第6話 仕組まれた座標
昼過ぎ、ようやくすべての瘴気魔獣を倒した。
裂け目は完全に沈黙し、勝利の空気が漂い始める。
だが、空は少しずつ、曇が厚みを増してきていた。
警戒を続けながら、アレンが伝令を集めて情報を整理する。
間口の広い小さな建物に、リオたちは入った。
リオはアレンのすぐ隣で、その服の裾を強く握る。
先ほどの戦場を知り、痛ましげな視線を向ける者もいたが、リオは気づかない。
机に広げられたグランゼリア全域の地図に、裂け目の発生地点が赤いバツ印で記されていく。
印が増えるたび、室内の空気がわずかに重く沈んだ。
印は──東の書院区と、南の錬環区に集中していた。
「知の財産ばかり狙いやがって……」
地図を覗き込んでいた狩人が、怒りを噛み殺すように言う。
リオも机に肘をつき、そこに顎を乗せて地図を見つめる。
だが、考えがまとまる前に首がかくんと折れた。意識が一瞬、闇に沈む。
──皆、限界だった。
食事もとれず、疲労は深く、魔力回復も遅れ、浄化すら追いつかない。
「この配置……こちら側の持つ情報を消すことが目的か。だが、戦力を分散したことで対処はできた」
アレンが独り言のように呟く。
「怖いなあ…」
「腹が減った……」
外から、気の抜けた声が微かに届く。
「補給です!」
狩人がパンの籠を抱えて駆け込んできた。
「助かる」
ようやく、食事ができる。
皆、ゆっくりとパンを口に運ぶ。
ただのパンが、これほど有難いと思ったことはない。
アレンも一口だけかじる。
だが次の瞬間、指先が震え、パンくずが床に落ちた。
父のそんな姿を初めて見るリオは、胸がざわりと揺れた。
アレンはパンを皿に戻し、手を押さえて震えを隠す。
そこへヴァルセリオが飛び込んできた。
「アレン!無事で何よりです」
安堵の笑みを浮かべかけたが、すぐに顔が険しくなる。
「顔色……悪くありませんか?」
その一言に、場の空気が張りつめる。
──もしアレンが倒れたら。
アレンは薄く口角を上げた。
「問題ない、少し無茶をしただけだ」
「……そうですか。なら良いのですが」
張り詰めた空気が、わずかに緩む。
「随分、東と南に偏ってますね」
ヴァルセリオが地図を指でなぞる。
「ああ。ちょうど今、知財を狙っているのではと話していたところだ」
「なるほど……」
眉を寄せたヴァルセリオが、ぽつりとつぶやく。
「しかし……配置に無駄がない」
アレンの目が鋭く光る。
「敵は大規模組織か。それも、頭の切れる」
ぞっとして、指先の感覚が遠のく。
リオは不安のままに地図を見た。
そして気付く。
足元から冷たいものが這い上がり、顔の血が一気に引いていく。
「でも……本当に頭の切れる相手が、目的を悟らせる配置なんてする?」
想像した瞬間、背筋がこわばった。
場が凍りつく。
アレンが素早く地図に視線を走らせた。
「裂け目の少ない位置は?」
ヴァルセリオも地図を追う。
「北の祈環区──聖導教会本部周辺。それに、西、市場区の狩人本部周辺……です」
アレンが息を呑む。
「俺たちが、“配置”された?」
──まさか。
リオもその意味に辿り着く。
だが、理解が追い付かない。
何故。一体、何の目的で。
「長。狩人、聖導士は全域に展開──本部にはほとんど人が残っていません」
「けど、それなら被害も少なく済むんじゃ……」
その時、外から悲鳴が響いた。
「な、何だあれ──!?」
怒号が連鎖し、外の空気が一瞬でざわめきに変わった。




