩人たちも続いた。


 竜の真下には──狩人本部があった。


 次の瞬間、着地した。

 建物はその足下で砕け散った。

 噴煙が、竜の背より高く立ち上る。


 地面が、牙を剥いたかのように震える。

 遠くで建物が砕け、砂塵が巻き上がる。

 建物の輪郭が揺らめき、人々の悲鳴が混ざった。


「本部が──!」


 だが、その叫びは、遅れて降り注ぐ轟音にかき消された。


 竜の方から、空を裂くような暴風が吹きすさぶ。

 飛ばされそうになったリオの手を、アレンがぎゅっと掴んだ。


 やがて、風が収まる。


 リオが礼を言おうと顔を上げたとき、ふっとアレンの手の力が抜けた。


 その瞳は、竜を映したまま動かない。


「北もです!」


 誰かの声に、皆の視線が北へ向く。


 北の裂け目から、白い何かが落ちてきた。

 ゆっくり露になるその姿に、小さな悲鳴が上がる。


 六枚の巨大な翼。

 人間の顔や腕、祈る手が何層にも絡み合っている。


 ──だが、顔はない。


 翼の間で無数の手足が蠢き、まるで独自の意志で暴れているようだった。


 翼の白さと真逆の漆黒の瘴気が周囲に漂う。

 遠目でもその形は異様で、背筋に冷たいものが走った。


 着地とともに噴煙が爆発する。


 再び、地鳴りのように地面が震え、耳が痛むほどの轟音が街全体に響いた。


 衝撃波が遅れて襲った。

 視界が揺れ、砂塵が目に入り、息を詰まらせる。


 黒と白──二体の怪物が、絶望そのものの形で目の前に立った。


 目を見開いたまま、肩が震える。

 逃げ惑う人々の叫び、飛び散る砂塵、吹き荒れる風。


 すべてが恐怖を増幅させる。


「聖導教会本部まで……」


 誰も、動けなかった。


 狩人本部と聖導教会本部。

 グランゼリアの西と北の象徴が、一瞬で、跡形もなく踏み潰されたのだ。


 世界は──沈黙した。


 すべての音が、崖の縁から落ちたように消えた。


 瓦礫の破片が一つ、転がり落ちる音だけが、遠くで響く。

 それが、この世界の最後の呼吸のように思えた。


 リオは思わず泣きそうになり、アレンを見上げた。


 だが、アレンだけは竜から視線をそらさない。


 その顔に、微かに過去の影が揺れる。

 唇を震わせ、片手で胸元を掻きむしるように握る。


 明らかに様子がおかしい。

 恐怖でも、痛みでもない。

 まるで──古い傷が呼び覚まされたようだった。


「父さん!」


 リオの声に、ようやくアレンが視線を戻す。

 だが、まだ少し呆然としていて、頭を押さえ、ふらついた。


「父さん、本部が!狩人と聖導教会の本部が、潰された!」


 アレンが瞼を落とし、深く息を吐く。


 そして顔を上げた。

 いつもの──父の瞳が戻っていた。


 周囲の風が一瞬止み、砕けた瓦礫の匂いと砂塵が鼻腔を刺激する中。

 アレンの声が、静かに、しかし確かな力を持って響いた。


「……あれを、討伐する──」


 その声とともに、空気が張り詰める。

 リオの胸も、自然と鼓動を速めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ