第1話 風を孕む静寂
※ここで描かれるのは、「幕間 ユリウス」の物語より少し前の出来事です。
解読と解析に追われた翌日は、久しぶりのゆったりとした時間だった。
ここ二日、街は驚くほど静かで──襲撃もなく、リオは拍子抜けしてしまう。
けれど、アレンの顔色だけは日に日に翳りを帯びていた。
「父さん……」
母のことが心配で眠れないのかもしれない。
リオはきゅっと唇を引き結ぶ。
*
アレンは狩人本部へ一度顔を出すらしい。
状況整理や指示が必要なのだろう。
「お守りだ」
そう言って渡されたのは、胸飾りだった。
銀色のチェーンブローチは、アレンの胸に揺れるものより簡易的だが、少し似ている。
「わあ、ありがとう!」
リオは笑顔で受け取り、光にかざした。
小さなテラコッタ色の石が揺れ、そのたびに中身がとろりと移動して見える。
「なんか……濃い?」
「気のせいだ」
そうか……気のせいか。
リオは早速制服の胸に着け、そっと撫でた。
誇らしい気持ちでいっぱいになった。
「必ず、この部屋から出ずに待っていること。いいな?」
「うん、わかった」
父の心労を増やさないよう、リオは素直に頷いた。
*
躊躇いがちにノックが聞こえ、扉を開けるとユリウスが立っていた。
「街の方じゃ、騒ぎはもう終わったんじゃないかって言われてるよ」
「そうだったら、いいよね」
窓の外は晴れ渡っていた。
平穏そのもの──けれど、その静けさが逆に怖かった。
リオは無意識に話を切り替える。
「そうだ、杖!父さんが、ごめん」
リオは思い出して、ユリウスに向かって両手を合わせる。
あれではもう、使い物にならないだろう。
「いいよ、別に。大事なものでもなかったし」
「え、でも、いつも腰にさしてたよね」
むぐ、と言葉に詰まるユリウス。
「本当にごめん!俺にできることがあったら言って。父さんに土下座させようか?」
「やめてくれるかな、本当に洒落にならないから」
青ざめながら、ユリウスは恐怖に引き攣った顔で首を横に振る。
「それで?君の自慢の父親は、出かけてるの?」
「うん。狩人の本部に用があるんだって」
「ふうん」
ユリウスの目が、リオの胸元で止まった。
「あれ?それ、共鳴石じゃない?」
「共鳴石?」
「そう。魔力を込めると、持ち主の色に染まるんだ。恋人同士の贈り物として人気らしい」
リオは小さな石を見つめる。
「魔力の色……じゃあ、父さんが魔力を込めてくれたんだ」
「複合属性だとそうなるんだね、僕も知らなかったよ」
暖かい色に、胸の奥がじんわり満たされる。
リオは石を握りしめた。
リオが満足げに笑うと、ユリウスが小さく息を漏らす。
ほんの一瞬、どこか寂しそうに目を細めた。
「どんな効果があるんだろ?」
「効果、って……言ったよね。恋人同士の贈り物だって」
「父さんが無駄なものくれるわけないよ」
「むだ……」
ユリウスが遠くを見つめる。
「君……恋愛小説とか、もう少し読んだほうがいいよ」
「えー」
リオは、ユリウスに将来を心配されているとは思いもよらなかった。
ふと、もう一度窓の外を見た。
視線を感じる気がする。けれど、やはりそこには何もなかった。




